上 下
323 / 558
第八章 海の覇者

明石焼きを作るときに油断をしてはいけません

しおりを挟む
 
 
 たこ焼きを丸くすることに夢中のカカオとナナトの様子を暫く見ていたのですが、勝負は未だつきそうにありません。
 私の方は、時空神様のリクエストでもある明石焼きを焼こうと、リュート様が苦笑しながらも、私たちの作業の様子を見ていて改良点を思いつき、試しに作ってくれたたこ焼き器へ向かいます。
 液だれがしないように鉄板の縁を少し高くしただけではなく、出来るだけ均等に火が入るよう、更に調節した物でした。

「リュート様。ありがとうございます」
「いや、ほぼギムレットが作ってくれていたんだ。ほら、屋台と店の分を考えてな」

 作業が終わって眼鏡を外すリュート様。
 うぅ……眼鏡姿をもう少し堪能していたかったです。

「なんで、そんな残念そうな顔を……」

 そこまで言ったリュート様は、何かを思いついたようにニッと笑うと、ゆっくり私に顔を近づけ、耳元に甘い声で囁きました。

「俺の眼鏡姿。そんなに好き?」

 彼の大きな手が、さらりと私の横髪を意味深に触れていく。
 その手つきがなんだか……い、色っぽい……?

 ひゃああぁぁぁぁっ!
 ど、どこ、どこからそんな甘くて色っぽい声を出してきたのですかああぁぁっ!?
 そして、その手つきいぃぃぃっ!

 だ、ダメです、みんながいますから、そういう行動はいけませんっ!
 それに、チェリシュに見られたら……って、あれ?
 リュート様にへばりついていたチェリシュはどこへ……?

 周囲を見渡してみると、キュステさんに抱っこされて、カカオたちの勝負に声援を送っている姿が見えました。
 あー……あの勝負が気になったのですね。
 そして、何気なく目が合ったリュート様の元クラスメイトたちは、慌ててくるりと背を向けてしまいました。
 あああぁぁぁっ!
 う、後ろを向かないでください、リュート様を止めてくださいーっ!

「あ、あの……と、とりあえず、みんなの前ですから……」
「んー? まあ、それもそうだな。残念だ」

 いえいえ、私の心臓が持たないので、残念だなんて思わないで欲しいです。
 というか、そこで肩を振るわせて背中を向けている時空神様っ!
 配慮していますというような雰囲気を出して、私の状況を楽しまないでください!
 ベオルフ様かお兄ちゃんに言いつけてやる……
 そう考えていたのがバレたのか、パッと此方を見た時空神様が、慌てたように頬を引きつらせながらリュート様を止めるために此方へ歩いてきました。
 どちらに報告されるのが嫌なのでしょう……気になりますね。

「リュートくん。今から明石焼きを焼いて貰うんだカラ、邪魔しちゃ駄目デショ?」
「それだけ食べたいのかよ」
「とーっても美味しいヨ?」
「マジか……」

 い、今のうちです。
 このチャンスを逃したらマズイので、急ぎ明石焼きの準備に取りかかりました。
 心臓がバクバクいってうるさいくらいですが、深呼吸を何度かして気持ちを落ち着けてから、ボウルを取り出します。

 さ、さあ、明石焼きを作りますよっ!
 明石焼きは、地元で『玉子焼き』と呼ばれるたこ焼きに似た料理です。
 たこ焼きの生地よりも卵の量が多く、小麦粉の他にも浮き粉と呼ばれる小麦のデンプン粉を使い、ソースではなく三つ葉を浮かせたお出汁で食べるのが定番。
 お出汁に入れて食べた時のふわっとして、トロツとして、ほろっとする食感が絶妙なのです。
 その食感の決め手となるのが、浮き粉。
 浮き粉は片栗粉とは違い、加熱しても固まらず、半透明になってぷるぷるすることから、美味しくて柔らかくて口溶けの優しい味わいになるのです。

 最初聞いたとき、どういう料理に使われているのかイメージが浮かばずに首を傾げていたら、中華料理で半透明で中が見える蒸し餃子とかに使われているのだよと、兄が教えてくれました。
 なるほど、アレが浮き粉を使った料理だったのかと驚いた覚えがあります。
 同じデンプンで出来た粉でも、色々と違いがある物だと感心しました。

