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第八章 海の覇者
8-64 眠るのが惜しいと感じる愛しい日々
しおりを挟む「そうだ。リュートは、討伐訓練の準備はできていますか?」
「魔物を討伐することも多いし、常に携帯しているから特に必要な物は無かったからな。ルナの方は、親父たちが……」
アレもいるだろうコレもいるだろうと言いながら、袋いっぱいに用意してくださいましたものね。
実際、ラングレイ一家総出で準備してくださった袋に何が入っているのか、多すぎて把握しきれておりませんが……多すぎるしいらないと説得することを諦めたリュート様が、お礼を言ってアイテムボックスへ突っ込んでおりました。
あんな大荷物を背負って歩くのは無理ですから、本当に助かりますし、みんなが私のことを考えて準備してくださった物ですもの。
大きな鞄に詰められた数だけ考えてくれたことが嬉しくて、申し訳ない気持ちとともにお礼を言ったら、みんなからぎゅーってされました。
こうして、心配してくれる人がいるのは、とてもありがたいことです。
無関心で居ない者として扱われることになれていた私の心が、じんわりあたたかくなりましたもの。
「リュートくんだったら、どんな大荷物でも、時空間魔法でどうにかなるデショ? ルナちゃんは持たないようにネ。バテちゃうカラ」
「は……はい……」
さすがに、あの荷物を背負うだけで潰れそうです。
だって、チェリシュが荷物に勢いよく抱きついても、びくともしませんでしたから……
「時空間魔法で創り出すアイテムボックスは良いな……大荷物だと初日の移動が大変だ。リュートさんは聞いていないかもしれないけれど、初日は移動にあてられるらしい」
「は? そうなのか? いつも訓練で使用している森じゃねーんだな」
「あの森で、火災があったそうで変更になったみたいです」
「は? 火災?」
「魔法科の生徒が、森の中で火の魔法を使ったみたいだ」
あちゃーと言わんばかりにリュート様が片手で目元を覆います。
「絶対一人はいるんだよな、状況を考えずに魔法を使うヤツ……」
「基礎がなってないわねぇ」
穏やかに笑いながら言うお母様の声が聞こえましたが、声に含まれる呆れた響きで、リュート様やシモン様たちも苦笑を浮かべました。
魔法のスペシャリスト、ウォーロック家出身のお母様にかかったら、お馬鹿さんと言いたい行動ですものね。
「急遽、目的地を変更したこともあって、昨日アクセン先生が簡単に日程を説明してくれたのですが、初日は移動をしながら普段の黒の騎士団や緊急に編成される魔物討伐隊の日常を体験するという名目で、強行軍になるようですよ」
「マジかよ……てか、そうなったら、ルナは無理だろ。体力がもたねーよ」
そ、そんなに大変なのですか?
思わずぐりんと後ろへのけぞるようにしてリュート様を見上げると、ころりと体が転がってしまい、すかさずリュート様とチェリシュがキャッチするために手を添えてくださいました。
「す、すみません」
「謝る必要はないだろう? 貴族の娘にいきなり丸一日歩けっていうような無茶な話をしているワケだしな。その上、衰弱して此方へ来ているんだ。召喚獣たちは魔力譲渡を行っている最中だ。チルもタロモも無理せず、異変があったらトリスやシモンに報告しろよ?」
『はいっ』
『はーいっ』
リュート様の言葉に、チルとタロモは揃って頷きます。
その様子を見ながら、リュート様は笑顔で私に「だから、頼って良いんだよ」と優しい言葉をかけてくださいました。
嬉しすぎてすりすりしながらお礼を述べると、リュート様に頬ずりされて嬉しさ倍増です!
「歩くのがキツイ……はっ! ルーはころころ転がっちゃうの?」
「転がりながら移動ですか……いえ、きっと、華麗に飛べるはず!」
「ルナ。練習しない内に外で飛んだら、ベオルフに報告してお説教な」
「そ、それは駄目ですよっ!?」
リュート様のお説教の比では無い圧力と厳しさと、精神攻撃が来ること間違いなしですよっ!?
運動神経が~とか、言われてしまうのです!
そ、そうなったら……精神力がゴリゴリ削れていって、しまいには毛布をかぶって丸まりたくなること間違いなしですよっ!?
こ、怖いです……
普段は寡黙で穏やかなのに、マグマのような怒りを蓄積させて爆発させる怒り方をするのですもの。
自分に向けられた怒りではなくても怖かったのに、アレが自分に向けられたら、間違いなく泣きます。
「練習して華麗に飛べるようになったら、外で飛んで見せますね」
「おう。期待している」
うふふ……期待されてしまっては仕方ありません。
頑張って練習すれば、必ず上達するはずですものっ!
努力あるのみですっ!
