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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち

問題児トリオ

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「きれいに焼けると良いっすねぇ」
「かわいく焼けるのっ」

 チェリシュが作ったうさぎパンと不本意ながら犬と言われた私の生地が焼成に入り、オーブンの窓から仲良く並んで中を見つめるチェリシュと失言くんの様子は、どこからどう見ても近所の親切なお兄さんになついた娘という感じですよね。
 こうしてチェリシュの世界が少しずつでも広がっていったら良いなと願わずにはいられません。
 一番そう考えていそうなリュート様が隣にいないことに違和感を覚え、なんとなく周囲の状況の確認も含めて辺りを見渡します。
 カフェたちが忙しく調理しているのは相変わらずなのですが、奥の方で真剣な表情で話し合っているリュート様と愛の女神様を見ると、どうやらチェリシュ関連の話をしているだけではないのでしょう。
 何か難しい問題でも発生したのでしょうか……意外と神族が関わる大問題は、お二方が相談しながら解決しているのかもしれません。

「料理長、追加分を持ってきましたよー!」

 新たな声が戸口からして見てみれば、どこかで見たようなお二人が木箱を抱えてたっておりました。

「……って、まだモンドはここにいたのか」
「予想通りでしょう?生地を届けるだけだと言ったのに、すぐに寄り道をするんですから……」

 リュート様の魔法をいち早く解析して指示を飛ばしていた深紅の瞳が印象的な青年と、とても柔らかそうな銀髪をふわふわ揺らし、丁寧な口調の青年が新たなパン生地が入っているのだろう木箱を持ったまま、こちらへ向かい歩いてきます。
 やはり黒騎士に所属しているだけあって、みんなしっかり鍛えられた体つきをしていますね。
 3人並ぶだけでも威圧感がすごいです。

「うさぎぱんのにーにが、モンド……なの?」
「そうですよ、春の方……ていうかお前……まさか……」
「あれ?自己紹介してなかったっすか?」

 そういえばお名前を聞いたことはありませんし、ずっと「失言くん」とお呼びしておりましたから問題がなかったので、聞くタイミングを逃しておりました。
 むしろ、彼の指摘がなければ、そのまま「失言くん」と呼んでいたかもしれません。

「はっ!うさぎぱんのにーに、ぷっくりぷくぷくなのっ」
「おーっ!膨らんできたっすね!」

 どうやら名前を知っても「うさぎぱんのにーに」が定着してしまったようですね。
 二人してオーブンの窓の中を見つめながらはしゃいでいます。
 しかし、その和んでいる雰囲気を壊すように一番背が高い司令塔のような彼が動き、流れるような動きで失言くんの頭をゴンッと拳で殴りつけました。
 う、うわぁ……い、痛そうな音が響きましたよっ!?

「その前にやることがあるだろ? あるよな?」

 彼の気迫に押されて、痛む頭を押さえながら壊れた機械人形のように何度もコクコク頷いた失言くんは、姿勢を正して勢いよくこちらに向かい頭を下げます。

「失礼しましたっす、俺はモンドレイヴェス・ソルダムっす!長い名前なのでモンドと呼ばれているっす」
「この馬鹿が失礼をいたしました。私はこいつらを統括しているダイナス・レインハウドです」
「僕はこの二人と幼なじみのジーニアス・フォレストです。以後お見知りおきを」

 流れるように自己紹介をしてくれた3人に簡単な自己紹介を返していたら、不意に後ろに立つ誰かの気配を感じました。
 振り返らなくても漂ってきた良い香りと、絶対的な安心感でわかってしまいます。

「朝からそろい踏みだな。問題児トリオ」
「問題児トリオ……ですか?」
「こいつらの名前の二文字目までをとって、生まれ育った場所ではそう呼ばれていたらしい。まあ、問題児はモンドだけで、クラスを取りまとめてくれるダイナスと参謀的な立ち位置で頑張ってくれているジーニアスには世話になっているんだ」

 振り返り見れば、リュート様が柔らかな笑みを浮かべていらっしゃいました。
 うふふ、やっぱりリュート様が近くにいてくださると、心がほっこり落ち着くのです。
 無言で近づいてピタリと横にくっつくと、彼は少しだけ驚いたようにこちらを見ましたが、尋ねられても答えませんよ?
 なんでもないので気にしないでください。
 ただ、くっついていたかっただけですから。
 何かもの言いたげな表情だったリュート様は、少しだけ考えたあと何事もなかったように私に笑いかけました。

