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第十一章 命を背負う覚悟
11-5 決定した処遇と大食堂
しおりを挟むリュート様を囲んでいた人たちは、みんな立ち話をしているので疲れはしないかと心配になり、私は塔の方にある大食堂へ全員を誘導した方が良いのではないかと提案した。
ついでに、大きな厨房があるので食事の準備も出来るという話をしたら、食事担当の人たちが深い溜め息をつく。
「さすがに、今から作るのはしんどいな……」
「でも、担当だしな。頑張ろう」
魔法科の料理担当の人たちを聖術科の料理担当の人たちが肩をたたき、互いに励まし合っている。
それを見ていた私は、そうだ……とモンドさんたちの方を見るのだが、彼らは何も言っていないのに私の考えを理解したようで、即座に動き出した。
暫くして、元クラスメイトたちが大きな鍋を運んでくる。
中身がシッカリ入っているので、男性二人がかりでようやく動かせる状態なのだろうか、二人ひと組で運ぶ鍋の大きさを見てリュート様が絶句した。
「る……ルナ? まさか……アレ……全部か? アイツらが強化を使わずに運んでいるにしても……すげー量だな」
「煮込みは完了しましたので、あとはルーを追加して、少し煮込めば良い感じになると思います」
「マジか……すげー量だな……お前らもご苦労さん」
アレをよく運ぼうとしたな……むしろ、少し動いたのも奇跡だと、今なら判る。
何故、そんな突拍子もないことを考えたのだろうかと首を傾げている私を、リュート様は褒めてくれた。
それだけではなく、問題児トリオにも労いの言葉をかけたのだが、彼らは揃って首を左右に振る。
「あー、いえ、これ……殆どルナ様と時空神様が……」
「すげーんっすよ! ルナ様が止まらないっていうか、こっちが心配になるくらいのスピードで作り上げていったんす!」
「さすがに時空神様が途中で止めましたが……」
問題児トリオの話を聞いたリュート様は眉根を寄せて「もしかして……」と呟き、ガイアス様を見る。
彼は大鍋を見て呆気に取られていたが、ハッとした表情をして咳払いをしたかと思うと、神妙な顔をして頷いた。
「おそらく、考えている通りだろう。お前がラミアとの戦闘で極限状態に陥っていたから、リンクしたとしか考えられん」
「やっぱり、召喚獣には影響が出るんだな……」
「まあ、俺たちの召喚獣と違って、疲れが出ていないことが救いだな。みんな、力を使いすぎてぐったりしているし……」
そういえば、特殊クラスの面々だけではなく、召喚術師科の召喚獣たちもぐったりして、まともに動けていない。
元気なのは私と、ガイアス様の召喚獣であるサラムくらいだ。
「まあ、まだまだ魔力調整が甘いので、それだけ負担がかかっても仕方ありませんねぇ」
驚き過ぎて全員が身をすくめていると、ひょっこりと顔を出したアクセン先生が元クラスメイトたちの持つ鍋を見て「こういう効果が現れるのは珍しいですねぇ!」と目を輝かせる。
いつものモードに入るアクセン先生を見て、どうやら、話し合いは終わったようだと感じた。
話し合いの結果はどうなったのだろうか……全員が気にしているところである。
「皆さん集まっていることですし、丁度良いでしょう。彼らの処遇についてですが、担当教諭と問題の生徒4人は、この砦にある地下牢にて反省していただくことにしました。魔法科担当の教諭については、本人たっての希望で夕食を抜くかドライフルーツのみでいいということでしたので、そのようにしましたが……生ぬるいですかねぇ?」
「いや、なんで食事抜きなんて言い出したんだ? アイツら、あれだけの魔法を使ったら……」
リュート様が眉根を寄せて抗議したのだが、アクセン先生は首を横に振る。
「そこはケジメだと言って聞き分けてくれませんから、夕飯だけということで了承しました」
「まあ、色々言い分はあるだろうが、この辺りで一旦手を打っておいてくれ。学園に帰ったら、学園長も交えて話し合い、今後の方針を決めようと思う」
オルソ先生がアクセン先生に続いて説明すると、一応納得したような反応が返ってきた。
彼らが放った魔法をリュート様が止めていなければ、とんでもないことになっていたので、納得がいかない人もいるだろうが、一番酷い目にあっているリュート様が「あの状態で夕食抜きは辛いだろうにな……」というので、誰も不満の声を上げなかったようだ。
魔法を使う人だからわかる辛さなのだろう。
魔力欠乏症で酷い状態になるのはベオルフ様を見て知っていたので、少々可哀想に感じたが、ケジメだと言われたら仕方が無い。
死人を出すところであったことも考慮して、この決定に異論は無かった。
「地下牢って……重厚な造りでしたよね」
「ああ、4人まとめて放り込んでおいた。魔法科の新人教員は、少し離れた場所にある独房へ隔離した。まあ……一応、女性だからな」
オルソ先生の説明を聞いても、何かモヤモヤしたものが残る。
悪い事をしたのだから、罰せられるべきではあるが……私は、何か奇妙な引っかかりを覚えていたのだ。
気のせい……かな?
