上 下
433 / 558
第十一章 命を背負う覚悟

11-5 決定した処遇と大食堂

しおりを挟む
 
 
 リュート様を囲んでいた人たちは、みんな立ち話をしているので疲れはしないかと心配になり、私は塔の方にある大食堂へ全員を誘導した方が良いのではないかと提案した。
 ついでに、大きな厨房があるので食事の準備も出来るという話をしたら、食事担当の人たちが深い溜め息をつく。

「さすがに、今から作るのはしんどいな……」
「でも、担当だしな。頑張ろう」

 魔法科の料理担当の人たちを聖術科の料理担当の人たちが肩をたたき、互いに励まし合っている。
 それを見ていた私は、そうだ……とモンドさんたちの方を見るのだが、彼らは何も言っていないのに私の考えを理解したようで、即座に動き出した。
 暫くして、元クラスメイトたちが大きな鍋を運んでくる。
 中身がシッカリ入っているので、男性二人がかりでようやく動かせる状態なのだろうか、二人ひと組で運ぶ鍋の大きさを見てリュート様が絶句した。

「る……ルナ? まさか……アレ……全部か? アイツらが強化を使わずに運んでいるにしても……すげー量だな」
「煮込みは完了しましたので、あとはルーを追加して、少し煮込めば良い感じになると思います」
「マジか……すげー量だな……お前らもご苦労さん」

 アレをよく運ぼうとしたな……むしろ、少し動いたのも奇跡だと、今なら判る。
 何故、そんな突拍子もないことを考えたのだろうかと首を傾げている私を、リュート様は褒めてくれた。
 それだけではなく、問題児トリオにも労いの言葉をかけたのだが、彼らは揃って首を左右に振る。

「あー、いえ、これ……殆どルナ様と時空神様が……」
「すげーんっすよ! ルナ様が止まらないっていうか、こっちが心配になるくらいのスピードで作り上げていったんす!」
「さすがに時空神様が途中で止めましたが……」

 問題児トリオの話を聞いたリュート様は眉根を寄せて「もしかして……」と呟き、ガイアス様を見る。
 彼は大鍋を見て呆気に取られていたが、ハッとした表情をして咳払いをしたかと思うと、神妙な顔をして頷いた。

「おそらく、考えている通りだろう。お前がラミアとの戦闘で極限状態に陥っていたから、リンクしたとしか考えられん」
「やっぱり、召喚獣には影響が出るんだな……」
「まあ、俺たちの召喚獣と違って、疲れが出ていないことが救いだな。みんな、力を使いすぎてぐったりしているし……」

 そういえば、特殊クラスの面々だけではなく、召喚術師科の召喚獣たちもぐったりして、まともに動けていない。
 元気なのは私と、ガイアス様の召喚獣であるサラムくらいだ。

「まあ、まだまだ魔力調整が甘いので、それだけ負担がかかっても仕方ありませんねぇ」

 驚き過ぎて全員が身をすくめていると、ひょっこりと顔を出したアクセン先生が元クラスメイトたちの持つ鍋を見て「こういう効果が現れるのは珍しいですねぇ!」と目を輝かせる。
 いつものモードに入るアクセン先生を見て、どうやら、話し合いは終わったようだと感じた。
 話し合いの結果はどうなったのだろうか……全員が気にしているところである。

「皆さん集まっていることですし、丁度良いでしょう。彼らの処遇についてですが、担当教諭と問題の生徒4人は、この砦にある地下牢にて反省していただくことにしました。魔法科担当の教諭については、本人たっての希望で夕食を抜くかドライフルーツのみでいいということでしたので、そのようにしましたが……生ぬるいですかねぇ?」
「いや、なんで食事抜きなんて言い出したんだ? アイツら、あれだけの魔法を使ったら……」

 リュート様が眉根を寄せて抗議したのだが、アクセン先生は首を横に振る。

「そこはケジメだと言って聞き分けてくれませんから、夕飯だけということで了承しました」
「まあ、色々言い分はあるだろうが、この辺りで一旦手を打っておいてくれ。学園に帰ったら、学園長も交えて話し合い、今後の方針を決めようと思う」

