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第十章 森の泉に住まう者

10-21 こんな時でさえ……

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 朝食の片付けが終わったタイミングで召喚術師科と黒の騎士団。それに、今回の遠征討伐訓練の責任者たちが集まった。
 それぞれが数名引き連れているので、代表者も連れてきたのだろう。
 簡易的に設置された大きなテーブルの上に地図を広げ、モカの集落の状況説明から始まり、リュート様がその集落へ向かうという話になったと聞き、テーブルを囲んでいた者たちがざわめく。
 そんな中で元クラスメイトたちは次の行動を考え、相談をはじめた。
 召喚術師科・特殊クラスからも人を派遣しようかという話も上がったのだが、リュート様が「隠密行動だから誰も連れて行かない」と宣言したため、納得がいかなかった者たちや、それを不服に思った者たちから声が上がった。
 何を不服に思ったのかわからないが、そちらはアクセン先生とオルソ先生が、すぐさま対応したために誰もが黙り込んでしまう。

「いくらリュート様でも、単独行動は心配です! せめて、二人は連れて行ってください!」
「集落の女神が警戒しているし、集落そのものが疲弊している。そこに物々しい奴らが大勢で押し寄せたら怖いだろ?」
「むしろモカみたいに、リュート様の魔王級の魔力にビックリするっす!」
「……」
「痛いっすーっ!」
「馬鹿か……」
「一言多いんだよなぁ」

 無言でモンドさんの足を蹴ったリュート様の圧にマズイと思ったのか、モンドさんは迷うこと無くダイナスさんを盾にした。
 ダイナスさんとジーニアスさんが盛大な溜め息をついているが、リュート様は追撃をすること無く、真剣な声で再度語って聞かせる。
 女神が警戒していること、集落が疲弊していて少人数しか受け入れ態勢を取れないだろうということを考慮しての人数だと説明を重ねたのだ。
 他の科からも「遠征討伐訓練とは関係が無い案件だ」という意見が出ていたのだが、「不測の事態に対応するのが遠征討伐訓練である」とロン兄様が厳しく言い放つ。
 しかし、この件がリュート様に難癖を付けたい者たちにとって格好のネタになっているのだ。
 こんな時にまでっ!――と、怒りの感情を抱えて私が声を上げるより先に時空神様が動く。

「あのさ、俺がついていくって言っているのに、何か問題でもあるワケ?」

 珍しく苛立ちを含んだ冷たい声に、全員が戦慄した。
 すぅっと細められた瞳は剣呑な色を帯びており、いつでも力を使いそうな気配である。

「女神の救出は必要ナイ……それが君たちの意見だと思って良いんダネ?」
「い、いえ……そ、そんなことは……一言も……」
「言ってないっテ? さっき『関係が無い案件』とか言わなかったカナ。それとも聞き違いだったカイ? それに、リュートくんを止める事で間接的にそうだって言っているようなものだと気づかナイ?」

 周囲からはうめき声が聞こえはじめ、時空神様の神力が溢れ始めているのだと理解し、私は慌てて彼の手を握った。
 声はかけない。
 でも、これだけで気づいてくれるはずだ。
 驚いたように私を見た時空神様は、数回瞬きをしてから「ふっ」と息を漏らすように笑い、優しく頭を撫でてくれる。
 それと同時に溢れんばかりの神力が霧散したのか、全員が胸元を押さえて浅い呼吸を繰り返していた。

「リュートくんには十神である時空神の俺が直々に依頼しようカ。集落の調査、および、女神の安否確認をお願いするヨ」
「……承りました」
「やだなー、他人行儀はやめてよネ」

 あのなぁ……というような視線を向けるリュート様に気を良くしたのか、時空神様は柔らかく目を細めた。
 文句を言っていた者たちも、これでは反論が出来ない。
 十神の名前を出されたのだ。
 それに、時空神様に面と向かって意見を述べられる者など居るはずも無い。

「派遣に反対するなんてしないよネ? そんな権利も、権限も持っていないはずだよネ?」

 再度確認するように辺りを見渡す時空神様は笑顔なのだが、目が笑っていない。
 それを察して視線を合わせられる者は少なかった。

「では、リュート・ラングレイの派遣に反対意見はありますかねぇ」

 わざと確かめる辺り、天然なのか意図的なのかわからないが、アクセン先生らしい。
 満場一致でリュート様を集落へ派遣することが決まった。
 実のところ、真白も暴れそうになっていたのだが、扱いに慣れているリュート様が鷲づかみにして黙らせていたから事なきを得ていたことを知っている者は少ない。
 どちらが暴れても、大事なのに何故気づかないのか――

「リュート様……俺たちの誰かを連れて行ってくださいっす!」

 話がまとまったところでモンドさんが声をあげ、即座にリュート様が「却下」と言ったのだが、彼らは珍しく引き下がろうとはしなかった。

「魔物が襲撃してきてるって話じゃないっすか!」
「集落の中へ入ることはしませんし、外で警戒しておりますから」
「人数が問題でしたら、一人でも構いませんので……リュート様、お願いします」

