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第四章 心を満たす魔法の手
いつか見た光景を目指して
しおりを挟むロン兄様が黒騎士様たちを引き連れ訓練を再開し、元気で活気のある声が庭に響きます。
それに参加しようかと考えていたリュート様をボリス様が必死に捕まえ、アレン様たちを巻き込んで再びゴーレムの話に入り、テオ兄様とサラ様が神殿のことで打ち合わせをはじめました。
私は片付けをしようとしたのですが、慌ててキュステさんとセバスさんに止められ、「任せるにゃ!」という弟子たちにおまかせして、少し疲れが出ている体を休めるために、小さなエナガの姿に戻ります。
こちらへおいでという愛の女神様とお母様たちに囲まれ、正面ではイーダ様がにっこにこ笑いながら私を見ておりますが……本当にもふもふが好きなのですね。
愛の女神様の膝の上に抱っこされているチェリシュに抱っこされた形で、和やかな時間をすごすことになりました。
嘴だとカップに口をつけて紅茶を飲めませんね……ダイレクトにいくしかないかしらと考えていたら、不意にチェリシュが顔を上げ、コクコク頷いている様子を見上げます。
どうしたのでしょう。
上……ということは、チェリシュのご両親がコンタクトを取ってきているのでしょうか。
何気なく見ていた私の視線に気づいたチェリシュは、こちらを見て愛らしい笑みを浮かべる。
ぱあっと明るくなる表情が愛らしくて、ついつい笑顔になってしまいます。
「ルー、バーちゃんがレシピ起こすよーって」
知識の女神様が?
では、話はまとまったのですね。
「話し合いは終わったようじゃな。随分と時間がかかったようじゃが、何とかなってくれて助かった」
「あとは、リューとルーの判断に任せるから、一度は書かせてって言っているの」
良かった良かったと愛の女神様に頭を撫でていただけて嬉しいのですが……チェリシュが伝えてきた判断を任せるという言葉と、い、一度は書かせてってなんですかっ!?
嫌な予感しかしませんが、チェリシュの言葉を聞いてガックリと肩の落としたあと、こちらへ重い足取りでやってきたリュート様は、チェリシュの膝の上にいた私を拾い上げてジーッと見つめてきます。
「……任せた」
「は、はい。一応……レシピを作ってみますね」
黒騎士様たちにもパンのレシピを渡したいですし、うどんのレシピはカフェたちにも渡したいですし、ピザはどちらでも今後使えそうですものね?
リュート様の手からテーブルにうつった私は、彼が準備してくれた何も記載されていないレシピの上にちょんちょんと跳ねて移動し、上に乗っかりました。
魔力を流していくと淡く輝き始めたので、どうやら変身している状態でも大丈夫みたいですね。
─────────
【うどん】
小麦粉に塩水を少量加えてこねた生地を長い棒で伸ばし折りたたんで切って麺状にし、たっぷりの湯で茹であげたもの。
ある程度の幅と太さがあり、コシと呼ばれる柔らかくも弾力がある状態がうどんには重要で、経験したことのない喉越しを知ることができる、この世界では初めての麺料理である。
麺の太さや茹で時間により硬さも調節が可能で、好みの太さや幅やコシを追求して欲しい。
うどん単体では、それほど味がしないので、スープに入れたり調味料で味をつけたりするのが一般的。
─────────
ああ、やっぱりこの世界で、麺料理ははじめてだったのですね。
警戒していたのですが、これといって問題があるように見えません。
戸惑いを含んだ視線をリュート様に向けると、彼も首を傾げて悩んでいる様子でした。
話し合った結果、かなりマシになったということでしょうか。
それでしたら、現在監視してくださっている神様方に感謝です!
う、うどんは……大丈夫、クリアですね。
次に出てきた『鶏塩うどん』も普通。
あ、あれ?拍子抜けというか……まあ、時間がかかっただけはあるということでしょうか。
そ、そうだ、知識の女神様はマヨラー……つまり、ジャンク系の味を好む傾向にあります。
つまり、一番難航したのはアレですね?
確実にアレですよねっ!?
そう考えていたのに、『ピザ生地』も普通でした。
……こ、これならいけるかも?
大丈夫かも?
淡い期待をいだきながら、次のレシピを起こします。
─────────
【マルゲリータ】
ピザの一種。
ピザ生地の上に、トマトソースとモツァレラチーズとバジルの葉を乗せたもの。
とてもシンプルではあるが、サッパリとしたトマトソースと爽やかなバジル、それを包み込む芳醇で濃厚なチーズの相性がとても良い。
─────────
わわわっ!
十神様の力は偉大でした!
普通ですよ、普通!
