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第八章 海の覇者
明石焼きを作るときに油断をしてはいけません
しおりを挟むたこ焼きを丸くすることに夢中のカカオとナナトの様子を暫く見ていたのですが、勝負は未だつきそうにありません。
私の方は、時空神様のリクエストでもある明石焼きを焼こうと、リュート様が苦笑しながらも、私たちの作業の様子を見ていて改良点を思いつき、試しに作ってくれたたこ焼き器へ向かいます。
液だれがしないように鉄板の縁を少し高くしただけではなく、出来るだけ均等に火が入るよう、更に調節した物でした。
「リュート様。ありがとうございます」
「いや、ほぼギムレットが作ってくれていたんだ。ほら、屋台と店の分を考えてな」
作業が終わって眼鏡を外すリュート様。
うぅ……眼鏡姿をもう少し堪能していたかったです。
「なんで、そんな残念そうな顔を……」
そこまで言ったリュート様は、何かを思いついたようにニッと笑うと、ゆっくり私に顔を近づけ、耳元に甘い声で囁きました。
「俺の眼鏡姿。そんなに好き?」
彼の大きな手が、さらりと私の横髪を意味深に触れていく。
その手つきがなんだか……い、色っぽい……?
ひゃああぁぁぁぁっ!
ど、どこ、どこからそんな甘くて色っぽい声を出してきたのですかああぁぁっ!?
そして、その手つきいぃぃぃっ!
だ、ダメです、みんながいますから、そういう行動はいけませんっ!
それに、チェリシュに見られたら……って、あれ?
リュート様にへばりついていたチェリシュはどこへ……?
周囲を見渡してみると、キュステさんに抱っこされて、カカオたちの勝負に声援を送っている姿が見えました。
あー……あの勝負が気になったのですね。
そして、何気なく目が合ったリュート様の元クラスメイトたちは、慌ててくるりと背を向けてしまいました。
あああぁぁぁっ!
う、後ろを向かないでください、リュート様を止めてくださいーっ!
「あ、あの……と、とりあえず、みんなの前ですから……」
「んー? まあ、それもそうだな。残念だ」
いえいえ、私の心臓が持たないので、残念だなんて思わないで欲しいです。
というか、そこで肩を振るわせて背中を向けている時空神様っ!
配慮していますというような雰囲気を出して、私の状況を楽しまないでください!
ベオルフ様かお兄ちゃんに言いつけてやる……
そう考えていたのがバレたのか、パッと此方を見た時空神様が、慌てたように頬を引きつらせながらリュート様を止めるために此方へ歩いてきました。
どちらに報告されるのが嫌なのでしょう……気になりますね。
「リュートくん。今から明石焼きを焼いて貰うんだカラ、邪魔しちゃ駄目デショ?」
「それだけ食べたいのかよ」
「とーっても美味しいヨ?」
「マジか……」
い、今のうちです。
このチャンスを逃したらマズイので、急ぎ明石焼きの準備に取りかかりました。
心臓がバクバクいってうるさいくらいですが、深呼吸を何度かして気持ちを落ち着けてから、ボウルを取り出します。
さ、さあ、明石焼きを作りますよっ!
明石焼きは、地元で『玉子焼き』と呼ばれるたこ焼きに似た料理です。
たこ焼きの生地よりも卵の量が多く、小麦粉の他にも浮き粉と呼ばれる小麦のデンプン粉を使い、ソースではなく三つ葉を浮かせたお出汁で食べるのが定番。
お出汁に入れて食べた時のふわっとして、トロツとして、ほろっとする食感が絶妙なのです。
その食感の決め手となるのが、浮き粉。
浮き粉は片栗粉とは違い、加熱しても固まらず、半透明になってぷるぷるすることから、美味しくて柔らかくて口溶けの優しい味わいになるのです。
最初聞いたとき、どういう料理に使われているのかイメージが浮かばずに首を傾げていたら、中華料理で半透明で中が見える蒸し餃子とかに使われているのだよと、兄が教えてくれました。
なるほど、アレが浮き粉を使った料理だったのかと驚いた覚えがあります。
同じデンプンで出来た粉でも、色々と違いがある物だと感心しました。
しかし、ここに浮き粉はありませんし、一応、片栗粉……いえ、ジャガ粉で代用は出来そうなので、少量を薄力粉と一緒にふるっておきます。
あまり多く入れると風味や食感だけではなく、硬くなるおそれがあるので、少量が良いでしょう。
兄の明石焼きと比べられたら天と地の差が出来そうですが、時空神様には我慢していただきたいです。
兄が作る明石焼きは、出汁の中に入れて食べると、口の中でほどけていく食感が素晴らしく、とても優しい味にほっこりして、時空神様がやみつきになる気持ちもわかりますもの。
うー……なんだか、兄が作ってくれた明石焼きが無性に恋しくなりました。
駄目です。
泣き言はいっていられません。
今ある材料で、美味しい物を作りましょう!
