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第八章 海の覇者

煎って寝かせて熟成させましょう

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 ベオルフ様のおかげで、華やかな菓子もできましたし、タルトタタンも冷やせばできあがりです。
 型から外すときにコツは必要ですが、きっと美味しくできあがっていることでしょう。
 いまから楽しみですね。
 アップルローズタルトの方も、冷やした方が美味しいので冷蔵庫へっ!
 お菓子が二品もできあがりましたし、どちらかを料理レシピギルドの方に差し入れたら良いかもしれません。
 だ、だって……レシピの数を見たサラ様が、頬を引きつらせて遠い目をしておりましたもの。
 あれから、また枚数が増えましたし……
 ちょ、ちょっと無理をさせてしまうお詫びもかねて、お土産にしましょう。
 手土産として持って行くのなら、アップルローズタルトでしょうか。
 でも、あのタルトは今日帰ってくるロン兄様にも見ていただきたいですし……
 私のタルトではなくても、カカオたちが作ったタルトを披露して、反応を見てみるのも良いかもしれません。
 とても綺麗に仕上がっておりましたもの。
 特にミルクは菓子作りが向いているのか、とても綺麗な出来映えでした。
 カカオたちに、その辺りを相談してみると、笑顔で快諾してくれたので、今からみんなの反応が楽しみです。
 カカオなんて悪戯っぽい顔をして、「俺様でも驚いたんだから、いい反応してくれるはずだぜー? ミルクのタルトは、それくらい綺麗だからな」と、珍しく褒め称えておりました。
 ミルクはというと、照れくさそうにモジモジしていたのですが、マリアベルが本物のお花みたいに綺麗だと言って、うっとりしている様子に感極まったのか、ぎゅーと抱きついていたのが可愛らしく、愛らしい弟子たちに心が癒やされます。
 何故か、チェリシュも一緒になってぎゅーっと抱きつき、私も一緒に抱きつこうとしたら、何故かリュート様に阻止されました。
 え、何故?
 ダメなのですか?
 そう、視線で問いかけると「俺にしておきなさい」といって、むぎゅーっと抱きしめられ、チェリシュに「ルーがベリリなの!」とからかわれるまで、離していただけませんでした。

 そうしてジャレながらも、一段落ついたことを確認したリュート様は、私たちに一言断ってから朝の鍛錬に戻りましたし、時空神様とアーゼンラーナ様は、少し離れた場所に移動してチェリシュから何かを聞いているようでした。
 お母様も呼ばれているので、何かあったのかしら……少し心配になります。

 カカオたちは朝食の準備中ですし、私は頼まれていたふわふわオムレツもできあがってしまったので、手が空いてしまいました。
 キッシュを作らなくても十分なほどの朝食ができあがっていることを確認し、出来ればこのタイミングでカレースパイスの調合をしておきたいですね。
 香りは……調合だけだったら大丈夫かしら。
 いえ、煎っておきたいから香りが立ちます。
 感づかれないように換気が必須……って、リュート様は外にいるからバレてしまいますよね。
 やっぱり、ベオルフ様に言われたとおり、アレン様とキュステさんに手伝っていただいたほうが良いでしょうか。

「ん? 何、奥様。なんか悩んではる?」

 鋭い……
 私が何かを悩んでいると気づいたキュステさんは、心配そうに「どうしたん?」と言いながら首を傾げました。

「え、えっと……リュート様にサプライズをしたいので、ナイショで作りたい物があるのですが……」
「だんさんに知られんように? なかなか難しそうやねぇ」
「ですが、作りたいのです。絶対に喜ぶ懐かしい料理だから……」

 周囲に聞かれないように配慮した音量で呟かれた言葉を聞いたキュステさんは、暫く考えてからニッコリと笑い「何が問題なん?」と、優しく尋ねてくれました。
 どうやら、『リュート様が絶対に喜ぶ懐かしい料理』に興味を覚えてくれたようです。

「えっとですね。多分、匂いが残ってしまうのです。独特の匂いなので、リュート様に気づかれてしまう可能性があって……」
「なるほど。せやったら、爺様、少し力を貸してくれへん? 匂いがだんさんにバレんように飛ばしたいんやって」
「ほう? 面白そうなことを考えておるな。それくらいならば、儂とキュステが力を合わせればどうということはない。任せるが良い」
「本当ですかっ!? ありがとうございますっ!」

 本当に、アレン様とキュステさんって万能ですよね……
 皇帝の血筋であるお二方は、同じ竜人族の中でもリュート様と同じく規格外なのでしょうか。
 敵に回したら、絶対に苦労する相手ですよね。
 今後、大地母神マーテル様の関連で、武力的に敵対することになった方々が、もし居たとしたら……とても不憫に思えてきます。
 何せ、リュート様だけでも大変そうですのに、そこへアレン様とキュステさんが加わるのですよ?
 勿論、弟に加勢することに迷いの無い、テオ兄様とロン兄様も一緒ですよね。
 あ、あれ?
 もしかして……まだ始まっていないけれども、終了のお知らせが出た感じでしょうか。
 心の中で、ご愁傷様と呟きながらも、ポーチの中からスパイス類を取り出しました。

