悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第三章 見えなくても確かにある絆

弱い心、強い心

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 考えても居なかった真実に誰もが言葉を失い、アクセン先生をただ見つめていました。
 何故……どうして、そんなことをアクセン先生が知っているのですか?

「学問の神を通して、今現在判明していることで話せるところだけ話したという感じか……」
「御名答です」

 リュート様の綺麗な瞳が鋭さを増し、放たれた低い声に恐れることもなく笑顔で頷いたアクセン先生は、リュート様の次の言葉を待っているようでした。

「ジュストは、その『マナ・リノ』を狙って何を考えていたんだ……」
「それは、まだわかりません。異世界へ渡りたかっただけかもしれませんし、何か他の目的があったのかもしれません。彼の残した現場を知恵の神が直々に調べた結果、擬似的に『マナ・リノ』を作り出した痕跡があったといいます」

 神々の領域を、自らの力で擬似的にでも作り出せたということですかっ!?
 そんなこと……普通にできてしまったジュストは、考えていた以上にすごい力を持っていたみたいですね。
 ヤマト・イノユエの血脈だからできたのでしょうか……それとも、ジュストが生まれ持っていた才能だったのでしょうか。

「ジュストが使えたのは、召喚術と術式魔法だった。その中で、他の世界に干渉できるものは召喚術だが……召喚術は呼び出せるだけで、自ら渡ることはできないはずだ」
「そのはずです。そして、作り出された門は不完全であった。つまり、それを使い転移したとすれば、ジュストの魂は……」

 世界を渡ることができずに消滅したでしょう……という、アクセン先生の重々しい声が響きました。
 つまり……誰もが、もういないはずの人の存在に恐れおののき、ありもしない可能性を考え、心無い言動でリュート様を苦しめてきたということですよね。
 苦しまなくていいはずのリュート様が、ジュストの転生体だといわれ、どれだけ苦しんできたことか……思わず胸が痛くなります。
 だって、リュート様は全く関係ありませんもの!

「この事実を公表し、貴方の無実を証明しましょうか」

 アクセン先生の提案に、私たちは驚きとも喜びともつかない感情を胸に、自然と下がっていた顔をあげます。
 そうですよね!
 事実を公表すれば、リュート様がこれ以上傷つけられることはありません。
 全て、誤解だったのです。
 もうリュート様が苦しむ必要なんてありません。
 そうでしょう?リュート様!
 彼の方を見た瞬間、私は……あっと声を出しそうになりました。
 だって、リュート様の表情に喜びは微塵もなかったのです。
 そこにいたのは、覚悟の光を宿し、私にはわからない何かを見据え、強い意志の宿る眼光をアクセン先生に向けるリュート様でした。

「それだけはできない」

 リュート様は、アクセン先生の提案をきっぱりと断ったのです。
 どうして……ですか?
 だって、この事実がわかれば、誰もリュート様を責めることはできなくなります。
 今までのように、覚えのないことで責められることはないのですよっ!?

「人の心は弱いものだ」

 リュート様の言葉の意味がわからずジッと見つめていると、彼は一言一言噛みしめるように力強く言葉を紡ぎます。

「いま、俺にジュストの件でつっかかってくる連中は、事実を受け入れられず悲しみから逃げて真実から目を背けるような、心の弱いヤツばかりだ。俺という標的がいなくなったら、今度は違う誰かを探すだろう……それは、俺の親父や、この国かもしれない」

 そういう……ことなのですか。
 リュート様は、自分ではなくお父様に向けられるだろう悪意を、自らで食い止めている。
 いいえ、お父様だけではなく、この国に対する悪意ですら、受け止めているのですね。

「彼らは、こう考える可能性がある。どうして友なのにわからなかったのか、何故異変に気づかなかったのか、近くにいたのに、あんな危険な人物を監視できなかったのか……ってな」

 何故、どうして……認められない事実を目の前にすると、人はそう呟くことが多いでしょう。
 そして、大切な人を失った人たちは、ずっとその疑問を心のなかで繰り返しているのかもしれません。
 心を蝕みながら───

「親父や国に不満が募れば、今のようにスムーズな魔物討伐ができなくなるだろう。そうなれば、困るのは魔物と戦えない弱い立場の人たちだ」

 全員が全員魔物と戦えるわけではないから、黒の騎士団のように魔物討伐を専門にしている方々がいる。
 もし、今現在リュート様に向けられている悪意がお父様に向けられたら、それはいずれ黒の騎士団全体を巻き込んでいくのではないでしょうか。
 確か『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』なんて言葉が、日本では存在したくらいですものね。