「とりあえず、全員中に入ったらどうダイ? 折角建物が出来たのに、外にいる意味はないダロウ?」
時空神様の言葉を聞いて、アクセン先生が「それもそうですね」と、全員を塔の内部へと誘導する。
中央の塔の正面にある大きな扉を潜って右手に折れて少し歩くと大食堂があり、全員が座っても、まだ余裕があるほどの広さを有していた。
塔の内部に入った遠征討伐訓練参加メンバーは、あんぐりと口を開いて、大食堂の内部を見渡す。
石造りの重厚な雰囲気を宿しながらも、高い天窓からは光が降り注ぐ。
高い位置にある窓はステンドグラスなので、様々な色味が添えられて、とても美しい大食堂だ。
「すげーな……でけー……が、机と椅子の造りが甘ぇ」
「リュートくん……」
「リュート様だったら、そう言うと思いました……」
「あと、バーカウンターはいらねーだろ!」
私たちと同じ感想を持ち、キレのあるツッコミを入れているリュート様に、その場にいた全員が無言で頷く。
「あ、でも、リュート様、奥にある厨房は凄いのですよ? 広々として作業しやすいスペースになっておりますし、大人数で使用することを想定されていて……」
と、そこまで言った私は、自らの発言がおかしいことに気づく。
いつ、どこでそんな大人数想定の食堂を観察していたのだろうか。
呑兵衛神だから、各地を巡っているときに見た……とか?
「どーせ、うちの店をコッソリ見ていたんだろうな。あのバーカウンターは、うちの店のデザインだし……」
「まあ、とりあえず……テーブルと椅子は再発注しておくヨ」
「あー、いや、俺が手配する。すげー腕の良い職人を知っているからさ」
ああ……これでまた、キュステさんの仕事が増えるわけですね?
リュート様の口調だけで、誰に仕事を任せようとしているのか理解出来てしまった。
そのうち泣きだすのではないだろうか……
「キューちゃん、ガンバなの」
移動のために抱っこしていたチェリシュがコッソリと呟く。
どうやら、ここにも理解してしまった子がいたようだ。
「ねーねー、この広さなら、真白ちゃんが跳ねても問題ないよねー?」
「お前は大人しくしてろ」
「えーっ!? ……ところでリュート、どうしておでこの一部が赤いのー?」
「お・ま・え・の・せ・い・だ・ろ!」
「ぎゃーっ! 『もにもに』反対ー!」
いつものやり取りをしているリュート様の横をすり抜け、元クラスメイトたちが持ってきた鍋を厨房へ運んでくれる。
キャットシー族も総出で、大量のナンを運び入れたのだが、まだカレールーをいれていないのに、野菜が甘く煮えた良い匂いが大食堂に広がった。
「ルーを入れていないのに、この破壊力……」
「リュー……我慢……なのっ! チェリシュも……がーまーんー」
「アレが今から、もっと美味しいカレーになるから、我慢だよー!」
やはり、激しい戦闘で消耗してきたらしいリュート様は、かなり空腹を抱えているようで眉尻が下がってしまっている。
大きな耳と尻尾が垂れ下がっているように見えるのも、気のせいではないはずだ。
遠征討伐訓練参加者の中にも私と同じ物が見えた人が居るのか、目を擦って何度もリュート様を見直すという仕草が見て取れた。
ションボリしているので可哀想ですけれど……可愛いですよね!
