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第十章 森の泉に住まう者

10-34 良い兆し

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 真白に似せた器で作った蒸しプリンは好評で、自分の卵が器になっていることが珍しかったのか、ラエラエたちも興味津々であった。

「ラエラエたちの前で卵が美味しいから、このプリンが美味しくなると言うのは……少し気が引けますね」
「そうだな……」

 私とリュート様の言葉を聞いた聖泉の女神ディードリンテ様は、それは大丈夫だと左右に首を振る。

「ラエラエは、自分の子孫として残すと決めた卵以外に興味はありませんし、それは摂取した物の対価というべきものです。モルルの魔石と同じく……そうですね……」

 ジッと私を見ていた彼女はふわりと微笑んで口を開いた。

「相応しい言葉があるとすれば『リサイクル』というものかもしれません」

 あ……これは、私の中にある言葉で適切な物を探し出した感じですね。
 私自身、オーディナル様たちが当たり前のようにしてくるので慣れてしまったが、リュート様はあからさまに顔をしかめる。

「人の思考を読むのは不躾だと思うのだが?」
「申し訳ございません。我々にとっては当たり前のことで、そういうつもりはなかったのです……理解していただけそうな言葉を私が持っていなかった為に、失礼いたしました」

 素直に謝罪をする聖泉の女神ディードリンテ様に毒気を抜かれたのか、リュート様はそれ以上何も言わずに私の方を見たので、気にしていない旨を伝えて謝罪を受け入れた。

「オーディナル様もよくベオルフ様の思考を読んでいるみたいですし、何なら内緒話もしているのですよ? ズルイと思いませんか?」
「……ず、ズルイ……のか?」
「だって、私にはその会話が聞こえませんもの。絶対に私に関する事なのに……教えてくれないのは、ちょっと寂しいです」

 カラメルがたっぷりかかっているプリンを口に入れた私は、甘いけれどほろ苦いカラメルがベオルフ様のようだと感じた。
 大切にしてくれるし、大事に思ってくれている。
 しかし、時々とても大切なことを教えてくれないのだ。
 全てが終わったあとに、しれっと話してくるから腹が立つ。

「まあまあ、ルナちゃん。ほら、次のケーキを切り分けようヨ」
「あ……そうでした!」

 真白と紫黒を模したデコレーションをしておいたプリンケーキにナイフを入れて、紫黒を真白の前へ、真白をチェリシュの前へ置いた。
 とても喜んでいるお子様組を尻目に、他の皆にもフルーツやクリームがふんだんにデコレーションされている部分を選んで皿に載せる。

「ルナ? フルーツもクリームも少ししかねーだろ……そこ」
「私は全部食べてしまうと、お腹いっぱいになりすぎて、昼食の準備に差し支えますから……」
「ルナちゃんは小食だからネ」
「じゃあ、真白と半分こしよー! 真白も、全部食べたらおなかポンポンになっちゃうもーん」
「ちぇ、チェリシュも!」
「チェリシュはちゃんと食べて回復しないとでしょー? 真白のこの状態はエラーが原因だから、摂取した食べ物が関係していることもないしー」
「じゃあ、真白のそれは保管して紫黒に見せてあげましょうか」
「わーっ! それ賛成!」

 食べて良いのかなと迷っているチェリシュに「美味しく食べて欲しい」と伝えて見守っていると理解してくれたのか、口の周りをクリームでいっぱいにしながら、とても美味しそうに食べてくれる。
 それが嬉しくて、ついつい笑顔になってしまった。

「うわ……すげー……とろける……これ、すげーな……」
「まあ……先ほどとは違い、ぷるんとした食感よりも滑らかさが際立っていて、口に入れたら……溶けていくようです」

 どうやら、聖泉の女神ディードリンテ様は大いに気に入ってくれたようである。
 そう、低温調理で作ったプリンの凄さは、この滑らかさにある。
 口に入れた瞬間に感じる滑らかさは言葉に出来ないきめ細かさで、ほろりとほどけて溶けていく食感には感動すら覚えてしまう。
 私も最初、このプリンを兄が作ってくれたときには驚いた。
 市販でもとろける系プリンはあったが、そのクオリティ……いや、それ以上のクオリティに仕上がっていたのだ。
 濃厚な卵の味、ミルクと生クリームがコクをプラスし、滑らかな食感は形容しがたい至福をもたらしたのである。
 兄のプリンは、バニラビーンズを加えていたため、今食べているプリンよりも香り高く味にも深みがあった。
 それを知るだろう時空神様の方を何気に見てしまうのだが、彼はニコニコとプリンを口へ運んでいる。

「ラエラエの卵が美味しいし、嫌なにおいがしないのもあるケド……リュートくんの調理器具とルナちゃんの腕前が揃ったときは、とんでもない効果があるよネ。陽輝のプリンにも負けていないヨ。これで、バニラビーンズがあったら、最強ダネ」
「そうですね……バニラがあれば、アイスも作ってみたいです」
「バニラが無くても作っていいんだぞっ!?」

