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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち

漆黒の竜騎士

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 アーゼンラーナ様は時空神様と二人だけの時間を取りたかったようで、朝食までには戻ることを言い残して姿を消され、私達は冷めやらぬ喜びを胸に楽しみにしてくださっている大量の朝食を作ることに専念しましょう。
 黒の騎士団の方々もいらっしゃいますし、大きな窓越しにまだ変化はみられませんが、朝から厳しい訓練を行うはずです。
 しっかり、たっぷり食べていただかなくては!

 そんな私の衣類の裾をツンツンと引っ張った弟子たちが可愛らしく揃って首を傾げながら「米と大豆ってにゃんですかにゃ?」と質問してきたので、語りだしたら止まらなくなりそうだったのでなるべく簡単に説明してみたら、大きな眼を輝かせ米と大豆が持つ可能性に驚いておりました。
 現在はワインビネガーで代用していますが、米が手に入れば麹を作って米酢だって作れますし、日本酒も……ということは、料理により一層深みが増しますね。
 もちもちの団子やカリカリのおかき、パリッとした煎餅なども作れちゃいますし、もちもちが好きなチェリシュが喜びそうです。

 何よりも、お醤油が入手可能になったということが大きいでしょう。
 自分の手で仕込み造り出さなければなりませんが、その辺りは兄が調べてくれていると信じ、教えられた知識を元に試行錯誤して造りたいですね。
 つまり、私の魔力を大量に使うようになったであろう発酵石の器が、今後も大活躍するということです。
 これからもよろしくお願いしますね!
 そう心のなかで語りかけて発酵石の器に触れると、淡く輝いたような気がしました。

「さて、朝食作りを再開しましょうか」

 やるにゃーっ!にゃんにゃんにゃーっ!と弟子たちが片手を上げて気合を入れている姿に触発されたチェリシュも一緒になって「にゃー!」と言っているのが微笑ましいです。
 そのあとは、手を取り合って輪になってクルクル回っているのですが……儀式の一環でしょうか。
 最近はカカオも一緒になってやっていますが……あとで我に返って「格好悪いことしちまった」と落ち込んでいそうです。
 ですが、その楽しそうな様子に我慢ができなかったチェリシュは、私の腕から抜け出して輪の中に加わり、さらにテンションを上げている5人が可愛らしくて仕方ありません。
 こんな愛らしい姿を後世に残さないというのは罪でしょう!
 いそいそと記憶の水晶……カメラを取り出そうとした私は、強い視線を感じてそちらへ視線を向けました。

「え……えっと……お、お母様? おはよう……ございます」
「おはよう、ルナちゃん。本当に可愛らしいわねぇ。コレ、とっても使いやすくて良いわ」

 今日は千客万来ですね。
 朝から完璧な装いのお母様が厨房の入り口に立っていたのは良いのですが、その手にあるのは……カメラですかっ!?
 あ、あれ?
 お母様は持っていらっしゃったのでしょうか。

「これはリュートの物よ。あの子が撮影した映像を一晩借りてチェリシュちゃんと一緒に見ていたの」
「リュート様は沢山撮影されておりますから、可愛らしいチェリシュの姿が溢れていそうですね」
「そうね。ルナちゃんも含めて、とても可愛らしくて和んでしまったわ。でもね、全部を見せてくれたわけではないのよ? 私に手渡す前に、いくつか抜き取っていたから……アレはなんだったのかしらねぇ」

 何やら含み笑いを浮かべるお母様のおっしゃりたいことはわかりませんでしたが、リュート様にも見られたくないものがあったのでしょう。
 あ、もしかして、アングルがうまくいかずに失敗した映像……とか?
 リュート様もうっかりさんですね。

「たぶん、ルナちゃんが考えているようなことではないと思うわ」

 え……えっと……最近、なんだか色んな人に考えが読まれているような気がします。
 そんなにわかりやすいでしょうか。
 まあ……オーディナル様はそのお力が影響しておりますし、ベオルフ様は長年の付き合いということでしょうが、どちらにも該当しないのに思考を読むお母様はすごいですね。
 尊敬の眼差しをお母様へ向けていたら「ルナちゃんは面白いわねぇ」と楽しそうに笑われてしまいました。

「チェリシュちゃんはやっぱりルナちゃんたちのところにいたのね。朝起きたらもぬけの殻だったので少しだけ心配したわ」
「あ、申し訳ございません。すぐにお知らせすればよかったのですが……」
「いいのよ。屋敷にある魔力や神力を把握することは容易ですもの」

 そう言って微笑んでいたお母様は、先程までアーゼンラーナ様たちがいらっしゃった場所を見て苦笑を浮かべます。

「当家に十神の二柱までいらっしゃったなんて知れたら、他の称号持ちの家が大騒ぎしそうね」

 え……お二人揃うだけでそれほど大騒ぎになるのですか?
 どうしましょう、十神の方に関わる案件が多くなってきたからあまり実感が湧きません。
 しかも、秩序の神様に睨まれているなんて知られたら、とんでもないことになる予感が……

「あの力は時空神様でしょう? ルナちゃんに会いにいらっしゃったの?」
「あ、はい。オーディナル様に頼まれごともありましたし、アーゼンラーナ様もいらっしゃったので……」
「ルナちゃんとリュートがいたら、そのうち勢揃いしそう……創世神ルミナスラの夫でもあり、この世界を創造した神の一柱オーディナルの愛娘なのですもの。おかしな話ではないわね」

 十神にしてみたら、貴女は家族みたいなものでしょうから……と言われてしまいましたが、畏れ多いという気持ちしか湧いてきません。
 しかし、そういう認識であるとアーゼンラーナ様にも言われておりますし、時空神様の様子からも伺えますから、それを否定したら「つれない」と言われてしまいそうです。

