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第十一章 命を背負う覚悟
11-4 大きな一歩
しおりを挟むリュート様の機嫌が直ったので一緒に水のカーテンから外へ出たのだが、バリケードを築いていた元クラスメイトたちが揃ってニヤニヤしているのが見えた。
それを見たリュート様は、無言で一番近くに居たモンドさんを蹴る。
「痛いっす!」
「一番ニヤニヤしてんじゃねーよ」
「みんなしてるのに……酷いっすよぉ」
情けない声を出すモンドさんに、「なさけない声だしてるにゃぁ」と子供達が笑う。
こうなるとわかっていてニヤニヤして待っている元クラスメイトとは違い、子供達は大人しく待っていたようだ。
リュート様が武装を解除したのを確認して、ニンジンを練り込んだチーズナンを片手に走り寄った。
「見て欲しいにゃ~! 皆で作りましたにゃ~!」
「つくったにゃー」
「きっと、おいしいにゃっ」
それを見たリュート様は笑みを浮かべて大きな手で子供達の頭を撫でる。
お手伝いができてエライ! と褒められた子供達は、どこか誇らしげだ。
そんな中で、リュート様はナンの色がいつもと違う事に気づいたようで首を傾げた。
「なんでこんなに赤いんだ?」
「かーちゃが……つくった、ニンジンー! 苦手だけど、食べるにゃぁ」
「なるほど……ニンジンを練り込んだのか。さすがルナ……すげーな」
一瞬にして私の仕業だと勘づいたリュート様に照れ笑いを浮かべていると、一生懸命魔物と戦ってきたことを知っている子供達が「食べるー?」「おなかへったにゃ?」と、次々に優しい言葉を口にする。
最初に怯えられていたのが嘘のようである。
「ヌルも、留守を守ってくれてサンキューな」
≪いいえ! マスターがいない間、みんなと遊んでいただけですから!≫
「一緒につくってたにゃー」
「ヌルは力持ちだにゃ~」
どうやら、モカ家族に気に入られたらしいヌルは、体によじ登るモカの弟を支えながら、とても楽しげにしていた。
「モカに弟がいたんだな」
「召喚術師様にも紹介しますにゃ~、弟のココアですにゃ~」
「ココア?」
そこでリュート様は首を傾げてモカの母を見る。
「あのさ……名前はどうやって考えているんだ?」
「それでしたら、ヤマト・イノユエが作った名前大辞典という書物を参考にしておりますにゃ~。異世界の料理名が載っていて、キャットシー族の間で流行しておりますにゃ」
「子供の名付けのマンネリ化対策ですにゃぁ」
長老まで一緒になって「助かりますにゃぁ」と言っている。
その辞典を念のために見せて貰ったのだが、知っている食材や料理名がたくさん記載されていた。
日本に実在する料理名や食材名を記載しているだけなので、あの壊滅的な命名センスを感じることはなかったが……油断ならない。
「珍しいものを見せてくれてありがとうな」
「ヤマト・イノユエは、ベオルフ様並みにマズイネーミングセンスですからね……」
「ベオルフのネーミングセンスも酷かったよねー……って、あー! そうだ、リュートにお願いがあったんだったー!」
真白が急に騒ぎ出すのはいつものことだが、『お願い』という言葉に全員が反応する。
何だろうかとみていると、真白はとんでもないことを言い始めた。
「土下座ってどーするのー? ベオルフに謝罪するときスリスリは変だって、みんなが言うんだもーん」
「は? 土下座? まあ……やり方を見せるのはいいけど……」
そういって、彼は設置されたままであった敷物の方へ歩いて行くと、ブーツを脱いで机を隅に寄せてスペースを作ってから正座をした。
「ま、待って! 真白ちゃんもするー!」
「チェリシュもー!」
あれ? これは、私もする流れでしょうか……
そう考えていたら、リュート様が私の名を呼んだので近づいていくと、彼は正面にいて欲しいとお願いするので、そのまま彼らの前に立つことにした。
「いいか? 正座も背筋をピンッと伸ばして綺麗に座るんだ。背中を曲げちゃ駄目だぞ」
「ピーンなの!」
「真白ちゃんには難しい……」
