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第八章 海の覇者

狙うは外殻

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 えっと……何ですか? その反応は───
 先ほどまでリュート様たちと激闘を繰り広げていた魔物だったはずなのに、何故そんな怯えたような視線を私に向けるのでしょう。
 それに、この静けさをどうすれば良いですか?
 助けを求めるように時空神様を見上げますが、彼は柔らかく微笑んでいるだけです。
 あ……助ける気が無い感じですね?
 抗議の意味も込めて、足下にある掌をついばんでみようかしらと考えていた私の耳に、低い笑い声が聞こえてきました。

「くくっ……海では食物連鎖の頂点にいたお前にとって、ある種、初めて感じる恐怖だろう? なあ、今どんな気分だ? 本能的に感じる【食われる恐怖】ってヤツは───」

 ゆらりと起き上がるリュート様の表情は見えませんが、あふれ出る魔力に、誰もが息をのみます。
 冷気を伴う魔力が外に漂い始め、私に意識を向けていたクラーケンは、気を取り直したようにリュート様の方へ視線を向けたのが感じられました。

「もう、お前は海の覇者クラーケンじゃねーよ」

 顔を上げるリュート様の瞳は、どんな色を宿しているのでしょう。
 明らかに、その瞳を見ただろうクラーケンの体が震えたのを感じました。

「お前は、俺たちの食料だ」

 その言葉と同時にぶわっと溢れる魔力に、全身がビリビリ痺れるような感じを覚えます。
 う、うわぁ……す、すごい魔力の衝撃波ですね。
 リュート様を中心に放たれ、水平に広がっていった魔力波にあてられ、味方でも腰を抜かして、へたり込んでしまう人が出るくらいですが、元クラスメイトの方々は何故か「あちゃー」と言わんばかりの態度で天を仰いでいました。

「ルナは、お前の脚が欲しいらしい。四の五の言わずに、潔く差し出せ」
「唐揚げとか言うておったな。エールに合いそうじゃ」
「焼酎にもええんちゃう? せやけど、僕は奥様オススメのたこ焼き言うんが気になるわ」

 前線を張っている三人が揃い、それぞれが目をらんらんと輝かせている状態。
 完全に捕食者の目になっている3人を見て動揺したクラーケンは、一気に距離を取りました。
 すごいですね……あの巨体で飛び跳ねましたよっ!?
 しかし、その選択は自らを更に窮地へ陥れたようです。
 リュート様が高速で、見たこともないほど大きな魔方陣を展開し、その魔方陣に魔力が行き渡った瞬間、凄まじい音と共に、天から雷が落とされました。
 耳をつんざく轟音と衝撃、続いて、普段は滅多に見られない火炎の魔法がクラーケンへ向かって放たれます。
 じゅぅと音を立てて海面の氷が溶けて蒸発しましたが、すぐさま、キュステさんが海へ飛び込もうとしていたクラーケンに、海水を鋭く巻き上げることで妨害しつつ攻撃し、アレン様が氷を張り直して腕よりも魔法抵抗が低い細かな触手を一緒に凍らせておりました。
 ナイスコンビネーションです!

「屋台にイカ焼きってあるケド、タコでも美味しそうだネ」
「串に刺して、丸々焼いている方ですよね? それをするなら、お醤油が欲しいところです。タレを塗って焼いてを繰り返して、香ばしく仕上げたいですよねぇ……やわらかーく美味しい感じに焼けたら、リュート様も喜んでくれそうです」

 負けじと精神攻撃を行おうとしていたクラーケンは、時空神様の発言に触発されてこぼした言葉を聞いたのか、ぐりんっと音がするほど勢いよく此方へ視線を向けました。
 人間だったら、むち打ち確定ですよ?
 そのせいで、突っ込んできたリュート様たちに気づくのが遅れ、慌てたように細かな触手を束にして振り回しはじめました。
 どうやら、太い腕を使うことはやめてしまったようです。
 でも……それって、戦力が半減しておりませんか?

