上 下
432 / 558
第十一章 命を背負う覚悟

11-4 大きな一歩

しおりを挟む
 
 
 リュート様の機嫌が直ったので一緒に水のカーテンから外へ出たのだが、バリケードを築いていた元クラスメイトたちが揃ってニヤニヤしているのが見えた。
 それを見たリュート様は、無言で一番近くに居たモンドさんを蹴る。

「痛いっす!」
「一番ニヤニヤしてんじゃねーよ」
「みんなしてるのに……酷いっすよぉ」

 情けない声を出すモンドさんに、「なさけない声だしてるにゃぁ」と子供達が笑う。
 こうなるとわかっていてニヤニヤして待っている元クラスメイトとは違い、子供達は大人しく待っていたようだ。
 リュート様が武装を解除したのを確認して、ニンジンを練り込んだチーズナンを片手に走り寄った。

「見て欲しいにゃ~! 皆で作りましたにゃ~!」
「つくったにゃー」
「きっと、おいしいにゃっ」

 それを見たリュート様は笑みを浮かべて大きな手で子供達の頭を撫でる。
 お手伝いができてエライ! と褒められた子供達は、どこか誇らしげだ。
 そんな中で、リュート様はナンの色がいつもと違う事に気づいたようで首を傾げた。

「なんでこんなに赤いんだ?」
「かーちゃが……つくった、ニンジンー! 苦手だけど、食べるにゃぁ」
「なるほど……ニンジンを練り込んだのか。さすがルナ……すげーな」

 一瞬にして私の仕業だと勘づいたリュート様に照れ笑いを浮かべていると、一生懸命魔物と戦ってきたことを知っている子供達が「食べるー?」「おなかへったにゃ?」と、次々に優しい言葉を口にする。
 最初に怯えられていたのが嘘のようである。

「ヌルも、留守を守ってくれてサンキューな」
≪いいえ! マスターがいない間、みんなと遊んでいただけですから!≫
「一緒につくってたにゃー」
「ヌルは力持ちだにゃ~」

 どうやら、モカ家族に気に入られたらしいヌルは、体によじ登るモカの弟を支えながら、とても楽しげにしていた。

「モカに弟がいたんだな」
「召喚術師様にも紹介しますにゃ~、弟のココアですにゃ~」
「ココア?」

 そこでリュート様は首を傾げてモカの母を見る。

「あのさ……名前はどうやって考えているんだ?」
「それでしたら、ヤマト・イノユエが作った名前大辞典という書物を参考にしておりますにゃ~。異世界の料理名が載っていて、キャットシー族の間で流行しておりますにゃ」
「子供の名付けのマンネリ化対策ですにゃぁ」

 長老まで一緒になって「助かりますにゃぁ」と言っている。
 その辞典を念のために見せて貰ったのだが、知っている食材や料理名がたくさん記載されていた。
 日本に実在する料理名や食材名を記載しているだけなので、あの壊滅的な命名センスを感じることはなかったが……油断ならない。

「珍しいものを見せてくれてありがとうな」
「ヤマト・イノユエは、ベオルフ様並みにマズイネーミングセンスですからね……」
「ベオルフのネーミングセンスも酷かったよねー……って、あー! そうだ、リュートにお願いがあったんだったー!」

 真白が急に騒ぎ出すのはいつものことだが、『お願い』という言葉に全員が反応する。
 何だろうかとみていると、真白はとんでもないことを言い始めた。

「土下座ってどーするのー? ベオルフに謝罪するときスリスリは変だって、みんなが言うんだもーん」
「は? 土下座? まあ……やり方を見せるのはいいけど……」

 そういって、彼は設置されたままであった敷物の方へ歩いて行くと、ブーツを脱いで机を隅に寄せてスペースを作ってから正座をした。

「ま、待って! 真白ちゃんもするー!」
「チェリシュもー!」

 あれ? これは、私もする流れでしょうか……
 そう考えていたら、リュート様が私の名を呼んだので近づいていくと、彼は正面にいて欲しいとお願いするので、そのまま彼らの前に立つことにした。

