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第九章 遠征討伐訓練

9-35 潜む影

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 食事が終わる頃には、全員がそれなりに回復したのだろう。とてもくつろいだ様子でアイスココアを飲み干していた。
 オーディナル様と紫黒は、そのまま次のバグ取りへ向かわなければならず、紫黒と真白はしばしの別れを寂しく感じたのか、額を互いにぐりぐり擦り合わせていた。
 その間に、くれぐれも真白を頼むとオーディナル様から頼まれたリュート様は、呆れたような表情をしつつも頷き、時空神様がそれを見て密かに笑っていたのが印象的であった。
 オーディナル様と紫黒が姿を消したあと、残された真白を頭の上に乗せたリュート様は、まだぐったりしている問題児トリオへ話しかける。

「お前ら、大丈夫だったか?」
「おかげさまで、大分回復したっす」
「動けそうなら移動したい。一応、海岸方面に移動していたヤツだが……此方へ戻ってくる気配があるからな」
「マジですか……」
「勘弁して欲しいですよね」

 連戦じゃないだけマシだろうとリュート様は、海岸方面へ視線を向けて様子をうかがっているようだ。
 私はすぐさまキャンピングカーの付属品であるテーブルや椅子を収納し、綺麗に片付けてから召喚を解除した。

「んー……来てるネ」
「時空神も戻った方がいいんじゃねーか?」
「それには及ばないヨ」

 意味深な時空神様の言葉に何かを感じたのか、リュート様が振り向くと同時に、凄まじい音が海岸の方面から聞こえてくる。
 何事かと慌ててエナガ姿になると、それを待っていたかのように私を回収したリュート様が走り出す。
 ポケットの中から外の様子をうかがいながら、とんでもない速度で流れていく景色の先にあったのは、私たちの横を通り抜けていったはずの湿地帯の主が、力なく砂浜に倒れている姿であった。

「……一戦交えた後か? てか、コイツを倒すほどの力を持ったモノが近くにいるってことかよ」

 砂浜には何かを引きずったような痕があり、湿地帯の主は太い何かで一突きされたようで、頭が円形に大きくえぐれていた。

「お前らには、周辺の探索を頼む。ただし、警戒しろよ」
「了解っす!」
「これは……凄いな」
「湿地帯の主が、ほぼ一撃ですよ……」

 リュート様の言葉に頷きながら、湿地帯の主の亡骸を見た彼らの顔にも、緊張の色が走る。
 モスキトの時とは全く違う気配を放ち、三人は浜辺の探索を開始した。

「……やっぱり、勝負にならないカ」

 何が?
 私とリュート様の視線が、時空神様へ向けられるのだが、彼はニッコリ笑うだけで何も言わない。
 こういう時に話してくれないと知っているので、諦めの溜め息をついた私に小さな声で「ゴメンネ」と時空神様が謝罪する。
 おそらく、制約が邪魔してこれ以上は言えないのだろう。
 時空神様と話をするようになってわかったことだが、彼の制約は、『思い通りの未来を引き寄せるとき』と『未来の決定権を自分が握りそうになったとき』に発動しているように感じる。
 勿論、他にも色々とあるのだろうが、その二つが一番多いのではないだろうか。

「一突きだな。とても硬い物で鋭い一撃を食らったというところか。キュステだったらやれそうだが、人の力じゃねーな。おそらく……魔物だ」
「瘴気が感じられるねー」
「真白、浄化を頼めるか?」
「お任せあれー!」

 凄まじい瘴気だということは、湿地帯の主の亡骸へ近づいた時からわかっていたが、濃度が凄まじい。
 おそらく、聖水やリュート様の浄化では間に合わないという判断なのだろう。
 亡骸をそのままにはしておけず、リュート様が真剣な表情でボソリと「コイツも旨いんだよな……」なんて呟くから、緊張が一気に解けてしまった。
 リュート様? そういうことを言うから、食欲大魔神なんて言われてしまうのですよ?
 しかし、そんな彼の呟きを聞き逃さなかった真白が彼の頭上で暴れ始める。

「美味しいのー? 本当にー? 真白も食べたいー!」
「とりあえず回収しておくから、また今度な」
「絶対だよっ!? 真白の分もだよっ!? あ、でも、紫黒とオーディナルも忘れないでね!」
「オーディナルは、そのうち地上で死者を出しそうな勢いで突っ込んでくるからダメ」
「きっとベオルフが言い聞かせるからー! おーねーがーいー!」

 そこは、真白が言うのではなくベオルフ様なのですね……

「わかったわかった、だから頭の上で暴れるな」
「わーい! 約束だからねー!」
「はいはい」
「食欲大魔神コンビだネ」

 時空神様がボソリと呟くので、思わず私は吹き出してしまった。
 変なコンビができあがったものである。

「さて、少しロンバウドの方へ顔を出しておこうカナ? 父上の力があちらにも影響を及ぼしていて、大惨事だからネ」

 ……え?
 呆然と時空神様を見つめる私とリュート様の視線を受けながら、彼はひらひらと軽やかに手を振り消えてしまった。
 だ、大丈夫なのですかっ!?
 というか、オーディナル様! 広範囲攻撃すぎますよっ!?