「でもな、やらかすときは3人揃ってとんでもねーことやるから、よく考えられた愛称だよ」

 他のお二人がどうかはわかりませんが、トラブルメーカーを抱えていたら、その不名誉な名前はついて回りそうですよね。

「そりゃないですよリュート様。ルナ様に自己紹介もしていなかった馬鹿と同レベルにされたら、俺……いや、私の立つ瀬がありません」
「お前、普段は俺って言っているんだから、いつも通りでいいだろ」
「公私混同しないようにしているだけです」

 器用なのか不器用なのか……とリュート様は苦笑を浮かべましたが、仕事の時に一人称を変えるのはよくあることですものね。

「あ、そうだ。リュート様に頼まれていた資料を持ってきましたけど、この場でお渡ししても大丈夫でしょうか」
「今ここで確認したいから頼む。ジーニアスには手間をかけさせてすまないな」

 リュート様のねぎらいの言葉を聞いて嬉しそうに書類を取り出したジーニアスさんから手渡された書類を眺めていたリュート様は首を傾げて唸ったあと、まるで来ることがわかっていたかのように、戸口から新たに現れた人物に向かって視線をあげることなく声をかけました。

「おはようロン兄。朝から質問があるんだけどいいかな」
「おはよう、なんだい? 可愛いリュートの質問やお願いだったら、お兄ちゃんはなんでも聞いちゃうよ?」

 上機嫌に笑ってこちらへ歩いてきたロン兄様は朝日に照らされキラキラ輝かんばかりに麗しく、兄弟そろって並び立つだけで絵になります。
 きっと乙女ゲームだったら見事な姿絵として描かれていることでしょう。
 黒騎士様たちもそうですが、やっぱり皆様それぞれの特徴をもったイケメンですよね。
 外見の審査もあるのではないかと疑うレベルです。

「今回の新人騎士入団説明会って誰が担当したか知ってる?」
「確か第三騎士団の団長だったはずだよ」
「へぇ……黒騎士って資金難だったりする?」
「今年は去年よりも魔物が活発になるんじゃないかって予想が出ているから、国から経費を大幅アップしてもらえたし、今までだってそこまで資金難になったことはなかったはずだよ」
「んー……じゃあ、なんで今年に限って補助金制度の項目が消えているんだろう」
「え?」

 リュート様はジーニアスさんが用意してくれた書類の一点を長い指で示し、すぐさま指摘された箇所に目を通したロン兄様は、目つきを鋭くして「なるほどねぇ」と微笑みました。
 え、えっと……いつもの柔和なロン兄様の気配が消えて目つきが鋭いので、反対に……こ、こわい……ですよ?
 おこなの……と、チェリシュがつぶやき私の足にしがみつきました。
 わかりますよチェリシュ、今のロン兄様は怖いですよね。

「補助金制度ってなんっすか?」
「黒騎士と白騎士が扱う武器や防具は高価な物が多いよね。新人だと準備するのも一苦労だろうということから、入団して5年目までの者が申請すれば援助金が出る仕組みになっているんだ」

 そんなシステムがあったのかと3人とも驚いたような様子で話を聞いておりましたが、ロン兄様の笑みが更に深みを増したのを感じ、足下のチェリシュから「ぴっ」という声が聞こえたので、慌てて抱き上げます。
 こ、これはいけません。
 おびえたチェリシュが必死にしがみついてくるくらいロン兄様は本気でおこですよっ!?
 カフェたちもこちらへ近づかないようにしながら、耳と尻尾を垂れ下げて料理を作っているようでした。
 チェリシュと弟子たちの怯えた姿は可哀想でなりません。
 ど、どうにかしないとっ!
 でも、黒騎士内部のお話中ですから、下手に首を突っ込むわけにもいきませんし……

「お前の装備報告を聞いたときに他の連中も馬鹿なことをやっていないか確認したんだ。その中で、資金が厳しいのに誰も補助金を申請していないことに気づいてな。説明がなかったのか、それとも書類の見落としかわからなかったから説明会の書類を持ってきてもらったんだ」

 どうせお前のことだから、新たな装備を新調できる金なんてないだろ……とリュート様は彼のお財布事情を察したような言葉を投げかけ、反論できなかった失言くん───もとい、モンドさんは頬を思い切り引きつらせます。

