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第十章 森の泉に住まう者

10-1 素直な真白

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 いつもの感覚を覚えると共に、何故か頭上に感じる重みに首を傾げたのだが、落ちる気配が無いことから、大体の察しは付いてしまった。

「真白……」
「ふーふーふーっ! 真白ちゃんは、それくらいじゃ落ちないよ!」

 う、うーん……それは褒めた方が良いことですか? むしろ、頭皮が心配に……ま、まさか、リュート様の頭皮にもダメージを残していませんよねっ!?
 急に心配になってしまった私は、真白を頭上から引っぺがして目の前に持ってきてから、ジトリと見つめる。

「どうやって頭の上にくっついているのですか?」
「え? 簡単に言うなら磁石みたいな感じ? 磁力が強ければ強いほど落ちないでしょ?」
「それは、身体に悪影響を及ぼしは……」
「ないない! リュートの魔力をプラス、真白の力をマイナスみたいな感じに一部だけ変化させただけだもん! ルナの場合もそうだよー」

 それなら良いのですが……というか、リュート様は疑問に感じなかったのだろうかと考えていたら、真白が首を傾げて不思議そうに私を見つめる。

「リュートは説明しなくてもわかっていたのに、ルナはわからなかったんだ?」
「うっ……」

 魔力に関しては勉強不足だと言われたような気がして言葉に詰まっていると、真白は意外な弱点を見つけたというようにケタケタ笑い出す。

「ルナにも苦手なことがあったんだ!」
「に、苦手なら……たくさんありますよ? お化けは怖いですし、英語は苦手でしたし、くさやは匂いが駄目で美味しいとは聞いていても食べられませんでしたし……他にもありますよ?」
「へー、色々あるんだね……英語って、地球の言語でしょ? 今居る世界の言語は、リュートがほぼ習得してくれているから、学ばなくて済んで良かったねー!」
「ほ、本当に助かりました。リュート様は勉強家ですよね」
「そうだねー。でも、リュートの場合は色々と差し迫った事情もあったからじゃないー? ルナだって、一応はエスターテ王国の言語をマスターしているでしょ?」
「一応、グレンドルグ王国と深い繋がりが出来る国でしたから……」
「リュートの場合は、その国が多かっただけだと思うよ?」

 そういうものだろうか……と、考えながら歩いていたら、見慣れた背中が見えた。
 思わず真白と顔を見合わせ、ニッコリと笑い合う。
 どうやら、同じようなことを思いついたようだ。
 出来るだけ足音を立てないように忍び寄り、真白は私が抱きつくタイミングにあわせて、ベオルフ様に向かって飛びついた。
 しかし、勢いがあまってしまったのかベオルフ様の後頭部へ激突し、そのまま跳ね返るのかと思いきや、何故か前方へ跳んでいってしまう。
 真白……あなたは物理法則も無視するのですか?

「お前は、本当に鳥類をやめたのだな」
「やめてないよ!」

 逞しい背中に抱きつきながら、不意打ちだったはずなのに華麗に真白をキャッチしたベオルフ様と、彼の手の中でプリプリ怒っている真白のやり取りを見つめる。

「あ……あの……私は……スルーですか?」

 此方を見ようともしないベオルフ様に、悪戯が失敗した気まずさを交えた声をかけると、その反応を待っていたかのように体を反転させ、私の体を軽く抱きしめてくれた。
 え、えへへ……やっぱり、こうして来たことを歓迎してくれているとわかる行動は、嬉しいですよね!
 安堵感と喜びに包まれてベオルフ様を見上げていると、彼は一瞬眉を寄せた。

「すまない。浄化の力を使わせてしまったからか……」
「え? そんなに顔色が悪いですか?」
「少しな」
「……むー……やはり私も、鍛えなければ……」
「今やるべき事は、一般レベルにまで健康になることだろう」
「……リュート様にも言われました」
「わかっているようで何よりだ」