 オルソ先生がアクセン先生に続いて説明すると、一応納得したような反応が返ってきた。
 彼らが放った魔法をリュート様が止めていなければ、とんでもないことになっていたので、納得がいかない人もいるだろうが、一番酷い目にあっているリュート様が「あの状態で夕食抜きは辛いだろうにな……」というので、誰も不満の声を上げなかったようだ。
 魔法を使う人だからわかる辛さなのだろう。
 魔力欠乏症で酷い状態になるのはベオルフ様を見て知っていたので、少々可哀想に感じたが、ケジメだと言われたら仕方が無い。
 死人を出すところであったことも考慮して、この決定に異論は無かった。

「地下牢って……重厚な造りでしたよね」
「ああ、4人まとめて放り込んでおいた。魔法科の新人教員は、少し離れた場所にある独房へ隔離した。まあ……一応、女性だからな」

 オルソ先生の説明を聞いても、何かモヤモヤしたものが残る。
 悪い事をしたのだから、罰せられるべきではあるが……私は、何か奇妙な引っかかりを覚えていたのだ。
 気のせい……かな?

「とりあえず、全員中に入ったらどうダイ? 折角建物が出来たのに、外にいる意味はないダロウ?」

 時空神様の言葉を聞いて、アクセン先生が「それもそうですね」と、全員を塔の内部へと誘導する。
 中央の塔の正面にある大きな扉を潜って右手に折れて少し歩くと大食堂があり、全員が座っても、まだ余裕があるほどの広さを有していた。
 塔の内部に入った遠征討伐訓練参加メンバーは、あんぐりと口を開いて、大食堂の内部を見渡す。
 石造りの重厚な雰囲気を宿しながらも、高い天窓からは光が降り注ぐ。
 高い位置にある窓はステンドグラスなので、様々な色味が添えられて、とても美しい大食堂だ。

「すげーな……でけー……が、机と椅子の造りが甘ぇ」
「リュートくん……」
「リュート様だったら、そう言うと思いました……」
「あと、バーカウンターはいらねーだろ!」

 私たちと同じ感想を持ち、キレのあるツッコミを入れているリュート様に、その場にいた全員が無言で頷く。

「あ、でも、リュート様、奥にある厨房は凄いのですよ? 広々として作業しやすいスペースになっておりますし、大人数で使用することを想定されていて……」

 と、そこまで言った私は、自らの発言がおかしいことに気づく。
 いつ、どこでそんな大人数想定の食堂を観察していたのだろうか。
 呑兵衛神だから、各地を巡っているときに見た……とか?

「どーせ、うちの店をコッソリ見ていたんだろうな。あのバーカウンターは、うちの店のデザインだし……」
「まあ、とりあえず……テーブルと椅子は再発注しておくヨ」
「あー、いや、俺が手配する。すげー腕の良い職人を知っているからさ」

 ああ……これでまた、キュステさんの仕事が増えるわけですね?
 リュート様の口調だけで、誰に仕事を任せようとしているのか理解出来てしまった。
 そのうち泣きだすのではないだろうか……

「キューちゃん、ガンバなの」

 移動のために抱っこしていたチェリシュがコッソリと呟く。
 どうやら、ここにも理解してしまった子がいたようだ。

「ねーねー、この広さなら、真白ちゃんが跳ねても問題ないよねー?」
「お前は大人しくしてろ」
「えーっ!? ……ところでリュート、どうしておでこの一部が赤いのー?」
「お・ま・え・の・せ・い・だ・ろ!」
「ぎゃーっ! 『もにもに』反対ー!」

 いつものやり取りをしているリュート様の横をすり抜け、元クラスメイトたちが持ってきた鍋を厨房へ運んでくれる。
 キャットシー族も総出で、大量のナンを運び入れたのだが、まだカレールーをいれていないのに、野菜が甘く煮えた良い匂いが大食堂に広がった。

「ルーを入れていないのに、この破壊力……」
「リュー……我慢……なのっ! チェリシュも……がーまーんー」
「アレが今から、もっと美味しいカレーになるから、我慢だよー!」

 やはり、激しい戦闘で消耗してきたらしいリュート様は、かなり空腹を抱えているようで眉尻が下がってしまっている。
 大きな耳と尻尾が垂れ下がっているように見えるのも、気のせいではないはずだ。
 遠征討伐訓練参加者の中にも私と同じ物が見えた人が居るのか、目を擦って何度もリュート様を見直すという仕草が見て取れた。
 ションボリしているので可哀想ですけれど……可愛いですよね!

