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第三章 見えなくても確かにある絆

彼女の手が作り出すもの(リュート視点)

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 ルナが支えるチェリシュが踏み込む生地は、うどんで間違いなかった。
 俺は醤油がないからと諦めていた食べ物を、ルナは様々な思い付きや驚くような工夫をして、面倒だと思うような工程も厭わず作っていく。
 周囲にありふれた素材で、懐かしい食べ物がどんどん出来上がってくる様は、まるで魔法だ。
 俺が使う命を奪い破壊をもたらす魔法ではなく、人を幸せにする魔法……すげーよな。
 彼女はとても優しい人だ。
 料理を作る時、うぬぼれではなく俺のことを考えてくれているとわかる品々が並ぶということに、気づかないはずもなく……より一層、食事の時間が楽しみになったのは言うまでもない。
 その彼女が、俺のことを考えて作ってくれた料理がマズイはずがないのに、一口食べて感想を述べるまで、その表情には不安の色があった。
 彼女が作る料理はすべて旨い。
 妙に馴染むといったらいいのだろうか。
 その旨い料理のどこに不安を感じる要素があるのかわからないが、「旨いよ」というと花がほころぶような愛らしくも可憐な笑みを浮かべてくれる。
 それが見たくて一瞬だけ旨い料理を忘れてしまうなんていったら、作ってくれたルナに失礼だろうか。
 でも、隣にルナがいてくれるから、もっと旨く感じるのだと思う。
 仲間たちとの食事もそうだが、大切な人たちと食卓を囲めるのは、とても幸せなことだ。

 うどんの生地を踏んでいたチェリシュに疲れの色が見え始め、今度はルナが踏むようだが……何故チェリシュを抱っこしたんだ?
 いやいや、さすがにそれは危ないだろうっ!?
 記憶の水晶をカウンターに置いて、俺はすぐさま不安定なルナの体を支えた。
 本当に、こういうところが危なっかしい。

 驚き見上げてきた濃い蜂蜜色の瞳は、とてもキラキラしていて綺麗だと思う。
 こんな宝石みたいな瞳があるのかと感じるくらい、美しく惹き寄せる。

「リューも一緒なの!」

 きゃーっと嬉しそうなチェリシュの様子を見ながら、こういうのもいいな……と、感じてしまった。
 3人でいると、とても穏やかな気持になれる。
 ルナと二人っきりだと、今の俺は危険かもしれない。
 理性を崩して、本能がむき出しになったらヤバイからな。

「リュート様、ありがとうございます」
「いいよ。あぶねーから掴まってろ」
「はい!」
「あいっ」

 いや、チェリシュ。
 お前は掴まらなくてもいいだろ?
 ルナと一緒に俺のシャツをぎゅっと掴む様子に苦笑が浮かんだが、安心安心と二人して顔を見合わせて微笑んでいる様子が愛らしい。
 こういうことするから、抱き締めたくなるんだよな。
 この二人はわかっているのだろうか。

 チェリシュの歌がはじまり、それに合わせてルナが足踏みを再開する。
 先程よりマシになったが、やはり危なっかしい足取りで心配になるが、しっかり支えておけば問題ないだろう。
 ルナは運動の部類が苦手なのかもしれない。
 まあ、貴族の令嬢がスポーツ万能で走り回っているなんて聞いたことがないから、こんなものなのだろう。
 しっかり支えるために、腰に腕を回すと、彼女は少しだけ驚いたように俺を見てから頬を赤く染める。

「なんだか……ダンスのときみたいですね」

 えへへと笑う顔は愛らしいが、この距離を他の……いや、婚約者であったセルフィスがキープしていたのだと思うと、少々イラつく。
 心から婚約破棄してくれて良かったと思う。
 まあ、その時のルナの気持ちを考えたら言葉に出して言えない。
 しかし、この距離を他の男が……と、考えるだけで胸の奥にチリチリした黒い炎の様なものを感じるのだ。
 嫉妬……だよな。
 男の嫉妬なんてみっともないとわかっているが、ルナの一番でありたいと願う気持ちを止められない。
 こういう部分がむき出しにならないように、心がけよう。
 彼女に負担をかけたいわけではないからな。

「ダンスか。ルナはよく踊ったのか?」
「そうですね。先生とべオルフ様とはよく踊りましたよ」

 あれ?
 セルフィスは?
 そんな問いかけが表情に出ていたのか、ルナがくすくす笑い出した。

「セルフィス殿下はダンスが苦手で、レッスンから逃げておりましたから」
「それで、べオルフ?」
「意外とお上手なんです。先生に頼まれて相手役をしてくださったのですが、先生より厳しかったので大変でした」