 戦えない人が魔物に襲われたら、無傷では済まないでしょう。
 最悪の場合、命を奪われてしまいます。
 それでも、黒の騎士団に疑いを持った人たちは、彼らを安易に受け入れないでしょう。
 今のリュート様を虐げる人たちを見れば、それくらい想像に容易いです。

「俺がジュストの生まれ変わりだと責められる前は、この聖都も今では考えられないくらい治安が悪く、魔物討伐のために他の地域へ赴いても、なかなか許可が下りなかったと聞く」
「ええ、あの時期はとても荒れていました。現地へ黒の騎士団を派遣しても、街へ入ることもできず、外で寝泊まりするなどザラだったという記録がありましたね」

 やっぱり……
 お父様は、随分苦労されたようですね。
 だからこそ、リュート様を見ていられないのではないでしょうか。
 お父様自身が経験してつらかったから、リュート様の痛みが手にとるようにわかるから、だから……助けたいのでしょう。
 しかし、リュート様は……お父様にもう二度とそんな思いをさせたくないのですね。
 リュート様は強い。
 でも、なにも感じていないのではなく、傷ついてボロボロになっても大切な人たちを守りたいという気持ちを支えとし、自らの傷を見せないように注意をはらい堪えているだけなのです。
 時々、リュート様の強さが悲しくなります……だって、強いからこそ普通の人だったら音を上げてしまうモノでも耐えてしまうのですもの。
 傷だらけになっても、苦しくても耐えることができるから、大丈夫だって考えてしまうのです。
 リュート様、それは違うのですよ。

 それを人は、『大丈夫』と言わないのです───

「つまり、国や家族に向けられるかもしれない悪意を、己を犠牲にして食い止めるということですね」
「そんな大層なことをしているつもりはねーよ。ただ、守りたいだけだ」

 アクセン先生の言葉に首を振って否定した彼は、肩をすくめて苦笑を浮かべます。
 リュート様は、こうと決めたら動きません。
 とても頑固で不器用な方です。
 そして……誰よりも家族を守りたいと願い、大切にしている。
 いえ、家族だけではありませんよね。
 リュート様は、もっとたくさんの方々を守りたい。
 その中に、ご自身も入れてほしいと切に願いますが、難しいことなのでしょうか。

「それに、以前よりバカなことを言うやつは減ったんだ。最初は話もしてくれなかったのに、気さくに声をかけてくれるようになった人もいるし、謝罪してくれるヤツさえいる。俺の生き方を見て、何かを感じてくれる人もいる。国を相手取って恨みつらみをぶつけていたら、絶対に無かった変化だと思わねーか?」

 この聖都でも、もしかして……という考えを持っている人がいたでしょう。
 もしかしたら、リュート様の力を目の当たりにする機会が多いだけに、どこよりも多かったかもしれません。
 
 しかし、リュート様は頼まれなくても弱い立場の方々を守ろうとする。
 話に聞く陰湿そのもののジュストとは違い、陽光のように光り輝き、優しくて面倒見の良いリュート様を聖都の方々は知っています。
 数多の言葉よりも、行動で示すリュート様に感じるものがあり、少しずつ変わってきたのではないでしょうか。
 
 同じような強大な力を持っていても、ジュストとリュート様は違うのだと、彼らは肌で感じているのです。

 いま、ジュストの生まれ変わりだからと蔑む人たちは、リュート様がしていることを見なかったことにして、恨みつらみをぶつけ、己の心に溜まった全てを吐き出していく。
 惨めだとわかっているのに、止めることが出来ない。
 大切な人の死を受け入れられず、誰かを責めて心の平穏を保っている弱い自分を受け入れたくない……
 誰しも大切な人の死を受け入れたくはありません。
 だけど、その悲しみを無関係の人にぶつけるのは間違っています。

「悪先……いや、アクセンが俺のことを考えて言ってくれているのはわかる。だけど、今はまだその時ではないと思うんだ」

 アクセン先生は、少しだけ困ったような顔をして「やっぱり、そういう結論になるのですねぇ」と、半ば諦めたように呟きました。

「時間はかかるが、俺の生き様を見て何かを感じて変わっていってくれるのを待ちたい。まあ、時々荒療治になる奴も出てくるだろうけどさ」

 おどけたように言ったリュート様は、一度瞑目してからゆっくりと口を開きます。
 そこには、リュート・ラングレイと呼ばれる彼ではなく、もう1人のリュート様がいるような感覚を覚え、思わず息を呑みました。

