上 下
405 / 558
第十章 森の泉に住まう者

10-26 プリンと一言でいっても……?

しおりを挟む
 
 
 リュート様の方は道具がある程度揃ったのか、コフィーの実から種子を取り出して器に入れているようだ。
 手際が良いのは、元々器用だからだろう。
 どうして、私の周囲の男性は器用な人が多いのだろうか……もっと、不器用でも良い気がする。
 強いて言うなら、リュート様のお父様やテオ兄様が不器用な部類に入るくらいだ。
 チラリと横にいる時空神様を見るが、彼も兄に仕込まれたのかたたき込まれたのかわからないが、とても料理上手だし手際も良い。

「ねーねー、ルナ! プリンってぷるっぷるなの? 真白ちゃんのマシュマロボディと、どっちがぷるっぷるしてるー?」
「プリンの方がぷるんぷるんしてますね。真白はもちっとして良い感触ですから」
「そっかー、良い感触かー……それなら、仕方ないね!」

 何が仕方ないのかわからないが、上機嫌でうんうん頷いている姿を見たチェリシュが、頭をよしよし撫でている。
 力加減の練習らしい。
 恐る恐る指を伸ばして「そろーり、そろーりなの」と言っている姿が可愛らしいし、それを黙って受け入れている真白も愛らしくて笑顔になってしまう。
 私たちに必要なだけ卵を準備してくれるようで、ラエラエは時空神様からいただいた様々な物を口にしては輝きながら卵を産み落としている。
 あ……あの……大丈夫なのですか?
 少し心配になっていたのだが、体の構造的に全く問題は無いようだ。
 暫く食べる物にも困っていたのか、「もっとちょうだい!」というように翼をパタパタさせている。

「洗浄石で綺麗にしたものをボウルに入れてあるからネ」
「ありがとうございます!」

 仕事が早いです時空神様っ!
 ボウルいっぱいの卵を手に取り、リュート様から借りた棒のような物を卵のてっぺんに押しつけて穴を空け、細い棒を差し込んでかき混ぜてから、コップの上に裏返して置いた。
 中身がトロリと出てくるのだが鶏卵よりもオレンジ色が強いようで、とても美味しそうである。

「チェリシュもお手伝いしますなの!」
「真白ちゃんが、穴あき卵をコップにセットしてあげるー!」

 すぐさま仕事を見つけてお手伝いを開始してくれたチェリシュと真白に感謝しながら、私は冷蔵庫から牛乳を取り出したついでに、スープクッカーの保温スイッチを入れておく。

「今回は、炊飯器を使うのカイ?」
「一応、スープクッカー……です」
「大して変わらないと思うケド……保温機能を使うと時間がかかりそうダネ」
「温度設定が出来るので、心配するほど時間もかからないと思います」
「へぇ……そう考えると炊飯器より便利ダ……さすがは、リュートくん」

 感心している時空神様に同意して、鍋に砂糖と少量の水を入れて火にかけ、カラメルを作っておく。
 此方は粗熱を取るために暫く放置だ。
 その間に、別の鍋に牛乳と生クリームと砂糖を入れて火にかける。
 砂糖が溶けたら火を止めて、たまっている卵液を貰って、一度丁寧に混ぜてから鍋の牛乳を少しずつ加えて混ぜ込んでいく。
 プリンは大して難しいお菓子では無い――と言いたいが、火の通り具合で滑らかさが変わってしまう繊細なお菓子である。
 蒸し器やオーブンで火を通す場合もあれば、ゼラチンで固める方法もあった。
 その中でもお気に入り……というか、あまり失敗しないのは炊飯器だったのだ。
 炊飯器の保温機能を使って放置するだけで、滑らかなプリンができあがるのである。
 はじめて作った時に、兄と味見をして感動したものだ。
 調子に乗って豆乳バージョンを作った際には、分離してしまい美味しいとは言えない物ができあがってしまった。
 おそらく、卵一個に対しての水分量が多すぎたか、豆乳を温めずに追加したのが原因で分離してしまったのだろうという結論に達し、計量と温度管理が大事だと、その時に二人で肩を落として嘆いたのも良い思い出である。
 ちなみに、今回はシッカリと計量しているので問題無い。
 卵一個という単位が通用しない大きさであり、どれくらいの内容量がわからなかったからだ。
 計量してみると、だいたい鶏卵Lサイズ3つ分であった。
 お、大きい……さすがは、鶏よりも体が大きく、丸々としているだけはある。
 ボウルによって微妙に卵の量を変えてプリン液をきめの細かい茶こしを使って濾し、たまに浮かんでいる気泡を串の先端にペーパーをつけて潰していく。
 目の細かい茶こしで濾すと、殆ど気泡ができないので殆ど手間がかからずに助かった。
 滑らかなプリン液が出来たことに大満足していると、私の手元を見ていた真白とチェリシュが簡単だったと驚いている。
 いつの間にやってきたのか、モカも一緒になって覗き込んでいたのだが、その後ろには大人のキャットシー族の姿も見えた。
 ニッコリと微笑みかけると、おずおずと近づいてきて「見学しても良いでしょうか」と問いかけられたので笑顔で頷く。

「これでプリン液は完成です。次は、スープクッカーの釜にカラメルを入れてから、プリン液をゆっくりと流し込みます」
「ルナちゃん、卵の殻ハ?」
「そちらも使いますが、まずは大きいのを作ってデコレーションしようと思いまして」
「パフェを作るんじゃないんダネ」
「いえ、どうせならバリエーション豊富に作ってみようと考えております」
「ナルホド! ――ということは、プリンデコレーションケーキが見られるのカナ?」
「はい! ベリリやフルーツや生クリームでデコレーションします」
「うわぁ……見た目が華やかでイイネ」

 私が言った言葉だけで何をしようとしているかイメージが出来たらしい時空神様のテンションが上がる。
 何と言うか……すごく良い反応だ。
 もしかして――プリンが好き……なのだろうか。

「ルー、ベリリ……いっぱい……なの?」
「いっぱいですよー」
「はっ! チェリシュ、ベリリをいっぱい出すの!」
「ま、待ってくださいチェリシュ! 以前にいただいた物がまだありますから大丈夫ですよっ!?」

 そうなの? と目を丸くして可愛らしく首を傾げるチェリシュにあわせて、真白達も首を傾げている。
 お願いですから、その可愛い攻撃はやめてください、頬が緩みます!