「す、少しはあるっすよ?」
「今月の給料を前借りすれば……か?」

 どうやらそれも図星だったようで、今度こそ黙り込んでしまいました。
 呆れた様子のリュート様と幼なじみ二人の視線を受けて居心地が悪そうにしている様子は、少しばかりかわいそうになってしまいます。
 自業自得とはいえ、このメンツににらまれたら精神的にいろいろと追い詰められそうですもの。

「リュー! うさぎぱんのにーにを、いじめちゃメッなの」
「ん?うさぎぱんのにーに?」
「うさぎぱんを作ったの。いーよっていってくれたの。楽しかったの!」
「そっか、良かったな」

 チェリシュ効果で一瞬にしてパパモードになったリュート様に、モンドさんはホッと息をつきますが、両サイドに立っていた幼なじみ二人からすかさず横っ腹にめがけてパンチが飛びました。
 タイミングが良すぎて、これが初めてではないのだなぁと感じてしまいます。

「ルーは、わんこをつくってくれたの!」
「へぇ、そうなのか」

 ルナが作るのだから、きっと可愛いのができたんだろうなと微笑まれましたが……こ、ここまできたら、うさぎだと主張できない感じが……し、します……ね。
 もうこれは……犬だと貫き通す方が良いのでしょうか。

「やれやれ、調べ物が多いのに……単なるミスならいいんだけどね」

 書類を隅々までチェックしていたロン兄様はそうぼやきますが、その可能性は低いように感じました。
 だって、書類に記載していなかっただけだというなら、命に関わる装備の購入に関しての説明だけではなく、経験が伴う先輩としてのアドバイスや関連事項についてもお話があったはずです。

「私の国でそういう問題があったら、まずは最悪の事態を考えて過去数年分の調査をするそうです。治安が悪いうえに貴族たちもタチが悪い者が多かったので、必要な対処なのだとおっしゃっていました……」

 学園に通っているときにも盗難が当たり前のように起こり、ちゃんと管理ができていない方が悪いと責められているのを見かねたベオルフ様が調査に乗り出し、あっという間に犯人を特定したということがありました。
 しかも、1年に何回もそういう事件が起こるのだから、治安に関しては目も当てられない状態だったと言えるでしょう。

『一度盗みや横領などをした者は、似たような手口を使ってまたやるものだ。そして、その時に得た資金を何に使っているかが重要でな。元を絶たねば、必ず同じことが起こる』

 生活に苦しいから盗むのであれば、生活が楽にならなければ盗み続ける。
 相手を苦しめるためだというのなら、何故そうなったのかを解決しなければならない。
 一番困るのは、欲や娯楽のためだな……と、苦笑を浮かべたベオルフ様の表情を未だに忘れられません。

 生活が困窮している者には働き口を、人間関係のもつれからというのなら第三者が入って和解を、欲や娯楽……は、正直に言えば問題外でしょう。
 それでも、それを解決するために尽力していたベオルフ様はすごいな……と、改めて感じました。
 ある意味、彼が王族であったならこれ以上とない逸材だったのではないでしょうか。
 まあ……表情筋が死滅している状態ですから、国王陛下に比べてにこりともしないベオルフ様はどうかと感じる方が多いかもしれませんが……一応笑うのですよ?
 それはとても素敵な笑顔で、不意打ちでくるからズルイのです!

「そうだね。資金の流れは重要だね」

 ロン兄様に褒められた上に頭を撫でていただきましたが……あれ?
 オーディナル様だけではなく、ロン兄様も心の声が読めるのですかっ!?
 私が驚いた表情で固まっていると、抱っこしていたチェリシュが「声に出ていたの」と教えてくれました。
 え、えっと……だ、大失態とは言いませんが、これは恥ずかしいのです……本当に無意識でしたもの!

「あ、ルーがリュー以外のことでベリリなの!」

 心底驚いたように言われましたが、リュート様のことだけで真っ赤になって……い、いません……よね?
 えっと……あれ?

「まあ、無意識でやらかしていたから恥ずかしいんだろ。あまり言ってやるな」
「しっぱいしっぱい……なの?」
「なの」

 私の腕の中のチェリシュを抱き上げたリュート様は、控えめにククッと笑い声を上げたかと思うと「そういうところが可愛いよなぁ」と極上の甘い声だけではなく笑顔を惜しげもなく披露してくださいました。
 わ、私をどうしたいのでしょうか、この方は!
 あと、みんなでこっそりと笑わないでくださいいぃぃっ!
 特にモンドさん!
 肩が揺れているどころか体がくの字ですよ!
 居たたまれなくなった私は、自由になった手でベリリ色になっているだろう顔を覆うことしかできませんでした。

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