 モンドさん、ダイナスさん、ジーニアスさんと続き、他の元クラスメイトたちまで「お願いします!」と頭を下げる。
 リュート様が心配なのだろう。
 絶対に引き下がらないという強い意志を感じた。
 それを彼も感じたのだろう、戸惑った様子を一瞬見せて思案する。

「お前らな……」

 困った様子で考えを巡らせて助けを求めるように私を見るが、柔らかく微笑み返すと、ガックリと肩を落としてガシガシと後頭部を乱暴に掻いて口を開く。

「あーもー、わかったよ! 隠密行動はお手の物だよな、ヤン! お前が来い!」
「承知」
「えええぇぇぇっ!?」

 モンドさんからは不満の声が上がったのだが、その判断に全員が納得しているようであった。
 呼ばれた青年が、紺色の長い髪をなびかせてリュート様の前までやってくる。
 キリッとした一重の切れ長の目が鋭く輝いた。
 私や時空神様たちに、パシュムさんの双子の兄でヤン・ゼンナーだと名乗り、丁寧に挨拶をしてくれた青年は、リュート様へ確認するように尋ねる。

「あの三人でなくて良いのですか?」
「木々の間を高速移動するからな……平原ならいざしらず、森の中ではお前の方が速いし騒々しくもねーだろ」
「確かに……」

 問題児トリオ以外の元クラスメイト全員が頷くということは、リュート様の意見が正しいのだろう。
 納得が行かないと騒ぐモンドさんに「そういうとこだぞ」と注意する声まで聞こえてくる。
 確かに、隠密行動にはむかないですよね……

「集落が魔物の襲撃にあっているのは事実だし、その魔物がどういったものかもわからない。万が一と言うこともある」
「リュート様……まさか……」
「その可能性が高い。これは、ロン兄やアクセン、オルソ先生も同意見だ」
「知能在る魔物――」

 ヤンさんの呟きに周囲がざわつく。
 獣のようなタイプではなく、思考し策を巡らせることが出来る相手となれば、今までの力押しな魔物とは一線を画す。
 力が劣っていても、その知略で追い詰められ、命を失う者も少なくないのだとリュート様は静かに語った。

「そういう相手に長けているのは、この中ではお前ら以外には皆無だと思え。そうなった場合、参謀の指示に従い速やかに殲滅しろ。一切の容赦はするな、情けをかければ死ぬのは己だと心に刻め」

 普段のリュート様からは考えられないほど冷たく固い声だ。
 元クラスメイトの表情も自ずと引き締まる。

「リュート様、もう何年もリュート様と一緒に戦って来たっすよ」
「知能在る魔物の脅威を、痛いほど知っています」
「逃した場合の被害がどれだけ大きいかも熟知しておりますので、ご安心ください」

 問題児トリオの言葉に頷いたリュート様は、手早く荷物をまとめはじめ、ヤンさんにも声をかけて15分後には出発する旨を伝えた。
 これは忙しくなる。
 慌てて片付けをしてキャンピングカーを収納したのだが、その間にリュート様はヌルに声をかけて頭を撫でていたかと思うと、休眠状態にしてアイテムボックスへと収納したようだ。

「ヌルは……」
「休眠状態になれば、アイテムボックスへ収納が出来るんだ。一応、本人の許可も取っている。人間の眠っている状態と変わらないから、気にしないでくれって言われたけど……少し抵抗感があるよな」
「意思があるのにアイテム扱い……ですものね」
「そこまで深く考えずに、どこまでも一緒に移動できるって考えればイイヨ」

 プラス思考でいったらいいんだよ――と私たちに言った時空神様は、パンッと手を叩いて時間は有限だと笑いかけた。
 確かに今は急いでいるし、ヌルも置いて行かれるより休眠状態で一緒についていくことを選んだらしいから、今はこれでいい。
 この件は本人に一度確認してみたいから、時間があるときにお話ししようと心に決めて荷物をまとめたあとに、自らもエナガの姿に変じる。
 そして、リュート様のポケットに収まろうとしたのだが、リュート様はアイギスを着用していて制服姿では無い。
 こ、これは困った――真白は定位置だというように、彼の頭上に陣取っているし、どうしようか思案していたら、リュート様がおもむろに振り返った。

「アクセン、頼んだ」
「召喚獣の素晴らしさがわかる同志を、危険な目にあわせるわけにはいきませんから、お任せくださいねぇ」

 そう言って、アクセン先生はおんぶ紐のような物を取り出して、リュート様の体に装着させていく。
 何故そんな物を持っているのか不思議に思っていたのだが、召喚獣を固定するために使うアイテムらしい。
 なるほど……と納得してしまうが、もしかして召喚獣関連のアイテムを常に持ち歩いているのだろうかという疑問が浮かぶ。

「固定されるのにゃ~?」
「振り落としちまうかもしれねーからな。大人しく背負われてくれ」
「わかったにゃ~! 振り落とすほど召喚術師様は凄いのにゃ~!」
「いや、召喚術師が全員そんなことが出来ると思わないで!」

