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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち

白の騎士団長ランディオ様のお願い

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 テオ兄様の言葉を待っていると、どう話をしたら良いものか困惑した様子でロン兄様の方に助けを求める視線を投げかけたことに気づきました。
 そういえば、テオ兄様は会話そのものが苦手でしたよね。
 今までそんな風に感じたことはありませんが、私が身構えてしまったから話す内容を考えて困惑されたのでしょうか。

「テオ兄様ごめんなさい。もう大丈夫ですからっ」
「いや、こちらこそすまない。威圧するつもりはなかったのだが……」

 互いにペコリと頭を下げていると、何故かチェリシュまでマネをして「ペコペコさんなの」と言いながら頭を下げてしまい、それを見た私とテオ兄様はぷっと吹き出すように笑ってしまいました。
 チェリシュのこういうところに和んでしまいますね。

「二人共、頭を下げてないで話しを進めようぜ。何かあったんだろ?」
「うむ……それなのだが……」

 テオ兄様のお話は、ロン兄様とリュート様が話をしていた横領についてでした。
 今朝話をしていたばかりなのに対応が早すぎませんかっ!?
 私は驚きを隠せずに居たのですが、リュート様はこうなるだろうとわかっていたのか平然とした様子でお話を聞いておりました。
 どうやら、ロン兄様があの話の後にすぐさま動き、テオ兄様とお父様に連絡を入れたようです。
 ラングレイ家の方々は、仕事が早すぎませんか?

「こういうことは対処が早いほうが良いからね」

 ロン兄様は何でも無いことのように笑って言いますが、もっと時間がかかることであると思っていただけに、テオ兄様の口から『第三騎士団の団長が補助金を横領している疑惑についてだが……」と飛び出した時には、本当に驚きました。
 しかし、驚いている私をよそに話は進んでいきます。

「第三騎士団は現在、遠方の討伐任務に当たっているため王都には不在で帰還は5日後の予定だ。しかし、内通者がいるかもしれないこともあり、ヘタに動くことが出来ない」

 万が一内通者から第三騎士団の団長に情報が入り、そのまま国外逃亡などされてしまえば、背後関係があった場合、かなり面倒なことになるという判断のようでした。

「そこで、白騎士の団長であるランディオ様が調査することに決定した」
「え? ヴォルフの親父さんが?」
「ああ。黒騎士が動けぬのなら白騎士が動くのは当然であるし、金の動きを調べるなど脳筋集団の黒騎士には厳しいだろうとおっしゃってな」
「言いそうだ」

 言葉通りに受け取るなら怒りそうであるのに、リュート様たちは苦笑を浮かべていらっしゃいます。
 脳筋などと言われても笑っているリュート様は、私がポカーンとしていることに気づいたのか、こちらを見て笑いながら補足説明をしてくださいました。

「ヴォルフの親父さんはさ、茶目っ気があって愉快な人なんだよ。きっと、さっきのセリフも冗談めかして言って親父をからかったんだと思う。色んな意味ですげー人で、駄々をこねる親父を叩き伏せて城へ連れて行くなんて光景は実家にいた頃にはよく見たもんだ」
「今でも時々やっているわ」
「マジかよ……親父、もういい歳なんだからさ……」
「妻の前では年齢なんて関係ないらしいよ」

 お母様とロン兄様から聞いたお父様の現状に、リュート様は心底呆れたような顔をされて力なく頭を垂れてしまいます。
 な……何をしていらっしゃるのですか、お父様……

「黒の騎士団はいまリュートやルナちゃんだけではなく、大地母神関連で動こうとしているから、余計なことは引き受けるようって配慮してくれたんだと思うけど……」

 ロン兄様の言葉に深く頷いたテオ兄様を見て、守護騎士の当主であるランディオ様に俄然興味を抱きました。
 麗しの三兄弟が揃って信頼される方ですもの。
 絶対に凄い方に決まっています。

「でも、今の話だと何もルナには関係してねーよな」

 あ……確かにそうですね。
 指摘されて一瞬だけ動きを止めたテオ兄様は、咳払いをしてから私の目を見つめました。
 どうやら、ここからが本題のようです。

「ランディオ様は内部調査を引き受ける対価として、白の騎士団にも黒の騎士団に支給される物と同様のレシピを依頼しようかと思案しているようで、本日の昼食に……一度お邪魔したいとのことなのだ」

 忙しい方なので夕食時には城から離れられず、何とか時間が取れそうな本日の昼にして欲しいということでした。
 つまり……私の料理がそこまでして手に入れるのに相応しい腕前かどうか、自らの舌で確かめに来るということでしょうか。