「あー、真白はしゃがむとそれらしく見えるから」
「はーい!」
リュート様の指導の下、チェリシュと真白が綺麗な正座をしてみせる。
子供達もきゃっきゃ騒ぎながら一緒になって座る姿を見て、なんだかだんだん居心地が悪くなってきた。
何かを察したように無言で元クラスメイトたちも動き出し、リュート様と子供達の後ろに座って見せるのだが、彼らはリュート様から教えられているのか、とても様になっている。
リュート様にお説教を食らったときにでも仕込まれたのだろう。
「まずは相手に向かって正座をして、手を地面につけて、額が地面に就くくらいまで前に屈むんだ。伏せる感じだな。その姿を暫くキープするんだ」
「あい!」
「わかったー!」
「そして、最後に謝罪の言葉を述べる」
「ルー、ごめんなさいなのっ」
「ルナ、真白ちゃんが悪かったよー! ごめんねー!」
「この度は、誠に申し訳ございませんでした」
ぺこーっと頭を下げて、チェリシュ、真白、リュート様という順に土下座をしてくれるのだが……ま、ま、待ってくださいねっ!?
何故私に土下座をするのですかっ!?
「ルナ様、申し訳ないっす!」
「いつも、本当にすみません」
「美味しいご飯をありがとうございます」
謝罪なのか感謝の気持ちなのか、良くわからない言葉も聞こえてくる。
キャットシー族の子供達も一緒になって「ごめんにゃ~」「ありがとうにゃ」とか言い出すから、たまったものではない。
「み、みんな、やめてください! それに、す、すごく周囲の視線が痛いですうぅぅっ!」
遠征討伐訓練に参加した生徒達が、ヒソヒソと私たちを見て話をしているのだが、これはどう見てもマズイ。
あの召喚獣は最強かよ……という声が聞こえてきて心底慌てた。
端から見たら、リュート様を初めとした、春の女神であるチェリシュと神獣の王である真白、キャットシー族の子供達に付け加え、黒の騎士団の新人達が揃って土下座しているのだ。
カオス以外の何物でも無い。
この状況をどうしようか考えていたら、リュート様がぷっと吹き出した。
「リュート様!」
「あー、いや、本当にごめん……すげー可愛いから……ついっ」
「ルーがオロオロだったの!」
「ルナがオロオロするから、真白ちゃんはコロコロしておくねー!」
転がり出した真白を溜め息交じりに見つめ、私はしゃがみこむとリュート様の目の前で思いっきりふくれっ面をして見せる。
本当に、こうやって弄ってくるとか……先ほどまでのリュート様はどこへいったのか……
いや、むしろ……此方の方が良いのだけれども、弄らなくても……
そんなことを考えていると、彼が本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ルナがさ……そうやって、喜怒哀楽を見せてくれるのが嬉しい。そうだよな、俺も……隠しちゃ駄目だったよな。本当にごめん」
「しょうがないですね……今回だけですよ? 次はありませんからね?」
「ああ。約束する」
「一緒に怒りますから、怒って帰ってきてもいいのです」
「そうだな、一緒に怒ろうな」
「はい!」
えへへーと私が笑っている様子に安心したのか、リュート様が優しく頭を撫でてくれた。
それだけで幸せを感じられるから不思議だ。
でも、決して嫌なのではなく、とても幸せに生きているな……と感じる。
些細なことでも幸せを感じられたら、それはとても幸運なことだ。
人生に彩りを添えて、鬱々と考えている暇も無いのだから……
「あ……あのー……」
この状況で声をかけてくる猛者がいるとは……と、声の主を見る。
深紫色に金糸……件の魔法科だと悟り、緊張が走る。
リュート様が怒った原因を作った生徒だろうかと警戒したのだが、どうやら違うようだ。
元クラスメイトたちも警戒していたのだが、当の本人であるリュート様が柔らかな声で「どうした?」と尋ねたからである。
「一部の魔法科の奴等が迷惑をかけてすみませんでした」
「アイツらはエイリークの生徒だろ?」
「はい。先輩のことはデュース先生から聞いていましたが……ここまで酷い状況だとは……」
