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第九章 遠征討伐訓練

9-16 ラングレイ一家の名物

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 カレーうどんの後に出されたデザートのタルトタタンを味わい、苦みもまた美味しいものだと笑い合っている中、どうやらリュート様たちの元クラスメイトたちが到着したという報せが入ったようである。
 私に真白を任せたリュート様は、お父様やロン兄様と一緒に彼らが通されている広場に向かう。
 私も顔を出したかったのだが、皿の上には残っている食事が……

「ちゃんと食べないとダメダメなの」
「ルナって本当に食が細いよねー。ベオルフに食べさせて貰っていた時は、パクパク食べていたくせにー」
「……そ、そういうことは言わなくて良いのです」

 幼い日の可愛らしいエピソードと誤解した皆から微笑ましいというような笑顔を向けられるのだが、そうではないとは言えずに頬が熱くなった。
 真白から過去へ行った時の話を詳しく聞かなくても、どういう状況で食べさせてくれたのかわかる気がする。
 それも要因なのだろうか、頬の熱は引く気配が無い。

「はっ! ルーがベオにーにでベリリなの!」
「そういうことは言わなくて良いのですっ」

 ペチペチと頬を叩いて熱を逃すのだが、チェリシュの言葉で更に恥ずかしくなった。

「ベオにーにはいないから、チェリシュが『あーん』してあげるの!」
「あ、真白もしてあげるー!」

 チェリシュと真白がフォークに刺したタルトタタンを交互に口へ運んでくれるのが嬉しいのだけれど、そんなスピードで食べられないと言いたい。
 競うように「次なのー!」「こっちもだよー!」と元気な様子を見て、誰も止めてくれない状況には困ったが、何とか口を動かして食べきったときには、ぜーぜーと息が上がっているという不思議な現象になっていて、一度戻ってきたリュート様が不思議そうな顔をするのだが、フォークを持って満面の笑みを浮かべるチェリシュと真白から何かを悟ったのだろう、笑い合う2人に顔を近づけてニッコリと笑う。

「無理矢理食べさせるのは良くねーぞ。ルナのスピードで、ゆっくり食べた方が体の負担はかからねーからな」
「そうなの?」
「それは、ごめんなさいなの!」
「真白もごめんなさいー!」

 リュート様の言葉で私の現状を理解した真白とチェリシュは、二人揃って素直にぺこりと頭を下げ謝罪をしてくれた。
 状況判断だけで何が起こったのか察したリュート様も凄いし、素直な二人も可愛らしい。
 幸せだなぁと感じつつ笑顔で私のことを考えてくれたことにお礼を言うと、何故かリュート様とチェリシュと真白に抱きしめられてしまう。
 な、何故?
 そこへ、新たに加わったのはお父様だった。
 いつものようなぎこちなさを残しつつも、リュート様も一緒に抱きしめてから「そろそろ行ってくる」と笑顔を見せてくれる。

「もしかしたら、今はルナの浄化の力が影響して体調が良いだけかもしれねーから、あまり無理しねーように……何かあったら、連絡を入れてくれ」
「それは此方の台詞だ。遠征討伐訓練地が変更になり、慌てて此方も調査隊を派遣したが、いつものように入念に行えなかった。何があるかわからん……何かあったら、そちらもすぐに連絡を入れるようにしてくれ。通常の手順では遅いから、直通だ。わかったな?」
「心配しすぎだって」
「お前が言うな」

 似た者親子だとチェリシュと真白が笑う中、二人はばつが悪そうに視線を彷徨わせる。
 こういうところも似ているのかと笑っていると、お母様がお父様に抱きつく。

「本当に無理はしないでくださいね……」
「ああ、大丈夫だ。それと、ルナちゃんは私の娘なのだから、いつでも家に帰ってきなさい。実家だと思って、頼ってくれると嬉しい」
「そうよ、ルナちゃん。今度は一緒にショッピングにでもいきましょうね。皆で、楽しいことを沢山しましょう」
「お父様……お母様……ありがとうございます」

 私はこの家に来て、本当に良かった……そう、心から思えた。
 リュート様と家族の距離や、様々なことが良い方向へ流れ、彼の心にあった大きな穴を埋めることが出来たと感じている。
 初めて出会ったときより良い顔をしている彼を見ていればわかるし、家族を見るときの陰りが消えているのだから間違いない。

「師匠もそろそろ行くのか……」

 ひょっこり顔を見せたカカオが寂しそうに呟くので、彼の目線に合わせてかがみ込み、よしよしと頭を撫でる。

「カカオ、ミルクと一緒に店に来てくださいね。そうしたら、また一緒にお料理が出来ますから」
「そうだよな……週末だけだったら、アイツらと差がついちまう。マリアベルも店で働くんだろ?」
「はい。私もアルバイトとして働けるように手配しました」

 キュステさんと一緒に此方の様子を静観していたマリアベルが力強く頷く。

「じゃあ……こっちの食事を作ったら片付けはセバスたちに任せて、俺様とミルクは店に行くことにする」
「そうなると、キッチンスタッフとして働く言うことやんねぇ。だんさん、雇用形態どうしはるん?」