 ヤンさんの手伝いをしていたパシュム様から悲鳴のような声が上がる。
 確かに、リュート様を召喚術師の基準だと考えられたらとんでもないと悲鳴も上げたくなるだろう。
 そこで、私はとあることに気づく。

「ヤンさんに……パシュム様……双子の兄弟……敬称が違うのは問題ですね」
「ルナ様。こんな奴に様付けなんてしなくて良いですよ」
「ヤン兄ちゃん酷い! あ、でも、様付けとか必要無いよ。上位称号持ちならいざ知らず……」
「そ、そうですか? では、ヤンさん、パシュムさん、これからもお願いいたします」
「は……はい、此方こそ」
「ルナちゃんはもふもふでも可愛いんだからー……って、リュート様怖いから!」
「お前さ……モンド並みの失言したら蹴られるぞ」
「痛そうっ」

 兄弟仲が良いようで、思わず笑みがこぼれてしまう。
 でも、リュート様が怖いって――と、振り返り見てみるが、彼は準備に忙しい様子だ。

「しまったな……アイギスだとルナを入れておく場所が……」
「では、前方の固定ベルトに召喚獣収納ポーチを付けておきましょうねぇ。魔力の糸でどこにでも着脱可能なので、ベルトを外した後は自分で調整してくださいねぇ」
「了解。すげー助かる」

 アクセン先生の荷物は召喚獣関連アイテムで溢れていると確定しましたね……さすがの召喚獣愛です。
 まあ、あの速度で移動することを考えたら、とても有り難い申し出である。
 モカ専用で装着したおんぶ紐みたいなベルトたちが邪魔になっていないか、リュート様たちは丹念に確認していた。
 主戦力がベルトが邪魔で動けないとなれば、話にならないからだ。
 時空神様もいるので大事にならないだろうが……出来れば怪我などしてほしくない。
 最終チェックも終わり、モカを背負ったリュート様はエナガ姿の私を両手で包み込む。

「ルナはここな」

 肩紐を固定するために胸の前に通されているベルトの左側に別途備え付けられたポーチの中へ入れられ、その居心地の良さに思わずテンションが上がってしまう。
 布地は柔らかく、ふかふかで申し分ない。
 問題点を挙げるなら、ふかふかの毛布か布団にくるまれているような感じなので、眠ってしまわないか心配になるくらいだ。
 私たちの準備も終わったので周囲を見渡す余裕が出来た。
 既に準備完了……というか、準備する物が無かった時空神様と、彼に抱えられたチェリシュは、リュート様のおんぶ紐とポーチに興味を覚えたのか近づいてくる。
 その肩越しに見えるヤンさんは、腰に下げていた剣を背中に背負い、着ていた鎧を一部外して軽量化を図っていた。

「リュート様が高速移動っていったら……これくらいか?」
「いや、上腕の装備も外す」
「お前、傷だらけで帰って来んなよ?」

 元クラスメイトたちの心配する声を聞きながらも、自分に出来る範囲で試行錯誤しているようだ。

「リュート……知能在る魔物は、俺やシモンは経験済みだが……」
「他には、ほぼいねーだろ」

 ヤンさんの準備を見ながら近づいてきたレオ様に返答したリュート様は、小さく肩をすくめた。

「オルソ先生が魔法科は見ていてくれるから後方の憂いはないと考えていい。ロン兄とアクセンもいるから問題ねーだろ」
「そちらは気にしていませんよ。我々が危惧しているのは、知能在る魔物との戦闘を軽視している者が多すぎる点です」
「まあ、黒の騎士団のおかげで知能在る魔物が聖都に近づくことはなくなったからネ。人間は短命だし、忘れるのも早いカラ……」
「忘れちゃったの……困ったの」

 時空神様やチェリシュにとっては昨日のこと。
 しかし、人間にとって数百年なんてザラにある。
 おそらく、この世界では人間だけが共有できない感覚なのだ。
 アクセン先生の授業を聞いてわかったことだが、この世界の種族は人間以外、総じて長寿である。
 いや、人間が他の種族に比べて短命過ぎるのだ。
 それが原因で劣った種族として軽視された時代もあったと言う。

「とりあえず、今出来ることをしよう。知能在る魔物と遭遇した場合は、黒の騎士団に報告義務を徹底した方が良さそうだ。過去には遠征討伐訓練で死者が出たこともあるんだから、身を引き締めて取り組んでほしいものだな」
「今回の参加者で、それを知る者がどれくらいいるのだろうな」
「知っていても、他人事という人もいるでしょう」

 何とも歯がゆいことだが、そういう考えを持つ者が大多数だ。
 まさか自分がそうなるとは考えない。
 いや……考えたく無いといったほうが正しいだろう。
 そこに油断が生じて隙となることを、彼らは心配しているのだ。

「これも経験……だが、死んだら経験なんていってらんねーのにな……」

 リュート様の複雑な思いがこもった声は、辺りに深みのある言葉として響いた。
 人の死を見てきた――自らも死ぬような思いをしたからこそ出せる重みだと感じ、誰もが声をかけられず、ただ静かに彼を見つめていた――

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