し、しかし……やっぱり上の具材によってレシピが別れてしまうのですね。
ピザという括りで出しても良いような気もしますが、料理下手な人にありがちな、何でも良いならこれもいいでしょっ!って乗せたら、組み合わせで大惨事なんてこともありえますし……
日本にあったレシピ投稿サイトと同様である……って考えたら良いでしょうか。
枚数が必要になりますね。
どんどん増えていくレシピに、テオ兄様と打ち合わせをしていたはずのサラ様が頬を引きつらせていますが……す、すみません、なんだかすみませんっ!
「ここでもめたみたいなの。ぜーんぶまとめちゃうか、1つずつの起こすのかーって」
チェリシュがどうしてこんなに時間がかかってしまったのかの説明を受けているようで、その中から重要そうな言葉を拾って私たちに伝えてくれます。
「なるほど。そういうことでしたか」
「まあ、まとめて書けば多様性はきくだろうが、レシピを買った側は料理が全くできない者も含まれると考えたらヤバイよな」
「そうですね。何でも良いって書いてあったからといって、フルーツを乗せられたら……あ、でもカスタードクリームの上にフルーツは良いですよね」
「まー、そりゃデザートピザになるだろうから、物が違う……って、そうか、そういう判断ができねーんだよな」
つまり、具材とソースの相性がわからないから、アレンジがきかない。
基本をレシピで覚えていけば、キャットシー族なら今後アレンジもしやすいでしょう。
それって、パスタにも応用が利きますし、ソースと具材の相性って、どのお料理にも関わってくることですものね。
「えっと……だから、基本が大事ーってパパが言ってるの」
「そうだな。つまり、これだけ種類があっても、それぞれソースと具材がシンプルで、基本になるものばかりだから必要なんだってことだな?」
「そうなの!バーちゃんが必要って言って、ママが簡単にしたらもっとやりやすいだろうって意見が別れてたみたいなの」
基本的なレシピ……起点となるレシピがあれば、そこから幅が広がるのはキャットシー族のみで、レシピから料理を覚える人たちは、そのレシピ通りにしか作れない。
失敗はしないけれども、アレンジができない……レシピシステムも良し悪しだと再認識します。
「でも、基本となるレシピがあれば、チェリシュやカフェたちがいろいろ想像を膨らませてアレンジしていくことができます。冷蔵庫の中身と相談しながら、アレが良いコレが良いと考えて作り、また新たなレシピが生まれる。つまり、レシピ改良の活性化にも繋がりますね」
うふふっと私がそう言って笑うと、みんなが驚いたような顔をして私の方を見ている事に気づきました。
な、なんでしょう、この空気は……
まるで私が変なことを言ったみたいな感じになっていませんか?
少しオロオロしていると、私の体を大きな手で包み込んだリュート様が優しく頬を擦り寄せてくださいました。
わぁ……とってもいい香りがして、ぬくぬくで守られている感じが嬉しいです。
私も思わずすり寄っちゃいましたけど、嬉しそうに目を細められてしまい、ちょっぴり照れてしまいました。
「自分が作った料理に触発されて、みんなが思い思いのレシピを作ってくれたら嬉しいな」
「はいっ!これから沢山お料理が誕生するのですよ?見たこともないレシピに出会えるかもしれません。楽しみですよね」
きっと、カフェたちは沢山考えて様々な料理を誕生させてくれるでしょう。
その料理が、私たちの知る物であったりしたら、それも嬉しいですよね!
美味しい料理が沢山あれば、リュート様はもっとニッコリしますし、チェリシュも大喜びです。
「そして、いつか……沢山のレシピが誕生して、その中で気に入ったものが出来て、キャットシー以外の方々でも、気軽に料理が出来るようになれば、もっと嬉しいです。目指せ!『今晩のご飯は何が良い?』作戦です!」
日本では当たり前の光景でした。
先程も『常識を壊して美味しいを作っていこう』とカフェたちに言った時にも思いましたが、いつかそんな光景を当たり前に見ることができたら……と、願わずに居られません。
「何十年かかろうと、私は生涯かけて……ずーっと願い続け、それに向かって頑張り続けます」
そう言って翼をパタパタさせていたら、リュート様にぎゅーっと抱きしめられました。
小さく「そうだな」と呟いたリュート様の脳裏には、どんな映像が浮かんでいるのでしょう。
私の知らない前世の幼いリュート様の思い出……それはきっと、とても優しく尊いものであると感じました。
リュート様が抱く優しい記憶が、当たり前になる時代を作っていこう。
途方も無い時間のかかる壮大な夢かもしれませんが、何故かそれがとても大事なことのように感じました。
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