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第九章 遠征討伐訓練

9-19 最前線は特殊クラスと黒の騎士団

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「まあ、見てわかるとおり、リュート・ラングレイの召喚獣であるルナティエラさんが何とかしてくれるので問題は無いでしょう。ただ、彼女に粗相があった場合、その限りではありませんからくれぐれも……気をつけてくださいねぇ?」

 何故でしょう……笑顔で語っているのに、圧が……奇妙な圧を感じます……
 そう感じたのは私だけでは無かったようで、部屋に居た生徒も卒業生も必死にコクコク頷く。
 こういう時の奇妙な圧力は、アクセン先生の右に出る者がいないような気がする。
 しかし、こそこそと「召喚獣って……喋ってなかったか?」「言葉が通じるのか?」「え、人型だし……マジかよ」というような話し声が聞こえてきた。
 一気に好奇の目に晒された私は思わず身を竦めるが、隣のリュート様が視線を鋭くして周囲を見渡し、その眼光に気圧された者たちは慌てて視線を逸らす。
 さすがはリュート様……伊達に元クラスメイトから魔王とは呼ばれていないと感心してしまった。

「そうなのです! 彼女はこの世界で五体目の人型召喚獣で、人とほぼ変わらないという性質を持ち、自分で思考し動くことができる完璧な存在なのです! スキルも面白く……」
「あー、はいはい、アクセン先生、その辺にしましょうね。うちの弟が激怒して周囲が極寒の地と化しますから」
「……それはマズイですね」

 ヒートアップしかけたアクセン先生を、ロン兄様がタイミング良く止めて事なきを得たのだが、リュート様の頬はヒクヒク引きつっている。
 真白とチェリシュがひそひそ「ヤダー、おこだよ、おこ」「おこなの」と話をしている。
 2人とも、お口封印の術はどうしたのですか? という念を込めて2人を見つめていたら慌てて互いの口を両手と翼で塞いだ。
 その姿は大変可愛らしいのですが、ダメですよ?
 唇の前で指を交差させ、おしゃべり禁止とジェスチャーしていると、何故かリュート様たちが笑う。
 どうしたのだろうかと視線を向けても、何でも無いという中、チェリシュと真白が私の真似っこをして満足そうにしているので、まあいいかと思えてしまった。

「微笑ましい光景に癒やされましたので、話の続きと参りましょうねぇ。先ほどいった隊列で動くにあたり、あとで時間を取るので詳しい打ち合わせは、その時に行ってくださいねぇ。では、日程の説明に入ります。先ほどの資料の8ページ目を見てくださいねぇ」

 資料をめくり、8ページを印字されている項目を見ると、一日目の予定という文字が目に入った。
 現在行っているミーティングの後に、各チームでの打ち合わせが入り、出発は昼前ということになっている。
 そこから目的地となる場所まで移動とあるが、到着とは書いておらず、途中で良さそうな場所を見つけたらキャンプ地とするということらしい。

「資料の通り、本日は昼前に出発し、普段、黒の騎士団がどういう生活を送っているか実体験して貰う日となっております。目的地に到着するのは、予定通りであれば明日の昼前ですねぇ」
「黒の騎士団の生活体験ということで、初日の食事は此方から支給しますので、心配しなくても大丈夫です」

 ニッコリ笑って補足説明をするロン兄様の言葉に、リュート様がガックリ項垂れる。
 え、えっと……リュート様?

「やっぱりか……あの食事以外認めらんねーのか……俺の魔力が持たねーぞ」
「リュートお兄様には地獄ですね」

 マリアベルの苦笑が漏れ聞こえてくるが、それも仕方ないと思えるくらいリュート様は落ち込んでいた。

「え? え? ルナの食事を食べちゃ駄目なの? 真白の楽しみがっ!?」
「チェリシュも食べちゃ駄目なの……寂しいの……」
「あー、いや……お前らはいいから食ってろ。俺は生徒だからさ……」
「い、嫌だよ。リュートが辛いのに、真白だけ美味しい思いするのは……」
「チェリシュもやーの」

 一緒だから元気出してー! と、真白とチェリシュが項垂れているリュート様の頭にまとわりつく。
 落ち込んでいても、よじよじ登っているチェリシュが落ちないように支えているところは、さすがパパモードという感じだ。
 真白は頭の上に乗って、ぽんぽん跳ねているのだが、元気づけているのか、怒らせようとしているのかわからない。
 しかし、本当に小さな子に戯れ付かれますよね……リュート様は……

「ま、まあ……一日だけだしな……何とかなるだろ」

 リュート様の落ち込みを予想していたのだろうロン兄様は、笑いを堪えるように口元を手で覆う。
 そのせいか、リュート様の方をチラチラ見る人たちがいたのだが、真白とチェリシュの愛らしさとともに、世話焼きスキルを発揮しているリュート様のパパ属性を目の当たりにして、和むやら驚くやら……といった感じである。