「はーい、食欲大魔神の降臨でーす、一般人……いや、全員下がってくださーい」
「強大な魔法に巻き込まれる前に退避してください。魔法抵抗の低い人は、距離をとってくださいねー」
「うちのリュート様が魔王モードに入ったっすー、皆、怪我をしたくなかったら、このラインから後ろっすー。ルナ様とご家族以外は問答無用でぶっ飛ばされるんで、うちの団長も含め、みんな下がっていた方が良いっすー。リュート様の魔法にぶっ飛ばされたら、慣れてねー人は数日の間、確実に動けねーっす」

 慣れた様子で問題児トリオが誘導を開始し、元クラスメイトたちも「ああ、はじまったよ」と言わんばかりの呆れ顔で、同じく誘導に当たります。
 一人、なんだか問題発言をしていたようですが……誰も「団長は、この場にいない」っていうツッコミを入れないところを見ると、気にしたら負けなのでしょう。
 しかし……リュート様たち三人に任せて置いて良いのですか?

「時空神様は、コレが狙いだったのですか?」
「んー? リュートくんはサブ。ルナちゃんがメイン」

 意味がわかりません。
 でも、食物連鎖の頂点……ですか。
 つまり───私は料理するだけなので、それを食べるリュート様が一番強いって意味ですよね?
 やっぱり、リュート様は最強なのですっ!
 時空神様の掌の上でほくほくしていると、とりあえず元の位置に戻ろうかと言っている時空神様の声を遮るような、ぐったりした声が聞こえてきました。

「お父さん……そろそろ……限界……です……あの三人とクラーケンが暴れすぎて、マジ本当に限界ですーっ!」
「情けないことを言うんじゃないヨ。もう少し頑張りナサイ」
「無理です! キュステだけでも大変なのに、氷竜のアレンと人間離れした……いや、もう、神族でも涙目になるくらいの魔力を持つリュートですよっ!? 弱っている僕の神力では限界がありますっ!」
「まあ、あの調子でやってる間は、キツイ……カ」

 ルナちゃん効果が凄かったからねぇと笑いながら私の頭をよしよし撫でてくださった時空神様は、息子である海神様のそばに近寄り、クラーケンを改めて見つめます。

「ルナちゃん。クラーケンの黒い炎は、どこに集中しているかわかるカイ?」
「はい。胴体の後ろにくっついているフジツボみたいな、変な外殻っぽいところから出ています」
「アレか……アス、アレを回収」
「え、えぇ……無理ですよ。あんな大きな……しかも、魔力が大きすぎて、傷一つつけられない外殻を回収だなんて……キュステたちの魔力でも無傷なのにっ」

 そういえばそうですね。
 あれだけ攻撃を食らっているにもかかわらず、フジツボみたいな外殻は全くダメージを食らっている様子がありません。
 でも、クラーケン自身も、それに気づいていないのか、外殻を盾にしている様子がありませんし……もしかして、本来持っている力ではないのかも?
 ということは、寄生されている可能性が高いのでしょうか。

「時空神様、あの外殻をズームアップできますか?」
「任せテ」

 ブラウザを切り取ったような枠が開き、そこに映し出されたフジツボみたいな外殻を、どんどんズームアップしていきます。

「あ、もう少し左……その辺りをアップに……」
「この辺ダネ」

 時空神様が私の指し示す場所を的確に捉え、ズームアップしてくださいました。
 その結果、外殻に守られるようにして存在する黒い結晶のような物を発見することが出来たのです。

「黒い炎を放つ結晶……フジツボみたいな岩の、ここの小さな穴の先にあります」
「見えないナ……でも、嫌な気配はするネ」

 時空神様が両手を使うので、肩に移動して映像を見ていた私は、こんなにハッキリ見える結晶が、誰の目にも映っていないことの方が不思議ですけれども、私の目は他の方々よりも多くの物を捉えることが出来るみたいですので、シッカリと状態を把握するようにしなければ!
 これが、オーディナル様の加護による物か、誰かの呪いによる物かわかりませんが、少しでもお役に立てるのなら嬉しい限りです。

