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第八章 海の覇者

代用品は生姜の酢漬け

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 細かく刻んだ青のりを加えたクラーケンの唐揚げの下味は、これで大丈夫でしょう。
 私の手順を見たカフェが、同じように作業をして「これはお酒が進みそうですにゃ。沢山作りますにゃ?」と、アレン様たちが大喜びをしてお酒を飲んでいる光景でも思い描いたのか、とても良い笑顔で尋ねてきました。

「はい。沢山、お願いしますね。色のついた皮が無い部位を選んでください」
「了解ですにゃ」

 先にカルパッチョの仕込みをしているラテのそばへ移動したカフェは、次々に手際よくクラーケンを食べやすい大きさへカットしていきます。
 何かあったら質問しにくると思いますから、任せても大丈夫そうですね。

「さて、師匠。次は何を作るんだ?」
「たこ焼き、明石焼き、お好み焼き……全部粉ものに分類される料理で、基本となる生地は若干の違いはありますが似ています」
「へぇ?」

 チラリとリュート様の方を見ると、彼は兄に見守られながら、ギムレットさんと話をして鉄板を先に仕上げているようでした。
 温度調整をしているのでしょうか、土台に術式を施した魔石を入れて、鉄板に手をかざして様子を見ているようです。

「どうやら、鉄板が先に出来そうですから、お好み焼きからいきましょうか」
「材料は?」
「薄力粉、出汁、キャベツ、青ネギ、豚バラ肉、卵……あ……山芋と紅ショウガは無いですね」

 そうでした。
 山芋と紅ショウガ……どちらも手に入りませんよね。

「んー、山芋……んー……あー、あるにはあるケド、此方で流通はしていないネ。紅ショウガは無理デショ。梅酢がないヨ」
「そうですよねぇ」

 梅酢は無いけれども、ビネガーならありますから、今回は生姜の酢漬けを作りましょう。

「先に出汁と生姜の酢漬け作りですね」
「ナルホド。代用品ダネ」
「はい。梅干しがあったら、すぐに即席の紅ショウガも作れたのですが無理ですし。それなら、ビネガーを使った酢漬けしかないかと……」
「ふむふむ、ナルホド。じゃあ、出汁はどうスル?」
「いま持っている昆布を使って、大量に作りますね。鰹節を使うので、弟子たちが大騒ぎしそうですが」
「あー、もう、ソレは本能に近い物だからしょうが無いよネ」

 鰹節を出すたびに狂喜乱舞のキャットシー族ですもの。
 お好み焼きもたこ焼きも、最後のトッピングで鰹節をかけるのですが、大丈夫なのでしょうか。
 理性が本能に勝てることを祈るばかりです。
 みんな、ファイトですよ!

 さて、慣れているとは言え、どうしても気合いが入ってしまう出汁作りと参りましょう。
 まずは、寸胴鍋に乾燥昆布と水を入れて大量に作っていくのですが、これは手慣れた作業ですから、とても順調です。
 そうこうしていると、持ち場の瓦礫を撤去し終わったのか、移動しているリュート様の元クラスメイトたちの姿が見え、その後ろをついて回る白の騎士団の方々は、足元がおぼつきません。
 やはり、戦闘の後に作業があったので疲れているのでしょう。
 黒の騎士団の方々にとっては、それが日常なのか、まだまだ元気です。
 彼らに同行している王太子殿下とバッチリ視線が合い、ひらひら手を振ってくれるので手を振りかえしていると、彼の足下に戯れ付いていたモルルが、此方をチラチラ見ていることに気づきました。
 それだけだったら、とても微笑ましくも可愛らしい様子なのですが、そのぽよんぽよんした愛らしい外見とは違い、お口が怖いことをもう知っていますよ?
 お願いですから、此方の料理に興味を覚えて食べてしまおうなんて考えないでくださいね?

「リュート様、何か手伝いましょうか」
「お前らは働きっぱなしだから休んでろよ」
「じゃあ、リュートが物作りをしている姿を、間近で見学していてもいいかなっ!? 出来ればゼロ距離でっ!」
「邪魔以外の何者でもねーから距離を取れ。ゼロ距離が許されるのは、ルナとチェリシュだけだ」

 間髪入れずにリュート様が近づく王太子殿下を片手で遠ざけているのですが、タイミングと言い対応の仕方と言い、コレ……かなり慣れたやり取りなのですね。
 リュート様とシグ様のやり取りを見ながら、モンドさんが何かを思いついたように真剣な面持ちで口を開きました。

「背中に春の方、左肩に白くて丸っこい殺人毛玉……ヤバイ、なにそれ、天国以外の何物でも無いっす! 首を傾けるだけで、もふっと……」
「お前は口を閉じてろ。蹴られてーのか」
「え? でも、首を傾けるだけで頬に感じるもふもふって最こ……いたっ、痛いっす!」

 せっかくリュート様が忠告しているのに、どうしてそこで追い打ちをかけるように説明をしようと……
 他の元クラスメイトたちは、必死にモンドさんを羽交い締めにしておりますから、すぐに騒ぎは収束するでしょう。
 それに、リュート様は鉄板の加工に集中しているので、追いかけ回す余裕もないようです。

「ふむ。こちら側の温度が上がっておりませんなぁ」
「あー、やっぱりか。えーと……熱がうまく行き渡っていない感じか」
「鉄板に厚みがありますからなぁ」
「んー……紅鉱石を同じ大きさにカットして敷き詰めるしかねーのかな」
「敷き詰めるんだったらさ、加工するときに出る小さいのでもいいんじゃないの?」
「そうすると、熱を行き渡らせるのにムラが出過ぎるんだ」
「ムラかぁ。んー……魔法で何とかならない?」
「それを今考えているところだ。ちょっと待ってくれ」