「と、とりあえず、鍋によって辛みを変えていこうと思います。あと、食事担当の方々は、お手伝いしていただけると嬉しいのですが……あ、料理ではなく、配膳のほうに人手が足りなくて……」
「あ、はい!」
「俺も!」

 すぐに数名が手を挙げてくれたので、アクセン先生の指示で食事担当の人たちが一箇所に集まった。
 やって欲しいことは単純だが、この人数を裁くには人手が必要になる。
 各自準備している食器は、皿が二枚、ボウル大・中の二種に丈夫なコップだ。
 それをトレイに乗せて並んでもらい、カレー、ナン、フルーツヨーグルトサラダという順に盛っていく。
 ただ、それだけだ。
 飲み物は特に用意していなかったが、どうやらキャットシー族の大人達が大量にコーヒーを用意してくれたようである。
 コーヒーに……カレー……と、一瞬悩んだが、牛乳を加えて冷たいカフェオレにしてしまおうと、少しだけ手を加えた。
 料理は主に私が担当し、時空神様が当たり前のようにサポートに入るので、他の人たちはなかなか入って来られないようだ。
 しかし、それを気にしていたら遅くなってしまうので、とりあえず運んで貰った鍋を温め始める。
 一応、彼らには配膳だけお願いしたので、あとは問題ないだろう。
 暫くして様々な匂いが漂い始めた大食堂ではリュート様を筆頭に全員がソワソワし始めたのか、真白の賑やかな声が聞こえてくる。
 おそらく、リュート様をからかっているのだろう。
 結果は見えているのに……どうして、ちょっかいをかけるのか……
 でもまあ、楽しそうでなによりだし、リュート様も気が紛れているようなので良しとしよう。
 あんな状態で帰ってきたリュート様が心配だったのか、いつもならお手伝いを買って出るチェリシュと真白は、リュート様にべったりだ。
 やはり、そういうところに聡い子たちである。
 そんなチェリシュと真白がそばについているから、私は安心して料理が出来るというものだ。

「ルナ様、一応追加でナンを焼いておきますね」
「あ、お願いします!」
「じゃあ、俺たちは念のために生地を仕込んでおこうぜ!」

 元クラスメイトたちは、颯爽と厨房へ入ると、手際よくパンを焼いたり、生地をのばしたりと、主にパンの仕込みをし始めた。
 本当に……職人ではないのかと思えるくらいの腕前である。
 私は最後の仕上げであるカレールーを温まった鍋に入れ、焦げないように混ぜながらとろみが出て艶が出てくるのを待つ。
 カレー独特の匂いが大食堂へ広がったのだろう。
 少しだけどよめきが聞こえる。

「本当に、こんないい香りのする料理を……お前達だけズルイぞ!」

 レオ様の大声に、私たちは作業している手を一旦止めて顔を見合わせ、ぷっと吹き出すように笑い出す。
 さすがはリュート様の幼なじみである。
 そして、カレーへの期待は高まっているようで、ちょっぴり安心した。

「カレーもそろそろという感じダネ。本当にライスが欲しいヨ」
「今、リュート様に内緒で大粒の大麦を探して貰っているところなんです。米はまだ無理でしょうが、麦ご飯なら……」
「あー、カレーだったら大麦の独特なニオイも気にならないかもネ」

 さすがルナちゃんと褒められたけれど、その裏で苦労しているのは、やはり……キュステさんだったりする。
 今頃くしゃみをしているだろう、働き者で少しだけ……いや、私が知る人の中では一番不憫な店長に、心から感謝をした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。