リュート様に喜んでいただける明石焼きを作らないといけませんね。
生地が緩いぶん、扱いが難しいのが難点です。
しかし、小麦粉や卵を多くすると扱いやすくなる分、あのふんわり柔らかな食感を楽しめないので、気をつけていきましょう。
出汁と卵とを溶きほぐし塩を入れ、ふるった小麦粉を加えてダマにならないようによく混ぜます。
具材はクラーケンの身のみですから、少し大きめなぶつ切りにしておきましょう。
それが終わったら、浸して食べるだし汁の方にネギをいれるので、先に刻んでおきます。
本来は、三つ葉を加えるのですよね。
あの香りとお出汁が明石焼きによく合うのですが、いつか似たような物でも見つかったら加えていきたいです。
鉄板に生地をたっぷり流し込み、クラーケンの身のぶつ切りを入れて行きます。
周囲に溢れている生地に火が通り始めたら、ピックを使って生地を剥がして内側へ巻き込んで、一つ一つを鉄板から剥がすようにピックを回し入れてひっくり返していきましょう。
明石焼きはまん丸というよりは楕円形のイメージですね。
柔らかな生地を何度もひっくり返して形を整えていきます。
やっぱり、生地が柔らかくてふわふわしているから、たこ焼きのようにしっかりとした丸にはなりません。
「生地がまとまりづらそうだな」
「たこ焼きよりも卵が多くてゆるめだからネ。本当なら、浮き粉が欲しいところダ」
「浮き粉?」
「麦から取り出すデンプンから出来た粉のことダネ」
「そんなものもあるんだな……てか、詳しくねーか?」
「陽輝と一緒にいると、料理にはどうしても詳しくなるヨ。色々説明してくれるからネ」
「へぇ……博識なんだな」
リュート様と時空神様は、私の邪魔にならないよう背後についていてくれるのですが、2人の話題を聞いていると、ボソボソと日本の話をしているので笑ってしまいそうになります。
時空神様が会話を漏れないように配慮してくださっているようですが、私にはちゃんと聞こえるようにしていて、その内容も最近のカフェや流行っている食べ物などで、揃って食いしん坊なのですか? と聞きたくなりました。
続いて、リュート様が先ほども言っていた家の一カ所に魔力を供給するシステムを作り上げることや、魔力の発電所みたいなものはすぐには無理だけれども、まずは電池みたいなものを作りたいというお話へと移っていきます。
それには時空神様も興味を持っていたのか、かなり食い込んだ質問を重ね、リュート様と一緒に構想を練っている姿は、仕事のパートナーといった感じでした。
「やっぱり、魔力が少ない家庭は大変そうだからな」
「それだよネ。魔力の総量が貧富の差を広げるし、豊かな生活を手に入れる妨げになっているんダ」
「俺もそう思った。だけど、電池ってさ……数が揃わない内は称号持ちも珍しがって、必要が無いのに購入したりしそうだよな。限定にしても、人を雇いそうだし……」
「そこが問題だよネ。人間の好奇心は抑えようが無いから……1人、それでものすごく苦労している人を知っているしネ……」
何でしょう……後頭部が凄く痛いですよ?
時空神様の視線が突き刺さっているような気がします。
な、なんのお話でしょう。
私には……お、覚えなんてありませんよ?
「え? ルナの好奇心って、そんなにヤバイの?」
「ベオルフが体を張って止めていたくらいだカラ、リュートくんも覚悟しておいたほうが良いヨ。今はまだ大人しくしているみたいだけどネ」
「まあ、今は料理に夢中って感じだしな」
「料理をさせておけば、大人しくなるのカナ? それはベオルフにも朗報ダネ」
あ、あの……そういうお話は、私が聞いていないところでしていただけると嬉しいのですが?
それに、私はそこまで暴走した覚えなどございません。
ベオルフ様と時空神様の記憶違いです。
「……ルー、タコさんにならないと、そのお料理はできない……なの?」
「見事にマネておるな」
ハッと気づけば、目の前にはチェリシュを抱えたアーゼンラーナ様と海神様がいらっしゃいました。
は、恥ずかしいところを見られてしまいましたよっ!?
背後からリュート様と時空神様が私の顔を覗き込もうとするので、慌てて口をすぼめます。
「やばい、その顔も可愛い」
「あはははっ! ベオルフにもスマホに撮って見せてあげようっ!」
「やーめーてーくーだーさーいー」
絶対にからかわれてしまうだけですから!
あの方は意地悪なので、面白いネタを見逃すはずがありません。
オーディナル様は穏やかに微笑んでくださると思いますが、ノエルはチェリシュみたいに「どうして」攻撃をしてくるでしょうし、困ってしまいます!
ああ、その光景が手に取るように脳内で再生できてしまう……
嫌ではありませんが、その……こ、困るのでやめてください。
まあ、そうなった時は、ベオルフ様の腕をペチペチ叩き、降参だとサインを送って、極上の笑みをいただくのも悪くないかもしれません。
あの優しい空間にリュート様も招くことが出来たら、どれだけ幸せか───
そう考えてしまう私を、時空神様だけが兄に似た苦笑交じりの笑顔を浮かべて見ておりました。
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