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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち
呪いが招くのは幸福か不幸か(リュート視点)
しおりを挟むルナは相変わらずの反応だけど、これも召喚術の影響なのだろうか。
カッコイイですよねぇと母さんと意気投合して話に花を咲かせているルナを見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
前回の人型召喚獣には『嫉妬』という感情があったという。
それは、主を独占したいという気持ちがとても強く、他者や親しい友人だけではなく召喚主の家族にまで害が及んだ。
それでも召喚主が諦めることなく説得し続けた結果、彼が住んでいた街はこの世界から消失したのである。
召喚獣が召喚主の全てを奪い去ったのだ。
己に足りないものを持ってこの世界にやって来る召喚獣……つまり、彼には『嫉妬』という感情が皆無であったがために起きた事件だろうと結論付けられたのである。
その後、召喚術が見直され、召喚獣の精神に影響を及ぼす効果が大幅に増幅された。
前例を教訓にし、人型召喚獣であった場合はそれが顕著に現れるようになったと聞く。
まあ、どこまでが真実なのかわからないが……
実際にルナを見ていると、呪いなのか召喚術のせいなのかわからない。
どちらにしても、ルナの感情がある一定以上の好意を抱かないように制御している……もしくは、認識できないように妨害しているように思える。
召喚術のせいなら、一ヶ月という節目があるからなんとかなるだろうが……呪いのせいだというのなら話は別だ。
ルナにかけられている呪いは一種類じゃない。
むしろ、絡まって団子状態になっている糸を一本一本丁寧に解いていく作業と似ている。
無理やり引っ張ればルナが傷つくし、結び目もキツクなるから厄介なことこの上ない状況だ。
それが、アレンの爺さんとキュステの見解であった。
そこに『主神オーディナルが施している封印』が加わったことにより、俺たち人の手には負えない代物となっている。
絶妙なバランスで保たれているソレは、俺達が解呪するだろうという予測のもとで作られているようだった。
つまり、緻密な計算の上に成り立つ『完璧な封印』である。
ルナとベオルフの奇妙なまでに強い繋がりも、コレが関係しているのではないかと考えているが、オーディナルが事実を口にすることはないだろう。
しかし……あの創造神は、俺が今まで出会った神の中で一番ヤバイ。
率直にそう感じる。
言われた言葉や態度がアレだったからという理由ではない。
オーディナルの瞳を見た時に感じたモノを言葉で表現するのは難しいのだが、強いていうならば『絶対に敵にしてはいけない神』だ。
ルナやベオルフの父親代わりでもあり、慈悲深い神でもあるが……本質は我が子を傷つける者に容赦がなく冷淡である。
オーディナルは『必要ない』と判断すれば、簡単に世界を一つくらい滅ぼしそうだ。
創世神ルミナスラにはない決断力だろう。
妻や子が傷つき苦しみを抱えるのならば無くなっても良いと言える神だということを、ルナやベオルフは知っているのだろうか。
慈悲深い反面、ある一定のラインを越えたら容赦なく滅ぼす破壊神にもなる創造神……そのラインがわからないから恐ろしすぎる。
まあ、そんなオーディナルがルナに害する封印をかけるはずがない。
だから、今後もヘタに手を出さず見守っていくしかないだろう。
自然と解呪されていくはずだというのなら、その言葉を信じるまでだ。
召喚術の効力が一番強い一ヶ月という歳月は、俺にとってとても長く感じる。
ルナが影響下から抜け出したとして、本当にずっと変わらずにいてくれるだろうか。
本当は俺から離れてベオルフのもとへ帰りたいのに帰れないと泣かれたらどうしよう……という不安がないといえば嘘になる。
イーダの浄化によりベオルフとの記憶や思考が正常に戻りつつあるルナは、何かを思い出しては申し訳なさそうにしていることから考えても、彼に謝罪しても足りない過去を持つのだろう。
長い時間を共にしていたのだ、当たり前である。
そう、当たり前……なんだよな。
俺との時間も、そうやって重ねていって築き上げていけるモノがあれば良い。
現状ではルナの感情が一定以上の変化を見せなくとも、俺は恵まれている。
そう感じるから───
朝食の準備をしたいと言われ、今後は店にも常備する予定であるミンチを作る専用調理器具である大型のミートミンサーを出すと、初めて見る調理器に母が驚き、どういう構造になっているのか質問してきた。
器になっている部分に何でも良いから肉を入れてハンドルを回せば、硬い肉でも細かくなりある程度柔らかくなると伝えれば、肉を細かくしてどう調理するのだろうという疑問を持ったのか、ルナの作業に注視することにしたようだ。
まあ、今回はルナやチェリシュが作業するのに楽しめるだろうとハンドルタイプの物を出したが、これも改良済みである。
