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第五章 意外な真実と助っ人
時空神と海神
しおりを挟む「父上は何を発見されたのですか?」
時空神様の言葉に反応したオーディナル様は、私達には見えない資料でも見ているかのように視線が動く。
「ここ数年、外を巡る魂が忽然と消えたという報告が多方面から上がってきている。しかも、ある一定の大きさと純度を保った結晶を核としている者ばかりだそうだ」
ある一定の大きさの結晶を魂に秘めた者ばかりが狙われている……しかも、それはこの世界だけではなく、他の世界でも?
もしかしたら、元のミュリア様もそれが理由で狙われたという可能性があるのでしょうか。
「本来のミュリアの魂は、純度は高いが問題の大きさが僕の愛し子の半分にも満たない」
「それでは、別件と考えたほうが良いですか?」
「いや、狙う目的が違うだけで同一人物の仕業だろう」
時空神様の言葉を否定したオーディナル様は、私の方をジッと見つめて困ったように眉根を寄せた。
「こんなことがあったというのに輝きは増すばかりか……やはり、リュートの存在は大きいな」
オーディナル様ああぁぁっ!?
こ、こんな皆がいるところで何をおっしゃるのですかっ!
まぁ……そうですね、リュート様の存在は大きいです。
それに、ベオルフ様と兄の存在も私に安堵を与えてくれますから、その効果もあると思いますよ?
「ベオルフとの記憶を正常に取り戻しつつあることも原因だろうが……この輝きを黒幕に見つからないようにするのは骨が折れる。これだけの純度だとバレたら、何を置いても僕の愛し子を捕獲しようとしてくるだろう」
今必要なのは時間稼ぎだからな……と、呟くオーディナル様の隣にあるソファーに腰をかけていた時空神様は、首元に下がっているルーペを使って私を見つめる。
「うわぁ……本当だ。この前よりも光が強くなっている」
え、新米時空神のルーペってそんなことが出来るのですか?
私の首元に下がっているルーペで試しにベオルフ様を見ますが、何もわかりません。
おや?
「俺の持っている物は、最新式だから高性能なんだ」
なるほどっ!
それがわかれば少しは対策が楽になるかと思ったのですが、人間が人の魂を覗き見できてしまうなんて常識的に考えてあり得ない話ですし、無くてよかったのかも……
「今後も輝きを増すようなら、一時的にリュートくんと引き離したほうがいいんじゃないですか?」
「そんなことをしてみろ、リュートが暴れる」
「ルナティエラ嬢も萎れます」
時空神様の提案に、オーディナル様とベオルフ様が否定的な意見を述べ、兄とノエルもダメダメと首を振ります。
そ、そこまで萎れちゃいますか?
リュート様がそばにいなくなる……
あ、駄目です、考えただけで悲しくなってきました。
いつか離れてしまう時が来るかも知れませんが、それは互いに納得した形であるべきだと思いますもの。
ずっと一緒にいる約束はしておりますが、遠くない未来にリュート様の妻となる方が来て、私という召喚獣が旦那様のそばにいることは嫌だ……とおっしゃられたりしたら───
「何を考えているかは知らんが、先程の様子から考えたら離れるという選択肢を彼が持ち合わせていないことなど誰にでもわかる」
まるで私の考えを読んだような言葉に驚き顔を上げると、ベオルフ様の静かな瞳がジッと私を見つめていました。
青銀の瞳は強い光を宿しており「でも……」と呟く私の心の内にある影など、全てを見透かしているように感じます。
「ルナティエラ嬢。離れたいのか、離れたくないのかどっちだ」
「離れたくありませんっ」
「それでいい」
不思議ですね。
いつもベオルフ様は、とてもシンプルな質問で私が抑え込もうとしている感情や考えを表へ引き出してしまいます。
多分、相手がベオルフ様だからできることなのでしょう。
彼でなければ、私が何かを覆い隠そうとしていることに察することはできないでしょうから……まったく、お兄様にはかないません。
黙って私達のやり取りを見ていたオーディナル様は、目元と口元を緩めて微笑んだあとに顔を引き締めます。
「先程の報告書に記されていたことからいろいろ考えられる。しかし、一つだけ確実に言えることがあるなら、これを画策した黒幕は、我ら管理者及び時空神のいずれか……もしくはそれと同等の力を持つ者になるということだ」
オーディナル様の言葉に私達は言葉にならないくらい大きな衝撃を受けました。
つまり、相手は人ではなく神だということになります。
神に目をつけられている理由って……なに?魂の内に秘めている結晶が大きいから?その使用目的は?
そこまで考えた私の思考が停止し、次の言葉を発することも出来ずにオーディナル様を見つめていると、隣のベオルフ様から「なるほど」という低い声が漏れます。
「ある程度、相手に目星をつけているというわけですか」
「……全く、お前は本当に察しが良くて困る。ある程度だが絞り込めているだけだ。僕を出し抜ける奴が少ないということもあるがな」
証拠がないから断定には至っていないと呟くオーディナル様に、ベオルフ様はやっぱりというような視線を向け、先程オーディナル様から頂いた品の数々を見つめました。
「それを想定しての準備ですね」
「まあ、そういうことだ」
「リュートの方は、あちらの創世神様が?」
「僕の愛し子経由で僕が出来る援助も行うが、緊急時に限る……だな」
どうやら制約があって、あまり手出し出来ないようで、私を介して何とか援護できる程度なのだと苦虫を噛み潰したような表情で説明してくださいます。
珍しいくらい負の感情を顕になさっている姿に驚きましたが、ベオルフ様は慣れている様子で口元をほんの少し緩めました。
「というわけだ。お前には今まで以上に頑張ってもらわなければならない」
「父上……俺は兄上のように優秀ではないので、コレ以上は厳しいですよ!」
「アレくらい頑張れ」
「無茶言わないでくださいっ」
……あれ?