 ベオルフ様もリュート様も、私の体調を本当に気にしてくれている。私が無頓着というか……あまりわかっていないからか、チェリシュや真白も気をつけているように感じられた。
 自分をあまり気にかけないのは、呪いの影響なのか……元々、地球では体調管理をしっかりしていたので、その可能性が高いだろうと自己判断は出来る。
 しかし、それはやはり……ベオルフ様が目の前にいる時なので、自分ではわからないくらいの影響を受けて、日々を過ごしているのだと実感した。
 心配そうなベオルフ様に大丈夫だというよりも、ぎゅっと抱きつくことで安心させていた私の頭に戻ってきた真白は、小さな声で呟く。

「ベオルフ……ごめんねぇ……」

 最初は、何に対しての謝罪だろうと黙っていたのだが、そういえば、真白がやらかしていたことを思いだし、成り行きを見守ることにした。

「気にしなくていい。むしろ、気にすべきは、主神オーディナルと紫黒に迷惑をかけている『バグ』というものと、実際に迷惑をかけているルナティエラ嬢とリュートに謝罪をするべきだ」
「でも……約束したのに……」
「むしろ、お前がいたら大変だっただろうな。アーヤリシュカ第一王女殿下の従者で遊ぶノエルに、黒狼の主ハティが暗躍している方々の処理、暴走する主神オーディナルと、疲れ果てた紫黒。それに……【黄昏の紅華】――」
「む、むぅ……真白がいなかった方が良かったって聞こえる!」
「だから、そうだと言っている」
「ひーどーいー!」

 もうもうもう! と言いながらベオルフ様の手に飛びつき戯れる真白を見ていると、なんだかとても和んでしまった。
 リュート様相手に見せる態度とは違い、とても素直になついている感じがしたのだ。
 彼がこういう憎まれ口のような言い方をするときは、此方の負担を減らすための配慮である。
 だって……本気でそう考えていないのは、瞳を見ればすぐにわかるからだ。
 ちょっぴり意地悪でからかうように目を細めるが、その瞳の色はとても優しい。
 真白も気づいているから、こういう反応になるのだろう。
 彼のこうした配慮に、いつも救われている気がする……

「その顔色で立っているのは辛かろう。ほら、此方に座るといい」

 ベオルフ様に促されて座ったソファーの上で、今日あった出来事をお互いに報告し合うのには良いタイミングだ。
 しかし、その前に魔力調整を行うことも忘れない。
 私の事ばかり気にしているが、彼も随分と消耗しているように見えたからだ。
 ベオルフ様の大きな左手を両手で包み込むように握り、ゆっくりと魔力を流し込んでいく。
 最初は見よう見まねでやっていたが、最近ではうまくなったのではないだろうか。
 当初よりスムーズに魔力が循環している感覚がする。
 そこで、魔力が循環しているという感覚が異例なのだと気づくが、ベオルフ様と私のことだから、不自然でもないように感じている自分もいた。
 何しろ、ベオルフ様も抵抗感なく受け入れているようだし、これが私たちの正解なのだ。
 むしろ、何か問題があるのなら、真白が大騒ぎしているはずだし、オーディナル様だってアドバイスをくれるはずである。
 リュート様からは魔力をいただくだけなのに、ベオルフ様とは循環させている……この違いは何なのだろうか――考えても答えなど出ないとわかりつつも、やはり気になってしまう。
 私たちの魔力を循環させることによって引き起こされる、奇跡のような力が増えていると自覚しているからだ。
 最初はミュリア様が言うように、本来は彼女やセルフィス殿下が受ける加護を、私たちが代わりに受けたのだと考えていた。
 しかし、どうやらそうではないらしい――そう感じ始めたのは、いつからだったか……
 私たちは、おそらく記憶を封じる前には理解していたのだろう。
 だから、奇妙な焦りは無い。ただ、いま思い出すタイミングでは無いのだと遠い霧の向こうにいるもう一人の自分が訴えているような気がした。

