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第四章 心を満たす魔法の手
とある失言くんの回想(閑話)
しおりを挟む痛ぇーっ!
マジ、リュート様はルナ様が絡むと容赦ねーよなぁ。
いつもは、ギリギリのラインで蹴ってくるのに、今日は一段と鋭く痛かった。
新たな標的となった店長には悪いけどさ、今は正直助かった!ありがとう!
今度一品多く頼むから、そのまま引き受けてくれよな!
でも、リュート様……笑うようになったよなぁ……出会った頃みたいに表情が戻ってきている。
俺たちがリュート様に出会ったのは、騎士科に入学してからだ。
13歳から入学するはずの騎士科に11歳で入学したというから驚きはしたものの、上位称号持ちの聖騎士の三男坊だというから、優秀すぎる兄たちに憧れた結果、魔力保有量が人より少し多いからとチヤホヤされ、ワガママを言って無理を通したのだろうというのが周囲の見解だった。
当時の俺は、本当になにもわかっていなかったのだと思う。
いきなり上位称号持ちのお家柄を傘にきたワガママな先輩がいるのかと、一緒に入学した幼馴染の2人とげんなりしたけれども、今はその時の俺の横っ面を全力で殴り飛ばしてやりたい。
リュート様は、そういう偏見にまみれた人生を送ってきた。
誰よりも理不尽な世間の荒波に揉まれて、それでも歯を食いしばって誰よりも懸命に生きてきた人だ。
決して、権力を振りかざしワガママ放題にやってきた人じゃない。
何も知らない無知な後輩である俺たちを、命を張って助けてくれたのもリュート様だった。
忘れもしない……騎士科に入って半年後に訪れた、初めての野外演習でのことだ。
魔物の動きや対峙した時の対処法などを教師を交えて先輩から実践で学んでいた最中に、普段では考えられないくらいの大量の魔物と遭遇し、辺りは騒然とした。
まだひよっこの俺たちでは、魔物一匹だって大変だ。
教師や先輩たちでも手こずるような魔物の群れは、まだ幼い俺達を守るように戦っていた彼らをあざ笑うかのように、横から不意を突き襲いかかってきたのである。
そのとき、俺達は終わったと思った。
大きな獣の爪と牙は、容赦なく俺たちを引き裂くはずだったが、一陣の風と共にリュート様がその間に躍り出たのだ。
魔法で魔物を弾き飛ばし、魔法で弾けなかった魔物の攻撃を盾で受け止める。
それだけでもかなりの衝撃だっただろうに、その頃は俺よりも小さな体で必死に踏ん張って剣で切りつけ、間合いを取らせることに成功したのだ。
魔物との戦闘が初めてだったこともあるけれども、その時……俺たちは見ていることしかできなかった。
大量の魔物が殺気だち、理不尽なくらいの力で無造作に振り下ろされるツメに劣勢を強いられ、傷ついていく教師と先輩たち、その中でも一人、戦意を喪失すること無く気合をいれて相手を威圧するように吼え、一体、また一体と倒していくリュート様の後ろ姿───
魔物の数が減り、これならいける!そう誰もが思った次の瞬間、ひときわ大きな魔物が茂みから飛び出し、リュート様の体めがけて突進したかと思ったら、道連れだとでもいうかのように谷底へ一緒に落ちていってしまったのだ。
一瞬、何が起こったのかわからず、誰もが言葉を失った。
少し離れた場所で演習をしていて駆けつけるのが遅くなった教師たちに、俺たちは必死に説明して助けてくれるように懇願するが、谷底は魔物の巣窟だし、さすがにあの高さから落ちたのだから、いくら聖騎士の家の者でも難しいのではないかと苦い顔をしたあと、急ぎどこかに連絡を取る。
学園に連絡したのかと思いきや、暫くして訪れたのは黒の騎士団だった。
周辺の魔物の掃討を騎士たちに指示し、自らも大型の魔物をまたたく間に倒していく。
圧倒的な力量の違いを見せつけていく黒の騎士団の団長は、息子のことが心配なのだろう、谷底を戦闘の合間に何度か確認しては顔色を悪くした。
しかし、諦めきれないように幾度となくそんな行動を繰り返していた黒の騎士団の団長は、ハッとしたように目を見開き、魔法の光が見えたから生きていると目に光を宿して天馬を呼び、数人の教師と共に谷底へと降りていったのである。
残った黒の騎士団の人たちが魔物を一掃し、傷の手当などをして落ち着きを取り戻した頃、父である黒の騎士団の団長に抱えられたリュート様が戻ってきた。
グッタリした体は血まみれで……言葉に言い表すことができないほどに無残な姿だった。
一瞬死んでいるのではないかと思ったくらい生気を感じられない。
俺たちを助けるために……!