「しかし、初日は黒騎士体験か……本来、黒騎士は天馬で移動するけど全員が所有しているわけでは無いから、歩いて移動しつつ粗末な食事というコースか」
がっくりと肩を落とすリュート様に、シモン様とトリス様が苦笑を浮かべます。
「これだけ美味しい物を食べていたら、それは辛いよね」
「私も辛い……」
トリス様もションボリとした様子で溜め息をつきますが、リュート様なんて本気で落ち込んでいて、テオ兄様とロン兄様が苦笑してしまうくらいです。
黒の騎士団の方々は、そんなに質素な食事を取っているのですね……
「まあ、キャットシー族を連れていけねーから、当然だわな……てかさ、召喚獣が持つスキルは別物じゃねーか? つまり、ルナに料理を頼むことが出来たら、問題なしなんじゃ……」
「まあ、そうでしょうが、これだけ美味しそうな匂いを漂わせていたら苦情が来そうですよ」
「それに、ルナは体力が心配だから、移動が続いた後に料理を作らせるのは忍びない……」
「何言ってんだ。この姿で俺の肩に乗ってるか、上着のポケットに入っていれば問題ねーだろ?」
「え……? 私は、少しも歩かないのですか?」
「チェリシュも俺が抱っこしているか、背中に張り付いているか、肩車のまま移動していると思うし、ルナもエナガ姿ならポッケIN一択だろ」
え、えっと……人型で歩くのは無謀……ですか?
視線で問いかけると、リュート様は呆れた顔をして私の脳天を指でグリグリ押してきました。
「まともな食生活をしていなかったツケが出ている体で、どれだけの体力がある? いまだって魔力譲渡で魔力がみなぎっているのに、疲れが出て眠くなる一歩手前って感じだろう?」
「そ、そんなことは……」
「ルーの声がふわふわしてきているの……おねむなの」
チェリシュにも指摘されて、言葉を返す前にあくびが出かけて、慌てて翼でくちばしを隠します。
た、確かに、疲れているかもしれません。
でも、クラーケンと戦ったリュート様たちよりはマシですよ?
「まあ、ルナちゃんは無理をしないことダヨ。ベオルフの時とは違い、他者の魔力を体に馴染ませるのは力を使うんダ。それに、これまでのことで弱った体は未だ思うように動かないし、きっと体力が持たないヨ」
「そうじゃな……ルナはすぐに無茶をするから、妾は心配じゃ」
「無理はいけません。これだけ美味しい上に、回復する料理を作ってくださったのですから魔力消費も考えている以上でしょうし……」
時空神様一家から口々にそう言われた私は、慌てて首を振りながら大丈夫だと告げます。
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そ、そこまで大変ではありませんよ?
ただ、魔力を注ぎ込む作業が必要な魔改造された発酵石の器が問題なのであって、料理を作ること自体は、さほど負担ではありません。
「ルナちゃんが使う頻度にもよるけれども、乾物や発酵させる食材が多いから仕方無いよネ」
「そうですね……本当は色々と作りたい物があるのですが……」
眠気が邪魔をして、思うように動けません。
最近、魔力譲渡のあとに襲い来る眠気が凄まじいと感じます。
リュート様の力が私に注がれている安心感なのか、それとも、馴染ませるために使う力が負担をかけているのかはわかりませんが、ほどよい疲れの後に感じる倦怠感にも似ていました。
そう考えると、全く違和感なく体に馴染み、元気になるベオルフ様との魔力譲渡は普通ではあり得ないことなのだと強く感じます。
一体どうして、私たちの間だけで、そんな現象が起こるのでしょう……うーん、ぼやけてきた頭で考えるのも難しいですね。
「ルナ。眠くなったんだろう? 魔力譲渡はもう終わるから、ポケットに入って眠っていても良いし、寝床を準備しようか?」
「近くにいたいのでポッケがいいです」
「そ、そっか……わかった」
嬉しそうに微笑むリュート様を見ていると、此方まで嬉しくなってしまいます。
「チェリシュも一緒にポッケINしてみたいの」
「さすがに無理だろ……」
それは見てみたいし嬉しい提案ですが、サイズがあわないので難しいと思いますよ?
