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第八章 海の覇者
いつもの光景
しおりを挟む解体作業もほぼ終わり、あとは自分たちに任せて傷の手当てをしてこいとテオ兄様に言われたリュート様が、一旦此方へ戻ってきました。
切り傷や打撲をポーションで治すとおっしゃっていたのに、まだ飲んでいません。
ポーションと聞くと、強烈なイメージを残したポーション煮なる物を思い出してしまいましたが、今は魔力回復を求めているわけではありませんから、大丈夫でしょう。
「ほれ、コレを飲んで少しは休憩しておれ」
「アレンの爺さんは?」
「儂ら竜人族と人間族を一緒にしてはいかん。基礎体力が違いすぎるわい。いくらお主が並外れた力を持っていても、肉体は人間なんじゃから、ルナのためにも無理はいかんぞ」
「わかった。あとの解体は任せる」
「任せといて。奥様、チェリちゃん、だんさんをお願いね」
「はい」
「お任せなのっ」
ポーションを渋々といった様子でアレン様から受け取ったリュート様は、なんだか苦い薬でも飲む前の子供のような顔をしております。
甘い物でも用意したほうが良いでしょうか。
リュート様がここまで嫌そうにしているということは、かなり強烈な味なのでしょう。
「リュートお兄様。ソレを飲まないのなら、私が回復しますよ?」
「いい。お前も休め」
此方へやってきたマリアベルの声を聞き、リュート様は回復魔法を拒絶すると、一気に手の中にある小さな瓶の中の液体をあおりました。
それから、顔をしかめて必死に何かを耐えているような様子を見せます。
「やっぱり、リュート兄様にはマナ草の渋みと苦みが厳しいみたいですね」
「マナ草?」
「昔から体を癒やすと言われている効果がある薬草なのですが、渋みと苦みが凄くて……大分改良されたみたいですが……」
「苦いだけならなんとかなるんだけどな……渋みとえぐみを緩和させようと甘くしてあるうえに、どこからともなく現れた塩味と酸味が加わって、嫌な味になるっていう不思議」
私が渡したベリリのラッシーで何とか復活したリュート様は、不味かったというように舌をペロリと出し、手であおぐ様子は、なんだかとても可愛らしいです。
でも、そんな凄い味がするのですね。
以前、チェリシュがちょっぴり嘗めて変な声を出しておりましたから、よほど凄い味なのでしょう。
「物によって違いはありますが、リュート兄様たちが飲むポーションは濃度が高いですから、余計にそう感じますよね」
「それな……シロたちが調合するポーションが一番飲みやすいが、ベースになるマナ草が酷い味だから、どうにもなんねーな」
「それでも、傷をそのままにしておけませんから飲んでくださいね、リュート兄様」
嫌そうに「へいへい」と返事をしたリュート様は、マリアベルからポーションをもう一本渡され、辟易した様子で再び小瓶の中身を飲み干しました。
すかさず、あいっ! とベリリラッシーを渡すチェリシュに感謝して、リュート様は一息つきました。
あ、見える場所にあった傷が綺麗に消えておりますね。
いつ見ても不思議な光景です。
こういう物があったら、日本やグレンドルグ王国にいる方々も、怪我で苦しむことが無くなるのでしょうが……
いかんせん、マナ草という物がありません。
「マナ草は、カオスペインに浸食された世界にしか生息しないからネ」
小さな時空神様の声を聞き、なるほど……と納得しました。
それぞれの世界の呼び方はあるようですが、マナ草は世界がかかる病気である【カオスペイン】が発する【メノスウェーブ】がある一定以上の数値にならないと存在することが難しい薬草ということでした。
私だけに聞こえる声で、コッソリと教えてくださるのは良いのですが、どんどん人には言えない知識だけが豊富になっていっている感じが否めません。
リュート様とマリアベルが、ポーションの味と効能について話し合っていたから良かったものの、此方の会話に気づいていたら大変です。
いや、もしかしたら、私だけに聞こえるように工夫している……とか?
