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第八章 海の覇者

継承されたもの

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 私たちが落ち着くのを見計らったように、お母様はニコリと笑い、視線をお父様へ向けました。

「ここからはアナタのターンですね」

 お母様の言葉を聞いたお父様は小さく嘆息したあと、少しだけ考えるように首を捻り、ゆっくりとリュート様の目を見つめます。
 全く感情が読み取れないお父様の視線に、リュート様だけではなく、私たちも息が詰まるような重圧を感じ、こくりと喉を鳴らしました。

「話はわかった。疑問に思っていたことも、そういう理由であるなら辻褄が合うし、理解することも出来るが……いくつか、質問させて貰いたい」

 淡々とした口調で語るお父様は、おもむろに袖をめくると、そこにあった大きな傷をリュート様へ見せます。

「この傷は、いつ頃ついたか知っているか?」
「え……ああ……それは、俺の10歳の誕生日に間に合わせようと、急いで帰ってきたときに遭遇した魔物から受けた傷だよな」
「そうだな。じゃあ、こっちは?」

 そういうと、次に見せたのは、その大きな傷の横にある、何やら気になる小さめの傷でした。
 うーん……モヤのような物が見えるのですが、気のせいでしょうか。

「それは、俺が7歳の時に付き合って貰った乗馬の訓練中に……あ……いや、あの……その……」

 何故か、リュート様はチラリとお母様の方を見てから焦りだした様子です。
 何かあるのですか?
 あからさまに「しまった!」という表情をしていらっしゃいますが?

「なんだ。覚えているではないか」
「え?」
「この傷のことは、男同士の秘密───だったな」
「お、おう」
「ちゃんと……覚えているではないか」

 フッと表情が和らぎ、苦笑を浮かべたお父様は、深く……とても深く息を吐きました。
 今の質問に、どういう意味があったのかと考えていたら、お父様が口を開きます。

「つまり、何も変わっていないということだ。ただ、事故の際に、過去の自分の記憶から、知識と経験などを得ただけで、お前自身が消えたわけではない。上書きされたのではなく、継承されたのだ。だから、お前はお前だ。何も変わらん」
「何も……変わらない?」
「変わらんよ。お前が私の息子であることや、リュート・ラングレイであることに変わりは無い。私は以前、モアの父から【魂に刻まれる記憶】という話を聞いたことがある」

 それによれば、生きてきた記憶は、新たな生を送る際に思い出せずとも魂に刻まれ、消えること無く残り、必要なときに力を貸してくれる。
 故に生きることには意味があるのだ……と静かに語られたようです。

 魂に刻まれる記憶───

 そうですね、私たちの魂に刻まれている記憶は、本来取り戻すことが出来ません。
 しかし、こうして自分たちを助けるために、ふとした瞬間に蘇り、窮地を救う一手となる。
 リュート様たちのような厳しい鍛錬をしていないのに、意識をせずとも勝手に動いてしまうのは、そういうモノが力を貸してくれているのかもしれませんね。

「お前は、前世で精一杯生きた。そして、あの転落事故の時、生きて帰るために必要だったから記憶を取り戻し、全てを継承した。ならば、私は感謝しなければならないな。あのとき、最悪の光景を目の当たりにせずに済んだのは、その記憶の継承があったからなのだから」

 お前を喪っていたら、私は正気でいられなかっただろう───当時の状況を思い出したのか、感情を押し殺すために、お父様は奥歯を強く噛みしめました。

「そっか……【記憶の継承】か……つまり、俺たちは俺であって、何も変わらない。俺は俺なんだ───」

 そんなこと、考えもつかなかった……と、絞り出すような声でリュート様は呟きます。
 なるほど……私たちは、前世の自分から記憶を継承してきた。
 今までの自分が無かったことになるのではなく、ただ、引き継いだだけ……

「周囲とは異なるケースで、少しばかり多くの経験を積み、状況判断力がつき、考え方の多様性が生まれただけで、子供には変わりない。もう成人してしまったが、まだまだ未熟な部分もある。父親に関して言うなら、お前は無知過ぎる。シッカリ私を見て、父とは何かを学ぶが良い」
「学ぶって……」
「いずれ、お前も父になるのだからな。こんなに素晴らしい息子を3人も育て上げた両親をシッカリ見ておけ。お前には、更に尊敬できる祖父母と母がいるのだから、もっとドッシリ構えて、守らなければならない者を守れる存在になれ」
「それを親父が言うのかよ……見本になって、もっとドッシリ構えろよ」
「うるさい。私も鋭意努力中だ」

 ふんっと鼻を鳴らして横を向いてしまったお父様と、苦笑を浮かべるリュート様。
 本当に素直じゃない親子です。
 でも……これが、リュート様とお父様のジャレ合いだということに、みんな気づいていました。