見ていることしか出来なかった悔しさと、騎士を志すくせに恐怖に体がすくんで動けなかった情けなさに涙が溢れた。
父親のマントにくるまれ、声をかけられ、うっすら開いた目は誰を捉えることもなく閉じられる。
生きている……大丈夫、まだ生きているんだ!
黒の騎士団の人たちにあとを任せ、騎士団長は聖女がいるだろう神殿の方へと天馬を飛ばす。
俺たちがあの野外演習でわかったのは、ここまでであった。
その後、リュート様はヒドイ怪我を負いながらも奇跡的に一命を取り留め、長いリハビリ生活が始まったと先輩から聞いて安心したのも束の間、学園に奇妙な噂が流れるようになったのである。
【リュート・ラングレイは、ジュスト・イノユエの生まれ変わりだ】
何だよソレ、誰だよジュストって……無知だった俺に、頭の良い幼馴染が教えてくれたのだが、17年前に聖都で起こった大量虐殺事件の首謀者であり、とんでもない魔力を持った召喚術師であったという。
なんでそれがリュート様と繋がるんだよ。
最初は、騎士科の連中だって鼻で笑っていたんだ。
しかし、リュート様の魔力保有量が恐ろしい数値を示し始めたのだと聞くやいなや、その噂が本当ではないかと信じる者まで出てきたのである。
馬鹿じゃねーの?
あの人は、そんなヒドイことができるような人物じゃねぇだろ。
そんな噂が学園全体に広まってしまったタイミングで、リュート様は学園に復帰した。
2年上のクラスではなく、俺達のクラスに……
何故と思ったが、本来の年齢からいったら俺達と同じ年齢なんだから、その点で考えればおかしくない。
でも……なんで?
その答えは、数年後判明する。
エイリークっていう魔法教師のせいだ。
本来なら、騎士科を卒業して魔法科へ転科するはずなのに、ジュストの生まれ変わりだという噂を信じる魔法科の教員エイリークがリュート様を邪険にしはじめたのである。
学園長はそうなるとわかっていたのだろう。
リュート様をずっと騎士科へ在籍させ、魔法科の授業も受けさせる。
まあ、俺達と一緒に鍛錬しつつ魔法の授業もこなさなきゃならないリュート様は大変だけど、あんないけ好かねぇヤツのいるところへ行くこともない。
あの事件から復帰以降、リュート様はずっと俺達と共にいた。
そして、だからこそ俺は無知だったのだと知ることができたんだよな。
リュート様が11歳で騎士科に入ったのは、魔物に襲われてヴォルフっていう守護騎士の家の大切な幼馴染を亡くしたからだ。
家のコネでも憧れでもワガママでもない。
全然俺たちとは違う……背負っている物が大きすぎる。
そこへ【ジュストの再来】なんて馬鹿げたことを言い出す奴らが現れて、更に背負った荷物が大きくなったんだ。
俺が何人いてもすぐに押しつぶされそうな荷物を背負って、リュート様は笑っていた。
あの時のような無邪気な笑顔じゃなく、少し大人びた笑顔で……
九死に一生を得たんだから、変わっても当然か。
そうは思えないバカどもが、リュート様を傷つけていく。
何もできない自分が情けないけど、ただ俺たちはリュート様を信じてそばにいようと決めた。
学園の中でも一番つらいと言われているだけあって、騎士科はとんでもないところで……マジ死ぬかと思うことが何度もあり、俺……将来、息子が騎士科に入りたいなんていったら、絶対に止めるんだ。
こんなつらい思いなんてしなくていい、最高に強いリュート様がいらっしゃるから、安心しろ!って言い聞かせてやる。
騎士科は戦闘系スキルを持つ者の憧れだけどさ、マジ加減してくれよ!