あり得そう……時空神様ですものね。
そういう、空間を操る力に長けているはずです。
こういうときに、時空神様も神様なのだなぁって感じてしまいました。
どちらかというと兄の親友という感覚が強くて、他の神様とは違う感じなのですよね。
「よし、体もうまく動くようになったし、丁度良いタイミングで来てくれたみたいだ」
どこか弾んだ声を上げるリュート様に導かれて、私たちは全員揃って彼の視線を辿ります。
その先にあったのは、浜辺へ降りてくる階段の出入り口。
ジッと見ていると、そこに人影が───
よく見ると、ギムレットさんやクロやマロだけではなく、レシピギルドの用事が済んだサラ様に手を引かれて歩くヨウコくんも一緒のようです。
「ギムレットっ! 頼んだ物は持ってきてくれたかっ!?」
大きな声を出して手招きするリュート様の方へ、ギムレットさんが駆け寄ってきました。
小さな老骨に鞭打って駆けて来るように見えてしまい、大丈夫かしらと心配していたのですが、全く息を乱すことも無くケロリとしていることから基礎体力の違いを見せつけられたように感じてしまいます。
ドワーフ族、おそるべし。
「頼まれた物を持ってきましたが……鉄板なんぞ、何に使うのですかなぁ」
「それが必要なんだって! ルナに旨い物を作って貰うためには、絶対に必要なヤツなんだ!」
目をキラキラ輝かせて、いつもよりもテンションが高めで説明をしているリュート様の様子を見た、解体作業を終えたらしいロン兄様は「うちの弟って、どうしてこんな可愛いんだろっ!」と、幸せそうに頬を緩めております。
ロン兄様の平常運転に、思わず笑みがこぼれました。
どこでもブレないロン兄様は、流石なのです!
そして、その横で頷いていたテオ兄様のほうはというと……スッとサラ様の方へ視線が移動して止まりました。
おや?
おやおや?
これは、良い感じ……でしょうか。
サラ様も、テオ兄様に気づいて頬を赤らめているようで、不思議そうに見上げるヨウコくんが2人を見比べて良いことを思いついたように耳と尻尾をピーンッと立ててから、ニンマリと笑います。
早速、もじもじしているサラ様の手を引いてテオ兄様に絡みに行き、「うわー、すっげー! 黒の騎士団が纏う鎧って初めて見たっ!」と、楽しげにテオ兄様の周囲をくるくる回っていて、微笑ましい限りです。
テオ兄様は、体をかがめてヨウコくんの視線に合わせて挨拶をしており、雷獣をモチーフにしたアイギスを間近で見ることが出来たヨウコくんのテンションは上がりっぱなしで、サラ様の戸惑いなどそっちのけで、元気よくはしゃいでおりました。
さすが、ヨウコくん。
やはり、アイギスを纏ったために、威圧感が出ているテオ兄様を前にしても動じませんね。
今より雰囲気が鋭かったリュート様を相手にしても平然としていたので、肝が据わっているとは思っていましたが……さすがです。
シロとクロとマロは、揃って何かを話していたと思いきや、パタパタ走り出し、キュステさんの周囲に集合。
コレを飲めとシロから手渡された瓶を受け取り、嬉しそうに眉尻を下げている様子は、先ほどまで激戦を繰り広げていた人と、同一人物なのかどうか疑わしいと感じてしまうほどの変わりようです。
そんな中で、マロは何かを思い出したようにポーチを探ってから、お父様たちの方へ移動して、違う色の小瓶を差し出しておりました。
お母様にお礼を言われ、頭を撫でて貰えて嬉しかったのか、尻尾がぴょこぴょこ動いております。
本当に可愛らしい三姉妹の姿に、和んでいる方々も多いようでした。
お店の常連が多いのか、どこからともなく声をかけられては挨拶をしているので、キルシュブリューテは黒の騎士団だけではなく白の騎士団の方も利用してくださっているのですね。
ありがたいことです。
その店主であるリュート様はと言うと、ギムレットさんと鉄板を前に何やら相談事をしているようでした。
きっと、私の見慣れた、あの鉄板を作るために頑張って説明をしているのでしょう。
リュート様のことですから、きっと上手に作ってくださるはずです。
2人が話し合っている姿を見つめていた私とチェリシュを、近くに来た時空神様がひょいっと抱き上げて歩き出したので、驚いて見上げると、彼は周囲を見渡して小さく苦笑を浮かべておりました。
