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第四章 心を満たす魔法の手
周囲、警戒、なの!
しおりを挟む私を危険な目に合わせただけではなく守れなかったセルフィス殿下を、「会うことが出来たらぶん殴る」と宣言したリュート様に同調して、ロン兄様とテオ兄様が「加勢する」と言い出し、キュステさんが慌てて3人を「無理やから!世界越えたらアカン、だんさんら3人揃ったらやりそうやから勘弁して!」と制しました。
ほ、本当にそうですよね。
何故かリュート様たち麗しの三兄弟が揃うと、何でも可能にしてしまいそうな雰囲気があって怖いです。
ボリス様が「なに?異世界研究するの?だったらさ、こういうのが……」と本を出してきたところで、アレン様が無言で取り上げ「禁書の類じゃ」と愛の女神様にパス。
え……ほ、本当に禁書なのですかっ!?
愛の女神様がくすくす笑いながら受け取っていたので、どうやら冗談みたいですね……と胸をなでおろしたのも束の間、火に油を注ぐような行為をしたためか、ボリス様はお母様に耳を引っ張られて少し離れた場所へと移動します。
向かい合って椅子に座った状態で、お母様がボリス様に何かおっしゃっているようですが……どう見てもお説教ですよね。
禁書とはいかずとも、かなりマズイ系の書物であったようだと察しました。
「あんな書物が存在していたんだねぇ……」
サラ様から呆れたような声が漏れ、「術式にも詳しいのか」というテオ兄様の問いかけを聞いた彼女は、慌てて「少しだけ!」と首と手をオーバーなくらい左右に振ります。
先程の本は術式関連の本だったのですか?
サラ様って、いろいろ知ってますよね。
レシピギルドにいらっしゃいましたし幅広い知識が必要となる場所ですものね、様々な勉強をされたのかもしれません。
それにしても、サラ様……わかりやすいくらい狼狽えていらっしゃいますね。
テオ兄様はお優しい方ですから、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?
あと、ロン兄様とキュステさんが何やら話をしている様子が気になります。
指折り数えている様子が見えますけど、キュステさんが何か報告しているのでしょうか。
ロン兄様はソレを見て、一瞬だけ視線を鋭くしました。
この二人に共通していること……
絶対にリュート様関連ですよね。
ナイショで情報交換している内容が気になりますので、私も混ぜてください!
ジーッと見つめて「混ぜてー!」という思念を二人に送り続けていた私に、違うところから声がかかりました。
私の名を呼ぶ愛らしい声の主は、チェリシュです。
「ルーはベリリを、ちゃぷちゃぷするの?」
そうでした!
振り返ると、チェリシュが大事そうにベリリの酵母が見事に育った瓶を持っています。
リュート様の頭にコツリと当たっていますが……痛くないですか?
「待った。ベリリの酵母に手を加えるのは、もう少しあとにしよう」
「そうなの?」
「どうしてですか?」
チェリシュとともに首を傾げていると、リュート様が周囲に指を滑らせ、クルクル回すように人差し指を動かします。
「周囲、警戒、なの!」
「ハンドサインですか」
周囲を警戒?
ラングレイのお屋敷で?
意味がわからず、辺りの異変を感じ取ろうと二人揃ってキョロキョロしていると……どこからともなく良い香りがしてきました。
これは、スープの匂いでしょうか。
チェリシュも気づいたのか「いい匂いなの」と呟きます。
それと同時にリビングの扉が開き、見知った顔が入ってきました。
「何だか難しい話をしている感じだにゃ?」
「お腹は減ってないかにゃ?」
「そろそろいい時間だぜっ」
「お昼を作ってまいりましたにゃ!」
リュート様の物騒な気配に怯え、距離をとっていた黒騎士様たちから「おおっ」という歓声が上がり、キラキラと目が輝きます。
ハードな訓練をしていたようですから、お腹がすいていたのでしょう。
リュート様が「もう少しあとにしよう」とおっしゃったのは、お昼ごはんの時間だから先に昼食を済ませようってことだったのですね。
カフェとラテとカカオとミルクの4人でお昼ごはんを作ってくれていたなんて、とっても嬉しいです!
「奥様がお元気そうですにゃ」
「起きて動いているだけで嬉しいですにゃっ」
エナガの姿であっても判別できるということは、やっぱり魔力の匂いで判断しているのですね。
どんな匂いがしているのか気になりますけど……リュート様のような良い香りなら良いなと思います。
リュート様の香りって、本当にうっとりするくらい素敵なんですもの!
