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第十章 森の泉に住まう者

10-38 特訓用調理アイテムパートⅡ

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「アイスクリームを作るにあたって、俺からルナちゃんにプレゼントしよウ」

 そう言って時空神様が取り出したのは、球状の物……大きさはバスケットボールくらいあるだろうか。
 受け取ってみるが、そこまで硬くも無く重くも無い。
 どちらかというと、弾力のある柔らかな感触がした。

「この印の部分に魔力を注ぎ入れる感じダネ。魔力を注いでみテ」

 指し示された場所には、ロゴのように何かのマークが入っている。
 魔力を注ぎ入れる訓練パートⅡということだろうかと考えながらも、言われたとおりに魔力を注ぐのだが、やはり上手くいかない。
 いつものようにキュステさんのサポートがあるわけではないので、難しく感じてしまう。

「んー……まだこのレベルは早かったカナ。ちょっと調整するネ」

 そう言って印に触れて何か細工をした時空神様は、再び私に「魔力を注いでみテ」と言った。
 一つ深呼吸をしてから魔力を注ぎ始めたのだが、今度は先ほどよりもやりやすい。
 このボールに魔力を流し入れるイメージは、例えるなら注ぎ口があって、そこに蛇口から水を綺麗にこぼれることなく流し入れるような感覚だ。
 先ほどまでは注ぎ口が小さすぎて漏れ出てしまった魔力も、今は私一人でギリギリ調整できる量の魔力が無駄なく流し込めている。
 しかし、気を抜けばすぐに漏れてしまうので、かなりの集中力を要した。

「少しずつだけど上達しているカナ?」
「こ、これも……キツイですね」
「頑張ってネ。修行の一環だからネ」
「は、はいっ」

 お料理の事に関する物なら全力で頑張る私の性質を、よく理解した修行道具である。
 そこが恨めしくもあるが、全ては私のためだ。
 頑張らなければ!

「ちなみに、リュートくんは余裕でできるからネ」
「うぅ……リュート様……さすがですうぅぅっ」

 注意しながら魔力を注ぎ入れて数分、ようやく一杯になったのかカシュッという音を立て、表面に切れ目が入った一部がかすかに浮いている。

「え、これ……何ですか? というか……どういう造りですかっ!?」
「さあ? 父上に頼んで創って貰った物だからネ」
「オーディナル様……」

 創った相手がオーディナル様であれば、何でもアリだ……と、半ば諦めて蓋のような物を押し上げて開いてみると、中には大きめの容器が入っていた。

「その容器にアイスの素を入れるんダヨ」
「は、はあ……」

 とりあえず、アイスの素となるものを作ろうと、まずは鍋に牛乳と砂糖を入れて砂糖が溶けるくらいまで温める。
 卵を卵黄と卵白にわけ、卵黄を潰して綺麗に混ぜてから温めた牛乳を少しずつ入れて混ぜて、ザルで濾していく。
 濾した物を再び鍋に戻して中火にかけて混ぜながら、とろみが付いてきたら火を止め、ボウルに移して熱を取る。
 ここは、本来なら氷水で冷やすのだが、時空神様が神力を使って冷やしてくれているので簡単だった。
 いつも思うのだが……贅沢な神力の使い方である。
 その間に、別のボウルに生クリームを入れて六分立てにして、時空神様が冷やしてくれた物を加えて丁寧に混ぜ、オーディナル様が創った容器の中に入れた。

「作り慣れてるネ」
「夏場になると、母が食べたいと言う回数が多かったもので……」
「あー! 確かに言ってタ!」

 この一言で時空神様がうちの母と仲が良い事がわかってしまった。
 一応、お客様の前で母はおねだりをしない。
 気心知れた相手にしか見せない顔なのだ。
 つまり……かなり気に入られているということなのだろう。

「昨年の夏のブームは苺……ベリリヨーグルトアイスだったヨ」
「あ、それも良いですね」

 ヨーグルトとベリリを準備していたら、時空神様はセッティングされた球状の物を、ワクワクして見ていたチェリシュ達に渡した。

「コレで遊んでおいデ」
「ボール遊びなのー!」
「コロコロしますにゃ~!」
「真白ちゃんが一番転がしてみせるー!」

 きゃーっ! と、お子様組がボールに群がり、集落の小さな子達を交えて遊びだしてしまったのだが……壊れないのだろうか。
 作ったのがオーディナル様なのだから、大丈夫だとは思うのだが心配になる。
 暫く様子を見ていたが、コロコロ、ぽよんぽよんと跳ねるボールを子供達が追いかけて遊ぶ中、ボールに張り合って跳ねている真白を見つけて、一羽だけ遊び方が独特だなぁと感じた。

「ほら、ルナちゃん、次だよ次! 他にも作らないとネ」
「え、あ……はい」

 急かされるように苺をすりつぶし、砂糖を溶かした牛乳とヨーグルトを入れて混ぜ、先ほどと同じように生クリームを泡立てて混ぜ合わせていたのだが、にわかに外が騒がしくなった。
 時空神様が顔を上げ、少しだけ何かを探るように視線を動かしたかと思えば、指をパチンッと鳴らして、すぐに作業へ戻ってしまう。
 何事かと思っていたら、そろそろ感じ始めていた焦燥感が綺麗さっぱり消えてしまったので、リュート様が帰ってきたようだと納得した。
 その間にも、ボール3つ分の牛乳と卵のアイスとベリリヨーグルトアイスを仕込み、子供達がそのボールで遊んでいるのを眺めていたのだが、楽しそうな姿を見ていると、もしかしたらオーディナル様のプレゼントの真の意味は、此方の方であったのではないかと思えてきた。
 そうでなければ、わざわざボールにしないだろうと口元に笑みが浮かぶ。
 しかし、いつの間にこんなものを作ったのだろうか。
 真白の後始末などで右往左往しているオーディナル様に、そんな時間は無いはずだ。
 チラリと時空神様の方を見ると、彼は嬉しそうに次の仕込みに入っていた。
 もしかして……事前にこうなることがわかっていた?
 断片的であれ、どうであれ、彼は私がアイスを作り、チェリシュ達が遊んでいる姿を見たのでは無いだろうか。
 そう考えれば、彼の準備の良さも納得がいく。