時空神様に……お兄様?
十神の長兄って、時空神様ですよね?
キョトンとしている私に気づいたベオルフ様が「どうした?」と声をかけてくださったので、それに促されるように時空神様へと問いかけます。
「十神の長兄は時空神様でしたよね……?」
私の問いかけに、時空神様だけではなくオーディナル様も固まり、二人は「しまった!」というような表情のまま顔を見合わせておりました。
どうやら聞いてはいけなかったことみたいですね。
「あれ?結月はゼルにお兄さんがいたのを知らなかったの?」
「陽輝っ」
キョトンとしている兄の口を慌てて時空神様が塞いでおりますけど、時既に遅しというやつですよ?
シッカリ聞いてしまいました。
今いる世界では、十神の長兄が時空神様ということになっておりますが、本当は長兄がいらっしゃったということ……ですよね。
オーディナル様は勿論のこと、ノエルまで「あちゃー」という表情をしておりますから、事実なのでしょう。
「まあ、こうなっては誤魔化しても仕方がない。この件には関係ないのだが……僕の愛し子。このことは誰にも言わないようにな」
あ……しまった!
また、リュート様に内緒事が増えてしまいましたよっ!?
リュート様がいる世界では、十神の一柱がルナフィルラの精霊ということになっておりますが、実際は創世神ルミナスラ様の仮の姿です。
そう考えると、本来は長兄である神が聖騎士の家に加護を与えるはずだった……ということでしょうか。
しかも、時空神だった?
「そうなると、時空神様がお二人?」
「あー、いや。俺は兄からその力を譲渡されたんだよ。本来は海神なんだ」
「海神……え、じゃあ、海は……」
「息子が引き継いでくれたから、やっと時空神として動けるようになったんだよね」
え、ご子息もいらっしゃるのですかっ!?
激しいザネンダとは違って、穏やかな息子なんだよと笑っておっしゃいましたが、神の力というのは譲渡出来るものなのですか……
「人間でいうところの血縁関係であれば可能だが、誰でも良いわけではなく相性もある。アレとゼルディアスは近いところがあったからな」
「全ての時空神から一目置かれた優秀過ぎる兄に似ていると言われて嬉しいやら恐縮するやら……」
本当に尊敬しているのか、時空神様は照れたように微笑みます。
自慢の兄なのでしょう。
私がベオルフ様のことを語る時に似ているような気がしました。
「本当にスゴイ神だったんだ……下の三つ子は誕生していなかったから知らないけれども、他の兄弟姉妹から尊敬され、とても慕われていた。今は離れ離れになってしまったけど、きっと……いつかきっと役目を果たして戻ってこられる」
目を細め懐かしむように語る時空神様の言葉に、隠しきれない想いがこめられていて、静かに胸へと響きます。
十神の一柱に与えられし役目というものはわかりませんが、途方も無く大変なことなのでしょう。
十神の中で『知の三つ子神』と呼ばれる方々が誕生する前からいらっしゃらないと考えれば、長い間の不在がそれを物語っているように思います。
でも、オーディナル様も時空神様も、元時空神様がそれを成し遂げると信じて疑っておりません。
とても素晴らしい神様だったのでしょうね。
「だからこそ、僕の愛し子にソレを渡していたことに驚いた」
オーディナル様の視線が、私の胸元に光る新米時空神のルーペに向けられ、時空神様も同じように見つめてから懐かしむように微笑みました。
透明な澄んだ色を宿す微笑みに、思わず見入ってしまいます。
お二人の纏う空気があまりにも優しくて、言葉を挟むのも躊躇われました。
「良いんですよ。俺の思い出に居る兄は色褪せませんし、懐かしむだけのアイテムよりも、誰かの役に立てたほうが兄は喜びます。そういう神だったでしょう?」
「……違いない」
え……えっと……はいいいぃぃぃっ!?
そ、そんな大事なものを私に渡さないでくださいっ!
すぐさまお返しいたしますううぅぅっ!
「というわけだから、ルナちゃんが大事に持っていてね」
「で、でもっ!そんな大事な物を……」
「良いんだよ。あの優しい兄だったら、きっと同じことをしただろうから」
う、うぅぅぅ……そう言われたらお返しすることも出来ず、どうしたらいいかわからずにオロオロしている私の耳朶に「大切に預かっておけば良い」というベオルフ様の声が響き、ジッと見上げます。
「相手にとって大切な物だと理解しているのなら、預かるのが良いだろう。貴女に必要だと判断されてのことであり、それだけ考えてくれている想いを無にするのか?」
そ、そうですね。
お預かりいたしましょう!
「私が亡くなる時には、ちゃんとお返しいたしますね」
「わかった。でも、それができる限り先の未来であることを願うよ」
優しい微笑みを浮かべる時空神様に言葉に、少しだけほろりとしてしまいそうになり、慌てて笑顔を作りましたが、ベオルフ様と兄が苦笑を浮かべている様子が見え、やっぱり互いを尊重し合う兄弟姉妹には言わなくても通じ合うところがあるのだと感じました。
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