「あー、だから参謀から返答がないのか」
「他の連中も……全く無いっすね」
「彼らの場合は、グループ回線で愚痴ってる可能性も捨てられないと思いますよ?」
「まあ、リュート様に鍛えられた俺たちは、他の連中よりも明らかに神力に免疫があるからな」

 ボソボソと戻ってきたらしい問題児トリオが顔を見合わせて会話をしているのだが、リュート様はイルカムを使い、慌ててロン兄様たちの安否を確認しているようである。
 とりあえず、怪しい魔物の影はないようで、周辺は至って静かで、先ほどまで湿地帯の主と交戦していたとは思えない。
 それはリュート様もわかっているのか、ロン兄様と会話をしながらも、周囲を注意深く見ている。
 空へ逃げたのか、海へ逃げたのか、それとも地中か――
 シュヴァイン・スースと湿地帯の主が争っていたのを見て、好機と考えて襲ったのだろうというのが、リュート様の見解であった。
 しかし、本当にそうなのだろうか。

『リューなのー!』
「あー、チェリシュの声が聞こえるー!」
『まっしろちゃんなのー!』
「チェリシュー、聞こえるー? オーディナルが来てたよー! またすぐ来るってー!」
『じーじが来るの、楽しみなのっ』

 リュート様の耳元で叫ぶように会話をしている真白とチェリシュに、思わず笑みがこぼれる。
 相手の話す声が漏れない造りになっていると聞いたことがあるイルカムだが、新型にはスピーカーモードというものが搭載されているらしく、どうやらチェリシュが寂しくないように配慮して、リュート様が起動してくれたようだ。

「チェリシュ、そちらは大丈夫でしたか?」
『みんな、パタパタ倒れちゃったの!』

 あ……ああぁぁぁ……甚大な被害が出てしまいました!
 少し距離が離れていた後方部隊にも影響が出てしまうほど強力な神力を間近で浴びたのに、今も目の前で元気に飛び回っている問題児トリオは凄いのだと改めて感じる。
 おそらく、ロン兄様と元クラスメイトたちも復活が早かったのだろう。ロン兄様の周囲から聞こえる声は、どこかで聞いたことがあるものばかりだ。
 そんな中、後方部隊は動けるようになるには時間がかかるというロン兄様の言葉を聞き、謝罪をしたい気持ちでいっぱいになる。

「本当に、うちのオーディナル様が、多大なるご迷惑を……」
『ルナちゃんが気にすることじゃないし、凄まじい神であるということは、身をもって感じられたから、むしろ感謝だよ。でも、リュートでも動けずに膝を折ったっていうのに、全く通じないルナちゃんは凄いよね……』
「慣れ……でしょうか」
『う、うーん……慣れにも限度があると思うよ?』

 乾いた笑いが聞こえてきそうだ。
 私だけではなく、ベオルフ様も平気だと言いたいが、チェリシュの可愛らしい声が私たちの名を呼ぶので、ロン兄様は通話を交代したようである。

『ベオにーにに似た何かを感じたの!』
「多分、紫黒のことだと思います。真白の兄ですね」
『まっしろちゃんのにーになの!? 会いたかったの……』
「またすぐに会えるよー! その時は、チェリシュに紹介するからね!」
『それは楽しみなのっ』

 湿地帯の主がいた場所以外にも移動しながら確認していたリュート様は、チェリシュと真白の可愛らしい会話に目を細め、私の方をチラリと見て「可愛いよな」と呟く。
 それを肯定するように頷いていると「一番可愛いのはルナだけど……」なんていう不意打ちを食らい、真っ赤になった私が言葉に詰まっていると、どうしてわかったのかチェリシュから『ルーがベリリなの!』と言われてしまった。
 疑問に感じながらも否定していたら、リュート様がチラリと天空を見上げる。
 空に輝くのは、黄金の太陽――
 あー……太陽神様か月の女神様が報告されたのですねっ!?
 遮蔽物がなくなった浜辺はよく見えるだろう。
 思わぬ親子の連係プレーからくる『ベリリなの』攻撃に、私は苦笑を浮かべるしかなかった。
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