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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち
気遣いが巡り巡って……
しおりを挟む「テメェは笑いすぎだ」
甘い微笑みはどこへやら、鋭い目つきをモンドさんへ向けたリュート様は低い声でそう言うと、重くて鈍い音を立てて彼の脛あたりを蹴り飛ばしました。
「いってええぇぇっ!」
「バカだろ」
「モンドには学習能力がないのでしょうか、これで何度目ですか?」
幼馴染二人にもバッサリ切り捨てられたモンドさんは、涙目でリュート様に蹴られた箇所を撫でています。
「リュー、メッなの」
「失敗して恥ずかしがっているルナを笑っていたのは良いのか?」
「……はっ!それはよくないの。うさぎぱんのにーに、メッなの」
「ごめんなさいっす」
うぅ……と涙目で唸っているモンドさんが少しだけ可哀想になり「気にしないでください」とは言いましたが、リュート様が無言で再びモンドさんを蹴りました。
お、追い打ちですかっ!?
「ルナに気を遣わせてんじゃねーよ」
「理不尽っす!」
だいたい、それくらいすぐ復活するだろと言われ、モンドさんは唇を尖らせながら立ち上がります。
あれだけ鈍い音がしていたというのに、もう痛くないのですか?
「コイツの打たれ強さは4代前の拳聖並だから心配ない」
リュート様が苦笑を浮かべながら私に説明してくださいますが、鍛えたというお話の次元ではない強靭さです。
もしかして、いままでリュート様に蹴られてきたことから得た肉体強化とタフさなのでしょうか。
それはそれで……凄いですよね。
「さすがは、モンドールから文字ってつけただけはあるな」
「拳聖モンドール様くらいタフになれっていう父ちゃんと、村の英雄レイヴェスのように志高くあれっていう母ちゃんが考えてくれた名前っすから。一応、理想に近づけるような努力はしているっす」
「子供の名前で三日三晩も夫婦喧嘩したって逸話があったっけ」
「そうなんっすよー、うちの親はそういうところが激しいっす」
最終的にはうちの親たちが出張って止めてまとめたんですけどね……と、リュート様とモンドさんの会話の補足という感じでダイナスさんが笑って教えてくれました。
どうやら、3人の親も彼ら同様に幼馴染で親友同士という関係らしく『子供の名前の最後にスをつけよう』という約束をしていたのにも関わらず、モンドさんのお父さんが暴走しだし、ダイナスさんとジーニアスさんのお父様が間に入って相談した末に決定したのが『モンドレイヴェス』なんだそうです。
「だから名前が長いのですね」
「まあ、地方によってもっと長い名前をつけるところもあるみたいっすけど、俺の村じゃ長くてもジーニアスくらいまでっすね」
自分の名前なのに覚えるだけで大変っすよ……と、ため息をつくモンドさんが少しだけ不憫に感じました。
しかし、パワフルなお父様ですね。
でも、そういう両親に育てられたからこそ、モンドさんはこんなに素直でまっすぐに育ったのかもしれません。
騎士としての一般教育や肉体強化の部分は主にリュート様が担当していそうですが……
話を聞いていると、3人は北の山岳地帯にある小さな村の出身で、一般称号を持つ家系なんだとか。
「あれ? お前ら、チェリシュに白丸石と月晶石をくれた村の出身か?」
「あー! それだったら、うちの村っすね」
「懐かしいですね、月晶石と白丸石ですか」
「幼い頃によく遊びましたよね」
口々に懐かしいなぁと言っている3人の目の前に、チェリシュがはっ!としたようにリュート様の腕から抜け出して作業台の上にある冷えたソーダをグラスに入れて持ってくる。
「どうぞ、なの!」
「え、い、いいんっすか?」
「飲んでみて欲しいのっ」
「それなら遠慮なく、いただくっす!」
チェリシュは他の二人とロン兄様の分まで準備してグラスを手渡します。
その目はキラキラと期待に満ちていて、自分が思い描いた反応であるか待っているようでした。
「甘くてうっま! これ、え? しゅわしゅわしているっすけど……あれ? これって……小さい頃に遊んだアレっすか?」
「軽くて加工しやすいカンロン石を思い思いにカスタマイズしたよなぁ」