 何故かリュート様が食いついた。
 あ、あれ? もしかして、リュート様って、アイスクリームも好きなのかしら。
 思わず疑問を感じてしまうが、彼は主にコンビニを愛用していたことを思い出す。
 なるほど、コンビニで取りそろえているメニューなら、興味を覚えるどころか食いついてしまうと考えて良いだろう。
 そうなると……コンビニのカウンターに設置されているスチーマーやホットショーケースにある肉まんや揚げ物、おでんなども好きなのだろうか。
 おでん……あー……おでんは大根や卵なら……さすがに、ラエラエの卵は大きすぎますが……と、考えながらリュート様を見つめ返した。

「この状況では難しいですが、いつかアイスクリームを作る予定です」
「そっか……それは楽しみだ」
「その時は難しいお願いをするかもしれませんが……」
「ルナの頼み事ならなんでもござれだ。それに、旨い物が食えるからな」

 嬉しそうに返答するリュート様を見て、アイスクリームに興味を覚えたのはチェリシュと真白である。
 アイスクリームとはどういうものかと質問攻めにされ、私は甘くて口の中に入れたら冷たくて溶けてしまうものだと答えた。

「冷たい……なの」
「氷とは違うのー?」
「氷は硬いですが、アイスクリームは滑らかで甘くて美味しいのです」
「食べたいなのー!」
「真白ちゃんもー!」

 これは弱ったと困っている私に、時空神様が助け船をだしてくれた。

「お昼は余っているパンを使ったフレンチトーストにして、甘い系でアイスクリームを試作品として作ってみたらどうダイ? 手伝うヨ」
「で、ですが……」
「冷やして撹拌する部分を俺がやるヨ」
「それなら俺が……」
「リュートくんは、その間に周辺調査をお願いしたいんだよネ」

 どこか含みのある声のトーンに気づいたのは私だけでは無かったようで、リュート様は何も言わずに頷いた。
 ヤンさんに目配せすると、彼も無言で頷く。
 昼食の準備中は、2人が外を調査してくれるようだ。

「フレンチトーストか……甘くない系もいけるヤツだな」
「はい。しょっぱい系と甘塩っぱい系もできます」
「それはまた楽しみだな。ラエラエたちの卵も大活躍だ」

 リュート様の言葉を聞いたラエラエたちが、目を輝かせてお尻をフリフリしながら、皆がくれる果物の皮を機嫌良くついばむ。
 しかし、コーヒーを入れた粉が一番好きなのか、先ほどからコーヒーのおかわりを淹れるのを買って出てくれているリュート様の周囲から離れようとしない。
 どうやら、ラエラエに気に入られたようだと聖泉の女神ディードリンテ様は、珍しい物でも見るかのようにリュート様とラエラエたちを眺めていた。
 リュート様は優しいから、それがわかる人にはすごく好かれるタイプだと思う。
 第一印象が怖い人が、全員怖い人では無いと声を大にして言いたい。
 近くで苦しんでいる人を長年見てきたからだろうか、演説をする政治家並みにマイクを使ってアピールしたいくらいだ。

「しかし、リュートくんが淹れたコーヒーはひと味違うネ……しかも、プリンの甘みに合うしネ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「リュート様並みになりたいものです」
「慣れだよ慣れ」

 リュート様の慣れた手つきとヤンさんの手つきを見たら、どちらがベテランか一目瞭然だ。
 本日からコーヒーを淹れ始めた人が、同じ域に達するには時間がかかるだろう。

「レシピ化は……」
「ああ、これはレシピが存在しない。加護を持つ者だけが加工できる感じだ」
「そうなのですか……トッピングやアレンジしたコーヒーをレシピとして他の方に習得させるのは難しいのですね」
「あー、それはどうカナ。父上の許可が下りたら、少し相談してみるヨ。知識の女神であるバーロッサーナが協力してくれたら、レシピ化も可能になると思うヨ」
「……マヨネーズ料理を作りましょうか?」
「なんだか賄賂みたいだけど、絶大な効果があると思うヨ」

 やっぱり貴族なんだネ、抜かりが無いヨと時空神様が笑うのだが、出来ることならコーヒーも広めたいのだ。
 日本では専門店があるくらい人気の飲み物なのだから、同じような味覚を持つこの世界で流行らないとは思えない。
 ただ、カフェインに関してはどう作用するかわからないので、その辺りは時空神様にお任せした方が良さそうである。
 私の心配をわかっていたのか、彼は片目を瞑って「任せテ」と言ったので一安心だ。