スイッチひとつで自動にミンチを作るシステムは意外と簡単に作れた。
まあ、ミキサーの応用などがあるからで……1から作るとなると大変だっただろう。
案の定、手回しハンドルが気に入ったらしいチェリシュが取っ手を持ってクルクル回し始め、楽しげな歌声を響かせる。
それに合わせてルナの可愛らしい歌声が響きカフェたちは尻尾を振りながら、何故か家の屋敷にある量ではない肉を持ってきてミンチ肉を作っていた。
おかしいだろう……その量。
どうやら新人メイドの一人がミスをして発注したようで、それを大量消費出来るとカカオが大喜びである。
まあ……一般的には時間凍結のアイテムボックスや冷蔵庫なんて無いもんな。
楽しげにミンチを作っているルナを見つめていると、彼女はその視線に気づいたのか、こちらを見て優しく微笑んでくれた。
俺は恵まれている。
同じくらい強い『愛の女神から与えられた呪い』の影響下にあるレオよりも───
昨晩、イーダを送り届けて戻ってきたレオを誘って部屋で酒を飲んでいた時に時間は遡る。
「さて、ここには俺しかいねーし、ルナは眠ったままだ。ガルムも一緒に丸まっている。誰もこねーから気にせずに飲めよ」
「ああ、お前のおすすめだから旨いのだろうな。遠慮なくいただこう」
何かを悟ったように苦笑を浮かべたレオは、それに触れることなくグラスに注がれた酒をあおった。
そうしないと話せないことがこの男には多い。
単純そうに見えて、実はそうではないのがこのレオである。
生まれが特殊であることもあるし、王家の血を濃く継いだことがコイツの不幸の始まりなのかも知れない。
俺たちラングレイの家は、他の上位称号持ちの家よりも力が強いためにアーゼンラーナが与えた呪いの影響が色濃く残る。
しかし、他の上位称号持ちの家は、ほとんどがその影響下から脱していた。
特に、イーダは顕著である。
本人の浄化能力の賜物なのか、全く影響がなかった。
だからこそ起きた不幸といえば良いのだろうか……
「未だ呪いが薄れる気配はナシか」
「ああ……そうだな」
重い口を開いたレオは、自嘲気味な笑みを浮かべる。
この男がこんな笑みを見せると誰が知っているだろう。
明るく単純明快、頼れる兄貴分というイメージで通っているが、実のところそうではない。
誰よりも思慮深く周囲の心の機微に敏感である。
だが、そうではないように見せかけているのだ。
王太子や現在の国王に配慮しての振る舞いで、中々できるものではない。
王になり得る器であり、コイツが王になればこの国に憂いはないだろう。
しかし、それをこの男が望まない。
歴代の誰よりも王族の血と力が強いのにも関わらず……だ。
現国王陛下の妹が母親であったためか、それとも彼の魂の資質がそういうものだったのかは不明だが、本物の王になれる人物とはこういう者のことを言うのかと感じたのは事実である。
「アーゼンラーナ自身も一度発動させた呪いを解呪することは無理なんだそうだ」
「あの優しい方をそこまで怒らせた過去の聖なる家の者たちが悪い。愛の女神様に罪はない」
カラリと氷がグラスに当たる音が響く。
無言で空になったグラスに酒を注ぐと、レオは何も言わずに口をつけた。
落ち着けるように、ルナの眠りを妨げないように薄明かりだけしか灯していない部屋で見る幼馴染の体は、いつもより小さく感じる。
疲れ果てている……だけど、どうすることもできないのだろうか。
「お前とて呪いの影響が強いのだろう。人の心配ばかりしている場合ではないはずだが?」
「俺は良いんだよ。一ヶ月後に勝負するって決めているから」
「そうか……お前は強いな」
「俺はルナがそばに来て、お前の辛さや痛みがより理解できるようになった。だから、レオは誰よりも強いって思う。俺には真似できねーわ」
「マネなどする必要はない。ルナを見ていればわかる。お前には無縁の気苦労だ」
「そうだろうか……」
「お前は己を過小評価しすぎだ。まあ、それはルナにも言えるのだがな」
お前たちは変なところで似ていると笑われた。
しかし、表情が冴えないレオは中々本音を零してくれそうにない。
ガス抜きが必要なのは俺じゃなくてお前だろうが……
「なあ、お前はソレでいいのか? 後悔しねーのかよ」
「後悔……か。どちらにしても後悔するだろうな。だからこそ、一番良いと思われる方を選んだ。ただそれだけだ」
「それじゃあ、お前が不幸のままだろ! 俺は、お前にも幸せになって欲しいんだよっ」
思わず声を荒げてしまったが、それはレオの心の奥深くに突き刺さったのだろうか、グラスを傾けていた手を止めて、肺に溜まった空気を全て吐き出したような深い溜め息をつく。
「俺は、我々を救うために命を失ったヴォルフの居場所まで奪いたくはないのだ」
俺には死した友人を思い陰のある笑みを浮かべるレオと、死したヴォルフを想い切なげな笑みを浮かべるイーダの笑顔が重なって見えたような気がした。
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