「あー、やっぱりデュース先生の生徒か。魔法科で俺に声かけてくる奴等は、みんなデュース先生の生徒なんだよな。つまり……お前たちも苦労しているんだな」
「わかっていただけますかああぁぁっ!? そのせいで母ちゃんや姉ちゃんに嫌味を言われて肩身が狭かったり、彼女にフラれそうになったりして……本当にあの先生、どうにかなりませんか!? 先輩、対処法を教えてくださいぃぃぃっ!」
「あの先生に女を近づけるな。以上」
「簡潔すぎて、反対に参考になりません!」
数名の魔法科の男子生徒は謝罪に来たようなのだけれども、途中から身の上相談のようになっている。
話の中心になっているのは、リュート様の魔法科時代にお世話になったという先生なのだろう。
とても女性好き……なのですね。
「ていうかさ……新人の先生、デュース先生がいてよく持ってるよな」
「あー……何か、食指が動かないとかぼやいていました」
「……好みがあったのか」
「意外ですよね」
打ち解けた様子で話をしているリュート様に、私とモンドさん達は顔を見合わせる。
これなら大丈夫だろうと警戒を解いた。
「あ、そうだ、先輩。あの騒ぎの中心になっている4名はエイリーク先生のクラスじゃないんですよ。あの新人の先生のクラスで……」
「……ナメられてんのか」
「そうなんですよね……あの先生、よく怒鳴られてるし……」
私たちの知らない魔法科の事情を教えてくれるリュート様の後輩達は、問題を起こした者たちの詳しい話を聞かせてくれた。
ある意味、ありがたい。
敵対していると思われた魔法科の一部がリュート様に接触して親しげに話している様子が功を奏したのか、他の生徒達もリュート様に声をかけてくる。
助けてくれてありがとう、今回は魔法科の一部がおかしい、あんなの気にしなくて良い……などなど、リュート様を擁護する声や感謝の気持ちなどだ。
今までは直接声をかけることができなかった人たちも、今回の遠征討伐訓練を通して感じる物があったのか、それとも幼いキャットシー族の子供達が無邪気に戯れ付く姿を見たからだろうか、おずおずと声をかけてくる人が増え、あっという間に囲まれてしまった。
リュート様の背中に張り付いているチェリシュと、彼の頭の上でふんぞり返る真白。
お子様組もこれには大満足のようだ。
「リュート様……嬉しそうっすね」
「そうですね……垣根を越えて、少し近づけたのかも知れません」
そう考えると、魔法科の後輩達の一歩は大きかったと思う。
一番気まずかったはずなのに……
人の輪の中心にリュート様がいて、心地良い空気が広がっていく。
ギスギスした空気ではなく、心優しくあたたかい空気だ。
「彼の頑張りは、人を惹きつける魅力があるのですね」
「与えられた才能だけではない、努力の人ですにゃぁ」
聖泉の女神ディードリンテ様と長老の言葉に、私は静かに頷いた。
戸惑いつつも遠征討伐訓練に参加している生徒たちの質問や謝罪や感謝の気持ちに返答している姿は、勇者のようで素敵だと感じる。
魔王の姿と勇者の姿。
人によって見える姿は違うけれども、私にとってのリュート様は、いつも素敵な主なのだと胸を張って言える。
それが少しずつ周囲にも知れ渡り、理解者が増えてくれたら嬉しいと考えながら、戸惑って私の方を見る彼に微笑み返すのであった。
◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇
【GW特別企画】でUPしている、「ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー」ですが、GWが終わっても、切りの良いところまではUPしたいと思います。
おそらく、本日中に全部UPは難しいので……
これからも、キリの良いところまで書けたらUPしていくような形でいこうと思いますので
少しでも楽しんでいただけたら幸いです✨
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