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第九章 遠征討伐訓練
9-21 いざ、出発!
しおりを挟むアクセン先生が生徒たちを宥めても騒ぎはなかなか収まらず「校門前に集合しますが、これ以上遅れるようなら、貴方がたの召喚獣を研究させて貰いますよ?」という一声で、全員がすっくと立ち上がり、急いで部屋を出て行く姿は壮観であった。
召喚獣を相棒に持つ方々にとって、アクセン先生は天敵か何かだろうかと苦笑が浮かんでしまうが、気持ちは良くわかる。
まあ、いつ終わるかもわからない召喚獣の歴史や資料に残されている生態や能力などについて熱く語られ、自分の召喚獣についてあれこれ探られたらたまったものではないだろう。
悪気は無くあくまでも善意であり、召喚術師なら必要だと判断された知識を享受しているだけなので、リュート様くらい思いきった行動が出来なければ、事前回避に徹するのは賢い選択である。
ただ、その選択肢を選ぶ生徒の数が尋常では無い事を除けば……だが。
意図せず騒ぎの大本となってしまった時空神様は一度神界へ帰ると言うことで、別れの挨拶もそこそこに姿を消したのを確認してから、私たちは揃って校門前へ移動すると、学園長やその他教師陣が集まっており、あのエイリーク陰険教師の姿を見つけた瞬間、私はリュート様の前へ出る。
警戒していた陰険教師を発見です!
彼は私の敵意むき出しの視線に気づき、チラリと此方を見たが面白くないと言いたげに鼻を鳴らしただけで、踵を返して校舎へ戻ってしまった。
リュート様を守るように、ロン兄様や元クラスメイトが睨みをきかせていたのはわかっていたが、現クラスメイトたちも厳しい顔つきでエイリーク陰険教師の背中を睨み付けている。
これには、居心地が悪そうにリュート様は咳払いをするのだけれども、全員、彼の姿が見えなくなるまで動こうとはしなかった。
「なーに? アレ、嫌なヤツ? セルフィスってヤツより嫌なヤツ?」
「引き合いに出される名前も嫌な方ですね……」
「ということは、いつかベオルフにぶん投げられちゃうかもね!」
「それは見て見たいですね」
「ルナ……そういうことをベオルフに頼まないの。俺が対処できるから……」
「でも、ベオルフ様が聞いたら、絶対に怒ると思いますよ?」
「……そっか」
どこか嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべるリュート様と、それを見て「真白が報告しておいてあげるね!」と、何故か胸を張る真白――と、その真白に手を伸ばすチェリシュ。
い、いけません、カオスな状態になる一歩手前ですよっ!?
慌ててリュート様の手を引き移動を開始すると、真白とチェリシュは慌ててリュート様にしがみつく。
困った子たちですね……でも、そこが可愛いのですが!