「あのしゅわしゅわは飲めたのですね……」
驚きに満ちた表情で3人はグラスのソーダを飲み干し、村のみんなに教えてやりたいなぁと話に花を咲かせます。
どうやら炭酸水の中に自分の手で削って加工したカンロン石を入れ、より大きな欠片を一番早くクルクル回して循環させた者が勝ちだと男の子同士で競った遊びがあり、女の子はきれいなカンロン石の欠片や花を入れて楽しんだと言いますから、どこの世界でも男女で遊び方に違いが出るものですね。
「この甘味は蜂蜜かな」
「ロン兄様、正解です」
ロン兄様はリュート様に「この感覚がクセになるだろ?」と話しかけられ、とても嬉しそうに頷いていらっしゃいます。
この様子でしたら訓練後に冷やした蜂蜜レモンソーダを準備していれば飲んでいただけそうですね。
チェリシュは問題児トリオの大絶賛が嬉しかったのか、飛んで跳ねて喜んでいます。
チェリシュにもたらされた優しい気遣いの贈り物が、巡り巡って彼らの村を少しでも豊かにしてくれることを願いましょう。
瓶詰めのケチャップやソースの粗熱が取れたか触れて確認していた私は、ふと思い出し、昔話で盛り上がっている彼らを尻目にロン兄様へ声をかけました。
「ロン兄様たちがいらっしゃるので、一つお願いしたいことがあったのですが……」
「なんだい?」
にっこり笑って「なんでもどうぞ」という雰囲気のロン兄様に、先程の恐ろしい気配はありません。
ですから、安心してお願いができます。
「任務から帰ってくるのは明日の夕方ごろということですが……帰還後、少しお時間をいただけませんでしょうか」
「時間を?」
「実は遠征で作るお料理の試食をお願いしたいのです」
私の言葉が意外だったのか、全員が目を丸くしてこちらを見ていますね。
いつもならリュート様に頼むところですが、今回は違う意味合いがありました。
「リュート様は絶対に美味しいとおっしゃってくださる料理なのですが、何分クセがあるので皆様がどう感じるのか知りたくて……」
「俺が絶対に旨いという料理……か」
「はい。必ず美味しいと言う料理です」
自信を持ってそういうと、ロン兄様は「リュートの好みは把握済みなのが凄いよね」と感心した声を上げてくださいます。
だって、リュート様ご自身が好物だとおっしゃっていた料理ですもの。
ただ、リュート様が食べ慣れていたものとは違い、兄から教わったカレーの香りはスパイス感が強く独特だから気になるところですし……
一応、カレールーに近づけるよう努力はしますし、誰もが食べやすいと感じられるように辛さは控えめにするつもりです。
ただ、日本の美味しい定番料理が、この世界でも受け入れられるのか……それが知りたい。
私やリュート様が美味しいと思う料理が全て受け入れられるとは思いませんし、そのうちどうしても無理だという料理だって出てくるでしょう。
人の味覚には好みがありますから……
だからこそ、できるだけ大勢の意見が欲しいのです。
私の考え全てをそのまま伝えることはできないので、独特な料理だからできるだけ大勢の意見が欲しい旨を伝えたら、ロン兄様は納得されたようでした。
「ルナ様の料理はどれも旨いけどな」
「そうですよね」
「でも、異世界の料理っすから、こっちの世界のみんなが旨いって感じるか不安になる気持ちもわかるっす」
問題児トリオも私が不安に思っていることを理解した上で、快く協力してくれることを約束してくださいます。
できるだけ素直で率直な意見が欲しいので、お世辞などではなくストレートに感想を述べてくださいねとお願いしたら、それも快諾してくれました。
いちごジャムを隠し味として使い、小麦粉でとろみを付け、この世界にある野菜と魔物の肉を使って懐かしいカレーを作りましょう。
そのとき、リュート様がどういう反応をなさるのか……今から楽しみでなりません。
懐かしいと感じてくださるでしょうか。
いつかカレーライスを作れたら良いなと願いながら、トッピングにも心躍らせている私の様子を見ていたリュート様は「俺の想像以上に凄いことになりそうだから、覚悟しないとな」とおっしゃって苦笑を浮かべておりました。
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