ポッケINした私とチェリシュを想像してか、シモン様は肩を振るわせ、トリス様は口元をもにゅもにゅさせております。
チェリシュの発想は、本当に可愛らしいですものね。
そうなってしまうのもわかります。
「本当は……もっと……お話をしたいのです……お風呂も入っておりませんし……」
「洗浄石で我慢だな。いま風呂に入ったら溺れるぞ」
「それは……困りますねぇ……リュート様は……まだ起きているのですか?」
「そうだな。チェリシュもまだ食べているし、俺はアレンの爺さんやギムレットたちがワクワクしながら待機しているから、ちょっと飲むかな」
「それは楽しそうですが……明日に響かないようにしてくださいね」
「ああ、わかっている。心配しなくても、ちゃんと限度は知っているから」
そうですよね。
リュート様の性格で、無茶な飲み方はしませんよね。
チェリシュも、食べ過ぎないようにしてくださいね。
なんだか言いたいことは沢山あるのに、体が急に重くなり、意識がもうろうとしはじめる。
「ほら、魔力譲渡も無事終わったからポッケINな」
ポケットに収まるサイズになってから、もぞもぞとリュート様のポッケにINして、顔だけぴょこりと出すと、トリス様が「可愛い……撫でて良いか」と尋ねてきたので、コクコク頷いた。
うー……意識がぼやけますね。
この、祭りのような雰囲気をもっと味わいたいのに……
今日という記念すべき日を、もっと分かち合いたいのに……
「まだまだ完全回復とはいかねーんだから、無理すんな」
「でも……」
「ルナは、変なところで頑固だよな。大丈夫だ。俺もチェリシュもそばにいるし、眠ったあとはベオルフやオーディナルに会えるんだろう?」
「はい……今日は……怪我の理由を聞かないと……他にもお菓子のことや色々……」
「そうだな。怪我は心配だから、その辺りは詳しく頼む」
「はい、詳しく聞き出してきますね。あ……そうだ、リュート様にも聞きたいことがあったのです」
「ん? 俺に?」
「はい……リュート様は……幸せ……ですか?」
眠気に任せて口を突いて出た言葉は、とても曖昧で……何に対してという言葉が完全にすっぽ抜けていたというのに、リュート様はとても良い笑みを浮かべて頷きます。
「ああ。最高の一日だった。ありがとうな、ルナ。俺はルナのおかげで一歩前へ進めた。俺は俺だとわかった、本当に貴重な日だったよ」
「そう……ですかぁ……良かったぁ」
本当に良かったと心を満たす喜びにふにゃふにゃ笑って周囲を見渡すと、みんなが笑顔でねぎらいの言葉をかけてくれました。
それが嬉しくて、一秒でも長く皆と一緒にいたくて眠くて閉じてしまいそうな目をこすっている私を見て、心配しながらも優しく笑っている人たちもいる。
その肩越しには、思い出話に花を咲かせている人もいれば、クラーケンとの戦いを熱く語っている人も見えました。
今日一日という日の出来事を思い出すと、やっぱり沢山あって……
左腕にあった、ベオルフ様の力を今は全く感じないけれども、「良かったな」と言われたような気がして、えへへと笑っていたら、リュート様が私の頭を優しく撫でてくれた。
ほどよい力加減であることが嬉しくて、ぎゅーって抱きつきたい気持ちになるけれども、体は思うように動いてくれない。
意識だって、だんだんぼやけて輪郭をなくしていくように頼りなくて……目を閉じてしまえば、今日が終わってしまう。
それが、とても寂しかった。
あちらにいる時には感じたことの無い感覚が嬉しいのに、胸の奥がチクりと痛んだ。
「今日も一日お疲れさん。俺のために、色々考えてくれてありがとう。俺は……ルナになにを返すことが出来るだろう……」
「お互い様……なのです……私も感謝しておりますし……今日も幸せで……楽しかったですもの……」
「チェリシュも楽しかったのっ」
近くに居たみんなが、口々に楽しかった美味しかったと言ってくれる幸せを噛みしめ、落ちていきそうになる意識をかろうじてつなぎ止める。
「明日も……よろしくお願い……します」
「此方こそ。明日は移動だから、無理をせずに俺を頼ってくれ。ルナの体力だと、絶対に歩けないだろうからな。それに、小鳥姿でそばにいてくれると俺も嬉しい」
「はい……無理は……しません。でも……少し歩きたい……です。一人だけ楽をしているようで……気が引けてしまいます」
「そういうと思った。じゃあ、手を繋いで歩こうな。ルナはすぐ転けるから心配だ」
「心配なの」
お、おかしいですね。
そんなに言われるほど、リュート様とチェリシュの前で転けたでしょうか……
でもまあ、無理の無い範囲というのはわかりますし、意地を張って皆に迷惑をかけるわけにもいきません。
「リュート様、酒の追加を持って───うわぁ……もふもふルナ様だ! リュート様、是非ひと撫でさせてくださいっす!」
「ルナは眠気でふわふわしているから駄目だ。お前は怪我をさせそうだしな」
「しないっすよ! じゃ、じゃあ……見ているだけで我慢するっす……ルナ様、明日は同行しますので討伐訓練も頑張るっす!」
眠気でぼんやりした頭にガンガン音をぶつけるように喋るモンドさんに頷き返し、リュート様の逆鱗に触れないよう、幼なじみの二人がモンドさんを羽交い締めにして止め、チェリシュがリュート様の背中に張り付いたことで、不機嫌モードが解除されたようです。
さすがは愛娘。
最強過ぎます。
モンドさん、リュート様を怒らせては駄目ですよーと、言ったのに、ふにゃふにゃと音になっていない私に、全員が笑い出しました。
あたたかな眼差しに見守られながら「おやすみ」の挨拶をみんなからいただき、幸せの中で眠りにつこうとしていた私の目に、何故か知識の女神様が解読しているらしい紙に書かれた文章が映り込みます。
「ほかは、大分解読が進んだけど、この一文だけは全く駄目だぁ……ゼルにーちゃん、この言語、知らない~?」
「んー? ……いや、見たこと無いヨ」
「駄目かぁ……どうして、私やトリスやシモンにもわからない言語なんて出てきたんだろう。不思議だなぁ」
本来ならあり得ない、どこの世界のものともわからない文章。
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当然私も知らない文字なので、理解することが出来ないはずなのに、何故かその内容を理解することが出来た。
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