うふふと笑いながら手を引いていると、リュート様の心なしか強ばっていた表情も柔らかくなり、その後ろにロン兄様と元クラスメイトたちが続く。
アクセン先生先導の元、特殊クラスと黒の騎士団である元クラスメイトたちが横並びになり、最前列へつくと、その後ろに決まった隊列を組み始めた。
全員が移動完了したことを確認した学園長や教師たちが見送る中、正面玄関の門が開き、一度隊列を崩して聖都の外まで移動する。
その途中で、顔見知りに声をかけられる人がいたり、見送りに来た家族がいたりと、聖都内は賑やかな様相を見せ、人々から「ああ、もうそんな時期か」という声も聞こえてきた。
職人通り前を通った時は、リュート様へ声をかける人が多く、彼は軽く手を上げて「行ってくる」と老若男女問わずに同じ様子で挨拶をしていたのだが、ある人影を見て表情を変えた。
お父様とランディオ様が並んで街の外へ続く門の前に立っていたのである。
さすがに、黒の騎士団の団長と白の騎士団の団長が並んで立っている威圧感に、全員が自然と動きを止めてしまう。
「此方の門を開けるから、少し待て」
普段は閉鎖されている門らしく、開くのに時間がかかるらしい。
その間、お父様はリュート様に「気をつけてな」と声をかけ、ランディオ様も気さくに肩を叩いて「無理はするんじゃないぞ」と、リュート様だけではなく、マリアベルやイーダ様、レオ様、シモン様、トリス様、ロヴィーサ様、ボリス様、ガイアス様にも声をかけている。
そして、最後にアクセン先生の肩を叩き「君もあまり無理をするなよ? 性分なのは知っているが、背負いすぎると潰れるぞ」と、小さな声で囁く。
アクセン先生が何を言ったのかはわからなかったが、それを聞いたランディオ様は、とても嬉しそうに笑っていた。
どうやら、心配はいらないようです。
「あ、良かった、間におうたわ! 奥様! これを念のためにつけといてなーっ!」
聞き慣れたキュステさんの声に振り返ると同時に、何かがポーンと投げられた。
小さくてキラキラした物が放物線を描いて此方へ飛んでくるのが見え、慌てて受け取ろうとわたわたしていると、どうやら私に投げたのでは無くリュート様にパスしたようで、彼が華麗にキャッチしてしまう。
……どういうことでしょう。私ではキャッチすることが出来ないと考えたということでよろしいですか?
ジトリとキュステさんを見つめたら、彼は苦笑しつつも一緒に来ていたシロたちを肩車したり片腕で抱き上げたりして私を見えやすいようにしてあげたので、怒った顔など出来るはずも無く笑顔になる。
耳をせわしく動かしながら必死に手を振る三姉妹に手を振り返し、アレン様に担ぎ上げられたカフェとラテも、一生懸命に手と尻尾を振ってくれたので、そちらにも手を振り返す。
全員が足を止めているため人だかりが出来てしまい、此方へ近づくことが出来ないのだと判断し、大きな声で「いってきますー!」と挨拶をすると、チェリシュと真白も一緒になって手を振り「いってきます」の挨拶をしていた。
門が大きく軋むような音を立てて動き出し、大きな音を立てて開け放たれた向こうには、細い道が続く草原が広がり、建物は見えない。
見晴らしの良い草原と小高い丘は、太陽と月の夫婦神の視界を邪魔することは無いだろうと安堵した。
「では、少し行った広場で隊列を組み直しますねぇ」
アクセン先生の言葉に促されるように一同が移動を開始し、全員が外へ出て少し移動したところにある広場へ到着すると隊列を組み直したのだが、そこで先ほどリュート様がキュステさんから受け取った物を渡される。
「コレは……?」
血のように赤い宝石で出来たブローチだったが、意味がわからない。
何故アクセサリーを渡すために、必死に走ってきたのだろうか。
「アイツも心配性だが、まあ持っておいたら良い。貴重な物だからな」
「貴重?」
「それは龍血玉といって、本来は家族以外に持たせねーんだけど……アイツにとって、商会は家族なんだろう」
「え? 龍血玉って……竜人族が異性の家族に渡すお守りだろ? 厄災を一度だけ防ぐとかいう……しかも、何年もかかって作るとか言われているヤツなんじゃ……」
ボリス様がリュート様の手にある龍血玉を見つめて、初めて見たと感動している肩の後ろで、レイスが「すごい……ね」と呟く。
今日のレイスは調子が良さそうである。
ボリス様も、あれから魔力譲渡中に寝落ちをしたという状況を作らないように努力しているのだろう。