 しかし、ここに浮き粉はありませんし、一応、片栗粉……いえ、ジャガ粉で代用は出来そうなので、少量を薄力粉と一緒にふるっておきます。
 あまり多く入れると風味や食感だけではなく、硬くなるおそれがあるので、少量が良いでしょう。
 兄の明石焼きと比べられたら天と地の差が出来そうですが、時空神様には我慢していただきたいです。
 兄が作る明石焼きは、出汁の中に入れて食べると、口の中でほどけていく食感が素晴らしく、とても優しい味にほっこりして、時空神様がやみつきになる気持ちもわかりますもの。
 うー……なんだか、兄が作ってくれた明石焼きが無性に恋しくなりました。
 駄目です。
 泣き言はいっていられません。
 今ある材料で、美味しい物を作りましょう!
 リュート様に喜んでいただける明石焼きを作らないといけませんね。
 生地が緩いぶん、扱いが難しいのが難点です。
 しかし、小麦粉や卵を多くすると扱いやすくなる分、あのふんわり柔らかな食感を楽しめないので、気をつけていきましょう。

 出汁と卵とを溶きほぐし塩を入れ、ふるった小麦粉を加えてダマにならないようによく混ぜます。
 具材はクラーケンの身のみですから、少し大きめなぶつ切りにしておきましょう。
 それが終わったら、浸して食べるだし汁の方にネギをいれるので、先に刻んでおきます。
 本来は、三つ葉を加えるのですよね。
 あの香りとお出汁が明石焼きによく合うのですが、いつか似たような物でも見つかったら加えていきたいです。

 鉄板に生地をたっぷり流し込み、クラーケンの身のぶつ切りを入れて行きます。
 周囲に溢れている生地に火が通り始めたら、ピックを使って生地を剥がして内側へ巻き込んで、一つ一つを鉄板から剥がすようにピックを回し入れてひっくり返していきましょう。
 明石焼きはまん丸というよりは楕円形のイメージですね。
 柔らかな生地を何度もひっくり返して形を整えていきます。
 やっぱり、生地が柔らかくてふわふわしているから、たこ焼きのようにしっかりとした丸にはなりません。

「生地がまとまりづらそうだな」
「たこ焼きよりも卵が多くてゆるめだからネ。本当なら、浮き粉が欲しいところダ」
「浮き粉?」
「麦から取り出すデンプンから出来た粉のことダネ」
「そんなものもあるんだな……てか、詳しくねーか?」
「陽輝と一緒にいると、料理にはどうしても詳しくなるヨ。色々説明してくれるからネ」
「へぇ……博識なんだな」

 リュート様と時空神様は、私の邪魔にならないよう背後についていてくれるのですが、2人の話題を聞いていると、ボソボソと日本の話をしているので笑ってしまいそうになります。
 時空神様が会話を漏れないように配慮してくださっているようですが、私にはちゃんと聞こえるようにしていて、その内容も最近のカフェや流行っている食べ物などで、揃って食いしん坊なのですか? と聞きたくなりました。

 続いて、リュート様が先ほども言っていた家の一カ所に魔力を供給するシステムを作り上げることや、魔力の発電所みたいなものはすぐには無理だけれども、まずは電池みたいなものを作りたいというお話へと移っていきます。
 それには時空神様も興味を持っていたのか、かなり食い込んだ質問を重ね、リュート様と一緒に構想を練っている姿は、仕事のパートナーといった感じでした。

「やっぱり、魔力が少ない家庭は大変そうだからな」
「それだよネ。魔力の総量が貧富の差を広げるし、豊かな生活を手に入れる妨げになっているんダ」
「俺もそう思った。だけど、電池ってさ……数が揃わない内は称号持ちも珍しがって、必要が無いのに購入したりしそうだよな。限定にしても、人を雇いそうだし……」
「そこが問題だよネ。人間の好奇心は抑えようが無いから……1人、それでものすごく苦労している人を知っているしネ……」

 何でしょう……後頭部が凄く痛いですよ?
 時空神様の視線が突き刺さっているような気がします。
 な、なんのお話でしょう。
 私には……お、覚えなんてありませんよ?