「じゃあ、あの岩っぽい外殻を破壊できればいいって話だよネ」
「はい。あの外殻の中心にあって、守られているような感じです」
「ヨシ。リュートくん、ちょっとおいでー!」

 時空神様が大きな声を上げてリュート様を呼ぶと、彼は戦闘中でありながらも、小さく反応してキュステさんとアレン様に、その場を任せて後退してきてくれました。
 私たちの周囲にある結界を感じてか、素早く中へ入るとフッと息を吐くと同時に放出していた魔力を霧散させます。

「どうしたんだ? ルナになにかあったのか?」
「いえ、そうではなくて」

 時空神様の掌の上へ戻り、ちょこんと座っている私の頭を指でよしよしと撫でてくださる力加減が優しくて、とても嬉しくなりました。
 先ほどの鬼気迫るような様子と違いすぎたのが気になったのか、海神様が横で若干引き気味ですが……良いではありませんか。
 オンとオフがしっかりできている証拠ですよ?

「クラーケンの外殻を壊したいんダ。アレの中に、ハロルドを苦しめていた黒い炎と同じ物がアル」
「───了解。破壊しねーとヤバイんだな?」
「まとめてルナちゃんに、あとで浄化して貰わないと食べられないカモ」
「それは困る! たこ焼きって言ってたのに! もう、その腹づもりだし、鉄板も作る算段もしてあるし!」
「リュートくん……君ってさ、食べることに対しての執念が凄すぎないカイ?」
「ルナの料理を食べていたらこうなる」
「まあ、わからなくはないケド……とりあえず、あの外殻を破壊してカラ、腕を狙ってネ。腕を切り落としてから外殻じゃないからネ?」
「え……腕? 脚じゃねーの? え、アレって、腕なの? タコ足って言わねーか?」
「その辺りは、あとでルナちゃんに詳しく聞くと良いよ。それに、外殻を君たちが何とかしないと、ルナちゃんがそのうち無茶を言い出すカモ」

 え?
 な、なんですか?
 私は無茶なんて言いませんよ?
 2人の視線を感じながら、そう言われる類いの言葉は発していないのに何故? と首を傾げます。
 ちょこんと首を傾げる私に「可愛い……」と和んでいるリュート様を見ながら、時空神様が呆れを含んだ声で小さく呟きました。

「黒い炎を纏う結晶に直通の進入口が小さくてネ……ルナちゃんが、ジーッと見ていたんだよネ」
「小さい……入り口? まさか───」
「本人は、まだ言葉にしていないケド、考えそうデショ?」
「マズイ、ヤバイ、すぐさま俺たちが対処するから、ルナを捕まえておいてくれ! いいか、ルナ! 絶対に待っているんだぞっ! 動くなよ!?」

 え、えええぇぇ?
 何故、そこまで念押しをされてしまうのですか?
 私は何も考えておりませんし、何もいっておりませんが……

 急ぎ踵を返して走り去るリュート様の背中を見つめながら、釈然としない想いを抱いた私は、むっと唇……いえ、くちばしを尖らせます。
 時空神様のせいで、変な誤解をされてしまったではありませんか。
 えいっ!
 軽く掌をついばむと時空神様から「アイタタッ」という悲鳴が上がり、眉尻を下げて謝罪をしながら私と目線を合わせました。

「だって、ルナちゃんが言い出しそうなことなんだモン。そっちの未来は、今回いらないかなーって、回避させてもらったんダヨ」
「色々……見えていたのですか?」
「うん。ルナちゃんがずぶ濡れになって、リュートくんが大変なことになりながらクラーケンを討伐するよりも、みんなで力をあわせて頑張る方が良いよね?」

