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記念小話
1000コメ記念・前編 ちょっとした偶然
しおりを挟む「ひゃっ!」
お気に入りのパン屋さんから出てきた瞬間、私の隣のレジで急ぎ会計していた3人組がぶつかってきて、思わずつんのめってコケてしまう。
道端でコケるなんて恥ずかしい!
「す、すみません!」
金色の稲穂のように美しい髪をした、この世のものとは思えないくらい美しい女性と、近所の井上のお兄ちゃんが慌てて謝罪するのだけど、二人の手を引っ張り急ぐ、私がこける原因となった青年は「ごめんねっ! 急いでいるから、お詫びは今度!」と言っただけで振り向きもしないとは……失礼な人もいたものである。
折角、この店のお気に入りであるクリームパンを買ったのに……嬉しい気持ちが半減だとトートバッグからこぼれ落ちてしまったパンの袋を引き寄せて袋にしまい、立ち上がろうとしたら、スッと差し出された大きな手が見えた。
「大丈夫か? 立てそう?」
「……え、あ、はい。ありがとうございます」
明らかに年上とわかる落ち着いた雰囲気の男性……スーツ姿だから社会人かしら。
大学生の私には、未知なる世界で頑張る人。
目つきが少しばかり鋭いけど、持っている雰囲気は優しくてあたたかい感じがする。
清潔感が漂う黒髪と少し明るめの茶色の瞳。
声はとても耳に心地よく、程よく引き締まった体が素敵だと感じた。
引っ張り立たせてくれるために握られた手も、私のものとは比べ物にならないくらい大きく、筋張っていて男性らしい。
いつもなら怖くて逃げ出すところであるのに、この人は平気みたいで驚きを隠せないのだけど、ジッと見つめていたら心配そうに彼は首を傾げてたずねてきた。
「痛いところとかないか?」
「はい、だいじょ……っ! だ、大丈夫です」
「……明らかにいま大丈夫じゃない声が出たよな」
「い、いえ、気の所為だと……」
ジトリと見られて誤魔化そうと笑顔を貼り付けるのだけど、青年は視線を落として私の足首を見ると小さくため息を付いてしゃがみ込んだ。
一言「触るぞ」と断りを入れて触れた手が、冷たく感じるくらい熱を持っているようである。
さっき握ってもらった手はすごくあたたかかったもの……その手が冷たいって、どんな状態になっているのか見るのも怖い。
ジンジン痛くなってきたのですもの!
「足首が赤くなっている。捻ったんだろ……ちょっと待ってな」
そう言うと、彼は目の前のパン屋さんに入っていき、しばらくすると椅子を持って出てきて、それを店の出入り口近くの道端に置く。
「そのパン屋に事情を話して借りてきた。家の人に連絡して迎えに来てもらえそうかな?」
問われて考える、確かにこの時間なら兄が家にいるはずである。
休日でよかった!
「は、はい」
「じゃあ、それまでは一緒にいるから、ここに大人しく座っていたほうがいい」
「ですが……いいのですか?」
「ああ。仕事帰りに妹に頼まれてここの店のクリームパンを買いに来たんだ」
「……え? じゃあ、早く買わないと無くなってしまうかもしれません! 先程見た時、残りわずかでしたもの!」
「はっ!? マジか!」
ここ、すずらん通りにある『ポプラの樹』のクリームパンは絶品で、大人気商品。
焼きたてを買いに来るお客さんが多く、すぐに売り切れるという話でも有名なお店であった。
だから、そのクリームパンを家族4人分買えたのはとても幸運だったのである。
それなのに、捻挫だなんて……ついてない。
「私はここにいますので、どうぞ買いに行ってきてください」
「わかった。動くなよ?」
「はい」
初対面の男性に念を押されて頷いている私……何をやっているのかと呆れてしまうけど、もう少し一緒にいたいな……と、思ってしまったのだから仕方ない。
ほら、クリームパンが買えたか気になるからですよ。
たぶん……
って、誰に言い訳をしているのやらとため息を付き、カバンからスマホを取り出した。
とりあえず、家に電話をして迎えに来てもらうことにした私は、兄が来るまで時間を潰さなければならない。
スマホの画面を見て、友達である綾音ちゃんに進められた癒し系アプリをタップしていると、画面に影がさしたので反射的に見上げる。
「へぇ、育成ペットゲームか。そういうの、和むよな」
「そうですね……パンは買えましたか?」
「何とか妹と母の分は確保できたから、大丈夫だと思う。俺の分は諦めよう」
やれやれとため息をつく彼には、疲れの色が見えて……思わず、自分の荷物からパンの袋を引っ張り出し、その中にあるクリームパンの袋を掴んで差し出した。
「こ、これ……どうぞ」
「ん? 君のだろ?」
「お礼です」
「んー……わかった。じゃあ、遠慮なく」
はぁ、運良く買えたクリームパンもこれで無くなってしまったから、厄日決定である。
だけど、これだけ親切にしてくれた人に何もしないなんて選択肢はないでしょう?
改めてお礼をしたほうが良いのかしら……そんなことを考えていた私の目の前に、ヌッと半分になったクリームパンが差し出される。
「え……あの?」
「今食っちまおう。焼きたてが旨いんだろ?」
目を細めて笑う彼は、鋭い印象が一転して、少年のように無邪気で可愛らしく感じた。
わ……わぁ……可愛い!
いえ、年上の方に可愛いとか失礼だけど、かわいい……わよね?
ためらう私の手に半分こしたクリームパンを押し付けた彼は、残り半分にかぶりつく。
「やっぱり焼きたてパンに敵うもの無し。クリームぎっしりだし、トロトロのクリームが旨いなぁ、こりゃクセになるわ」
「甘さ控えめで、バニラの香りが強いのがいいですよね」
「それな! 甘すぎないのがいい」
ぱくりと私も食べてみるけど、やっぱり美味しい。
焼きたてのクリームトロトロなところが好きで、こうして買いに来てしまうんですもの。
冷めたらプルプルなんだけど、トロトロのほうが好き。
「トロトロクリームパンか。また時間があったら買いに来よう」
あっという間に食べてしまった彼は、私を見て「ご馳走様」と微笑んでくれて……な、なんだか照れてしまう。
その時、また会えたら良いな……なんて、考えていた私自身に驚きながら食べたクリームパンは、いつもより少し甘かった。
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