303 / 558
第八章 海の覇者
継承されたもの
しおりを挟む私たちが落ち着くのを見計らったように、お母様はニコリと笑い、視線をお父様へ向けました。
「ここからはアナタのターンですね」
お母様の言葉を聞いたお父様は小さく嘆息したあと、少しだけ考えるように首を捻り、ゆっくりとリュート様の目を見つめます。
全く感情が読み取れないお父様の視線に、リュート様だけではなく、私たちも息が詰まるような重圧を感じ、こくりと喉を鳴らしました。
「話はわかった。疑問に思っていたことも、そういう理由であるなら辻褄が合うし、理解することも出来るが……いくつか、質問させて貰いたい」
淡々とした口調で語るお父様は、おもむろに袖をめくると、そこにあった大きな傷をリュート様へ見せます。
「この傷は、いつ頃ついたか知っているか?」
「え……ああ……それは、俺の10歳の誕生日に間に合わせようと、急いで帰ってきたときに遭遇した魔物から受けた傷だよな」
「そうだな。じゃあ、こっちは?」
そういうと、次に見せたのは、その大きな傷の横にある、何やら気になる小さめの傷でした。
うーん……モヤのような物が見えるのですが、気のせいでしょうか。
「それは、俺が7歳の時に付き合って貰った乗馬の訓練中に……あ……いや、あの……その……」
何故か、リュート様はチラリとお母様の方を見てから焦りだした様子です。
何かあるのですか?
あからさまに「しまった!」という表情をしていらっしゃいますが?
「なんだ。覚えているではないか」
「え?」
「この傷のことは、男同士の秘密───だったな」
「お、おう」
「ちゃんと……覚えているではないか」
フッと表情が和らぎ、苦笑を浮かべたお父様は、深く……とても深く息を吐きました。
今の質問に、どういう意味があったのかと考えていたら、お父様が口を開きます。
「つまり、何も変わっていないということだ。ただ、事故の際に、過去の自分の記憶から、知識と経験などを得ただけで、お前自身が消えたわけではない。上書きされたのではなく、継承されたのだ。だから、お前はお前だ。何も変わらん」
「何も……変わらない?」
「変わらんよ。お前が私の息子であることや、リュート・ラングレイであることに変わりは無い。私は以前、モアの父から【魂に刻まれる記憶】という話を聞いたことがある」
それによれば、生きてきた記憶は、新たな生を送る際に思い出せずとも魂に刻まれ、消えること無く残り、必要なときに力を貸してくれる。
故に生きることには意味があるのだ……と静かに語られたようです。
魂に刻まれる記憶───
そうですね、私たちの魂に刻まれている記憶は、本来取り戻すことが出来ません。
しかし、こうして自分たちを助けるために、ふとした瞬間に蘇り、窮地を救う一手となる。
リュート様たちのような厳しい鍛錬をしていないのに、意識をせずとも勝手に動いてしまうのは、そういうモノが力を貸してくれているのかもしれませんね。
「お前は、前世で精一杯生きた。そして、あの転落事故の時、生きて帰るために必要だったから記憶を取り戻し、全てを継承した。ならば、私は感謝しなければならないな。あのとき、最悪の光景を目の当たりにせずに済んだのは、その記憶の継承があったからなのだから」
お前を喪っていたら、私は正気でいられなかっただろう───当時の状況を思い出したのか、感情を押し殺すために、お父様は奥歯を強く噛みしめました。
「そっか……【記憶の継承】か……つまり、俺たちは俺であって、何も変わらない。俺は俺なんだ───」
そんなこと、考えもつかなかった……と、絞り出すような声でリュート様は呟きます。
なるほど……私たちは、前世の自分から記憶を継承してきた。
今までの自分が無かったことになるのではなく、ただ、引き継いだだけ……
「周囲とは異なるケースで、少しばかり多くの経験を積み、状況判断力がつき、考え方の多様性が生まれただけで、子供には変わりない。もう成人してしまったが、まだまだ未熟な部分もある。父親に関して言うなら、お前は無知過ぎる。シッカリ私を見て、父とは何かを学ぶが良い」