「んー……はっ!」

 私たちの魔力調整を邪魔しないように黙っていた真白であったが、どうやら我慢の限界であったようだ。
 何やらキョロキョロしてから私たちの握り合っている手に視線をとめて、いいことを思いついたとでもいうようにぴょんっと跳ねた。
 どうしたのだろうと私とベオルフ様が見守る中、真白は私とベオルフ様が握り合っている手に狙いを定めてポーンッと飛んできたかと思いきや、きゃっきゃと楽しげに戯れ始める。
 こうして見てみると、やはり幼子なのだな……と感じてしまう。
 そんな真白を指先で突き、相手をしているベオルフ様の表情は穏やかだ。
 素直な真白……リュート様が相手だと、生意気なことを言って困らせたり、反応を見て楽しんでいたりするのに……
 まあ、どちらにしても楽しそうなのに変わりはないが、リュート様が見たら「納得いかねーような……いや、納得なのか?」って言い出しそうだと考えて苦笑してしまった。

「どうした?」
「いいえ、別に」
「どーせ、リュートの事でも考えてたんだよー」
「なるほどな」

 ベオルフ様と真白が笑い合っている様子に唇が尖ってしまったが、仲睦まじい様子に自然と笑みが浮かんでしまった。
 まあ、兄を取られそうな妹の気持ちというか……そういうものも多少はありますが、相手は真白ですし……
 私も指先で真白を突いてみると、ぱぁっ! と表情を明るくして私の手にも戯れ付き始める。その様子に、ベオルフ様と顔を見合わせて目を細め合った。
 寂しがり屋なこの子の孤独を埋める一人になれたら、それはとても嬉しいことだ。
 おそらくリュート様は、真白の抱える孤独を感じて、誰よりも気遣っているのだろう。
 ベオルフ様もリュート様も、本当にお優しいですよね。
 きっと、オーディナル様も安心……あーっ!

「そうだ……ベオルフ様、聞いてください! オーディナル様がやらかしたのです!」

 本日のオーディナル様がやらかしてしまった件について思い出した私は、勢いのままにベオルフ様を見上げた。
 何があったのか聞きながらも、空いている右手で私の頬を優しく撫でたあとに突いた彼は、柔らかく目を細める。
 ……そ、その表情はよくないと思います。絶対にミュリア様の前で披露しないでくださいねっ!? 必ず面倒くさいことになりますから!
 私の考えなどつゆ知らず「何があったのか教えてくれ」という彼に促され、私はオーディナル様の魔改造と失敗が引き起こした被害を報告した。
 彼は魔改造の件にさほど興味を示さなかったが、神力については思うところがあったのか、小さく溜め息をこぼす。

「地上の者に迷惑をかけないよう、自分の神力について知っておいて貰わねばな……その点については、詳しく話をしておこう」
「はい! よろしくお願いします!」

 おそらく、私が言うよりもベオルフ様に丁寧な説明を受けた方が、今後も忘れること無く気をつけてくれるだろう。そういう確信があったため、素直にお願いすることにした。
 オーディナル様は基本的に、特定の人以外に興味を示さない。それこそ、今回のように特定の誰かが泣いていたり、ピンチだったりするときは、地上の被害状況など考えずに突っ込んでくる可能性が高いのだ。
 ご自身の力を、もう少し理解して欲しいです……
 なまじ、私やベオルフ様に神力が通じないからマズイのだろうかと悩み出した頃、真白が楽しげに今日あったことをベオルフ様に報告しはじめ、それを真面目な表情で聞きながら相づちを打つ彼の姿に、ホッと心が和んだ。
 まあ……ベオルフ様の懇切丁寧な説明を聞いて、その後どうするか次第ですよね。
 今はまだ姿を見せないオーディナル様に思いを馳せながら、スムージーの話をしている真白に「スムージー?」と首を傾げているベオルフ様には説明が必要だろうと、私は真白の言葉に補足をするため、楽しげな会話に参加するのであった。

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