チェリシュのベリリみたいな甘い香りも好きですし、愛の女神様のバラの芳香のような大人な女性っぽい香りも好きです。
そういえば、ベオルフ様の香りってオーディナル様の香りに似てますよね。
お二人共、私を安堵させる効果がある香りといえば良いのでしょうか、どんな状況であっても「大丈夫だ」と落ち着いてしまいそうな香りなのです。
「奥様のお料理にはまだまだ追いつけにゃいけど、いっぱい食べて欲しいですにゃ」
「心をこめて、いっぱい作りましたにゃっ」
二人の言葉に嬉しくなって「はいっ!」と返事をしてリュート様の頭の上でぽんぽん跳ねていると、リュート様から苦笑が漏れ、チェリシュに「ぽんぽんなの!」と言われてしまいました。
あ……リュート様の髪が乱れてしまいましたね。
なでなでしていたら直るかしら。
「二人にも心配をかけてごめんなさい」
「元気なら良いのですにゃ!」
「また一緒にお料理できるようになったら嬉しいですにゃっ」
リュート様の髪を翼で撫でながらカフェとラテに謝罪すると、二人は嬉しそうに笑い優しい言葉かけてくれました。
その言葉がとても胸に響き、ジーンッとしてしまいます。
本当に良い子たちですよね。
「さて、準備をいたしましょうか」
セバスさんがムンッ!と力こぶを作って見せてから、広いリビングに設置されている家具を移動させ、昼食をみんなで取れるように準備をするようでした。
大きなテーブルや椅子を軽々と移動させ、部屋のセッティングを行っている様子を見ていたのですが、豪快!の一言ですね。
男性が4人がかりで移動させそうな物でも、軽々と運んでしまうのですもの。
「アイツらは別でいいだろう。こちらで食べると味がわからんとか言い出しそうだ。天気もいいし季節の花が咲き誇っていて景観もいいだろうから、気楽にできる庭に準備してやってくれ」
リュート様の言葉を聞いたセバスさんは、黒騎士様たちを見てからニッコリ笑って「では、ガゼボへお連れいたします」と軽く頭を下げる。
え……えっと……そんなにお庭が広いのですかっ!?
そういえば、リュート様のお家の全貌を見ていませんけれども、とんでもなく広い可能性が……あります……よね?
グレンドルグ王国に存在する私の家も広かったですけど、自分の部屋の外へあまり出なかったから実感がわきません。
セバスさんが他の使用人の方々に指示を出している中、あからさまにホッとした様子の黒騎士様たちを見て苦笑が浮かんでしまいました。
確かに、この面々と一緒に食事というのは気が休まりませんよね。
上司だけではなく、十神である愛の女神様と前竜帝陛下も一緒なんですもの。
折角カフェたちが準備してくれたお料理ですから心から味わって欲しいですし、ナイス提案と言わざるを得ません。
さすがは気配り上手なリュート様です!
テーブルや椅子の配置が終了したセバスさんたちは、本格的に昼食をいただくためのセッティングをしはじめました。
4人が昼食用に作った料理を乗せたワゴンが次々と室内へ搬入され、食欲を刺激する美味しそうな匂いをより一層感じます。
カフェとラテと共にお料理が作れたのが嬉しかったのか、セッティングの手伝いをしているカカオとミルクの尻尾が上機嫌にゆらゆら揺れております。
ふふっ、慕われてますね、カフェ、ラテ。
大きな皿や器にたくさんのお料理が並んでいて、どれもこれも美味しそう!
さすがにここでは準備を手伝うということはせず、リュート様もアレン様も会話をして待っている状態ですが……キュステさんは職業柄というか条件反射のようにお手伝いをしていますね。
慣れって怖い。
セバスさんはキュステさんが手伝ってくれることに恐縮しておりましたが、本人にとっては日常茶飯事のことで全く気にしている様子もありません。
「ルナは食べられそうか?」
頭の上にいた私を手のひらに乗せて覗き込んできたリュート様が心配そうに尋ね、リュート様の肩から背中の方へ降りてきたチェリシュも一緒になって覗き込んできました。
「チェリシュがおうどん作る?」
「朝よりは元気になりましたから大丈夫です」
「そっか、食べたいものがあるなら言ってくれよ?」
「じゃ、じゃあ、食べたいものを作りたいので、お料理しても良いですか?」
首を傾げて尋ねてみたのですが、一瞬の沈黙の後に顔を見合わせた二人が、とっても良い笑顔を浮かべてくださいます。
こ、これは、許可が出るかもっ!?
期待に満ちた視線を向けて二人の返答を待ちます。
「駄目」
「ダメなの」
うぅ……この流れで許可が降りるかと思ったのですが、やはり甘くはなかったですね。
ダメ元で言ったとはいえ、ちょっぴり残念です。
リュート様とチェリシュが「美味しいね」と笑ってくれる顔が見たかったのですが……
私の体調のことを考えて「ダメ」と言ってくれる二人のために、ここは欲求を抑えて我慢です!
本日は、ベリリの酵母に手を加えるだけに留めておきましょう。
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