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第二章 外堀はこうして埋められる

夢物語なんて言わせませんよ?

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 紅茶とロールケーキの準備をしている最中の私は、聞こえてきたキュステさんの絶叫と、シロたちの悲鳴に眉を潜めました。
 現在、リュート様に頼まれてお茶の準備をしているところですが、その間に事情を説明しておくと言うので、席を外したのは良いのですが、何に反応しているのかわからず気になります。
 急いで準備を終えて、トレイを手に従業員休憩室に戻ると、キュステさんが頭を抱えている姿が見えました。
 な、何を聞いたのでしょう。

「アカン……なんやそれ……海浜公園行っただけやで?それやのに……何で愛の女神様まで出てくるん。十神はそんなホイホイ会える神様ちゃうでっ!?」

 あ……やっぱりそうなんですね。
 でも、様子から見るに、リュート様はしょっちゅう会っているようですよ?
 愛の女神様が、神々はリュート様を頼る傾向にあるとおっしゃられていましたし、これからもたくさんの神々に出会う予感しかしません。
 しかも……主に十神と呼ばれる方々な気がしますが、気の所為でしょうか。

「とりあえず、事情はわかったわ。まあ、恋の女神様の暴走は前々から問題視されとったから、これで落ち着くやろ」

 そうだなと頷くリュート様は、ため息混じりに右手に持っていた瓶を空にして、肩を落とす。

「マジもう、なんでポーションってこう味がひでーんだろうな」
「しょうがないのです。薬草を混ぜるとそうなってしまうのです。増血剤入りは特に酷い味になるです」
「でも、一番飲みやすいはずですよぅ?」
「うんうんー」

 飲みやすくてコレか……と、リュート様がうなだれているのを見て、チェリシュがよしよしと慰めるように頭を撫でる。
 そして、好奇心にかられたのか、瓶の縁に指を伸ばして液体を少しだけとって舐めた瞬間、「うにゃぁ」と声を出して涙目になりました。
 え、そ、そんなにマズイのですか!?

「舐めなくていいのに、チェリシュには苦いだろ?」
「にがいの、やーの……うーっ」
「紅茶にお砂糖入れて飲みましょうね!」

 慌ててトレイをテーブルに置くと、チェリシュのカップに砂糖を投入して混ぜ、それを慌てて渡す。
 こくこく飲んだチェリシュは、あまあまなのーっとごきげんさんに早変わりですね。
 リュート様もお砂糖追加して、紅茶を飲んでます。
 二人共、そんなにマズかったのですか?
 同じような動きで紅茶を飲む姿が可愛らしく、思わず記憶の水晶を取り出して撮影してしまおうかと思いましたが、みんなにまだ配っていませんでした。

 皿に乗せたロールケーキと紅茶を配り、全員の目が初めて見るであろうロールケーキに釘付けです。

「奥様……コレ……なに?」
「ロールケーキです。ふんわり焼いた生地で生クリームとベリリを巻いたものですね」
「ふんわり……?」
「そうですよ。さぁ、どうぞ味わってみてください。リュート様が昨日言ってた『ふんわりした柔らかい』ものです」

 私の笑みを見た一同は、皿の上にあるロールケーキをフォークで切って、その柔らかさにまずは驚いたようであった。
 弾力のある柔らかな生地とクリームとベリリ。
 それを口に運び味わって……カフェとラテがまんまるの目を、さらに丸くして私の方を見ます。

「奥様!とけちゃったにゃ!」
「やわやわだにゃ!」

 そうでしょうそうでしょう。
 ロールケーキは柔らかくて美味しいのです。
 決して、リュート様の夢物語ではありません。
 もし、そう思ったとしても、必ず私が実現してみせます!
 だって、美味しいものを食べていただきたいのですもの。

「なんやこれ……柔らかい……どうやって作ってんの?こんなん、はじめて食べたわ」
「卵白を泡立てたメレンゲという物を使っています」
「え?あ、泡立て?ほんまかいな……何や、考えもつかんような調理法が出てきたわ。しかも生クリームの滑らかで、ベリリの酸味と甘味が抜群やね。これ……うちのデザートにしたら売れるやろうなぁ」

 呆然としたままロールケーキを味わい、甘くて柔らかい食感に驚きを隠せないようです。
 シロ、クロ、マロは、とろけそうな顔をしながらロールケーキを口に運び、3人揃って「美味しいね」と笑顔で頷きあっていました。
 やっぱり、女の子は甘いものに目がないですね。

「いつか、パンもふんわりやわらかい物を作りますよ?夢物語で終わらせません」
「奥様……パンだけはやめといたほうがええんと……」
「パンが柔らかくなったら、おじいちゃんとおばあちゃんが食べやすくなるです」

 キュステさんが真剣な表情で何かを語ろうとしましたが、それをシロが遮りました。
 そして、優しく微笑みます。

「そんなの、リュート様はちゃんとご存知で、それでも奥様が作ることを願っているです」
「美味しいパンになるにゃ?」
「ジジにゃやババにゃが食べれるパンできるにゃ?」