「ねーねー、ルナー! 食べ終わったから次のプリンー! 真白ちゃんたちが綺麗に飾り付けた、プリン・ア・ラ・モード!」
「あ、そうでしたね」

 最後が一番ボリューミーだと感じながらも、みんなの前にプリン・ア・ラ・モードを置いた。
 最初にチェリシュと真白のプリン・ア・ラ・モードを置いたので、そのボリュームに周囲は驚いていたが、モカと私たちが盛り付けたプリン・ア・ラ・モードは標準タイプなので、少し安堵したようだ。
 さすがに、クリーム真白が沢山並んでいるプリン・ア・ラ・モードと、ベリリをこれでもかと積み上げたプリン・ア・ラ・モードは、みんなの前に出せない。
 おそらく、食べきることが出来ずに、リュート様が全て平らげるのだろうが……お子様組が喜んでいるのなら、それで良いと思えた。

「リュー、半分こなの!」
「真白のは、チェリシュも食べてイイヨー!」
「ありがとうなの! チェリシュのはまっしろちゃんも食べてなの!」

 仲良く会話をしているお子様組にリュート様は苦笑を浮かべて、タワーといっても過言では無いプリン・ア・ラ・モードを見つめた。

「よくもまあ……ここまで盛り付けたな」
「まっしろちゃんをいっぱい作りたかったの」
「チェリシュの大好きなベリリを沢山食べさせてあげたかったのー」

 互いを思い合っての行動に、リュート様は「そうか」と呟いて頭を撫でてから、スプーンを手に取った。

「リュート様……全て食べられないのでしたら……」
「ん? いや、余裕だから大丈夫」

 その言葉に、彼のことをよく知らない全員が「え?」と目を丸くし、チェリシュと真白の勧めのままに食べ始め、その減り具合に驚愕したようであった。
 見ていて爽快な食べっぷりに、驚きは感嘆の溜め息となり、仕舞いには「見ていて気持ちいい食いっぷり」だと賞賛する声に変わっていった。
 大食い動画を出している人が多い中でも、食べ方が綺麗で見ていて爽快感を覚える人は、ずっと見ていられるような感じに似ている。
 しかも、その間に口の周りをクリームでベトベトにしているチェリシュの世話を焼き、定期的に相手をしないと拗ねてしまう真白も構っているのだ。

「召喚術師様は、凄いにゃ~! さすがだと尊敬しますにゃ~!」

 すかさず賞賛するモカの言葉に、幼いキャットシー達も同意し、目の前のプリン・ア・ラ・モードを一緒になって食べ始める。

「あら……この子、リンゴは嫌いだって……」
「うちの子も……」

 リュート様の効果なのだろうか、好き嫌いをしていた子供達も一緒になってパクパク食べている姿に、親たちが驚いているようだ。
 美味しそうに食べている人を目の前にした効果は絶大である。
 それでも効果が無いときは、実際に育てるか、一緒に料理をするのが一番だ。

「うちで仕入れているリンゴは甘くて歯切れが良いからな。子供でも食べやすいんだろう」

 リュート様の言葉で彼がこだわり抜いて仕入れたリンゴだから違うのかと納得するとともに、子供達の「すっぱくなーい」という言葉で、グレンドルグ王国のリンゴも酸っぱかったことを思い出す。
 あー……あれでは、加工すること無く食べるのは辛いですよね。

「ここにあるフルーツは全部甘くて旨いし、特にベリリはチェリシュが育てた物だから、すげー甘いぞ」
「春の女神様すごーい」
「すごーい」
「そ、それほどでもない……なの……で、でも、ベリリの美味しさを知らないのは、人生の半分以上を損していると思うの! 美味しいベリリをいっぱい食べて欲しいの!」

 ベリリの美味しさを説明され、もくもくと食べる子供達が食べることに集中していると感じた親たちも、先ほどのプリンケーキでも果物がプリンの甘みに負けていなかったことを思い出し、目の前のプリン・ア・ラ・モードを食べ始める。
 そして、食感の違いに驚いたのか顔を見合わせた。

「食感が違うですにゃ~! こっちは、すこし硬めですにゃ~!」
「しかし、卵の味がより濃厚に感じられて食べた感覚が強い……同じ材料とは思えぬプリンですにゃ」

 モカが声を上げ、長老も頬を緩ませてひげについたクリームを指で拭っていた。
 どうやら、焼きプリンも好評のようだ。

「俺はさ、この焼きプリンの焼いた面の硬いところが好きなんだよな」
「わかります、ここいいですよね」

 リュート様の言葉にヤンさんも同意して、2人で硬いところをスプーンで掬って食べ、満足げに笑い合っている。
 コーヒーを飲み、プリン・ア・ラ・モードを食べている聖泉の女神ディードリンテ様へ視線を向けると、最初に会った時より顔色が良いようだ。
 少しは効果があったのだろうか。
 私のプリンとリュート様のコーヒー。
 ダブル効果で元気になってくれたら良いのだけれども……そう考えていた私の肩を軽く時空神様が叩き「イイ兆しダ。お手柄ダヨ」と微笑んだ。
 その言葉が何よりも嬉しくて、思わずリュート様と顔を見合わせて微笑み合うのであった。

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