 やっぱり、そのべオルフって奴は設定が違うよな。
 脳筋バカというイメージが強いべオルフ・アルベニーリではあるが、彼女の世界の彼は、表情筋が死んでいるといわれるほど動かず、冷静で理性的であった。
 特に困っている最北端の辺境の地へ自らおもむき、人を襲う狼の討伐をしているというから驚きだ。
 しかし……狼は本来、そんなに人を襲う生き物ではない。
 それが狼の姿をした魔物であるなら話は別だろうが、彼女の世界に魔物はいないというし、あの物語の設定にも出てこなかったから間違いないだろう。
 現実と物語の違いというには、何か引っかかるものを感じるのだが、それを知るすべを持たないのだから、どうしようもない。

「ルナはうまく踊れたのか?」
「あ、あまり上手ではありませんでした。リュート様はお上手そうですね。体をしっかり鍛えていると、体を動かす動作は安定するとべオルフ様がおっしゃっておりましたから」
「一応、他国では舞踏会みたいな催しがあったりするからな。学園で一通り練習させられるし、秋の収穫祭では大会みたいなものもあったな」

 まあ、文化祭みたいなものだというと、ルナは楽しそうですとくすくす笑う。
 秋に行われる収穫祭は、学園だけではなく聖都で大々的に行われる行事の一つで、神々が降臨されることが多い。
 年に一度、太陽と月の夫婦神が公の場所に降臨されることも有名であるから、それを目当てに来る者がいるくらいだ。
 昔は大地母神が主催で王家とアーゼンラーナが協力して祭りを催していたようだが、ここ200年ほど姿を見ていないと聞いた。
 きっと、アーゼンラーナであれば何か知っているのだろうが、神々の事情をそう簡単に聞けるものではない。
 今年は姿を見せてくれたらいいのだが……

「リュート様は誰かと踊ったの……でしょうか」
「イーダの相手をしていたな。ただ、アイツは下手すぎて、すげー足を踏まれまくった」
「イーダ様……ですか?」
「シモンがいないときのトリスが相手の時もあったが、その他はねーな。トリスは上手だぞ。毎年シモンとダンス大会で優勝しているからな」
「そ、そうなのですか。すごいですね」

 目を丸くして俺を見上げたルナを見ながら、今年はルナと一緒に参加してもいいかと考える。
 毎年不参加を貫いてきたのは、イーダが下手なこともあるが、周囲がうるさかったからだ。
 煩わしい奴らを相手にするより、レオたちと騒いでいるほうが楽しかったのもあるが、ルナが踊りたいというなら、楽しめるだろう。
 ダンス大会用にドレスを作らせ、それを彼女が身にまとえば、とても美しいに違いない。
 それは……見てみたいな。

「いつもは出ないけど、ルナが踊ってみたいなら参加してもいいな」
「す、少しだけ興味があります」

 ほんのり頬を染めて言うルナの様子に、本当は踊ることが好きなのではないかと感じた。
 やってみたいのなら、今度一緒に踊ってみよう。
 ルナは姿勢がいいから、とても綺麗に踊るのではないだろうか。
 あちらでは何かにつけてダンスパーティーがあったはずだから、貴族の女性として当たり前のようにレッスンしていただろうし……
 それに、ダンスの相手の記憶が他の男……まあ、ベオルフはいいとしてもセルフィスの記憶を残しておくのはいただけない。
 元婚約者なんて羨ましい立場にいたというのに、他の女にうつつを抜かすとかありえねーだろ。
 甘い誘惑に乗っちまった馬鹿男というところなんだろう。
 俺だったら、絶対にやらねーな。
 もし、ルナが俺の婚約者になったら、周りの男が霞んで見えるくらい頑張っちまうだろう。
 まあ、それは今も変わらないか。

「チェリシュとも踊るの。リューも、ルーも輪になって踊ると楽しいの!」
「それはいいですね、チェリシュも一緒に踊りましょう」
「あいっ!」

 それは彼女が踊ってきたダンスとは違うだろうが、二人が輪になって踊る姿は可愛いだろうなと思い描けば、自然と口元に笑みが浮かんだ。
 その光景は、是非とも記憶しよう。
 一緒に踊れると嬉しくなったのか、チェリシュがぎゅーっとルナに抱き着き、その反動で彼女の体が揺らぐので、更に腰を強く引き寄せた。
 それにしても、この腰は細すぎる。
 コルセットのせいなのか、それとも……あちらでの生活は、俺が考えている以上にひどかったのかわからないが、もう少し食べる量を増やして……いや、甘いものなど、彼女が好みそうな物を食べる回数を増やそう。
 しかし、ルナが満足できるような食べ物を出す店なんてあるだろうか。
 初日に行ったクレープ屋は、ナナトが経営している屋台の1つだ。
 この聖都で俺の店以外に美味いと感じた店は少ないが、ナナトの屋台はその中でも別格である。
 また、あのクレープ屋にでも行ってみるか。
 チェリシュがベリリだと大騒ぎするだろうな。
 二人でそれを食べている姿は、きっと可愛らしいに違いない。
 美味い紅茶の店もあったから、そこでお茶をするのもいいだろう。