「あぁ……いつもの食事っすね……」
「ルナ様がいるのに……」
「諦めましょう。参謀の言葉ですし……」

 後ろからも絶望の声が聞こえてくるのは気のせいだろうか……全体的に空気が重い。
 そんなに支給される食事内容は酷いのだろうかと心配になってしまうが、翌日からは作っても良いと言うのなら、時間があるときに下準備をしておくのも手だろう。
 幸い、人手は多いのだから……

「移動中も魔物と遭遇する可能性はあります。黒の騎士団が近隣をパトロールしていると言っても、魔物の動きを完全に把握しているわけではありませんので、警戒だけは怠らないようにしてください。むしろ、道中で遭遇する魔物のほうが厄介だと考えていただいた方が良いでしょう」

 黒の騎士団がパトロールしているのにも関わらず遭遇すると言うことは、それだけ力があるか、知能があるということだからな……と、リュート様が小さな声で呟いた。

「まあ、その反対であることもある。取るに足らないと判断された魔物と遭遇する可能性も高いから、気負いすぎるのは良くないがな」

 私は聖都レイヴァリスの外は知らないが、リュート様は詳しいようだ。
 さすが、黒の騎士団を率いる一族だと言えるが、リュート様の場合は十神からの依頼で外に出ることが多いのかもしれない。
 それこそ、この東大陸だけではなく、他の大陸へ頻繁に赴き対処している可能性もある。
 ヘタをすれば、この中で一番「厄介な魔物」という部類と対峙してきたのでは無いだろうか。

「目的地に生息する魔物の一覧は、参考程度で見ておいてください。あと、森の中では火と雷の魔法を使用禁止とします。炎属性と雷属性の召喚獣も、力の制御が出来ない状態で力を行使することを禁じますので、召喚獣についての制限は先生方にお任せいたします。それと、キャンプ地での火の扱いは十分注意をしてください」

 ロン兄様はそこまで説明し終えて「自分からは以上です」と言って一歩下がった。
 引き続き、魔法科と聖術科の教員から使用スキルなどの注意事項があり、該当するスキルを持つ人たちは、真剣な表情でメモを取っているようであった。
 その後、それぞれのグループに分かれてミーティングを行うということになり、私たち召喚術師科は黒の騎士団と別室へ移動する。
 廊下を歩いた先に、個室らしい場所が何カ所かあり、扉に『召喚術師科・黒の騎士団』という文字が浮かんでいる部屋へ入っていくと、先ほどと同じようなテーブルと椅子が並んでいた。
 クラスごとにまとまって席へ着くと、最後に入ってきたアクセン先生とロン兄様が教壇に立つ。

「さて、召喚術師科は今年度人数が多いので、前衛を張ることになりました。しかし、さすがにまだ慣れていない召喚獣を前面に出すようなことは危険だと判断しましたので、特殊クラスが前衛に立ちますねぇ」

 やっぱりかー! と聞こえてきそうな空気が、クラスメイトから流れてくる。

「貴方たちは、一応、遠征討伐訓練の経験者で魔力量も高ければ瘴気耐久力も高めですからねぇ。召喚獣が戦えなくても、ある程度は対処することが出来ますし、諦めてくださいねぇ」

 確かに、全員が経験者だというのなら全体的な流れや対処法も知っているだろう……が、こじつけにも聞こえてしまうのは、確実にリュート様の力をアテにしている配置だとわかってしまうからだ。
 完全にリュート様任せであるが、黒の騎士団とも連携が取りやすい分、そのほうがやりやすいかも知れない。

「俺は違うのだが……」

 ボソリと呟くガイアス様の肩を、レオ様が「まあまあ」と宥めるように軽く叩く。
 召喚してすぐに力を行使出来るようになった人が、何を甘いこと言っているのですか?
 人を襲えるくらいなのですから、魔物に攻撃するくらい朝飯前でしょう?
 ジトリと見ていた私の視線から何かを感じ取ったのか、何とも言えない表情をしてガイアス様は溜め息をつく。

「まあ、黒の騎士団が主に動くので、我々召喚術師が手を出す必要は無いかも知れませんが、魔物との戦いの中で学ぶことも多いと思います。瘴気にアテられた人はすぐに申告するようにしてくださいねぇ、命に関わりますし、戦場で動けない人は迷惑なだけなので変な見栄など張らないようにお願いしますねぇ」

 うっすらと瞳を開いてニコリと笑うアクセン先生に気圧されたのか、全員が無言で必死に頷いた。
 か、開眼するのですね……す、すごい迫力です。
 きっと、そういう人がいて、大変な目にあった経験があるのだろうと察しはつくが、今のアクセン先生は怖い。
 これぞ、触らぬ神にたたり無しである。