俺たちが弱音を吐いていても、リュート様は呆れた顔をしたあと元気づけるよう励ましながらメニューをこなしていく。
この頃には、成長期に入ったのか、リュート様に身長を抜かされた。
リュート様に唯一勝てていた物がなくなったショックは大きかったが、ラングレイの家の方々はみんな長身だったので、早々にあきらめる。
イケメンで長身とか、マジ羨ましい!
そんなイケメンリュート様が、時には俺達の母親かよ!っていうくらい世話を焼いてくれた。
風邪をひいたら看病してくれたし、魔力溜まりができてないか定期検診してくれたり、座学で赤点!ってときは勉強も見てくれたんだよな。
今振り返っても、リュート様のおかげで、厳しい訓練も耐えられたし、学園生活が楽しかったって思える。
でもさ……クラスが一緒になってから、リュート様は実家に帰らなくなったんだよな。
まあ、実家のある村が聖都から遠い俺達は、年に一度帰るだけだから一緒にいられて楽しかったけど……本当にそれで良かったのだろうかと、今なら思う。
だってさ、リュート様の表情がどんどんなくなっていくんだぜ。
笑顔が減って、無表情になって、仮面でも貼り付けてるんじゃないかっていうほど動きを見せない。
もういいっすよ、俺達に任せてリュート様は休んでくださいよ……
何度もそう言いかけては踏みとどまる。
だってさ、リュート様にそんなこと言っても、絶対に聞いちゃくれねぇもん。
リュート様が頑張っているのは、守りたい人たちを守るためなんだって、俺たち全員知っていたから……
もう、その頃には、リュート様のことをジュストの生まれ変わりだなんて馬鹿なことをいう奴は、騎士科にはいなくなっていた。
だけど、やっぱり心配する人たちはいるわけで……
時々、リュート様のことを心配してレオ様やイーダ様たち幼馴染だけではなく、テオドール様やロンバウド様がいらっしゃったけど、リュート様は「心配ない」と言うだけで、取り付く島もない。
マジ、リュート様……我慢強すぎだろ。
それでもなんとか卒業が目前に迫り、やっとリュート様を邪険にするエイリークと、何も理解しようとしないバカどもから引き離せると思ったのに、状況を悪化させるかのごとくリュート様に召喚術師としてのスキルが発現してしまったのだ。
嘘だろ、マジかよ!
これじゃあ、マジでジュストとほぼ変わらないスキル保有者じゃん!
引き離すどころか引き離された俺達は成すすべもなく、どうするか対策会議を開いていたところ、リュート様の召喚獣が人型であるという情報が入り……いろいろとマジどうしようって頭を抱えたのもいい思い出だ。
だってさ、リュート様のもとに来てくれたルナ様は、すんげー可愛いお嬢さんだったし、料理が上手なもふもふだし、今までで一番のもっふもふだし!
ヤバイ、もふもふが好きすぎて何度も言っちゃう。
だってさ……あの手触りは至高。
絶対に触ったら病みつきになるって!
さっきお膝の上に乗せてご満悦だったリュート様も、ルナ様の毛並みのもふもふ感が気に入っているはず。
でもさ……本当に良かったよ。
だって、リュート様があの時みたいに笑ってる。
肩の荷が降りたのか、嬉しそうに笑っている笑顔を見て、疎遠になっていた家族との団欒を見て、俺達はすっげぇ安心したんだ。
まあ、だから……少しくらい蹴られてもしょーがねぇよな。
俺の失言が原因なんだろうけど、まあ……許せ、リュート様。
こればかりは、どんなに頑張っても治りませんでした!
そ、それと……あの……できることなら、この……神気……どうにかして……くれませんかねぇ……リュート様、ルナ様ヘルプっ!マジで助けて!
そんな念を飛ばしながら、尻尾をゆらりと揺らしたもっふもふをもう一度モフるにはどうしたらいいだろうかと、考えを巡らせたのである。
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