「スープクッカーの方がケーキ。卵の殻を器にしてあるのはリュートくんが仕上げとして、パフェの方はどうするんダイ?」
「器に入れて焼きプリンにして、プリン・ア・ラ・モードを作ろうかと……リュート様が考えている卵の殻を器にしているタイプは、蒸して完成させようと思います」
「うわぁ……手法も様々ダネ」
「保温調理と蒸す方法では微妙に滑らかさが違いますし、焼きプリンはシッカリしていますから、フルーツと生クリームを添えたら美味しいと……」
「よし、早く作ろうカ!」

 待ちきれないとばかりに器の準備をはじめる時空神様にならい、チェリシュも同じように並べていく。
 興味深そうに此方を見ているキャットシー族の前を陣取っているのはラエラエで、その頭の上に移動した真白が、私の料理を説明してくれているようだ。
 もしかして……ラエラエと会話ができるのですか?
 二羽が目を輝かせてくわっくわっと鳴き出し、真白が「凄いでしょー!」と胸を張る。
 う、うん……会話が成立しているようですね。

「真白って……色々な意味で凄いよネ」
「激しく同意です」

 口ではそう言いながらも、手は動かしている。
 卵の殻の中にカラメルソースを漏斗みたいな物を簡易的に撥水性のあるペーパーで作って流し込み、続いて卵液を流し込んでいく。
 カラメルは冷え切ったら粘度が出過ぎて入れづらくなるので、少し温め直して流し込む。

「あー、ちょっと温度が高いから火傷しちゃうカモ? これは俺がやってついでに冷やしておくヨ」
「さすがに過保護では……」
「ダメダメ、リュートくんもそうだけど、陽輝が知ったら……殺サレル」

 最後の言葉を青ざめて呟く時空神様を見て、兄は何をやったのだろうかと心配になるが、そこまで酷いことをするとも思えない。
 オーディナル様を見ていてわかるが、神族は人の世界に疎い部分があるので何かやらかしたのだろうと考えたら、本気で怒っている兄の姿を思い出してしまい――私も震えた。
 温厚な兄が本気で怒るときは、洒落にならないくらい恐ろしい。
 人が怒ると怖いのはそうなのだが……兄の場合は素晴らしく素敵な優しい笑顔で怒ってくるのだ。
 そして、その口から発する言葉は鋭くて冷たくて心にグサグサ刺さる。容赦が無い。
 天使の微笑みから繰り出される言葉の刃ほど怖い物は無い。
 まあ……その恐怖を一番実感しているのは、兄を女性だと思って告白したことがある男性たちだろう。
 学生の頃によく聞いた「他校の生徒が再起不能にされた」という噂は、今でも学校の伝説として残っている。

「え、えっと……では、お願いします」
「お任せアレ……」
「ルー? ゼルにーに?」
「だ、大丈夫です。ちょっと怖いことを思い出しただけですから……あ、チェリシュ、此方が一段落したら、フルーツと生クリームを用意しましょうね。ベリリをいっぱい飾り付けましょう」
「わーい! ベリリなのー!」

 チェリシュの歓声を聞いて、何故かリュート様が頬を引きつらせて勢いよく走り込んで来た。
 どうしたのかと驚いていると、「えっと……ベリリ?」と呟くので、私とチェリシュは顔を見合わせて首を傾げてしまう。

「プリン・ア・ラ・モードにたくさん飾り付けようというお話を……」
「リュー! ベリリがいっぱいなのー!」
「え……あ……そ、そっち?」
「はい?」
「プハッ……リュートくん面白過ぎるヨ! あり得ないカラ!」
「わ、わかってるっつーの!」

 アハハハッと体をくの字に曲げて時空神様が笑いだし、リュート様は顔を赤くして狼狽えている。
 そのリュート様を見たチェリシュが「リューがベリリなのー!」と騒ぎだし、「なになになにー!」と真白がラエラエの頭から慌てて跳ねてリュート様の肩にとまって顔を覗き込む。

「ねーねー、どうして赤く……ベリリになってるのー? 理由はー? ねーねー、おーしーえーてーよー!」
「うるせーな! お前は少し黙ってろっ」
「ぎゃーっ! 真白ちゃんを『もにもに』する理由が八つ当たりのそれだー! 断固抗議するー!」

 一気に賑やかになったキャンピングカーのキッチンエリアをモカが楽しそうに見ていて、その後ろにいたキャットシー族たちも楽しげに笑っていた。
 私の作業を見たいと椅子を移動させてきた聖泉の女神ディードリンテ様は上品にくすくす笑い、彼女の周囲でくるくる回っていたラエラエたちも、くわっくわっ何かを言っている。
 リュート様と真白の大騒ぎは、ヤンさんと種子と果肉に分け終わった大量のコフィーの実を抱えたキャットシー族が迎えに来るまで続くのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】4人の令嬢とその婚約者達

cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。 優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。 年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。 そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日… 有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。 真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて… 呆れていると、そのうちの1人… いや、もう1人… あれ、あと2人も… まさかの、自分たちの婚約者であった。 貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい! そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。 *20話完結予定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。