「まあ、言い方を変えれば、リュート・ラングレイは黒の騎士団と連携を取りつつ動いても文句は言わせません……というところですねぇ」
「いいのか?」
「そのために前衛を買って出ました。やりたくないと駄々をこねていた人たちに、文句など言わせません。調査不十分の森へ入るのは危険です。最善策を学園長と考えた結果、貴方や黒の騎士団に負担をかけてしまいますが、よろしくお願いしますねぇ」
「此方は、もともとそのつもりです。むしろ、調査不十分の森がどれほど危険かご理解いただいているようで助かります」

 アクセン先生とロン兄様の会話を聞きながら、不安そうな召喚術師科の生徒たちは、物騒な話を聞いても全く動じていないリュート様や黒の騎士団の面々に驚いているようだ。

「森が魔物の住み処になっていると仮定すれば、俺たちは住み処に不法侵入する敵であり獲物だからな……手薄なところから食われる可能性もある」
「全くその通りです。いくら説明しても、この辺りの危機感は実践でしかわかりませんからねぇ……多少危険な目に遭うでしょうし、怪我だってするでしょうが……」
「お任せください。その時のために王宮聖術師や私がいます」

 胸を張って微笑むマリアベルの言葉には力があり、リュート様とマリベルがいるだけで、どうにかなるのではないかと感じてしまうほど安心感があった。
 それだけ、この2人は過酷な現場へ赴いている証なのだろう。

「ああ、あと、リュート・ラングレイ。貴方にはキツイかもしれませんが、今日一日は我慢してくださいね」
「飯のこと?」
「そうです。ルナティエラさんのスキルが料理であることは知っているのですが、それを使っては意味がありませんから」
「……はぁ……もう、何が一番キツイって……ソレだよ、ソレ! 俺には一番キツイんだぞっ!? あの不味い飯を食えと……あぁぁぁ……幸せな食事の時間がああぁぁぁ」

 頭を抱えて嘆くリュート様の姿に、私の料理を知っている以外の人々がポカーンとして、彼の様子を見つめている。
 まあ……いつものリュート様からは考えられませんものね。
 むしろ、私たちにとっては想定内の反応です。

「そんなに美味しいのですか?」
「メチャクチャ旨いに決まってんだろっ!?」
「カレーちゅるちゅるうどんだったの!」
「美味しかったよー!」

 リュート様だけではなくチェリシュと真白も一生懸命アクセン先生に朝食がどれほど美味しかったかと説明をしはじめ、マリアベルまで「カレーうどんとマールの天ぷらは絶品でした……」夢見心地で呟き、それは絶対に美味しかっただろうと元クラスメイトたちが騒ぎ出す。
 トリス様とシモン様も不満そうな顔をして「それは食べたかったな」と呟くので、全員がどんな料理なのかと興味を持ったようであった。

「本日は無理ですが、明日にはその絶品料理が食べられるのですねぇ……とても楽しみです!」
「あ、飯の班決めはどうなってんの?」
「それは、いまから配る資料を参照してください。各自、班に分かれて担当や隊列などの話し合いをしてくださいねぇ」

 アクセン先生の指示で、ほかの召喚術師科の先生が全員にプリントを配り始める。
 そこには、事前に決めておいた5名1班の食事係がクラス単位で集まって、食事を作るようにと書き記されていた。
 事前に決めていたらしい班が記載されており、特殊クラスの班分けは、リュート様をリーダーとして、いつもの面子――レオ様、シモン様、イーダ様、トリス様の名前があり、隣の班にロヴィーサ様とボリス様とガイアス様がいる。

「勿論、我々の班の食事係はリュート……というか、ルナだな」
「お前ら……」
「良いでは無いか。ルナが好きに料理を作ることが出来るのだからな」

 カラカラ笑うレオ様が、どうやらこの配置にしてくれたようである。

「チェリシュもお手伝いするの!」
「真白もするー!」
「やめろ、真白はまたどんぶりにダイブするだろうが」
「しないよ! あれは、ルナの料理が美味しくて夢中になった結果だもん!」
「だからあぶねーんだろうが……」

 お前は俺の目が届く場所にいろと頭の上にぽすんと乗せられ、まんざらでも無い様子で「しょうがないなぁ」と呟く真白が可愛らしくて、思わずくすくす笑ってしまう。
 この真白を、オーディナル様や紫黒やベオルフ様に見せてあげたい。

「チェリシュもなのーっ」

 よじよじとリュート様の肩へよじ登り、肩車の体勢になった彼は、大真面目にレオ様たちと一緒に班の役割分担に関する相談をしている。
 どうも、その姿がいつもの魔王然としていなかったためか、他の生徒がチラチラ見つめては、和んだとでも言うように笑うのだ。
 少しずつだが、彼への誤解はとけていっているようだと嬉しい気持ちがこみ上げてくる。
 こうして、彼という人を知り、必要の無い誹謗中傷が消えていくことを願わずに居られなかった。
 ただ、そんな風景の向こうで、リュート様の元クラスメイトたちが「食事は全員、特殊クラスというかルナ様の食事を所望しますっ!」とロン兄様やアクセン先生に直談判し、拝み倒している姿があったのは内緒である。

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