 みんなで力をあわせる───それは、リュート様が一番大切にしている物ですから、そちらの方が良いに決まっています。
 それに、私がご迷惑をかける状況は、あまりよくありません。

「そういうことだったのですね……そうとも知らずに、ついばんですみません」
「気にしないで、痛くなかったシ。理解して欲しいという方が無理ダヨ。あと、今後を考えタラ、絶対に後者の方が良い結果だと言えるカラ……」

 最後の言葉をとても意味深に語り、柔らかく微笑む時空神様の隣で、汗だくになりながら結界を張り続ける海神様は、チラリと父の顔を見た後、「うわぁ……」と呟いて見なかったことにしたようです。
 なんだかとても気になる反応ではありますが、聞けるような状況でもありません。
 とりあえず、リュート様は急ぎ、元クラスメイトたちだけではなく、テオ兄様とロン兄様とランディオ様を集めて、打ち合わせを開始しました。
 クラーケンは、未だ私とリュート様を気にしているようで、チラチラ見ながらキュステさんとアレン様を相手にしておりますが、微妙に動きが変ですね。
 なんだか……逃げようとしておりませんか?

「……逃げる気でしょうか」
「まあ、逃げたいヨネ」
「だ、大丈夫です。ボクが結界を張っているから、大丈夫……」

 プルプル震えている腕を見たら、とても大丈夫だとは思えませんが、何とかあの外殻を壊すまでは頑張って欲しいです!
 あ、あと、腕を2,3本……

「ルナちゃん、腕が欲しいとか考えタ?」
「え、どうしてわかったのでしょう」
「いや……うん、クラーケンが思いっきり後ずさったカラ……ネ」
「その内、世のクラーケンが全て、白い小さな毛玉を恐れ出したりして……」

 う、うん?
 時空神様の苦笑と、海神様のジトリとした視線を受けながらも、キュステさんに細かな触手で攻撃を加える手を止めないクラーケンを見つめます。
 先ほどまでの圧倒的な力は見受けられませんが、それでも十分脅威ですし、腕を使わなくてもあれだけ戦えるのですから、とんでもないとしか言いようがありません。
 リュート様たちの打ち合わせが終わるまで、大人しくしておいてくださいね。

「奥様のおかげで、精神攻撃できへんようやから、楽やわぁ」
「ある意味、定期的にクラーケンが精神攻撃を食らっておるような感じじゃな」

 え?
 それって……もしかしてっ!
 私にも精神攻撃が使えるようになった───とかっ!?

「あ、ウン。ルナちゃん、それは勘違いネ」

 新たなスキルが覚醒したのかと喜んでいた私の心を、的確に読んだ時空神様の無慈悲な一言に撃沈して、時空神様の掌の上でコロコロ転がりました。
 私の希望は儚く散ってしまいました……残念です。

 その時でした───

「黒の騎士団は左右へ広がり、白の騎士団は盾を構えて前へ! 負傷した者は後方へ下がり、ロンの指示に従えっ!」

 テオ兄様の大きな声が響き渡り、体を起こしてそちらへ視線を向けると、リュート様たちが各々の武器を構えた姿で左右に広がります。
 多少の時間稼ぎが出来たおかげで、後方が持ち直したようですね。
 戦線復帰した人たちが「次こそはっ!」と、気合いを入れている様子が見て取れます。
 気合いが入り、ビリビリとした空気が漂ってきました。
 やっぱり、騎士団の方々って凄いですよね。

「全員、先ほどの注意事項を踏まえて攻撃開始っ!」

 テオ兄様の迫力ある声により、クラーケンの外殻攻略が開始したことを感じ、気迫のある声を上げて動き出す騎士団を見つめながら、先陣を切って走るリュート様にエールを送り、私は拳を……いえ、翼を大きく広げるのでした。

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