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第三章 見えなくても確かにある絆
早朝から大騒ぎですね
しおりを挟むトクリトクリとリズムを刻むリュート様の心音を聞いていると、どうして眠くなるのでしょうか。
変なものに追いかけられ、兄と料理をしていたから、眠っていたのに休んだという感覚は得られませんでした。
しかし、疲労感を覚えているわけではないのが救いでしょうか。
「ルナ、心配しなくても大丈夫だから」
「……リュート様」
優しい声で宥めてくださいますが、こうやって誰かを心配することで自らのことをかえりみることなく、自分が受けてきた心の傷に気づかないようにしていたのでしょう。
これも自衛手段なのでしょうが、あまりにも悲しすぎます。
だけど、これが私の知っているリュート様……優しすぎて責任感が強すぎて自分のことは二の次で大切な人たちを守るためならいくらでも頑張れる。
そして、傷ついている姿を見せて心配させないように、心を強く持たねばと頑張っている姿が切なくもあり、ひたすら耐え忍び前を見据えて鋭さが増す姿は格好良くもあり……複雑です。
いつか、私だけには本当のリュート様の姿を見せていただけるように、これからは、兄の助言通り頑張りすぎないように頑張りましょう。
まずは、リュート様が抱えるたくさんの飢えを満たさなくては!
そのためにも、ちょっとだけ私の飢えも満たしてくださいね。
心のなかでそんなつぶやきをこぼして、私はリュート様の鍛え上げられた胸板に頬を擦り寄せます。
女性にはない硬さで、ちょっぴりドキドキしますね。
あれ?リュート様の鼓動が少し乱れました?
「あーもー……なんでそんな可愛いかなぁ」
おかしいですね。
寝ぼけているときと言っていることが同じですよ?
顔を上げてリュート様の表情を確認しようとした瞬間、愛らしい声が聞こえてきました。
「んー?リューがベリリなの?」
「うわっ、チェリシュ!」
あら、チェリシュが起きてしまったようですね。
リュート様の腕の中からひょっこり顔を出して声がするほうを見れば、リュート様の背中をよじよじ登っているのか、チェリシュの小さな頭が彼の背後で左右に揺れておりました。
「おい、落ちるぞ」
「大丈夫なの。チェリシュは落ちてもケガしないの」
「いや、そういう問題じゃねーよな?落ちないように気をつけるべきだよな?」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
こうして会話だけ聞いていると、内容はどうであれ本当に父と娘の会話のようです。
朝から微笑ましいですね。
軽く聞き流しそうになりましたが、落ちても怪我しないって、どれだけ丈夫なのでしょう。
昨夜ぶつけたおでこも、全くの無傷でしたものね。
「チェリシュ、良い子に眠れたの。ちゃんとおとなしかったの」
「アレが、おとなしい……だと」
若干引きつった顔をしたリュート様が、助けを求めるようにこちらを見ますが、もしかしたら、チェリシュにとってはおとなしめだったのかもしれませんよ?
ほ、ほら、私達も安眠妨害されずに眠っていたわけですから。
まあ、私の場合は眠っていたのか怪しいのですけど……
その間にも、よじよじ登っていたチェリシュは、リュート様の体を乗り越えて、今度は私の方へやってきます。
何がしたいのかしらと見つめていたら、私とリュート様の間に挟まる位置で停止して寝心地を確かめると、満足したように可愛らしい笑みを浮かべました。
「リューがこっち、ルーがこっち、チェリシュが真ん中なの」
「ったく……まとめてぎゅーしてやる!」
「きゃーっ」
もこもこパジャマが愛らしいチェリシュの可愛らしい発言に、リュート様は私もろともチェリシュを抱き締め、幸せそうに微笑みます。
嬉しそうなリュート様を見ていると、こちらまで幸せになってしまいますね。
ほら、チェリシュも笑顔ですもの。
「よし、自撮りしようぜ自撮り」
「できますか?」
「腕を伸ばせば大丈夫だろ」
記憶の水晶をアイテムボックスから取り出したリュート様は、長い腕を駆使してベッドの上で仲良く寝転がる私達3人の姿を撮っていきます。
ほら、チェリシュ可愛いポーズしろといったかと思えば私に笑顔だ笑顔といって、良い映像を撮ろうとしているリュート様のお父さんっぷりに、頬が自然と緩みました。
その後、私とチェリシュも記憶の水晶を持ってきて、自撮りチャレンジをしてみたのですが、リュート様のようにうまくいかず、かなり手こずりましたが……これはこれで、面白いのではないかと3人でお互いの映像を見て大笑いです。
とくに、チェリシュの映像はあっちへいったりこっちへいったりと忙しなく、だけどとても楽しんでいるのがよく伝わる映像で、リュート様と二人でほっこり和んでしまいました。
ひとしきり撮影大会をした私達ですが、その間、チェリシュは全員でお揃いのパジャマを着ていることにきづき興奮したのか、ほんのり頬を赤くして愛らしい笑みを浮かべていたので、「チェリシュがベリリだな」とリュート様に突っ込まれてしまい、どういう反応をするのか見ていたら、目をキラキラ輝かせて「嬉しいの!」と大はしゃぎです。
チェリシュらしい反応ですね。
そうだ!
これから、私も真っ赤になって「ベリリなの!」っていわれたら「嬉しいです」と返したらいいのではないでしょうか。
……あ、いえ、ちょっと待ってください。
それって、真っ赤になっている事実が嬉しいのか、ベリリと比べられて嬉しいのか、判断が難しくないですか?