「学ぶって……」
「いずれ、お前も父になるのだからな。こんなに素晴らしい息子を3人も育て上げた両親をシッカリ見ておけ。お前には、更に尊敬できる祖父母と母がいるのだから、もっとドッシリ構えて、守らなければならない者を守れる存在になれ」
「それを親父が言うのかよ……見本になって、もっとドッシリ構えろよ」
「うるさい。私も鋭意努力中だ」
ふんっと鼻を鳴らして横を向いてしまったお父様と、苦笑を浮かべるリュート様。
本当に素直じゃない親子です。
でも……これが、リュート様とお父様のジャレ合いだということに、みんな気づいていました。
「しかし、当時のお前の判断は正しかったかもしれんな。前世の記憶の話は、今という時に聞くからこそ、私たちはスンナリと受け入れることが出来たのかもしれん。生死の境を彷徨い、目覚めたお前がソレを言ったら、きっと病院送りだっただろうからな」
「ひでぇな……」
「お前も『信じて貰えない』と考えたのだろう?」
「……ああ」
「お前が独りで抱え、悩み、苦しむ姿を見ていたからこそ、その抱えているものが何であっても受け入れようと覚悟する時間ができた。お前が悩み苦しんでいた時間も、無駄では無かったのだと思う。お前の葛藤を、私たちはずっと見ていた。だからこそ、わかることもある」
時間がかかって……お前が大丈夫だと安心できるほど、心の強さを持っていなくて申し訳なかった───そう言って、お父様は深々と頭を下げました。
「や、やめてくれって! そういうのを望んでいるわけじゃねーし、謝罪が欲しいわけじゃねーよ!」
「だったら、お前も謝るな。私たちとて、謝って欲しいわけではない。様々な経験を積んできたお前から見たら、私の未熟な部分も見えるだろう。だが、信じて欲しい。お前は、私の息子なのだから……」
「……うん……ごめん」
「だから、謝るなというに」
「ごめん」
全くお前は……と、お父様は席を立って近づいてくると、リュート様の頭を乱暴にくしゃくしゃと撫でる。
「馬鹿息子が……独りで頑張りすぎだ」
「……ごめ……」
「もういい……もういいのだ」
この泣き虫め、子供の頃と変わらんではないか……と言って頭を抱え込むように抱きしめるお父様の目にも、光る物がありました。
そんな二人を微笑ましく見つめるお母様、苦笑を浮かべ顔を見合わせて肩をすくめるロン兄様とテオ兄様。
本当に素敵な家族です。
私がベオルフ様に持つ絶対的な信頼や安心を、リュート様も家族に感じる事が出来たのではないでしょうか。
そういう相手がいることは、当たり前では無い。
そのことを知っているからこそ、とても幸福だと感じます。
「ルー、チェリシュは幸せ~なの」
「幸せですか?」
「あいっ! リューが幸せ~だからなのっ」
「そうですね。良かったですよね」
「切っ掛けはルーなの、エライエライなの」
ふふっ、チェリシュに褒められて撫でて貰えましたよ?
とても嬉しいご褒美ですね。
お礼にぎゅーっと抱きしめていたら、何故か全員が此方を見ていて……え、えっと?
「そろそろ解禁してくれないのか」
「うーん……まあ……公衆の面前はダメだし、許可無くは止めて欲しい」
「わかった。気をつける」
「次やったら……」
「お前とロンとテオだけでもヤバイことになるというのに、次はモアも参戦するのは確定だ。私はまだ死にたくない。孫の顔……いや、ひ孫の顔も見たい」
「どんだけ欲張りなんだよ」
リュート様とお父様がボソボソ話をしているのですが、これだけ距離が近いと、内緒話にもなりません。
そして、その内容を咎める者も否定する者も居ないという───
え、えっと……どういう状況なのでしょう。
「じゃあ、許可は出たと思って良いな」
「俺たちがいる時だけなら……」
「よしっ!」
お父様がいつもの感じに戻り、ニッコリと笑みをこぼします。
先ほどまでの威厳はどこへ……?