 そんなことを考えていたら、ぎゅっと抱きついてきたルナの柔らかな肢体の感触に、一瞬思考が停止する。

「ありがとうございます、リュート様。おかげさまで、うどんの生地が完成しました。あとは少し寝かせますね」

 柔らかな笑みを浮かべるルナに、無言で頷いていると、チェリシュがルナの腕から抜け出して俺の体をよじ登ってくる。
 どこを目指しているのかすぐに理解し、落ちないように手で支えていると、ルナも慌ててチェリシュの体を支えてくれた。

「肩車の完成ですね」
「好きみたいなんだよな、これ」
「たかいたかいなの!」

 まあ、俺の身長とチェリシュの身長では、視点が違ってくるだろう。
 本当に子供は無邪気だ。
 チェリシュは素直だから助かるが、妹はお転婆で手を焼いたな。
 袋いっぱいに詰め込まれたカエルとか、瓶詰めされたマルムシとか、イタズラの域の遊びをよくやっていたものである。
 母がそれを見て卒倒しそうになったのは言うまでもない。
 そのことを高校生くらいのときに、母に言われた妹は「じゃあ、お母さんの嫌いな黒い悪魔が良かった?」と言い出し、母が俺に泣きついてきたのはいい思い出……だろうか。

 俺がそんな思い出にひたっている間にも、ルナは忙しなく動き、うどんの出汁の味を調整したり、昨夜作っていた塩辛用のイカを出してきて、水気を切った肝を細切りにした身に加えていたりと見ているだけで大変そうだ。
 あれ?肝……まだ半分残ってるな……と考えていたら、彼女はそれを炒めだし、ある程度火を通して液状になった状態で冷ましているようだが、ああやって水気を抜いてコクを出しているのか?
 肝は油があるし、炒めることで味が良くなるのかもしれない。
 本当にルナはいろんなことを知っている。
 博識だよな……

 そして、一番気になる大きな鍋は、スパイスの香りとトマトや野菜などの甘い香りがしている。
 アレはなんだろう。
 スープとか?
 そうこうしているうちに、ルナは大きな鍋に水を入れて湯を沸かし始める。
 どうやら、うどんを湯がいていくようだ。

 炒めた肝の粗熱がとれたのか、肝と塩を加えて混ぜ合わせる。
 イカの塩辛は、満足の行く形に仕上がったようで、ルナの愛らしい笑みがこぼれた。
 くるりとこちらを向いたルナの瞳は、とてもキラキラ輝いていて眩しいくらいである。

「あとは、これで熟成させるだけです。塩辛は完成といったところでしょうか」

 完成した中身を見せて微笑むルナに、すごいな……と、素直な気持ちを伝えると、本当に嬉しそうに目を細めてくれた。
 料理のことになると、キリッとするところも素敵だと思う。
 可愛いんだけど、カッコイイ。

「うどんを切って湯がいていきますが、リュート様はどれくらい食べるでしょうか」
「どうだろう……大盛りでも3杯は欲しいかも?」
「はいっ!」

 打ち粉をして麺棒で生地を綺麗に伸ばし、折りたたんだ彼女は、包丁でトントンとリズミカルに切っていく。
 チェリシュが上で「トントン」と声を出して歌っているが、さすがに包丁はまだ早いから我慢してくれな。
 そうか、刃がついていない包丁を作れば良いんだ。
 二人が料理するなら、必要だろう。
 えーと、フライヤーと炊飯器みたいな調理器、パスタマシーンにミンサー、蒸し器も欲しいところだし、ルナ専用の簡易キッチンも必要だ。
 キッチンカーかキャンピングカーみたいな感じのものがいいだろうか。
 寝る場所なども考えて、キャンピングカーが実現できたら一番いい。
 スライム車を作っているところに、相談するのもいいだろう。

 ルナがうどんを茹で始め、たっぷりの湯の中で麺が踊るように泳ぐ様子を見ながら、懐かしい味と再び出会える喜びを噛み締め、邪魔にならないようにソッと後ろから彼女を抱きしめた。

「リュート様?」
「ありがとう」
「これくらい、なんでもありません。それに、まだたくさん仕込んであるのです。驚いてくださいね?」

 彼女にしては珍しい、悪戯っぽい表情を浮かべて笑う姿も可愛いと思うのは、惚れた弱みだろうか。
 いや、誰が見ても可愛いと思う。
 出会った当初の硬い雰囲気は消え失せ、本来彼女が持つ柔らかくもあたたかい空気をまとった姿が嬉しくて、ぎゅっと力をこめて抱きしめる。
 もっと、ルナが自分の姿を取り戻していければいいと願いながら───


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