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第八章 海の覇者

目の保養をしながらの情報整理は大事なのです

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 眠りから目覚め、部屋の様子からリュート様のお部屋だと気づいた私は、みんなを起こすことが無いように注意しながら、自分の状況の確認をしました。
 麦わらで作られた籠に、クッションや布を詰め込み、私の体が痛くないように気を遣ってくださっているようで、とても寝心地が良い場所になっており、ぬくもりに包まれながら、再びうとうとしてしまいそうなくらいです。
 しかし、耳に届いた音が気になり、そちらへ視線を向けると、なんと、朝も早くから、リュート様が机に向かってお仕事をしているようでした。
 眼鏡をかけて書類を見て読んでいたかと思うと、机に広げられている図面らしき物に、サラサラと書き込んでいく……全く迷いがありませんし、とても手慣れた感じがします。
 フッと動きを止めたので、気づかれたかと思いドキリとしたのですが、本棚から本を取り出してページをめくり、暫く眺めていたかと思うと、すぐに図面に書き込みを開始したようでした。

 あまりにも真剣な表情でお仕事をなさっているから、止めることもできませんし、邪魔などもってのほかです。
 それでも無理をしているとか、顔色が悪いなら止めますが、今日はとても調子が良いようで、何か良いことでもあったのでしょうか。

 し、しかし……眼鏡をかけたリュート様……本当にイケメンです!
 はぁ……遠慮無く堪能できるチャンスをいただけて、とても幸せ……

 気取られないように見つめていた私でしたが、ベオルフ様の夢にお邪魔した時の情報を整理するには良い機会では無いかと視線を動かさずに、思考だけをフル回転させて昨晩のことを思い出しました。
 一番気になったのは、言わずもがな……神獣・鳳凰についてです。
 ベオルフ様へいつものように魔力譲渡をしていた時に教えていただいたことでしたが、その話を聞いてからというもの、私とベオルフ様の中には何かが芽生えておりました。
 私たちの根底にある『何か』が反応したようにも思えます。

 オーディナル様から神獣・鳳凰のことを聞いたベオルフ様が静かに語ってくれた神獣・鳳凰のお話は、とても悲しく切ない物でした。

「あるとき、ユグドラシルが黄金の実をつけたそうだ。その実を見た管理者たちは、誰が選ばれるのかと期待に胸を膨らませていたらしい」

  話が長くなるだろうからと腰をかけたソファーの上で、手を握り合い、魔力の流れを感じながら静かに語り出すベオルフ様の……その微妙な声の違いを聞き逃すはずもありません。
 悲しみを含む声色……
 そして、複雑な感情が入り交じっていることに気づきましたが、黙って彼の言葉に耳を傾けることにしました。

「しかし、実は地面へ落ち、管理者たちの落胆は相当のものだったと、主神オーディナルは語ってくださった」
「それほど美しい世界の実だったのですね」
「そのようだ」

 世界の実と鳳凰に、どんな関連性があるのかと考えていると、私の考えを知ってか知らずか、彼は淡々と続きを話してくださいました。

 みんなが見守る中、朽ちていくだけだと思っていた果実のてっぺんにヒビが入り、そこからエナガのような小さくて丸い小鳥が二羽飛び出してきて、オーディナル様たちはとても驚かれたようです。
 真っ白な羽毛に包まれた丸っこい体には七色の立派な尾羽があり、ユグドラシルの説明によると、神獣でありユグドラシルと管理者の守護者で、名を鳳凰と言うのだとか。

 私が知っている鳳凰って、もっと……こう……スマートで美しいイメージでしたが、神獣・鳳凰は愛くるしい姿に特化しているように思えます。
 丸っこい鳳凰なんて、想像したこともありませんでした。
 でも、その愛くるしい姿に癒やされた管理者は多く、愛嬌ある鳳凰は、たちまちオーディナル様たちの心をわしづかみにしてしまったようです。
 しかも、それだけにはとどまらず、管理者たちのフォローも良くしていたようで、鳳凰の力は世界を管理する上で、とても重要な役割を果たしていたとか……
 さすがは、ユグドラシルから誕生した神獣ですよね!

 でも、生まれたての鳳凰はやんちゃなところもあったようで、世話役になっていたオーディナル様は、ずいぶんと手を焼いたようです。
 その時は、管理する世界も無く力が強かったが故に、ユグドラシルの補佐をしていたというから、違う意味でも驚いてしまいました。
 ユグドラシルにも認められるほどの力を持った管理者……その事実だけでもすごいことだと思いました。
 それだけではなく、大切な幼い守護者の世話役としても奮闘されていたようです。
 穏やかで賑やかな日々の中、慈しみ大切にしてきたオーディナル様と鳳凰の間に、強い絆があったことに間違いないでしょう。
 過保護なところのあるオーディナル様が、鳳凰に振り回されながらも、笑顔が絶えない優しい時間が流れていたはず……

 しかし、運命とは残酷なもので、永遠に続くかと思われた平和な日々は、突如、終焉を迎えたのです。

 ユグドラシルの力を我が物にせんと襲いかかってきた愚かなる者との戦いは熾烈を極め、傷ついたユグドラシルと管理者を守るために、鳳凰は自らの命をもって襲撃者に封印を施し、ユグドラシルと世界の果実を救った。
 そして、力を使い果たしてしまった鳳凰は砕け散り、その欠片から、昼と夜が生まれ、さらには世界を管理するシステムに『太陽と月の神』という項目が誕生したという。
 鳳凰の力が最後に残したものは、世界を安定させ、ユグドラシルと管理者の負担を大幅に減らした。
 どの管理者も、己の世界に太陽と月の神を誕生させ、愛した鳳凰の力を持つ神々を見守っている───