「ルナの場合、何があるかわからないからな。キュステも心配したんだろうさ。ほら、ブローチになっているから付けておいたら良い」
「え……でも、そんな貴重な物……」
「良いんだよ。キュステは使ってくれなかったと知ったら、ショックを受けて鬱陶しいくらい拗ねるぞ」
経験談から来る助言をしながら、リュート様は遠慮する私の胸元にあるケープに取り付けられている金具へ、ワイヤーのように柔らかな金属を通して固定してしまう。
「まあ、アイツが付けておいてというのなら、そうした方が良い。竜人族は危機察知能力に長けているからな。万が一ということもあるかもしれない」
「は……はい」
皆に心配されていることがこそばゆくて、思わず居心地が悪そうにしていた私であったが、リュート様は何かに気づいたのか、いきなりしゃがみ込む。
それから一言断りを入れて、私の足に触れた。
「んー……やっぱり今のルナじゃ、この距離が限界か」
「え?」
「ルナ。変化の指輪を使ってエナガになってくれ。これ以上歩くと、ぶっ倒れるぞ」
い、いえ、まだ歩けますよっ!? と言いかけた私の唇に指を置き「反論は認めない。 まだ体力や筋力が戻っていないのだから、今後、徐々に歩ける距離を伸ばそうな」と言われて、返す言葉も無かった。
私の素人判断では、後で迷惑をかける可能性がある。
仕方が無いので心の中で『ヘン・シィン』と唱えながらエナガの姿へ変じると、周囲からどよめきが上がった。
「え、姿が変わった?」
「どっちが本体だ……」
「嘘だろ、神獣に変身したのかっ!?」
様々な声が聞こえる中、私は定位置であるリュート様のポケットへ潜り込む。
「ねーねー、ルナ、一緒に頭の上で景色を眺めようよー!」
「さすがに二羽揃って頭上は、リュート様の気が散るのではないかと……」
「チェリシュは肩車中なの、ルーもまっしろちゃんも見られて幸せなのっ」
「ああ、頭の上でもポケットでも、好きなところに居たらいい。大丈夫だから」
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」
ちょんちょんとリュート様のポケットから抜け出して腕から肩へかけて移動していたら、彼の手が体をひょいっと掴んで頭の上へ導いてくれた。
やはり景色が良くて、いつもと違って見える世界にわくわくしてしまう。
しかし、真白のことをチェリシュは「まっしろちゃん」って呼ぶようにしたのですね……
基本的には頭文字呼びが多い中、「うさぎぱんのにーに」の次に長い気がする。
チェリシュと真白と一緒にリュート様の上でほのぼのしていると、少し離れた場所から土埃をあげながら、凄まじいスピードで移動してくる何かを発見してしまった。
あ……デジャヴ……です!
「りゅううぅぅと・らんぐれええぇいぃぃぃっ! それは、新しいスキルですかああぁぁっ!?」
「うるせぇ、黙れ」
もの凄い勢いで突進してくるアクセン先生に戦々恐々している私たちを守るように、リュート様は術式を展開して氷の壁を作り、アクセン先生が見事に激突する。
凄まじい音とともに地面へ倒れ伏す担任を見つめ、私たちは全員引き気味だ。
う、うわぁ……痛そう……アクセン先生……大丈夫ですか?
「そ、それ……それは……」
倒れても地面を這いずりリュート様の足首を掴む執念を見せるアクセン先生――こ、怖すぎますよっ!?
「……ったく、前竜帝から貰ったアイテムで変化してるだけで、ルナのスキルじゃねーよ」
「なんだ、違うのですかぁ……残念ですねぇ」
基本的に召喚獣が絡まなければ、興味は無いのですか?
半ば呆れながらションボリしてしまったアクセン先生を眺めていたら、クラスメイトや他の学科の生徒たちが青い顔をして私たちから一歩後退る。
アクセン先生の奇行が原因にしてはタイミング的に遅すぎたので、何事かと視線を向けて耳を澄ます。
「ま、マジかよ……竜帝陛下って……」
「前だろうと何だろうと……竜帝陛下だろ?」
「馬鹿かよ、今の竜帝陛下はどうか知らねぇけど、前竜帝陛下だからスゲェって話だろうが」
「そうだよな。この地上最強の生きた伝説からいただいたアイテムとかマジか」
そんな言葉を聞きながら、先ほどのお見送りに当人がいたことは絶対に内緒にしておこうと心に決め、リュート様の横に並んでいた元クラスメイトたちと視線を合わせて小さく頷きあうのであった。
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