「置いて行っちまった奴らは、そんな悲しい姿を望んじゃいねーし、幸せになって欲しいって強く願っているだろう。死んだ己のことを覚えているから不幸になるというなら、忘れてもいいから、どうか幸せに……ってな」

 何かを思い出すように、誰かに語りかけるように紡がれた言葉は、遠く届かない日本にいる家族にむけたものであったのでしょう。
 もし、私の家族が同じようなことをしていたら……そう願ってしまいます。

 私も、兄や両親が憎しみに染まる姿を見たくはありません。
 どうか、つらい思い出にひたるより、幸せになって欲しい。
 置いていった私たちは、遠く離れたこの地で、それだけを願います。

「まるで、その経験があるかのような言い方ですね」
「……どうだろうな」

 苦笑を浮かべたリュート様と私は、同じような表情をしていたことでしょう。
 前世で置いてきた家族がいるからわかるなんて、みんなの前では言えませんものね。

「それに、俺は……俺に何が足りないか気づいたから、もう大丈夫なんだ」

 リュート様が浮かべた晴れやかな笑顔に誰もが呆気にとられてしまい、何を気づいたのかと首を傾げます。
 今までの重苦しい空気を吹き飛ばすような、麗しくも素敵な笑顔でした。

「何を気づいたのでしょう」

 アクセン先生が私たちを代表して問いかけ、その質問にリュート様は笑顔のまま答えます。

「この先も、俺の勝手でジュスト関連の厄介事を背負うことになるだろう。1人で頑張ろうとしてきたんだけど、ここらが限界だ。大変申し訳なく思うのだが、この先ジュスト関連で面倒事が起きたら、みんなの力を貸してくれないだろうか」

 何を言い出すのかと驚きの表情で全員が次の言葉を続けられずにいる中、リュート様は立ち上がって、ペコリと丁寧に頭を下げました。

「お前たちにしか頼めねーんだ。この通り、頼む」

 リュート様の言葉に一番最初に反応したのは、いまだ傷の癒えないレオ様で……ガバリと勢いよく立ち上がったと思ったら、リュート様に向かって一喝。

「遅いっ!」

 レオ様の大きな声に、私もガルムも驚き飛び跳ねてしまいそうでしたけど、リュート様はそれを苦笑とともに受け止めます。

「それを……その言葉をどれだけ待っていたと思っておるのだ!」

 リュート様の肩に両手を置いたレオ様は、暫く己の中にある感情を鎮めるように奥歯を噛み締めたあと、ポンポンと数回肩をたたいて笑みをこぼしました。

「だが、嬉しいぞ。全く……俺は守られてばかりというのは、性に合わんのだ」
「リュートは不器用ですからね。無実だと証明できても、そうするだろうと思いました。ようやく許可が出たのですから、ここから先は任せてください」
「不器用な上にお人好しで優しすぎる。……でも、頼ってくれて嬉しい」

 レオ様、シモン様、トリス様の言葉が続き、以外にも言葉がないイーダ様を見れば、肩が小刻みに震えていて……
 も、もしかして、怒っていらっしゃるのでは……と、心配しつつ背中を見ていると、『ぐすっ』と鼻をすする音が聞こえ、首を傾げてしまいました。
 え、えっと?
 もしかして……泣いて?

「お、おそい……遅いのです……馬鹿、この……馬鹿!……見守るのがどれだけつらいか……一度くらい……思い知ると良いのですわ!」

 リュート様を睨みつけ、大粒の涙をボロボロこぼすイーダ様を見て、リュート様はごめんと謝罪してから腕を伸ばし頭を撫でていますが、逆効果だったのか今度は手で顔を覆い声を上げて泣きはじめてしまいました。
 隣のレオ様が、慌ててよしよしと慰めモードに入っております。

 リュート様を信じて、ずっと頼ってもらえるのを待っていたのですね。
 ボロボロになっても歯を食いしばって頑張っている彼を、ただ見ているだけしかできなかったのは、さぞかしつらかったことでしょう。
 近くで見守っていたからこそ、その苦しみが見えていたからこそ、友として幼馴染として助けたい。
 しかし、それを拒絶するように独りで立ち向かうリュート様の後ろ姿が見えるようでした。
 リュート様にとって、イーダ様たちも守りたい人だったから、頼るという考えが思い浮かばなかったのでしょう。