「いいか? 正座も背筋をピンッと伸ばして綺麗に座るんだ。背中を曲げちゃ駄目だぞ」
「ピーンなの!」
「真白ちゃんには難しい……」
「あー、真白はしゃがむとそれらしく見えるから」
「はーい!」

 リュート様の指導の下、チェリシュと真白が綺麗な正座をしてみせる。
 子供達もきゃっきゃ騒ぎながら一緒になって座る姿を見て、なんだかだんだん居心地が悪くなってきた。
 何かを察したように無言で元クラスメイトたちも動き出し、リュート様と子供達の後ろに座って見せるのだが、彼らはリュート様から教えられているのか、とても様になっている。
 リュート様にお説教を食らったときにでも仕込まれたのだろう。

「まずは相手に向かって正座をして、手を地面につけて、額が地面に就くくらいまで前に屈むんだ。伏せる感じだな。その姿を暫くキープするんだ」
「あい!」
「わかったー!」
「そして、最後に謝罪の言葉を述べる」
「ルー、ごめんなさいなのっ」
「ルナ、真白ちゃんが悪かったよー! ごめんねー!」
「この度は、誠に申し訳ございませんでした」

 ぺこーっと頭を下げて、チェリシュ、真白、リュート様という順に土下座をしてくれるのだが……ま、ま、待ってくださいねっ!?
 何故私に土下座をするのですかっ!?

「ルナ様、申し訳ないっす!」
「いつも、本当にすみません」
「美味しいご飯をありがとうございます」

 謝罪なのか感謝の気持ちなのか、良くわからない言葉も聞こえてくる。
 キャットシー族の子供達も一緒になって「ごめんにゃ~」「ありがとうにゃ」とか言い出すから、たまったものではない。

「み、みんな、やめてください! それに、す、すごく周囲の視線が痛いですうぅぅっ!」

 遠征討伐訓練に参加した生徒達が、ヒソヒソと私たちを見て話をしているのだが、これはどう見てもマズイ。
 あの召喚獣は最強かよ……という声が聞こえてきて心底慌てた。
 端から見たら、リュート様を初めとした、春の女神であるチェリシュと神獣の王である真白、キャットシー族の子供達に付け加え、黒の騎士団の新人達が揃って土下座しているのだ。
 カオス以外の何物でも無い。
 この状況をどうしようか考えていたら、リュート様がぷっと吹き出した。

「リュート様!」
「あー、いや、本当にごめん……すげー可愛いから……ついっ」
「ルーがオロオロだったの!」
「ルナがオロオロするから、真白ちゃんはコロコロしておくねー!」

 転がり出した真白を溜め息交じりに見つめ、私はしゃがみこむとリュート様の目の前で思いっきりふくれっ面をして見せる。
 本当に、こうやって弄ってくるとか……先ほどまでのリュート様はどこへいったのか……
 いや、むしろ……此方の方が良いのだけれども、弄らなくても……
 そんなことを考えていると、彼が本当に嬉しそうに微笑んだ。

「ルナがさ……そうやって、喜怒哀楽を見せてくれるのが嬉しい。そうだよな、俺も……隠しちゃ駄目だったよな。本当にごめん」
「しょうがないですね……今回だけですよ? 次はありませんからね?」
「ああ。約束する」
「一緒に怒りますから、怒って帰ってきてもいいのです」
「そうだな、一緒に怒ろうな」
「はい!」

 えへへーと私が笑っている様子に安心したのか、リュート様が優しく頭を撫でてくれた。
 それだけで幸せを感じられるから不思議だ。
 でも、決して嫌なのではなく、とても幸せに生きているな……と感じる。
 些細なことでも幸せを感じられたら、それはとても幸運なことだ。
 人生に彩りを添えて、鬱々と考えている暇も無いのだから……

「あ……あのー……」

 この状況で声をかけてくる猛者がいるとは……と、声の主を見る。
 深紫色に金糸……件の魔法科だと悟り、緊張が走る。
 リュート様が怒った原因を作った生徒だろうかと警戒したのだが、どうやら違うようだ。
 元クラスメイトたちも警戒していたのだが、当の本人であるリュート様が柔らかな声で「どうした?」と尋ねたからである。