「え? ルナの好奇心って、そんなにヤバイの?」
「ベオルフが体を張って止めていたくらいだカラ、リュートくんも覚悟しておいたほうが良いヨ。今はまだ大人しくしているみたいだけどネ」
「まあ、今は料理に夢中って感じだしな」
「料理をさせておけば、大人しくなるのカナ? それはベオルフにも朗報ダネ」

 あ、あの……そういうお話は、私が聞いていないところでしていただけると嬉しいのですが?
 それに、私はそこまで暴走した覚えなどございません。
 ベオルフ様と時空神様の記憶違いです。

「……ルー、タコさんにならないと、そのお料理はできない……なの?」
「見事にマネておるな」

 ハッと気づけば、目の前にはチェリシュを抱えたアーゼンラーナ様と海神様がいらっしゃいました。
 は、恥ずかしいところを見られてしまいましたよっ!?
 背後からリュート様と時空神様が私の顔を覗き込もうとするので、慌てて口をすぼめます。

「やばい、その顔も可愛い」
「あはははっ! ベオルフにもスマホに撮って見せてあげようっ!」
「やーめーてーくーだーさーいー」

 絶対にからかわれてしまうだけですから!
 あの方は意地悪なので、面白いネタを見逃すはずがありません。
 オーディナル様は穏やかに微笑んでくださると思いますが、ノエルはチェリシュみたいに「どうして」攻撃をしてくるでしょうし、困ってしまいます!

 ああ、その光景が手に取るように脳内で再生できてしまう……
 嫌ではありませんが、その……こ、困るのでやめてください。
 まあ、そうなった時は、ベオルフ様の腕をペチペチ叩き、降参だとサインを送って、極上の笑みをいただくのも悪くないかもしれません。

 あの優しい空間にリュート様も招くことが出来たら、どれだけ幸せか───
 そう考えてしまう私を、時空神様だけが兄に似た苦笑交じりの笑顔を浮かべて見ておりました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

美醜逆転の異世界で騎士様たちに愛される

恋愛
いつの間にか異世界に転移してしまった沙紀は森で彷徨っていたところを三人の騎士に助けられ、その騎士団と生活を共にすることとなる。 後半からR18シーンあります。予告はなしです。 公開中の話の誤字脱字修正、多少の改変行っております。ご了承ください。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

この結婚、初日で全てを諦めました。

cyaru
恋愛
初めて大口の仕事を請け負ってきた兄は数字を読み間違え大金を用意しなければならなくなったペック伯爵家。 無い袖は触れず困っていた所にレント侯爵家から融資の申し入れがあった。 この国では家を継ぐのに性別は関係ないが、婚姻歴があるかないかがモノを言う。 色んな家に声を掛けてお試し婚約の時点でお断りをされ、惨敗続きのレント侯爵家。 融資をする代わりに後継者のラジェットと結婚して欲しいと言って来た。 「無理だなと思ったら3年で離縁してくれていいから」とレント侯爵夫妻は言う。 3年であるのは離縁できる最短が3年。しかも最短で終わっても融資の金に利息は要らないと言って来た。 急場を凌がねばならないペック伯爵家。イリスは18万着の納品で得られる資金で融資の金は返せるし、、3年我慢すればいいとその申し出を受けた。 しかし、結婚の初日からイリスには驚愕の大波が押し寄せてきた。 先ず結婚式と言っても教会で誓約書に署名するだけの短時間で終わる式にラジェットは「観劇に行くから」と来なかった。 次期当主でもあるラジェットの妻になったはずのイリスの部屋。部屋は誰かに使用された形跡があり、真っ青になった侯爵夫人に「コッチを使って」と案内されたのが最高のもてなしをする客にあてがう客間。 近しい親族を招いたお披露目を兼ねた夕食会には従者が「帰宅が遅れている」と申し訳なさそうに報告してきて、戻ってきても結局顔も見せない。 そして一番の驚きは初夜、夫婦の寝室に行くと先客がいた事だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月10日投稿開始、完結は8月12日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

【完結】偶像は堕ちていく

asami
恋愛
アイドルとして輝かしい未来を信じていた彼女たちだったが……

自分の気持ちを素直に伝えたかったのに相手の心の声を聞いてしまう事になった話

よしゆき
BL
素直になれない受けが自分の気持ちを素直に伝えようとして「心を曝け出す薬」を飲んだら攻めの心の声が聞こえるようになった話。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。