『浄化の力は必要無くて良かった。浄化に呼ばれるだろう彼女は、雑念が多くて、今は難しいだろうから……まあ、最終手段はルナちゃんに頼むけどさ』
誰に聞かれても良いように日本語でそう話す時空神様は、肩をすくめて私を見ると、片目をつむって見せます。
浄化に呼ばれる彼女って……イーダ様のことでしょうか。
雑念が多いというのは、どういう意味でしょう。
『浄化の力ってのは、雑念が多いとダメでしょ? ルナちゃんが使うときって、ほぼ何も考えていないじゃない?』
『何も考えていないことはありませんが……』
『明るく前向きで、スパッ! と消し去るイメージっていうのかな』
『そういう感じ……かもしれません。頑固な汚れを落とす感じです』
『穢れは、油汚れと同一視されているのか……まあ、あまり違いはないのかもしれないけれども……いや、やっぱり違う気もするような……』
何やらブツブツ言っておりますが、似たような物です。
なかなか落ちないですし、こびりついていて簡単に綺麗になりません。
私にはベオルフ様の回復と同じように浄化の力があると言いますが、それはオーディナル様が作り出した物という限定的な力。
イーダ様のように、魔物関連には使えません。
もう少しお手伝いが出来たら良いのですが、適材適所と言う言葉がありますから、私はお料理をして皆の体調管理に尽力しましょう。
『まあ、しばらくは乱高下しそうだけど、フォローしてあげてね』
『お友達ですから、当然なのです』
『そっか。なら、大丈夫だね。それに、そういう考え方は、案外……斬新で彼女には良いかもね』
『斬新……ですか』
『リュートくんの幼なじみたちは、色々と背負うものがある。だからこそ、道を踏み外して欲しくは無いな……』
時空神様の言葉に込められた意味は───『その可能性があるから気をつけて』ということでしょうか。
誰よりもまっすぐだと思っていた人が、何かの拍子に転がり落ちるなんて、あちらではよく見ていたことです。
貴族社会では当たり前にありましたし、珍しいことではありません。
だからこそ、絶対に無いとは言えませんし、イーダ様のような方に兄が良く言っていた『闇墜ち』と呼ばれる現象が多いことも熟知しておりました。
『ご忠告、ありがとうございます』
『墜ちるのは勝手だけど、それでルナちゃんやリュートくんが悲しむ姿は見たくないからね』
前半は少し冷たい声でしたが、後半はあたたかく優しい声色───チェリシュは、会話の内容がわからずとも、声色で何かを察したのか、心配そうに私を見てきたので、安心させるようにチェリシュの肩へ移動して頬にすり寄ります。
「すりすり~なの」
「大丈夫です。私とリュート様がいますから」
「まあ、何かあったら遠慮無く言ってネ。報酬は陽輝に貰うから心配ないヨ」
えっと……それは、良いことなのでしょうか。
兄から、あとで私が怒られるなんてことはありませんか?
ニコニコしながら、こめかみをぐりぐりされるなんてことは無いですよね?
アレって、けっこう痛いので、出来るだけ遠慮したいのです。
そうこうしているうちに、何とか結界の外へ出られるようになったカフェたちが、此方へやってきて、山積みになっているクラーケンの腕を見上げておりました。
「すごい迫力ですにゃ」
「いっぱいですにゃっ!」
「すげー……」
「お料理のしがいがありますにゃぁ」
いつものメンバーが集まったところで、お料理の下ごしらえと参りましょうか。
人間の姿へ戻ろうとした私は、何故かマリアベルからストップをかけられ「撫でても良いですかっ!?」と、真剣な面持ちでお願いをされたので、仕方なくそのままの姿でいると、更に元クラスメイトたちの中からも撫でたいという声が上がり、リュート様のテンションが一気に魔王モードへ移行したのは、仕方が無いことなのかもしれません。
魔物との戦闘で疲れているはずなのに、元気な様子で追いかけっこをしはじめるリュート様と元クラスメイトたちの姿を、みんなが笑いながら眺めているという平和な光景に、ようやく脅威は去ったのだと実感したのでした。
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