「本音はリュートがいるから久しぶりに一緒に食事をしたいのだろう。店で長居は出来ない上に、リュートと一緒に食事など悠長なことを言えば迷惑になると考えていらっしゃるようだからな」
「なんか……すげー、気を遣わせちまってんな」
「仕方ないよ。俺たちだってリュートのお店に行く時は色々考えちゃうもん。リュートの立場が悪くなるのは避けたいよ」

 ロン兄様の言葉にリュート様は感じるものがあったのか押し黙り、暫く考え込んだ後に口を開きました。

「あー……これからはそういうの抜きで好きな時に来てくれよ。俺も……頼るときはこうして頼るようにするからさ……」

 これは大きな一歩であったと思います。
 今まで家族を守るために一定の距離を保っていたリュート様から歩み寄った形で、家族との付き合い方に変化をもたらそうと行動を起こしたのですもの。
 お父様の言葉とアレン様の言葉が深く響いたのでしょうか……それとも、オーディナル様との対話が切っ掛けになったのでしょうか。
 早朝にかわされた会話の中でも、特に印象に残った言葉を思い出します。

『家族がお前を思う気持ちをないがしろにしていれば、結果、一番家族を傷つけているのはお前だと何故わからない。お前はそれを知っているはずだ。己も家族も傷つけていく選択はやめることだ』

『同じ傷つくならば、全てを知って承知の上で共に歩む道を選ぶ。今のお前の家族は、何も知らない庇護するべき幼子ではないのだ』

 どちらの言葉もリュート様にとって、厳しい内容であったかもしれません。
 しかし、オーディナル様のおっしゃりたいことは理解できました。
 前世の家族と現在の家族の違い……
 これから先も、リュート様はこの違いに苦悩するかも知れません。
 でも、誰かの言葉で自らを省みることが出来るリュート様ですから、きっと大丈夫ですよね。

「だったら、これからは遠慮なくお店の部屋を予約して食べに行くわ」
「あまり外食ばかりしていると、カカオたちが悲しむよ?」
「その時は、二人も研修だと言って連れ出してしまいましょう」

 ウキウキとそんな提案をしているお母様に、テオ兄様は「屋敷で働く者たちの食事に支障をきたします」と苦言を呈し、ロン兄様は「全員で行くとか?」と冗談めかして言い笑っておりました。

 だけど……困りましたね。
 白の騎士団長である方が満足するような昼ごはんですか……うぅむと唸っている私とマネっ子をしているチェリシュを交互に見ていたリュート様は、「そこまで悩むことじゃないだろう? 気楽に行けばいい」と言い私の頭を優しく撫でますが……やっぱり考え込んでしまいます。
 チェリシュのキャベツを生かした料理か、今仕込んでいるパスタを使うか……
 大量のミンチ肉もありますし、それに関連したお料理……とか?

「あいっ! なの」

 目の前にズイッと出されたのは、ベリリジャムたっぷりのパンでした。

「え、えっと……チェリシュ?」
「ルーも、もぐもぐうまうまなのっ」
「まずは飯を食ってからだとさ。チェリシュはよくわかっているな」
「じーじが怒っちゃうの」
「むしろ、ルナの自慢の兄であるベオルフが怒るんじゃねーの?」

 優しい笑顔を浮かべるオーディナル様のあとに、もの言いたげな様子でジトリと見つめるベオルフ様を思い出し、これが知られたら確実にお説教をくらいかねないと慌ててチェリシュの手にあるパンを食べました。
 淡々とした語り口調で逃げ道を塞ぐように詰めてくるお説教は怖いのですっ!
 オーディナル様「アイツが本気で怒れば容赦がなくて困る」という意見に激しく同意します!
 身を乗り出して池に落ちて溺れそうになったところを救出され、どうしてそうなったのか説明したあとに懇々と説教をされたことを思い出し、ぶるりと身震いをしてしまいました。
 あ、あれは本当に怖かったので、二度とごめんです。

 基本的にとても甘い方ですが、こういうところはとても厳しいですよね。
 こちらを無言でジッと見つめ、ピクリと右眉を動かしたあとに「ルナティエラ嬢」と声をかけられただけで全面降伏したくなります。
 カーバンクルの姿だったら、長い耳と尻尾も垂れ下がっているに違いありません。
 エナガ姿だったら全身毛羽立ててコロコロ転がりますよっ!?

 あまりにも必死な表情でパンを食べていたのか、私の様子を見ていた方々が揃って吹き出すように笑い出し、それに対して私は何も言葉を返すことができませんでした。

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