私の場合、絶対に前者だと取られるパターンのような気がします。
「さて、そろそろ起きるか。まだ早いが、二人共まったく眠る気配がねーしな」
「撮影会で目が冴えてしまいました」
「チェリシュもー」
「しまった、原因は俺だった」
よっ!といって軽く起き上がるリュート様は、朝から動きが軽やかで素敵ですよね。
起き上がったリュート様の背中に、チェリシュが張り付いていますけど……いつの間に!?
「ほら、チェリシュもお着替えだぞ」
「あいっ」
どこからともなく取り出した服装は、昨日着ていたものに似ていますが、レースやリボンの配置が微妙に違います。
こだわってますね……お母様である月の女神様がお作りになられたのでしょうか。
チェリシュの着替えはリュート様にお任せして、何かと支度に時間のかかる私は、出来るだけ手早く済ませてウォークインクローゼットから出てくると、こちらも修練用の支度を済ませたリュート様がチェリシュの髪をブラシで梳かしておりました。
「制服じゃないんだな」
「はい、時間があるからいろいろ作ろうと思いまして。制服は汚してしまったら大変ですから」
トマトケチャップなどを仕込む予定なので、白系は厳禁です。
意外と煮込んでいるときに、ソースがハネたりしますものね。
ですから、私にしては珍しい黒色がベースのワンピースです。
「黒も似合うな。まあ、好みは白だけど」
「そ、そうなのですか?」
「でも、ルナは可愛いから何でも似合っちまうのが問題だな。黒も雰囲気がぐっと大人っぽくなって素敵だし良いと思う」
あ、朝から褒め殺しですよっ!?
前世の兄もそうでしたが、やっぱり慣れなくて照れてしまうから、す、少し手加減を……
「ベリリなの?」
「ま、まだベリリじゃないです……か、辛うじて」
鏡越しに問いかけられた私の返答に、リュート様が魅力的な低い声で笑いました。
まったくもう……そんなに顔がベリリ色になっていたら、赤面症ではないかと……あ!そうだ、ベリリ!
まだ仕込んで一晩ですから、それほど変化はないでしょうけど、チェリシュに見せたら喜びますよね。
ベリリの酵母だけではなく、鰹節も塩辛も、リュート様の提案で実験しているものも気になりますから、キッチンへ参りましょう。
邪魔にならない場所に置かれていた発酵石の器の蓋をはずし、中からベリリの酵母を作っている瓶を取り出します。
「わーっ!ベリリなの!かわいいの!」
髪に可愛らしいリボンの髪飾りをつけてもらい、リュート様に抱っこされたままキッチンにきたチェリシュが、語尾にハートがつく勢いで声をあげました。
やっぱり反応しますよね?
まだ、大きな変化はありませんが、この瓶の中でしゅわしゅわ泡が立ってきたら、大はしゃぎ間違いなしです。
「ルーのお料理につかうの?」
「そうですよ。これで、ふわふわのパンを作るのです」
「ふわふわなの!」
「まだ、この子が育っていないから無理ですが、順調に行けば5日後には作れますね」
「たのしみなの!」
瓶の蓋をあけて新鮮な空気を入れてから再び蓋をして、今度は軽く振ると、チェリシュがうずうずしているのがわかりました。
やってみたいのですね?
はいどうぞと渡すと、チェリシュは恐る恐る手に取り、私の行動を真似て混ぜています。
「おお、うまいなチェリシュ。その調子だ」
「あいっ」
リュート様に褒められて嬉しかったのか、俄然力が入ったようですね。
先程より、リズミカルに瓶の中身を混ぜ混ぜです。
その様子を眺めながら、リュート様の実験物と鰹節を確認しようと蓋を開き中を見れば、鰹節のほうは表面がシッカリ乾いておりました。
うわ……砂竜の鱗の粉末ってすごいのですね。
この分だと、早い段階で荒節が完成しそうです。
さて、いまはそれが目当てなのではなくてですね……
サラサラと粉末をかき分け出てきたのは、カチカチの板状のもの。
日本人だったら馴染み深い、アレです。
「わぁっ!いい感じに仕上がってますよ!」
「おーっ!昆布完成だなっ」
「こんぶー?」
リュート様が美味しいぞーとチェリシュにいって聞かせている間に、私は昆布の状態を確認です。
水分がシッカリ抜けて乾燥しておりますし、表面には白い粉がふいていました。
この白い粉がうま味成分たっぷりの証ですから、いい感じにできたのではないでしょうか。
つまり、兄に教わった通りのレシピで、ウスターソースとケチャップが作れますね!
「この方法だと早いな。まあ、砂竜の鱗の粉末がどういうものか知識がなければ、ちょっと取り扱いが大変だが……」
「昆布のうま味を引き出すには、天日干しが最適のようですよ?」
「やっぱり、自然の恵みには勝てないか。天日干しの方も作ってみよう」
私から昆布を受け取ったリュート様は、見せて見せてとせがむチェリシュに渡したのですが、いきなりかじったのでびっくりしたようで、慌てて取り上げてしまいました。
い、いきなりかじりますかっ!?
「かたいの」
「あのな……これはまだ調理されてないから、まだ『待て』だ」
「あいっ」
そうでした。
チェリシュは好奇心旺盛でしたね。
私が作った物=美味しく食べれる物という方程式が完成しているのですから、不用意に渡したらダメなのかもしれません。
でも、いきなり昆布をかじりますか……あんなに手に持っても硬いものを食べようとするだなんて!
堪えきれず笑い出した私を、二人がキョトンとした顔をして見つめてきますが、目尻に涙が浮かぶほど面白かったです。
久しぶりにこんなに笑ったかもしれません、お腹を抱えて笑うという言葉の通りになっている私につられ、二人も笑い出してしまいました。
早朝から大騒ぎ。
だけど、とても心があたたかいと感じました。
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