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第十一章 命を背負う覚悟
11-9 いつもとは違う場所で……
しおりを挟むいつものようにベオルフ様の夢の世界へ入ったのだろうと思っていたのだが、なんだか今日は妙に生活感のある……と言えば聞こえは良いが、物が乱雑に置かれている部屋に辿り着いたという感想を抱いた。
今までは私が好みそうな場所を思い描いて待っていてくれたのが嬉しかったのだが、今日は余裕が無いほど大変だったのだろうか。
それとも、何か不都合でも……?
何が原因かわからずに心配になって辺りを見渡し、ベオルフ様がいる気配のする方へ歩いて行く。
すると、すぐに彼の広い背中が見えてきた。
どうやら、何の問題も無く元気そうだ。
ノエルは上機嫌なのか、凄まじい勢いで尻尾を振っているので、彼の後頭部が大変なことになっている。
全くもう……
自分で髪を直すそぶりも見せない彼に呆れながら、ソッと指を伸ばして乱れている髪を撫でた。
「もう、ノエルったら……ベオルフ様の髪が乱れているではありませんか」
そう言いながらも指触りが良い彼の髪を撫でる。
サラサラだ……洗浄石を使うようになったからか、最近は特にそう感じられた。
止められないのをいいことにベオルフ様の髪の感触を堪能していたのだが、その時間は唐突に終わってしまう。
彼が凄い勢いで此方へ振り向いたからだ。
さすがに驚いて悲鳴をあげてしまったが、彼はそれに反応すること無く私を凝視している。
何かあったのだろうか……
とりあえず、一言文句は言っておこうと口を開いた。
「も、もう! ベオルフ様ったら、急に振り向かないでください。驚きますから」
その言葉にも反応が無い。
さすがに不審に思って首を傾げながら彼の名を呼び、どうかしたのか尋ねるのだけれども、やっぱり反応が無いのだ。
おかしい……
訝しんでいる私に声をかけたのは再起動したベオルフ様ではなく、彼の左肩にとまっていた紫黒であった。
「ふむ……私と真白の共鳴に引っ張られて、此方へやってきてしまったようだな」
此方へやってきた?
意味がわからなくても、おそらくベオルフ様の前にいるだろうオーディナル様に聞けば答えてくれるはず!
そう期待を込めて、彼の背中にしがみ付きながら顔だけヒョッコリ覗かせる。
オーディナル様だったら、驚いてくれるか微笑んでくれるだろうと考えての行動であった。
しかし、それがアダとなるなど誰が予想できただろう。
私がオーディナル様が座っていると思っていた場所にいたのは、グレンドルグ王国の王太子であるハルヴァート殿下だったのだ。
口から飛び出しそうになった悲鳴をなんとか飲み込み、どうしていいかわからずにベオルフ様の体にしっかりと腕を回してしがみ付く。
全く予期していなかった邂逅に、引きつった笑みしか浮かばない。
何故ここに王太子殿下がっ!?
え? ここはベオルフ様の夢の中ですよねっ!?
ぎゅうぅっとしがみ付いていると、ベオルフ様が私の腕を慰めるように撫でてくれるが、それだけでこの混乱は収まらない。
どうしよう、どうしようと頭の中で同じ言葉がグルグル回っている私の耳に、紫黒の声が届いた。
「本気で眠っているのか」
何のことだろうと考えていたが、紫黒の視線が私の頭上にいる真白に注がれていることに気づいて、コクリと頷く。
「え……ええ……今日は色々あって、はしゃいで疲れてしまったみたいです」
「ふむ……そうか、それは良かった」
どうやら、離れていた真白の事を心配していたようである。
真白の本当の性格を一番理解しているのは紫黒なので、色々と気を揉んだのだろう。
しかし、それも杞憂だと教えてあげたいくらいに、真白はうまくやっている。
リュート様とのジャレ合いを機会があれば見て欲しいな……と思いながら微笑みかけていると、恐る恐るといった様子で、今度は王太子殿下の声がした。
「ルナティエラ嬢……なのか?」
端整な顔立ちをしている王太子殿下の頬が若干引きつっている。
そして、言葉にするのは難しいが、夢や幻が作った虚像ではなく本人であると直感的に理解したのだ。
「はい、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくしは、ルナティエラ・クロイツェルと申します。直接こうしてお目にかかるのは初めてではございますが、王太子殿下のご活躍は国王陛下からお伺いしておりました」
「あ、ああ……私は、ハルヴァート・オルク・グレンドルグだ……すまないが……こうして、いつも……会っているのだろうか」
問われた内容を素直に答えて良いのか一瞬だけ考えたが、別段問題は無いだろうと頷き返した。
「いつも、こうして元気をわけていただいております」