 ヨウコくんの意見も取り入れ、思案しているリュート様のイケメン具合といったらっ!
 素敵すぎて、直視していたらめまいを起こしてしまいそうです。
 この距離感が丁度良いですね。
 シグ様の位置だったら、絶対に意識を手放しそうになっていたはず……

 そんなカッコイイリュート様を見守るテオ兄様とサラ様とロン兄様とアレン様の視線の優しいことっ!
 密かに映像として残しておきたい名場面みたいな感じですよね。

「鉄板を素早く熱する……低コストで一般人でも購入できる金額……となると、ヨウコの加工時に出るくずを集めるっていう案は良いな」
「それでしたら、一度細かく粉にして好きな大きさに再加工してみるのはどうですかのぅ」
「出来そうか?」
「最高火力は落ちますが、可能ですなぁ」
「オイラ、固めるなら良い素材を知ってる!」

 なんだか、親子三代の技術者が集まって議論しているように見えるから不思議です。
 ヨウコくんが、ギムレットさんの孫だと言われても違和感がない雰囲気がありました。
 血は繋がっていませんし種族も違いますが、あたたかく見守り育てている感じが似ているのかもしれません。

「鉄板はもう少し時間がかかりそうダネ」

 どうやら同じ方向を見ていたらしい時空神様は、リュート様の作業状況を確認してそう言いました。

「そうですね。やはり、物作りは大変ですよね……」
「だけど、楽しそうダ」

 時空神様の言葉に激しく同意します。
 3人とも、とても楽しそうなのですもの!
 いいなぁ……
 もしかしたら、リュート様から見ると私たちも、そう見えているのかもしれません。
 チェリシュと弟子たちは可愛らしいので、いつも笑顔になってしまいますもの。

「黄金の綺麗なお出しが完成なのっ」

 途中、火を止めて鰹節を出したのですが、それに反応した弟子たちが凄い勢いで一斉に此方を見たのには驚きました。
 此方へ飛んでくるかと思ったのですけれども、何とか堪えてくれたようです。
 や、やっぱり、鰹節をトッピングする時は、私がやりましょう。

「このお出しで、おうどんちゅるちゅるしたいの……」
「明日の朝、一緒に作りましょうね」
「あいっ!」

 続いて、生姜を細切りにしていきます。
 器に塩を入れ、そこへビネガーを注いでいきましょう。
 塩がとけたのを確認したら、細切りにした生姜を投入!
 ちゃんとビネガー液に漬かるようにならしてから、容器の蓋を閉じました。

 工程は簡単です。
 しかし、大変なのはここから……

「さて、ルナちゃん。準備はいいカナ?」
「は、はい……キュステさん、お願いできますか」
「もう、磯臭ぁない?」

 今し方、それが原因なのか、シロに近づいただけで逃げられておりましたものね。
 ショックを受けたように元気の無いキュステさんを、チェリシュが心配しておりましたが、私がやろうとしていることを理解した彼は、キリッと表情を引き締めます。

「焦らずいこか」
「はい」

 魔力を注がなければ、せっかく器の中に入れていても効果を得ることが出来ません。
 以前、キュステさんに教えて貰った方法で頑張ってみましょう。
 魔力の出力を最小限にまで絞り、細い糸を紡いで太くしていくイメージを念頭に置いて、ゆっくりと魔力を注いでいきます。

「その辺は、随分スムーズになったんやね。せやけど、紡いでいく時の魔力にブレがあるんよ。せやから、急に太くなるんやわ」
「うぅ……む、難しい……」
「だんさんは、それを意識せんとやれるんよ?」
「が、頑張りますっ!」

 良い感じに気合いを入れてくれますねっ!
 リュート様がそうなるくらい努力してきた道を、私が投げ出すわけにはいきません。
 私だってできますよっ!?
 リュート様の召喚獣の名に恥じない努力をいたしますともっ!

 時空神様がバージョンアップした時よりも、魔改造された発酵石の器は、消費する魔力が大きくなり、コントロールも厳しい。
 しかし、泣き言は言っていられません。
 素早く、生姜の酢漬けと乾燥青のりと乾燥アオサを作らなければ成りません。
 昆布とわかめは次回で良いでしょうが、此方は急ぎです。
 ガンガン魔力が体から抜けていくのを感じながらも、意識を集中させるのは難しい。
 だいたい、こんな感覚をリュート様はものともしないというところが凄いですよね。

「あと半分ダヨ」
「ルー、ガンバなのっ!」

 時空神様とチェリシュの励ましの声もあり、私は額の汗を拭うこともせずに、何とか魔力を満たすことに成功しました。
 ふ、ふぅ……これはこれで、一仕事です。

「うんうん、少しずつ良くなってはるから、大丈夫やからね」

 色々とアドバイスをしてくれるキュステさんには感謝ですっ!

「キュステも頑張ったです」

 ぽそりと聞こえたシロの声に、素早く反応したキュステさんは嬉しそうに「ホンマにっ!?」と言い、両手を広げて愛しい奥さんを抱きしめようとしますが、脱兎のごとく逃げ出したシロの速いこと速いこと。

「えええっ!? 僕、もう磯臭くあらへんよっ!?」

 何もしていないのに、奥さんに脱兎のごとく逃げられる夫なんて、どこの世界を探してもいないような気がしますが、まあ……うん、頑張れキュステさん。
 隣でチェリシュも一緒になって「キューちゃん、ガンバなの」と言っていたのですが、その言葉が今のキュステさんに届くことは無いような気がしました。

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