「ごめんなさいね。朝食の準備をしようとしているのでしょう? でも、この撮影だけはリュートのためにもさせてちょうだいね」
「は、はい、勿論ですっ」

 さすがはお母様。
 リュート様の為に映像を残そうとしてくださるなんて、母親の鑑です!
 その時でした、コンコンと廊下側の大きな窓からノックが聞こえてきたので、お母様と揃ってそちらを見ると、漆黒の鎧を身に纏った騎士が佇んでいらっしゃいました。
 テオ兄様やロン兄様や黒騎士様たちとは明らかに違う威圧感というか、言葉にならない雰囲気がある佇まい。
 漆黒の鎧と一言で表すには無粋だとも感じられるほど、とても素晴らしい細工が目を引きます。
 縁を彩る金細工は繊細でありながらも上品に見えるよう艶が消されており、金なのかどうかも怪しく感じるくらいなので、もしかしたらオーディナル様だけが扱えるという神鉱石なのでしょうか。
 何よりも凄いのは、口元しか見えない兜は竜を思わせるようなデザインで、目の部分が澄んだ青に輝いているのが印象的……って、あれ?
 この瞳の色……リュート様に似ているような───

「もしかして、リュート様?」
「よくわかったな。驚かせようと思って黙っていた」

 うわーっ! うわああぁぁっ!
 有名なファンタジーゲームなどで出てきそうな、竜騎士を思わせるデザインがとてもお似合いです!
 しかも、漆黒に見えた鎧も、部分によっては青みがかっていて角度によって色合いが変わるなんて神秘的な鎧ですね。
 こ、これは……カメラに残しても良いですか?
 こんなに素敵なリュート様を見て何もしないなんて……拷問にも等しいですよっ!?

「これが俺のアイギスだ。念の為に遠征訓練にも持ち込む予定だけど……ルナには最初に見せたくてさ。変じゃねーかな」
「と、とっても……とーっても素敵です! リュート様のような騎士がいらっしゃったら、ずっと守って欲しいって思うくらい素敵すぎますっ」
「ん……俺は、ルナをずっと護るよ」

 頬に伸ばされた手は冷たい金属の感触がしましたが、流れ込んでくる魔力がリュート様そのもので、ホッとしてしまいます。
 でも、本当に素敵です……いつもの黒い上着の上から纏っているようで、長い裾が翻り、足の長さが余計に際立っておりました。
 やっぱり金細工じゃないのでしょうか、こんな光沢の鉱石を見たことがありません。
 龍の翼と爪と鱗のようなデザインが所々にあしらわれていて、本当に竜騎士という感じです。

「その兜は……」
「ああ、最終形態になると頭まで覆うタイプになるんだ。頭部がむき出しだったら危ないからな」

 その分重くなるけど……と、リュート様はアイギスの具合を見るように体を動かしているようでした。
 リュート様のしなやかな筋肉に覆われた肉体を守るアイギスは神秘的で、彼の魅力をより一層強めているように感じます。
 こんなに格好いいなんて反則ですよね……
 言葉にならない胸苦しさを感じながらドキドキしていると「ベーリーリーなーのー」と、何故か間延びしたチェリシュの声が聞こえ、そちらを見ればチェリシュの口をなんとか塞ごうとしているカカオがいて、そんな彼を止めようとしているミルクともみくちゃになっています。

「チェリシュ、俺カッコイイ?」
「もちろんなの! リューはとーってもカッコイイの!」

 きゃーと言いながら駆けてきて勢いのままに抱きついたチェリシュを受け止めたリュート様は、このやんちゃ娘と笑っているようでした。
 口元だけしか見えないのに、どういう表情をされているのか手にとるようにわかります。
 それだけ彼の笑顔をこの目に焼き付けてきたのでしょう。

「ルナちゃんに見せたかったのはわかったのだけど、お母様には?」
「二番目か三番目」
「うふふっ、しょうがないわね。二番手はチェリシュちゃんに譲りましょう」
「そうしてくれ」

 ゆっくりした足取りで近づいてきたお母様はリュート様の姿を見て感慨深そうに目を細めます。
 息子の成長を目の当たりにし、喜びでいっぱいなのでしょう。

「その長衣の上から纏うのを怠ってはダメよ? テオやロンのアイギスとは魔核の性質が違うのだから」
「ああ、黒竜の力ってのは……本当にすげーな」
「死しても残る思いがあるのでしょう」

 核になっている黒竜とリュート様の間になにがあったのかは知りませんが、ただならぬものを感じます。
 だけど、恨んでいるというわけではない。
 ただ見守っているように感じるのは、私の錯覚ではないでしょう。
 こうして触れる鎧の部分から感じる何かは、とてもあたたかく優しいのですもの。

「惚れ直した?」
「はい! リュート様ほど素敵な主は、そうそういらっしゃらないと痛感いたしました!」

 力をこめてそう宣言すると、リュート様は一瞬固まってからガックリと頭を垂れてしまいます。
 ど、どうかしたのですかっ!?

「そっちかぁ……」
「リュー、ガンバなの」

 よしよしとチェリシュに頭を撫でられる漆黒の竜騎士は、とっても格好良いのにいつもと変わらぬリュート様を感じられ、自然と口元に笑みが浮かびました。
 アイギスを纏われたリュート様はカッコイイのですが、やっぱりいつものリュート様もカッコイイのです。
 なんて言ったら、リュート様は喜んでくださるでしょうか。

 いつか聖都だけではなく世界中に漆黒の竜騎士の名が知れ渡る日が来るような気がします。
 その時も変わらず、リュート様のそばにいたいと心から願いました。
 
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