「しかし、当時のお前の判断は正しかったかもしれんな。前世の記憶の話は、今という時に聞くからこそ、私たちはスンナリと受け入れることが出来たのかもしれん。生死の境を彷徨い、目覚めたお前がソレを言ったら、きっと病院送りだっただろうからな」
「ひでぇな……」
「お前も『信じて貰えない』と考えたのだろう?」
「……ああ」
「お前が独りで抱え、悩み、苦しむ姿を見ていたからこそ、その抱えているものが何であっても受け入れようと覚悟する時間ができた。お前が悩み苦しんでいた時間も、無駄では無かったのだと思う。お前の葛藤を、私たちはずっと見ていた。だからこそ、わかることもある」

 時間がかかって……お前が大丈夫だと安心できるほど、心の強さを持っていなくて申し訳なかった───そう言って、お父様は深々と頭を下げました。

「や、やめてくれって! そういうのを望んでいるわけじゃねーし、謝罪が欲しいわけじゃねーよ!」
「だったら、お前も謝るな。私たちとて、謝って欲しいわけではない。様々な経験を積んできたお前から見たら、私の未熟な部分も見えるだろう。だが、信じて欲しい。お前は、私の息子なのだから……」
「……うん……ごめん」
「だから、謝るなというに」
「ごめん」

 全くお前は……と、お父様は席を立って近づいてくると、リュート様の頭を乱暴にくしゃくしゃと撫でる。

「馬鹿息子が……独りで頑張りすぎだ」
「……ごめ……」
「もういい……もういいのだ」

 この泣き虫め、子供の頃と変わらんではないか……と言って頭を抱え込むように抱きしめるお父様の目にも、光る物がありました。
 そんな二人を微笑ましく見つめるお母様、苦笑を浮かべ顔を見合わせて肩をすくめるロン兄様とテオ兄様。
 本当に素敵な家族です。
 私がベオルフ様に持つ絶対的な信頼や安心を、リュート様も家族に感じる事が出来たのではないでしょうか。
 そういう相手がいることは、当たり前では無い。
 そのことを知っているからこそ、とても幸福だと感じます。

「ルー、チェリシュは幸せ~なの」
「幸せですか?」
「あいっ! リューが幸せ~だからなのっ」
「そうですね。良かったですよね」
「切っ掛けはルーなの、エライエライなの」

 ふふっ、チェリシュに褒められて撫でて貰えましたよ?
 とても嬉しいご褒美ですね。
 お礼にぎゅーっと抱きしめていたら、何故か全員が此方を見ていて……え、えっと?

「そろそろ解禁してくれないのか」
「うーん……まあ……公衆の面前はダメだし、許可無くは止めて欲しい」
「わかった。気をつける」
「次やったら……」
「お前とロンとテオだけでもヤバイことになるというのに、次はモアも参戦するのは確定だ。私はまだ死にたくない。孫の顔……いや、ひ孫の顔も見たい」
「どんだけ欲張りなんだよ」

 リュート様とお父様がボソボソ話をしているのですが、これだけ距離が近いと、内緒話にもなりません。
 そして、その内容を咎める者も否定する者も居ないという───
 え、えっと……どういう状況なのでしょう。

「じゃあ、許可は出たと思って良いな」
「俺たちがいる時だけなら……」
「よしっ!」

 お父様がいつもの感じに戻り、ニッコリと笑みをこぼします。
 先ほどまでの威厳はどこへ……?

「ということで……ルナ。ありがとうな」
「は、はい。たいしたことはしておりませんが……」

 何が「ということで……」なのだろうと考えていたら、リュート様が私をチェリシュごとぎゅっと抱きしめ、ラングレイ一家全員からぎゅーっと抱きしめられるという、まさに団子状態になってしまいました。
 しかも、ちゃんと力加減を考えられていて、苦しくないところが流石です!
 口々に「ありがとう」と感謝され、優しい抱擁など……うぅ……わ、私もなんだか泣けてきましたよっ!?
 今までは、どこか遠慮のあった家族が、わだかまりも無くジャレているのですもの。
 良かった……本当に良かったっ!

 で、ですが……ちょっぴり苦しくなってきた……ような?
 お父様、嬉しいのはわかりますが、もう少し力加減を……っ!

「ほらほら、嬉しいのはわかったケド、そのままだとルナちゃんが窒息しちゃうデショ? そろそろ時間を動かすカラ、カレーを味わって食べようヨ。カレーは、家族団らんで食べると格別なんだカラ」

 頭上から降ってきた声に驚き、顔を上げると、ひらひら手を振る時空神様とアーゼンラーナ様と……紺碧色の髪をした少年……?
 少年は、キュステさんの後ろ襟を片手でつかまえてニッコリと微笑みますが、その綺麗な笑顔よりも、ぶらさがり状態で登場したキュステさんのインパクトが強すぎます。
 もう、『キング・オブ・不憫』の称号を与えなければならない気がして、「下ろしてくれへんかなぁ……」と情けない声で訴えている彼に、哀れみの視線を送ることしか出来ませんでした。

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