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第二章 外堀はこうして埋められる
赤い屋根の可愛いお店
しおりを挟むバッシュさんのお店でとてもいいお魚をゲット出来たので、他の鮮魚店は横目でちらりと見るだけで終わってしまいました。
リュート様がイカを大量にお買い上げしたから、マールの天ぷらにイカの天ぷら……お野菜が欲しいかも……と、考えていたらチェリシュが何かを熱心に見ている様子。
人が多くなってきたこともあり、小さなチェリシュが歩くのには危ないと、リュート様に肩車してもらって、先程まではしゃいでいたというのに……何がそんなに気になるのでしょう。
視線の先を辿ると、鮮魚店が立ち並ぶエリアから細い通路に入り進むと行ける、少し離れた場所に可愛らしいこぢんまりとした赤い屋根のお店がありました。
ショーウィンドウの向こうに見えるのは、親子でお揃いの服や小物です。
……気になるのでしょうか。
思わずリュート様の袖をツンツンと引っ張ると、すぐに反応して私を見ます。
無言でチェリシュに一瞬だけ視線をやり、彼女の見ているお店に視線を向けると、それだけでわかってくれたようで、彼はお店を見て目を細めたあと赤い屋根のお店に歩を進めました。
「リュー、あのお店、いくの?」
「ああ。なんか可愛らしい物があるから、見てみようと思ってな」
「かわいいの!」
「だな」
本当に欲しい物や見たい物ほど我慢しているのでしょうか、自分の物ということになると途端に遠慮している様子です。
もう少し甘えてくれても良いのですが、まだ初日ですもの。
これからですよね。
ちゃんと様子を見ていればわかりますから、目を離さなければ大丈夫でしょう。
赤い屋根のお店の扉を開き入ると、中はこざっぱりした感じの雑貨も取り扱う衣類中心のお店という感じです。
そういえば、チェリシュにパジャマが必要ですよね。
衣類はどうしているのでしょう。
神殿で用意していたのでしょうか。
「チェリシュはお着替えどうしてます?」
「パパとママが持たせてくれてるのっ」
そういうと、彼女の背中に可愛らしいぬいぐるみもどきのカバンが出現しました。
か……可愛い!
月の女神様も太陽の神様もわかっていらっしゃいます!
もっふもふのウサギのぬいぐるみ調とか……可愛らしすぎますっ!
私がふるふる悶えていると、リュート様が「わかる、その気持よくわかる」と頷きながら同意してくださいました。
「まあ、数が少ないだろうから、ここで何着かついでに買っていこう。パジャマとかな」
そう言ってリュート様がショーウィンドウに飾られていたモコモコのパジャマを見せました。
ウサギの耳がついていて、可愛らしいですね。
尻尾までついてる。
うわぁ……これをチェリシュが着たら可愛いくって、ぎゅーっ!ってしちゃいます!
「ルーとリューは?」
「いや、男物はねーだろ。ほら、ルナの分はコレでどうだ?」
「リューも……」
さすがにうさ耳はねーわ……と、呟くリュート様にチェリシュの表情が曇りました。
確かに男性物は無いみたいですけど、素材が同じパジャマはありますね。
「これでどうでしょう」
「あー、それならいいか……」
「おそろい!なのっ」
わー、おそろい、おそろいーっ!と大喜びのチェリシュに、ああ、そういうことかと私達は納得してしまいました。
どうやら、お揃いの物が着てみたかったようです。
これが可愛いから欲しいということではなく、『一緒』という言葉に惹かれたのですね。
「んじゃあ、これと……んー、黒猫のやつもあるぞ。こっちもノーマルタイプの黒があるな」
男性用のノーマルタイプ。
ここの店主はよくわかってますね。
さすがに男性がうさ耳や猫耳はつけませんものね。
「ヤベェ……絶対可愛い……なんでカメラがねーんだろ。どうにか映像を記録できねーかな!」
「映像記録だったら、記憶の水晶がありますよ」
「え……そんなものある……の?」
店の奥から出てきたのは、エプロンドレスがとても似合う、長い白髪を後ろでお団子状にまとめ、黒に近い青い瞳を優しげに細める、ふんわりとした雰囲気のおばあさん。
柔らかな笑みを浮かべた上品な方で、とてもあたたかい感じです。
「……婆さん?」
リュート様の声が震えているのに気づき、どうしたのかと彼を見ると、呆然としたような……この世のものとは思えないものを見たような表情で立っていました。
「あ、いや、すまねぇ」
私達全員の視線が集まっていることに気づいたのか、リュート様は慌てて口を開きますが、顔色は優れません。
「……んなわけねーのにな」
首を左右に振ったリュート様は一度瞑目すると、気を取り直したように『記憶の水晶って?』とたずねます。
どうしたのでしょう。
前世……でしょうか。
しかし、目の前のお婆さんの顔立ちは、どうみても日本人風ではないですから、雰囲気という話になるのでしょう。
リュート様の前世のお祖母様は、とてもお優しい雰囲気の方だったのですね。
「この小さな水晶に、映像を記録するんですよ。時空神が作った時の迷宮の中に出来る代物で、指定した映像を約1分間、最大30個まで記憶することが出来ます。そして、この鏡にセットすることで、映し出すことが出来るんですよ」
お婆さんが持っていたのは、お化粧のコンパクトケースみたいなものでした。
パカリと開くと一段目にスポンジでも置かれていそうな雰囲気ですが、そこには何もなく、二段目を開くと鏡と水晶をはめる場所があります。
最大4つまでセットすることが出来るということは、映像を120個まで保存できるのですね。
ただ、そのためには別売りの記憶の水晶が必要ということなのですか。