「ということで……ルナ。ありがとうな」
「は、はい。たいしたことはしておりませんが……」
何が「ということで……」なのだろうと考えていたら、リュート様が私をチェリシュごとぎゅっと抱きしめ、ラングレイ一家全員からぎゅーっと抱きしめられるという、まさに団子状態になってしまいました。
しかも、ちゃんと力加減を考えられていて、苦しくないところが流石です!
口々に「ありがとう」と感謝され、優しい抱擁など……うぅ……わ、私もなんだか泣けてきましたよっ!?
今までは、どこか遠慮のあった家族が、わだかまりも無くジャレているのですもの。
良かった……本当に良かったっ!
で、ですが……ちょっぴり苦しくなってきた……ような?
お父様、嬉しいのはわかりますが、もう少し力加減を……っ!
「ほらほら、嬉しいのはわかったケド、そのままだとルナちゃんが窒息しちゃうデショ? そろそろ時間を動かすカラ、カレーを味わって食べようヨ。カレーは、家族団らんで食べると格別なんだカラ」
頭上から降ってきた声に驚き、顔を上げると、ひらひら手を振る時空神様とアーゼンラーナ様と……紺碧色の髪をした少年……?
少年は、キュステさんの後ろ襟を片手でつかまえてニッコリと微笑みますが、その綺麗な笑顔よりも、ぶらさがり状態で登場したキュステさんのインパクトが強すぎます。
もう、『キング・オブ・不憫』の称号を与えなければならない気がして、「下ろしてくれへんかなぁ……」と情けない声で訴えている彼に、哀れみの視線を送ることしか出来ませんでした。
291
お気に入りに追加
12,200
あなたにおすすめの小説
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
美醜逆転の異世界で騎士様たちに愛される
彩
恋愛
いつの間にか異世界に転移してしまった沙紀は森で彷徨っていたところを三人の騎士に助けられ、その騎士団と生活を共にすることとなる。
後半からR18シーンあります。予告はなしです。
公開中の話の誤字脱字修正、多少の改変行っております。ご了承ください。
【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない
かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が
シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。
女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。
設定ゆるいです。
出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。
ちょいR18には※を付けます。
本番R18には☆つけます。
※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。
苦手な方はお戻りください。
基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。
この結婚、初日で全てを諦めました。
cyaru
恋愛
初めて大口の仕事を請け負ってきた兄は数字を読み間違え大金を用意しなければならなくなったペック伯爵家。
無い袖は触れず困っていた所にレント侯爵家から融資の申し入れがあった。
この国では家を継ぐのに性別は関係ないが、婚姻歴があるかないかがモノを言う。
色んな家に声を掛けてお試し婚約の時点でお断りをされ、惨敗続きのレント侯爵家。
融資をする代わりに後継者のラジェットと結婚して欲しいと言って来た。
「無理だなと思ったら3年で離縁してくれていいから」とレント侯爵夫妻は言う。
3年であるのは離縁できる最短が3年。しかも最短で終わっても融資の金に利息は要らないと言って来た。
急場を凌がねばならないペック伯爵家。イリスは18万着の納品で得られる資金で融資の金は返せるし、、3年我慢すればいいとその申し出を受けた。
しかし、結婚の初日からイリスには驚愕の大波が押し寄せてきた。
先ず結婚式と言っても教会で誓約書に署名するだけの短時間で終わる式にラジェットは「観劇に行くから」と来なかった。
次期当主でもあるラジェットの妻になったはずのイリスの部屋。部屋は誰かに使用された形跡があり、真っ青になった侯爵夫人に「コッチを使って」と案内されたのが最高のもてなしをする客にあてがう客間。
近しい親族を招いたお披露目を兼ねた夕食会には従者が「帰宅が遅れている」と申し訳なさそうに報告してきて、戻ってきても結局顔も見せない。
そして一番の驚きは初夜、夫婦の寝室に行くと先客がいた事だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★8月10日投稿開始、完結は8月12日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
自分の気持ちを素直に伝えたかったのに相手の心の声を聞いてしまう事になった話
よしゆき
BL
素直になれない受けが自分の気持ちを素直に伝えようとして「心を曝け出す薬」を飲んだら攻めの心の声が聞こえるようになった話。
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。