 オーディナル様の嘆きはいかほどであったかと考えるだけで、とても切ない気持ちになります。
 それと同時に、私の深いところで誰かが泣いているような気がしました。
 ベオルフ様は深く語りはしませんでしたが、お優しいオーディナル様のことですから、深く傷つき、自責の念に駆られたことでしょう。
 たとえ、ユグドラシルが「仕方が無かった」と言ったとしても、自らを責め続けたに違いありません。
 でも、私には弱った姿を見せないでしょう。
 だからこそ、ベオルフ様がオーディナル様のそばにいてくれて本当に良かったと、心の底から思うのです。
 きっと、ベオルフ様になら私にも言えない素直な気持ちを、遠慮すること無く話してくださっているはずですから……
 オーディナル様がベオルフ様を頼りにして、時々甘えているのは知っておりますもの。
 素直な気持ちを伝えられる相手がいることは、良いことだと思います。
 人であれ神であれ、それは変わらないはずですものね。

 そんな大昔に存在した鳳凰とオーディナル様のお話だけでも驚きだったというのに、今回はチェリシュの来訪や、ノエルとの聖約などもありましたものね。
 終始二人は可愛らしくて頬が緩んじゃいそうでしたけど、あの子たちのためにも、できるだけ長生きをしなくては……なんて考えてしまいました。

 あ、あとは、ベオルフ様の力です。
 回復能力があるだなんて初めて知りました。
 しかも、弱った神力を復活させるだなんて……いろいろと規格外ですよね。
 こちらの世界の人間ならわかりますが、あちらの世界では確実にチートですもの。
 セルフィス殿下が馬鹿なことを言って怒らせなければ良いのですが……大丈夫でしょうか。
 剣術なら勝てるとか、根拠無き自信で立ち向かうなんて愚行を起こさなければ良いと祈るばかりです。
 ベオルフ様の立場が悪くなることだけは、避けたいですもの。
 しかも、そうなった場合、ぜーったいに全力でたたきのめす方向にシフトしてしまうのがベオルフ様です。
 そして、シレッとした顔で「言い出したのはセルフィス殿下だ。私は命令に従っただけに過ぎん」とか言って周囲を黙らせるのでは……
 オーディナル様の加護があるから下手なことはできないでしょうし、大丈夫ですよね?
 それに、現在は任務中ですもの。
 私の無罪を証明するために王都から離れた港町にいらっしゃいますし、そんな暇も無いでしょう。
 アルベニーリ家の不利益になるような行動は……と、取らない……はず。
 ノエル、オーディナル様……お願いですから、もしもの時は全力で止めてくださいねっ!?

「難しい顔をして、どーしたんだ? 観察タイムは終わりでいいのか?」

 え……えぇ……と……

 急に現実に引き戻された私は、下がっていた視線を上げ、頭を抱えていた翼の隙間から、此方を見つめるアースカラーの瞳を見つめ返しました。

「籠の中で急に唸りながらゴロゴロしはじめたから、何事かと思ったけど、元気そうでなによりだ」
「え……えへへ……み、見て……いらっしゃったのですね……」
「俺はいつもルナのことを気にしているから、異変があれば気づくに決まっているだろ?」

 そう言って、籠の中から私を優しい手つきで持ち上げたリュート様は、目線を合わせて、とんでもなく素敵な笑顔を見せてくださいます。
 柔らかく優しい笑顔……うぅ……麗しくて……見ているだけで幸福感に包まれて……こ、このまま昇天してしまっても良いのでしょうか。
 リュート様は私を見つめて「朝から可愛らしいなぁ」といって、私に頬ずりをしてくださって……ひぃぃぃぃっ!
 ち、ちかい、近いです、とっても近いですうぅぅっ!
 心臓に悪いのですうぅぅっ!

 頬ずりからの頭へちゅーのコンボは、可愛いペットに対してする感じと同じなのでしょうが、中身は私なのですよ、リュート様っ!
 こ、これ以上は、全力疾走後のように心臓がばくばくして、チェリシュに「ベリリなの!」って言われてしまうほど赤くなり、いろんな感情が言葉にならずに渦巻いて見事な涙目になってしまいますっ!

 こ、これはきっと、エナガの姿だから駄目なのですね。
 私はペットではなく、小鳥でも無く、人間であることを忘れられているのだと感じ、慌てて元の姿へと変化しました。
 いきなりの重量変化に驚いたリュート様でしたが、慌てて私を抱き上げ、目を丸くして此方を見つめた後、とーっても素敵な笑顔を浮かべます。

「なに? やっぱり、こっちの姿の方で可愛がって欲しい?」

 あ……あれ?
 何か……思っていたのと……ち、ちがう……

「以心伝心で嬉しいよ、ルナ」

 これまで見た極上の笑顔に溢れんばかりの色気がプラスされ、私は否定の言葉を紡ごうと口を開いたのですが、額に寄せられた頬の感触と、嬉しそうな低い笑い声を聞きながら、このまま意識を手放してもいいかと真剣に考えはじめたのでした。

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