操作方法は至って簡単で、選択したい水晶に触れたら見たい映像までタップして、中央にある再生ボタンのような役割を持つ宝石に触れたら選択完了。
選択した映像が鏡に映し出されるという仕組みなのですね。
「これの最大の売りは、ここを閉じて使用すると、立体的に映像が映し出されることなんですよ」
「へ?立体映像っ!?マジか……」
「その場にある物を記憶する水晶ですからね。再生方法を変えれば、平面にも立体にもなるというわけです。私の主人が発明した物で、他にはない代物ですよ」
「その旦那さん、すげー人だな!うちの工房に欲しいくらいだ」
確かに、これを発明出来る人だったら、リュート様はなんとしても欲しいと思うでしょうね。
きっと、リュート様が考えている物を作る手助けをしてくださるでしょうから。
「難しい話ですねぇ……うちの主人は、今の工房主を気に入っていて、そこから動く気が無いようですから」
「そうか……そりゃ残念だ……」
「気に入ったのでしたら、『フライハイト工房』というところに行ってみると良いかもしれませんね」
「……は?」
知り合いの工房の名前だったのでしょうか、リュート様が固まりました。
そして、しばらく何かを考えるように片手で口元を覆い隠してうなった後、恐る恐るといった様子で口を開きたずねます。
「もしかして、ギムレットの奥さん?」
「あら?うちの主人をご存知で?」
「何だよ、これギムレットが作ったのか。試作品?」
「レシピには一応おこしているみたいですが、値段が高いのと、記憶の水晶が中々手に入らないから製品化は難しいと言ってました。一昨日完成させてから5個も作ったというのに好きにして良いというものですから、つい……」
わぁ、5つも作っちゃったんですか?
それを好きにしていいって言う方も凄いですけど、だからといって、勝手に販売してしまっているお婆さんも凄いですよね。
限定5個という話で売り切るつもりだったのだと笑うお婆さんに、苦笑してしまいました。
「なるほど……ギムレットらしいな。だけど、これは絶対に売れるようになるぞ。記憶の水晶の調達は、時の迷宮ってことだから竜族経由か。ツテがないわけじゃねーから、何とかなるか?数が必要になるが……」
あ、リュート様が熟考モードに入りました。
ギムレットさんって確か、リュート様の工房の方ですよね?
つまり、すでにこれだけの腕前を持った方が工房にいらっしゃるというわけですか。
フライハイトって、確かドイツ語で自由という意味でしたよね。
リュート様らしい工房名です。
しかし、時空神が作った時の迷宮というものは何なのでしょう。
気になります。
「ルー、これかわいいの」
「どれですか?」
くいくい袖を引っ張られてチェリシュが見せてくれたのは、丸っこいもっちもちのひよこクッションでした。
うわっ!
抱えているチェリシュが可愛いです!
「それを抱えているチェリシュのほうが可愛いですよっ」
抱き上げてむぎゅーっです!
きゃーっと喜びの声をあげるチェリシュとくすくす笑っている私を、リュート様がいつの間にか記憶の水晶で記録しています。
え、購入してないのに使っていいんですかっ!?
というか……もう買う気満々ですね?
「へぇ……こうやって使うのか」
わっ!私達の姿が鏡に映し出されています!
しかし、それだけではなく、鏡の面を閉じてフタだけが開いている状態になると、立体映像で私とチェリシュがはしゃぐ姿が映し出されました。
「なるほど。鏡にも細工があるんだな。閉じることによって、立体化する仕組みか。へぇ、こりゃいい。婆さん、これ3つ頂戴」
「は、はい、いいんですか?結構しますよ?」
「ギムレットだったら、原価の2割増しまでしか金額設定しないだろ?緑金貨6枚と見た」
「せ、正解です……うちの主人をよくご存知ですね」
金額をピタリと当ててしまったリュート様に、お婆さんだけではなく私も驚いてしまいます。
そういう物って、簡単にわかるものなのですか?
「これだったら、赤金貨2枚しても買う奴は出てくるだろう。値段の付け方がまだまだなのは困るが、付き合いは長いからな。それなのに、奥さんを知らなかったというのは問題か?ドワーフって奥さんを外に出したがらないんだっけ?」
「あまり外に出るのを嫌がりますが、家の周辺なら大丈夫のようです」
このこぢんまりしたお店は自宅兼用みたいで、地下にギムレットさんやライムさんの工房などがあり、上の建物よりも地下のほうが広い家なのだと笑って教えてくださいました。
もともと、ドワーフ族は雪深い北の大地に住む種族で、雪や寒さから逃れるために地下で暮らしているから、そちらのほうが落ち着くのだろう……とリュート様が耳打ちして教えてくださいましたが、色々な種族がいるのですね。
「まあ、種族特性だな。じゃあ、改めまして。俺はギムレットの働いている工房『フライハイト』の主で、リュート・ラングレイだ。よろしく」
「まあ!そうだったのですか、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はギムレット・ジンカリブの妻で、ライムと申します」
二人が挨拶をしている姿を眺めながら、抱っこしているチェリシュが「もちもちなの!」と言ってぎゅーっと抱きしめて離さない黄色くてもちもちのこの子も、どうやらお買い上げのようです。
リビングが一気に賑やかになりそうな予感に、私は頬を緩ませました。
春の間に、いったいどれだけ生活感あふれる部屋になるでしょうね、リュート様。
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