「あー! ルナ様がまた何か変わった物を作ってるー!」

 騒がしい声に聞き覚えがあって、思わず視線をあげると……何故か、キャットシー族の子供たちに張り付かれているモンドさんが立っていた。
 ……何故に?
 その疑問を持ったのは私だけでは無かったようで、時空神様と作業を一緒にしていたヌルも呆然とモンドさんを見ていた。

「どうしたんっすか?」
「えっと……なつかれて……いますね」
「ここの子って、みんな素直っすよね! 何かリュート様が『納得いかねー』っていってたっすけど……何かあったんすか?」
「あー……えーと……い、いえ……別に……」

 そういえば、モカもモンドさんに張り付いていたなと思い出し、そう考えるとおかしな事では無いのかと思えてくるから不思議である。
 腕に抱えられた小さな赤子も、きゃっきゃと喜びの声を上げているのを見ていると、彼の天職は保育士では……? という考えが頭を過った。

「ただいま」

 少し疲れた顔をしているリュート様とヤンさんに続き、ダイナスさんとジーニアスさんが此方へやってくる。

「お帰りなさいませ、リュート様。みんなも無事合流できて良かったですね」
「ああ、少し集合地点がズレていたが……想定範囲内だった。それよりも、少し面倒なことになった……時空神とディードリンテ様も交えて話がしたい。アクセンたちにも報告しねーと」
「真白ちゃんは参加しなくていいのー?」
「お前はボールで遊んでろ」
「ボール遊びができないからって、そうひがまなくてもー」

 うぷぷっと笑う真白にイラッとしたのか、リュート様は無言でアイギスを解除すると、チェリシュが持っているボールを投げてよこすように言い、ぽーんっと投げられたボールを見事に胸で受けとめた。
 それから、華麗にリフティングを始めてしまったのだが……
 え……リュート様……サッカーも得意なのですかっ!?

「うわーうわー! すごーい!」

 真白たちの純粋な賞賛を浴びたリュート様は、苦笑しながらボールをチェリシュへ返す。
 それから、転がったボールを追いかけていた子供達に、一緒に遊べる方法を教え始めたのだが……みんなのパパになっていませんか?

「リュートくんって……アレだよネ、運動系は一通りやってる感じだよネ」
「そうですね……」
「バスケやバレーもできソウ」
「私は体育であまり良い点数が取れなかったので羨ましいです」
「だろうネ」

 間髪入れずに肯定してくれた時空神様を無言で見ると、彼は気まずそうに視線を逸らす。
 まあ、ベオルフ様のように追い打ちをかけてこないところが時空神様ですよね。

「リュート様! さっきの、俺たちにも教えてくださいっす!」
「別にいいけど……あ、いや、それどころじゃ無かった!」

 はたと気づいたリュート様に、時空神様が笑って「まだ時間があるから大丈夫ダヨ」と告げる。

「へ? あ、そう……なの? ……っていうことは、知ってたな!?」
「いやいや、魔物がなんなのかは知らないヨ? ただ、襲撃は明日っていうのは知ってるカナ」
「オイ……」
「情報を開示できるタイミングっていうものがあるんダヨ。時空神にも制約があるんだっテ……詳細はわからない、でも、断片的に見えるっていうだけダヨ」

 わざとじゃ無いと首をふる時空神様に、ヤレヤレと溜め息をついたリュート様は時空神様が手に持っているボールを受け取った。

「ところで、なんでこんなに沢山のボールを用意して遊んでいるんだ?」
「あー、アイスなんだよネ、その中身」
「……は? ……あー! そういうことか!」

 へーっ! と、納得したリュート様はボールをひっくり返して見ながら、ふとした疑問が浮かんだのか、顔を上げて尋ねてくる。

「誰が作ったんだ?」
「ルナちゃんダヨ」
「ちげーよ。このボール……」
「え? 父上に決まっているじゃないカ」
「やっぱりか!」

 時空神様の満面の笑みから放たれる言葉を聞いたリュート様は叫び、問題児トリオとヤンさんは顔を引きつらせた。
 まあ、確かに……創造神が手がけたアイテムなんて、そう見られる物ではありませんものね。

「ルナちゃんの特訓用調理アイテムパートⅡダネ」
「しかも、アイスだけ……」
「アハハハ! まあ、そのうち大量生産するようになったら追いつかないから、今だけのアイテムになるけどネ」
「創造神の手がけたアイテムが……そんな扱いでいいのか?」
「ボール遊びはできるヨ?」
「つまり……今回は、チェリシュの遊び道具がメイン?」
「どうだろうネ」

 絶対に間違いねーだろ……と呟くリュート様に激しく同意しながら、とりあえずは順調にアイスクリームができていることだろうと苦笑しつつ、カレースパイスの調合を開始したのである。

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