「一部の魔法科の奴等が迷惑をかけてすみませんでした」
「アイツらはエイリークの生徒だろ?」
「はい。先輩のことはデュース先生から聞いていましたが……ここまで酷い状況だとは……」
「あー、やっぱりデュース先生の生徒か。魔法科で俺に声かけてくる奴等は、みんなデュース先生の生徒なんだよな。つまり……お前たちも苦労しているんだな」
「わかっていただけますかああぁぁっ!? そのせいで母ちゃんや姉ちゃんに嫌味を言われて肩身が狭かったり、彼女にフラれそうになったりして……本当にあの先生、どうにかなりませんか!? 先輩、対処法を教えてくださいぃぃぃっ!」
「あの先生に女を近づけるな。以上」
「簡潔すぎて、反対に参考になりません!」

 数名の魔法科の男子生徒は謝罪に来たようなのだけれども、途中から身の上相談のようになっている。
 話の中心になっているのは、リュート様の魔法科時代にお世話になったという先生なのだろう。
 とても女性好き……なのですね。

「ていうかさ……新人の先生、デュース先生がいてよく持ってるよな」
「あー……何か、食指が動かないとかぼやいていました」
「……好みがあったのか」
「意外ですよね」

 打ち解けた様子で話をしているリュート様に、私とモンドさん達は顔を見合わせる。
 これなら大丈夫だろうと警戒を解いた。

「あ、そうだ、先輩。あの騒ぎの中心になっている4名はエイリーク先生のクラスじゃないんですよ。あの新人の先生のクラスで……」
「……ナメられてんのか」
「そうなんですよね……あの先生、よく怒鳴られてるし……」

 私たちの知らない魔法科の事情を教えてくれるリュート様の後輩達は、問題を起こした者たちの詳しい話を聞かせてくれた。
 ある意味、ありがたい。
 敵対していると思われた魔法科の一部がリュート様に接触して親しげに話している様子が功を奏したのか、他の生徒達もリュート様に声をかけてくる。
 助けてくれてありがとう、今回は魔法科の一部がおかしい、あんなの気にしなくて良い……などなど、リュート様を擁護する声や感謝の気持ちなどだ。
 今までは直接声をかけることができなかった人たちも、今回の遠征討伐訓練を通して感じる物があったのか、それとも幼いキャットシー族の子供達が無邪気に戯れ付く姿を見たからだろうか、おずおずと声をかけてくる人が増え、あっという間に囲まれてしまった。
 リュート様の背中に張り付いているチェリシュと、彼の頭の上でふんぞり返る真白。
 お子様組もこれには大満足のようだ。

「リュート様……嬉しそうっすね」
「そうですね……垣根を越えて、少し近づけたのかも知れません」

 そう考えると、魔法科の後輩達の一歩は大きかったと思う。
 一番気まずかったはずなのに……
 人の輪の中心にリュート様がいて、心地良い空気が広がっていく。
 ギスギスした空気ではなく、心優しくあたたかい空気だ。

「彼の頑張りは、人を惹きつける魅力があるのですね」
「与えられた才能だけではない、努力の人ですにゃぁ」

 聖泉の女神ディードリンテ様と長老の言葉に、私は静かに頷いた。
 戸惑いつつも遠征討伐訓練に参加している生徒たちの質問や謝罪や感謝の気持ちに返答している姿は、勇者のようで素敵だと感じる。
 魔王の姿と勇者の姿。
 人によって見える姿は違うけれども、私にとってのリュート様は、いつも素敵な主なのだと胸を張って言える。
 それが少しずつ周囲にも知れ渡り、理解者が増えてくれたら嬉しいと考えながら、戸惑って私の方を見る彼に微笑み返すのであった。

 ◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇

【GW特別企画】でUPしている、「ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー」ですが、GWが終わっても、切りの良いところまではUPしたいと思います。
おそらく、本日中に全部UPは難しいので……

これからも、キリの良いところまで書けたらUPしていくような形でいこうと思いますので
少しでも楽しんでいただけたら幸いです✨
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。