「と、とりあえず、鍋によって辛みを変えていこうと思います。あと、食事担当の方々は、お手伝いしていただけると嬉しいのですが……あ、料理ではなく、配膳のほうに人手が足りなくて……」
「あ、はい!」
「俺も!」
すぐに数名が手を挙げてくれたので、アクセン先生の指示で食事担当の人たちが一箇所に集まった。
やって欲しいことは単純だが、この人数を裁くには人手が必要になる。
各自準備している食器は、皿が二枚、ボウル大・中の二種に丈夫なコップだ。
それをトレイに乗せて並んでもらい、カレー、ナン、フルーツヨーグルトサラダという順に盛っていく。
ただ、それだけだ。
飲み物は特に用意していなかったが、どうやらキャットシー族の大人達が大量にコーヒーを用意してくれたようである。
コーヒーに……カレー……と、一瞬悩んだが、牛乳を加えて冷たいカフェオレにしてしまおうと、少しだけ手を加えた。
料理は主に私が担当し、時空神様が当たり前のようにサポートに入るので、他の人たちはなかなか入って来られないようだ。
しかし、それを気にしていたら遅くなってしまうので、とりあえず運んで貰った鍋を温め始める。
一応、彼らには配膳だけお願いしたので、あとは問題ないだろう。
暫くして様々な匂いが漂い始めた大食堂ではリュート様を筆頭に全員がソワソワし始めたのか、真白の賑やかな声が聞こえてくる。
おそらく、リュート様をからかっているのだろう。
結果は見えているのに……どうして、ちょっかいをかけるのか……
でもまあ、楽しそうでなによりだし、リュート様も気が紛れているようなので良しとしよう。
あんな状態で帰ってきたリュート様が心配だったのか、いつもならお手伝いを買って出るチェリシュと真白は、リュート様にべったりだ。
やはり、そういうところに聡い子たちである。
そんなチェリシュと真白がそばについているから、私は安心して料理が出来るというものだ。
「ルナ様、一応追加でナンを焼いておきますね」
「あ、お願いします!」
「じゃあ、俺たちは念のために生地を仕込んでおこうぜ!」
元クラスメイトたちは、颯爽と厨房へ入ると、手際よくパンを焼いたり、生地をのばしたりと、主にパンの仕込みをし始めた。
本当に……職人ではないのかと思えるくらいの腕前である。
私は最後の仕上げであるカレールーを温まった鍋に入れ、焦げないように混ぜながらとろみが出て艶が出てくるのを待つ。
カレー独特の匂いが大食堂へ広がったのだろう。
少しだけどよめきが聞こえる。
「本当に、こんないい香りのする料理を……お前達だけズルイぞ!」
レオ様の大声に、私たちは作業している手を一旦止めて顔を見合わせ、ぷっと吹き出すように笑い出す。
さすがはリュート様の幼なじみである。
そして、カレーへの期待は高まっているようで、ちょっぴり安心した。
「カレーもそろそろという感じダネ。本当にライスが欲しいヨ」
「今、リュート様に内緒で大粒の大麦を探して貰っているところなんです。米はまだ無理でしょうが、麦ご飯なら……」
「あー、カレーだったら大麦の独特なニオイも気にならないかもネ」
さすがルナちゃんと褒められたけれど、その裏で苦労しているのは、やはり……キュステさんだったりする。
今頃くしゃみをしているだろう、働き者で少しだけ……いや、私が知る人の中では一番不憫な店長に、心から感謝をした。
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