 キュステさんの言葉にリュート様はギョッとした顔をしてから、両親を見つめる。

「カカオとミルクが望むなら、此方は問題無い」
「二人のステップアップのためですもの」

 お父様とお母様からの許可を得たカカオは、嬉しそうに耳をピンッと立てて尻尾を揺らした。

「師匠、よろしくな!」
「えっと……体に負担はかかりませんか?」
「いつもは、自分たちの鍛錬に使っていた時間を、師匠との修行時間にすればいいだろ」
「それなら良いのですが……」
「じゃあ、カカオとミルクは短時間労働厨房スタッフとして契約するから、その辺の書類を作成しておいてくれ」
「任せといてぇな。そういうことになる思うたわ」

 ほくほく顔で書類を取り出すキュステさんは、カカオと後からやってきて、事態を飲み込めていないミルクを招き、契約のための説明を始めたようだ。
 準備が良いというか……全ては、キュステさんのシナリオ通りということだろうか。

「アイツ……時々怖いくらい準備が良いよな……」
「キュステは有能でしょ?」
「ああ……まあ、そうじゃなきゃ、母さんがずっと一緒に居るわけねーか」

 子供が出来ても付き合いを続けていた理由の一つかもしれないが、二人には二人にしかわからない関係性があるのだろうと思う。
 友情、親愛、敬愛……どの言葉も適切だとは言えず、曖昧な感じがする不可思議な関係性だ。
 強いて言うなら――家族だろうか。
 どうしてそう思うのかわからないのだが、二人は家族愛に飢えていて、そんなころに出会ったように感じる。
 だからこそ、お互いが家族のように大切であり、その後も付き合いが続いているのだろう。
 お母様は家族で、リュート様は相棒。
 そうやって、キュステさんは長い命の中でラングレイ一家と関わりを持っていくのかもしれない。
 そう考えると、少しだけ不思議な感覚だが嬉しくもあった。
 どうか、キュステさんが独りになり、孤独の中にいるなんて未来が来ませんように……

「キューちゃん、書類がいっぱいなの」
「チェリちゃんも来たん?」

 いつの間にか移動していたチェリシュがキュステさんの背中に張り付いているのだが、その光景を見ているだけで大丈夫だと思えてしまう。
 きっと、私が心配するほど彼は弱くない。
 リュート様をずっと支えてきたのだから、弱いはずが無いのだ。
 まあ……ちょっと変なところはありますが、頼りになりますよね……と、心の中で呟くと、頭の上にぽすんっと真白が飛び乗ったのを感じた。

「んー……ルナの頭の上も良いけど、一番はリュートだよね!」
「……お前な」
「ベオルフは、肩が良いの! 頭の上も良いの! 完璧」
「そのベオルフ様からのお説教が楽しみですね」
「いやああぁぁぁ、真白は忘れていたのにいいぃぃぃぃ」

 どうやら思い出したらしい真白が絶叫し、人の頭の上で右往左往しているのだが、髪が乱れるとリュート様に回収されてしまった。
 でもまあ、気持ちはわかります。
 確かに、肩にとまったときの安定感と、頭の上のふわふわ感は言葉に出来ない。

「でも、一番はあのハイネックの首元へのダイブですよね……」
「ずるーい! ルナは、そんなことまでやってたー!」
「私だから許されるのです」
「ずるいー! ずるいー! 真白もー!」
「ダメですよ。くすぐったいと言って、あまりさせてもらえないのですから」
「え、えっと……ルナ? ベオルフになにやってんの? てか、なんで真白に張り合ってんの?」

 リュート様のツッコミを聞かなかったことにして私と真白が騒いでいると、ロン兄様が部屋に入ってきて「そろそろ、支度出来た? 行くよー?」と声をかけてきた。
 もうそんな時間ですかっ!?
 ロン兄様の後ろには、テオ兄様の姿も見えて……ラングレイ一家が勢揃いだと頬を緩める。

「さて、こんなチャンスは滅多にないからな」
「そうですわね」
「急いで帰ってきて正解だった」
「まあ、俺は暫く一緒に行動するけど……いいよね?」

 え? あ、あの?
 何をしようとしているのか理解出来ずにキョトンとしている私を、満面の笑みでリュート様が抱きしめ、いつの間にか戻ってきたチェリシュも飛び込んでくる。

「気をつけて、いってらっしゃい!」
「すぐに帰ってくるのだぞ」
「店にも行くからな」

 お母様とお父様とテオ兄様の言葉とともに、全員からぎゅーっと抱きしめられて、ラングレイ一家名物のお団子状態だと理解するだけで、自然と笑顔になってしまった。
 その中心に、私とリュート様とチェリシュがいる。

「真白も参戦ー!」

 むぎゅーっと私とチェリシュの間に体をねじ込み、満足げに羽毛を膨らませる姿が可愛らしくて全員で笑ってしまう。
 前世の家族を思い出すような温かさに満ちた空気に、胸の奥が少しだけ疼く。
 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、心配しないでね。
 私は今、とても幸せです!

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