「リュートがいままで頑張ってきたのは知ってるし、ああいう連中が面倒なのもわかる。リュートといると退屈しないから、協力は惜しまないよ」
「ボクも同じくだね。アクセンの家はもともとリュートを応援してたし」
「俺も……力になることをここに誓おう。ジュストは、召喚術師の称号持ちにとって忌むべき名だ。そして、リュート・ラングレイがヤツと同一人物などと考えたこともないしな」

 ボリス様とロヴィーサ様に続き、ガイアス様もそうおっしゃいましたが……別に無理をしなくてもいいのですよ?
 というか、やっぱり……ツンデレ系でしたか。
 いまはデレの時間ですね?
 わかります、リュート様の笑顔にやられたのでしょう。
 でも、駄目ですよ?
 リュート様は、私の主ですから2m以内に近づかないでくださいね。
 何でお前は俺を威嚇するんだ……と、ガイアス様に半眼で見られましたが、ご自身の胸に手を当ててよく考えてください。

「ありがとう、みんな。本当に助かるよ。俺のワガママのために、すまない」
「何を言う。お前の危惧もわかる。そういう輩に、いま王国が煩わされるのはマズイ。それでなくても、神殿周りがきな臭いのだ」

 意外と国の状況が見えているレオ様の言葉に、私は黒いモヤが見えたティエラ・ナタールを思い出します。
 そして、季節の神殿にいったチェリシュは……無事でしょうか。
 私の表情に浮かぶ不安の色が見えたのか、リュート様は安心させるように背を軽く撫でてくださいました。
 ええ、大丈夫ですよね。
 何かあったら、絶対にリュート様を呼びますもの。
 チェリシュは賢い子ですから、絶対に大丈夫です。

 フラグではありませんよ?

 リュート様ならそういう決断を下すだろうと考えていた様子のアクセン先生は、柔らかな笑みを浮かべて数回頷くと、ソッと空を見上げます。
 アクセン先生の視線の先にある小さな光の粒は、喜びを示すようにふわふわくるくる回ったあと、ゆるやかな速度で天へ吸い込まれるように消えていきました。
 神々の使い……でしょうか。

 何とか泣きやみそうなイーダ様にタロモがハンドタオルを差し出し、ぐしょぐしょに濡れてしまったハンカチは、リュート様が「あーあ」と言いながら綺麗にしていらっしゃいます。
 仲の良い幼なじみたちの戯れを見ながら、私はリュート様に似たオーディナル様を思い出しました。
 オーディナル様も、リュート様と同じく不器用な方なのでしょう。
 愛の女神様や妻である創世神ルミナスラ様も、レオ様やイーダ様のように心配しているのかもしれません。
 そして、手を貸したくてもそれを許されず、ただ見守っている……

 オーディナル様。
 独りで頑張りすぎないでくださいね。
 リュート様のように、誰かを頼ってください。

 今は難しくとも……いつか───

「ルナ。ありがとうな」

 リュート様がくださった感謝の言葉に目を丸くしていると、彼は「自覚がねーんだもんなぁ」と呟いたあと、柔らかく微笑みました。

「ルナが、俺の根底にあるものを理解して、癒やしてくれる。それだけで、俺はすげー強くなれるんだ。そして、何も見えていなかった俺に教えてくれたからな。見守ることしかできない歯がゆさを……」

 はて……いつそんなことを教えたのでしょうか。
 私には、全く覚えがありません。
 リュート様は苦笑を浮かべて肩をすくめるだけで、答えを教えてくれる様子はありませんでした。

「もう……そのつらさも……経験済みでしたのね。いい……気味ですわ」

 ぐすぐす言いながらも悪態をつくイーダ様に、リュート様は「そういってくれるな」とイーダ様の頭を優しく撫で、嬉しそうに目を細めて笑顔を見せる彼女に一安心です。
 その隣で、レオ様たちが私をジトリと見つめてきました。
 え、な、なんですか?その視線は……

「今度はルナか……」
「こっちは、全く自覚がありませんから厄介ですよ」
「天然だしな……」

 レオ様とシモン様とトリス様の、そんな言葉が聞こえてきましたが……何を自覚していないというのですか?
 リュート様に「なんのことでしょう」と首を傾げて問いかけましたが、彼はただ困ったように微笑むだけでした。


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