 兄に教わった通りの材料を、カウンターの上に準備していきます。
 基本のターメリック、チリペッパー、コリアンダー、クミン、ナツメグ。
 付け加えても良いスパイスであげられていた、ジンジャー、タイム、セージ、ブラックペッパーを取り出しました。
 他にも、ディル、カルダモン、フェンネル、スターアニスを加えても良いのですが、手持ちにある量が少なめでしたので、これくらいにしておきましょう。
 兄は、此方の世界にしか無い素材を加えたら良いのではないかと言っていましたが、考えられるのは綾音ちゃんがやったというベリリジャムを少量足すことくらいです。
 あとは、肉を工夫すれば、美味しくできあがるかもしれません。
 多少クセのある肉でも、カレーの風味が勝つので気にならないはず……

「なんじゃ、そんな少量で良いのか?」

 少量とは言えないスパイスの量を出しているのですが、パン作りなどの粉類と一緒だと考えていたら、少なく見えるかもしれません。

「スパイスは分量が大事で、大量に摂取すると体に悪影響を及ぼす物もありますから、注意しなければ……なんですよ?」
「ふむ……さすがは、薬草の類いを使うだけあるな。そんな恐ろしい物すら、料理にしようとは……貪欲というか、何というか……食に対する執念が凄いもんじゃな」

 顎をさすりながら並べられたスパイスを見つめていたアレン様は、呆れたようにそう呟き、スパイスたちに顔を近づけ、それぞれが持つ匂いに反応してニヤリと笑いました。

「なるほど、こりゃ凄い匂いじゃな」
「これを混ぜ合わせていくことにより、いつかは美味しい香りとして感じるようになれば良いのですが……やっぱり、最初はインパクトの強い香りですよね」
「僕はそんな嫌いやあらへんけど……ダメな人はおるやろうねぇ」
「味を知ったら、そんなこと言えなくなりますけど……そこまでが大変そうです」

 私やリュート様は、幼い頃から慣れ親しんでいる香りですし、カレーと言えば美味しい料理、この匂いは美味しいカレーの匂いだと記憶しているからこそ抵抗感がないのかもしれません。

 スパイスを細かくするには、リュート様が作ったフードカッターでも良いというアドバイスをキュステさんからして貰いましたので、計量が終わったスパイスを全てフードカッターの器に入れてしまいます。
 メニューボタンにある、粉というモードを選択してスタートを押すと、スパイスが器の中でふわふわと浮きました。

 本当に大丈夫かしら……

 刃がついていないから感じる違和感はありますが、風の魔法が刃代わりになる優れものですものですから、あっという間に粉々になって驚きました。
 あ、これは、完全に兄が欲しがる調理道具ですね。
 簡単すぎますもの!
 あっという間に、粉みじんです。
 リュート様が作り出す調理器具は、有能すぎて怖い……

 唯一の難点は、このフードカッターが大きすぎることでしょうか。
 まあ、発想が……「キャベツを丸ごと入れて、ふわふわの千切りにしたかった」というところから来ておりますから、仕方ありませんよね。
 それでなくても、此方の世界にある野菜や果物は、大きめの物が多いのですもの。
 手間を省いて、丸ごと入れたら包丁を使わなくても、綺麗に加工された物を取り出したいとなれば、これくらいの大きさは必要になります。
 しかも、大きさから考えても軽くて丈夫!
 やはり、リュート様は凄い方なのです。

 ボウルいっぱいになったスパイスを、今度はフライパンで煎っていきましょう。
 焦げないように、弱火でじっくりとやっていると、独特なカレーの香りが立ってきます。
 その匂いに反応して、時空神様が顔を上げました。
 バッチリ目があってしまった時空神様は、ニコニコ笑いながら此方へやってきます。

「あー、アレを作っているんダネ。リュートくんが喜ぶヨ」
「やっと作るタイミングを得ました」
「あはは、彼はずーっとルナちゃんのそばにいるもんネ。でも、スパイスを煎ってるのカ……ハルキが普段やっているやり方だよネ」

 周囲に訳を知っている人たちしかいないと理解した時空神様は、兄の名を出して微笑みます。
 やっぱり、時空神様と兄は仲が良いですよね。
 親友って感じです。

「はい。スパイス類は、最初にこうして煎って熟成期間を置くと、味が馴染んで良いと言っていたことを思い出しまして……」
「あー、言ってタ、言ってタ」

 懐かしい話を共有できる時空神様は、今晩カレーをおねだりしようかな……なんておっしゃっていますが、兄はそういうおねだりに弱いので、確実に夢野家の晩ご飯はカレーになることでしょう。

 今日は、カレーの日。
 なんて、日本でよく聞いた言葉を思い出しながら、私は大量のスパイスを煎ることに集中しました。

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