 カフェとラテの問いかけに、私は頷きました。
 歳をとって顎の力や歯が弱くなって、食べたくても食べられない……それが当たり前だなんて言いたくないです。
 食べたいものを食べる力を失って弱っていくのを見ているだけだなんて、つらすぎますもの。

「大丈夫です。やわらかいパン……絶対に作ってみます」
「キュステ。心配いらない」
「だいじょーぶなの!」

 リュート様とチェリシュの後方支援を受け、キュステさんが何かを悟ったかのように驚き目を丸くしたあと、やれやれといった様子で笑いだします。

「なんや、だんさんがわかっとるならええわ。せやったら、奥様の応援するで!そういうものが、これからの時代には必要なんやろうから」
「パンはキャットシー族に作れない物にゃ」
「奥様のパン、楽しみだにゃ!」
「はい!頑張ります!」

 キュステさんとカフェとラテが口々にそう言ってくれたので、俄然やる気が湧いてきますね。
 一番は、やっぱりリュート様に食べていただきたいから……ですけど───
 ただ、マロたちが教えてくれたのですが、年配の常連さんたちの中にも、パンはお財布に優しくて助かるのだけど固くて困るという人が多いらしく、料理の種類が豊富なこの店なら何とかならないだろうかと相談されたこともあるようでした。

「パンの仕込みには時間がかかるし、今から試さないといけないこともあるのですが……ニョッキやパスタならなんとかなるかもしれませんよね、リュート様」
「あー、それなら柔らかいか。炊飯器とフライヤーはギムレットと相談してすぐ作るつもりだったが、パスタマシーンやミルサーも出来ればすぐ欲しいな」
「パスタは手で打つにはかなり力が必要ですから……」
「それだよな。ニョッキは大丈夫なのか?」
「はい。手間はかかりますが、大丈夫です」

 手間はかかるのか……と、リュート様が渋い顔をなされます。
 時間のかからない料理なんてありませんもの。
 道具があれば時短ができます。
 でも、手間をかけても美味しいものが食べたいという気持ちがあるのですから、日本人の精神って凄いですよね。
 安価に済ませるなら、ジャガイモ料理もいいはず。
 火が通れば柔らかくなりますし!
 騒動の後に作ったジャガイモ祭りを思い出します。

「そういえば、カフェとラテにまだレシピを渡していませんでしたね。えーと」

 まだレシピにおこしていないものもあるけれども、手元にあるレシピをまず彼らに渡そうとポーチから取り出しました。

「新しいレシピにゃ!」
「いっぱいだにゃ!すごいにゃ!」
「まだレシピにおこしてない物もありますから、まずはこれだけ……」
「え……奥様、これ以上まだ……レシピあるん?どんだけ作らはったんっ!?」
「俺の魔力が枯渇状態だったから、騒動の後作ってくれたんだ」
「もしかして……海浜公園で?野外料理?」

 うんうんと、リュート様とチェリシュと揃って首を縦に振ると、キュステさんが目元を覆って「それでか……」と唸ります。
 ど、どうしたのですか?

「なんや、急に予約がえろう入って、何事か思うとったけど……奥様でかした!」
「奥様すごいです!」
「奥様すごいのぉ!」
「やったねー!」

 え、えっと?
 もしかして、野外料理はお店の宣伝になったのでしょうか。
 確かに、黒騎士様たちやナナトも匂いが……って言ってましたから、一般のお客様たちが刺激を受けないわけがないですよね。
 ナナトのお店に問い合わせがあったと言いますし、リュート様のお店に予約して食べたいという方々だっていて当たり前でしょう。

「ということは、ジャガイモ料理のレシピも追加しないとです!」
「あー、どれくらいあるといいかな……いや、これからも増えるんだから、ルナに渡しておこう」

 リュート様がレシピ用紙をまとめてドバッと取り出して、私にポンッと渡してくださいましたが……こ、こんなに?と思いつつも、料理の数から考えて……すぐに使い切ってしまうかもと苦笑を浮かべてしまいました。

「また増えるにゃ!」
「お安いジャガイモ料理にゃ!みんな喜ぶにゃ!」

 わーい、わーい!とカフェとラテが喜び踊りだしたのをキッカケに、チェリシュが目を輝かせて、その輪に入って踊りだします。
 うわ……わーっ!可愛いです!
 思わず、リュート様と私が同じタイミングで記憶の水晶を取り出し撮影開始。
 何してるん……と、訝しげにこちらを見るキュステさんに説明しているリュート様を横目に、私は「きゃー!」「にゃー!」と喜びの声をあげて、愛らしいおしりフリフリダンスを披露する可愛らしい子達を自らの記憶と、記憶の水晶に収めました。
 可愛いは正義です!

 
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