「そ、そうか……ふむ……そうなのか」
少しおかしな間が気になるが、とりあえず納得してくれたようである。
ベオルフ様から王太子殿下のことは聞いている。
しかし、元婚約者の兄という立場もある彼とはとても気まずいので、何とか間に入って貰おうと考えてベオルフ様を見上げた。
「あの……ベオルフ様、どういう状況なのでしょう。王太子殿下とお話をされていたのですか?」
「ああ、近況報告を兼ねて寄り道をしていた」
「なるほど、だからいつもの場所と違ったのですね」
本来行くべき場所とは違うところへ来たから、ベオルフ様も驚いていたのだろう。
先ほど、紫黒が「引っ張られた」と言っていたので、真白と紫黒の間にある力が作用したに違いない。
問題の一端となった真白は、いまだ私の頭上で眠ったままだ。
大人しくて良いが、起きたときが怖い。
ベオルフ様の夢の世界であれば色々と手を出せるが、王太子殿下の夢ともなれば勝手が違ってくる。
だからこそ落ち着かない。
ベオルフ様の夢とは違って居心地が良いとは言えないのだ。
何と言うか……気分的に、殆ど接点も無い兄の友人の部屋にお邪魔しているような感覚である。
そんな私の様子に気づいてか、ベオルフ様は話を切り上げようと王太子殿下の方へ顔を向けた。
「とりあえず、報告は以上ですが……一つ、調べていただきたい物があります」
「調べる? 何をだ」
「王都だけではなく、貴族の間で【深紅色の茶葉】と呼ばれる茶が出回っていないかどうか調査してください。そして、それを発見したら飲まないように注意喚起をお願いいたします」
「もしかして……【黄昏の紅華】の別名ですか?」
ベオルフ様は言葉に出さなかったが、わずかに目を細めているので正解だったのだろう。
感心している時の顔だと察して少し嬉しくなる。
だが、喜んでばかりもいられない。
此方でも、【黄昏の紅華】について伝えたいことがあった。
「その【黄昏の紅華】なのですが……私の世界にもあったのです」
私の言葉に驚いた様子を見せるベオルフ様に、できる限り詳しく話をしようと考え、【黄昏の紅華】を体に取り込んでしまった聖泉の女神ディードリンテ様の力が低下してしまった事などを話す。
それから、彼女が庭園に居たことを伝えようとした瞬間――口を大きな手で塞がれた。
何故、ベオルフ様に口を塞がれたのだろう。
疑問に思って、どうかしましたか? と尋ねるが、彼は顔色一つ変えることなく返答してくる。
「一応、その話は後の方が良さそうだ」
そう言われてしまった。
てっきり、詳細を知っているのだろうと思っていたら違ったようである。
これは早とちりであったと反省しながらも、新たな疑問が頭に浮かんできた。
『そういえば、この空間は王太子殿下の夢のようですが……王太子殿下にも不思議な力があったのですか?』
リュート様でも影響が出るので、夢に入ることも招くことも出来ないと言われている。
それなのに、王太子殿下は何故大丈夫なのだろう。
それが不思議であった。
口を塞がれているのでモゴモゴ言っているようにしか聞こえないのだが、ベオルフ様には問題は無いようだ。
私の考えや言っていることを、全て正確に理解したベオルフ様は首を横に振る。
「いや、主神オーディナルが助言して、国王陛下が王家に伝わる神器を王太子殿下へ授けたのだ」
『ということは……オーディナル様は王太子殿下に期待しているということでしょうか。巻き込む前提で準備をしているようにしか思えませんが……』
「確かに、そうとも考えられるが……」
「ベオルフ……すまないが、それで会話が成立していることに驚けば良いのか? それとも内容に驚けば良いのか? どちらかというと、前者のインパクトが強すぎて内容が頭に入ってこないのだが?」
それほど強烈なインパクトを与えることがあっただろうか。
思わずベオルフ様と顔を見合わせて首を傾げてしまう。
寸分違わぬタイミングで同じ行動をしたからか、王太子殿下からは深い溜め息が聞こえ、ノエルが笑い転げてベオルフ様の右肩から地面へ落下した。
元気なノエルは痛みなど感じていないのか、ぷくくっという独特な笑い方をしながら転がり続けている。
紫黒の姿は見えないが、おそらく私の頭上で真白にくっついていることだろう。
さきほど、少し重くなったので間違い無い。
とりあえず、王太子殿下は呆れたように私たちを見ている。
しかし、どこか羨ましそうでもあると感じた。
自身の弟達と、私たちの関係性の違いを感じて落ち込んでいるのだろうか……
少しだけ王太子殿下を不憫に思いながらも、どこにいても変わらず私の事を大切にしてくれるベオルフ様に心から感謝した。
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