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第二章 外堀はこうして埋められる
季節と時間と神々の制約と……
しおりを挟むポセおじちゃんは悪くないのだと、春の女神様は呟きます。
なにか悪いことをしていると子供が自覚している時のような躊躇いを、春の女神様から感じられました。
「チェリシュが……帰っちゃうからだめなの」
帰るからダメ?
どういう意味でしょう。
その続きを必死に語ろうとしているのでしょうか、口元が小さくもごもご動きます。
「チェリシュが育てたおいも、ちいさいのおいしそうじゃないって……」
一生懸命育てた作物に対して、何という事を言うのでしょう。
デュンポス山のポセト神は、確実にブラックリストにいれておきましょうね。
まだ、頭の中で言いたいことがまとまっていないのか、話はあっちこっちに飛びますが、それでも春の女神様がショックを受けていることだけはわかります。
「そんなちいさいの育てるから、チェリシュはいつまでたっても、パパとママのところに帰ってきちゃうんだって……どっしり……かまえないとなの」
「親元に帰るのは当たり前のことではないですか」
「あー、いや、そうじゃねーんだ」
何を当たり前のことを言っているのだろうかと首を傾げている私とは違い、リュート様はナルホドというように苦笑して、春の女神様の頭を慰めるように撫でています。
「そっか。そういうことだったのか……あー、そういえば、ルナにはまだ話してなかったな」
そういって説明してくださったのは、この世界の基本であった。
1日=24時間
1週間=6日
1ヶ月=5週=30日
……ということである。
日本の一週間という感覚とは違うようで、ひと月の区切りもキッチリ30日になっているというところはわかりやすいです。
先日リュート様から日曜日だとお伺いしておりましたので一週間は7日あるのかと思いきや、金曜日が無いのだということでした。
この呼び方はヤマト・イノユエがあらためてつけたらしいです。
それまではというと……
月曜日=月光の日
火曜日=灯火の日
水曜日=水流の日
木曜日=樹木の日
土曜日=大地の日
日曜日=陽光の日
竜族やエルフ族はいまでも古い読み方の方が慣れているのでそちらを使うようだけど、他の種族は覚えやすいという理由で全てこちらに統一されたとのことであった。
リュート様が「魔の金曜日がないなんて素晴らしい」と呟いていましたけど、え?魔の金曜日ってなんですか?
日本にそんな習慣あったかしら……なにか物言いたげなので、二人っきりになったときにでもお伺いしましょう。
リュート様にとって金曜日は、あまり良い日ではなかったのですね。
「そして、この世界でも四季はある。春が4ヶ月、夏が2ヶ月、秋が4ヶ月、冬が2ヶ月という感じで季節はめぐるんだが、その間、季節の女神は天界に帰っちゃいけないんだ」
え……なんですかそれはっ!
じゃあ、春の女神様は4ヶ月の間、親元を離れて1人この地上にいるということになるのですかっ!?
「春の女神様が天界に帰っちゃうと、天候が荒れますにゃ。春は嵐が多いと言われるけど、春の女神様が帰っちゃってるからにゃ」
「それに、春の時期なのに暑い日は夏の女神が、寒くなると冬の女神が、雨が多いと秋の女神がそれぞれ様子を見に来ていたりする」
一番幼い春の女神様がみんな心配なのだと言います。
それはそうですよね……こんなに幼いのに、親元を離れて頑張っているのですもの。
心配にもなります!
しかも、どこかで眠りこけてたりすると言いますから、違う意味でも心配ですよね。
「季節の女神は、地上に存在するだけで恩恵を与える。チェリシュは春の女神だから、春の間は地上にいないとなんだが……寂しくなって良く帰っちまう」
「だから、春が一番荒れますにゃ。季節の女神様が、何らかの理由で地上にいらっしゃらないと、雷がゴロゴロピカーですにゃ」
リュート様とナナトが説明してくれたことにより、どうして「帰ってきてはダメ」だと言われてしまうのかわかりましたが……幼いのに、親元を離れて頑張らなければならないだなんて……神様という立場も大変です。
しかも、太陽と月の夫婦神は地上に簡単に降りることができないようで、親子ともども神々の制約という物に強く縛られているようでした。
制約というものは、私が考えている以上に難しいものなのかも知れません。
怒られていると思ったのか、小さくなっている春の女神様をぎゅうっと抱きしめる。
誰も怒ってませんよ。
大丈夫と囁きながら、額に頬を擦り寄せた。
「寂しかったのに、よく頑張りましたね」
「ルー……」
「4ヶ月も大好きなパパとママに会えないのは辛いですよね。寂しいですよね……偉いですねぇ、地上のために寂しいのを我慢してきたんですもの」
小さな手でぎゅうっとしがみついて来る春の女神様。
今だって寂しいでしょうに……そう思うと心が切なさで痛む。
春の女神様の頭を、リュート様が後ろから撫でてあげています。
頑張っていることがわかっていたから、リュート様も時間が許す限り、春の間は面倒をみていたのかもしれません。
だから、妙に慣れていたのでしょう。
リュート様が14歳の時に出会ってからの6年。
春が来るたびにリュート様は春の女神様が寂しくないように、できる限り手を尽くしていたのかも知れません。
春の女神様のなつき具合や、リュート様が対応している時に感じる手慣れた様子は、そのことを物語っていました。
自分のことでも手いっぱいだったでしょうに……リュート様は優しいです。
きっと、両親を想い寂しそうにしている春の女神様を放っておけなかったのでしょう。
そして、春の女神様はそんな優しいリュート様に全幅の信頼を置いている。
寂しくてどうしようもない時に、リュート様のじんわりあたたかくなる優しさは、心にとてもしみますもの。
私もわかります……すごくあたたかくて、1人じゃないんだって思えますものね?
一緒にいるときは、寂しくなかったのですよね?
ガゼボに来たのも、リュート様を探してきたのでしょう。
騒ぎにならないよう姿を消しているはずなのに、見えてしまった私がいたからさぞかし驚いたでしょうね。
でも、その出会いに心から感謝したいです。
私も、春の女神様の孤独を埋める一人になりたいと願いますもの。
「でも……でもね、チェリシュ……もう、さびしくないない」
「ないない……ですか?」
「あいっ!リューとルーがいて、さびしくないないなの」
ぎゅーっとしがみついてくる春の女神様……もう、なんて健気なんでしょう!
可愛いこの小さな子を守りたい。
こういうのを、母性本能がくすぐられるというのでしょうか。
「ルナがいてくれたら、今まで以上に寂しくないか」
「あいっ、リューもルーもだぁいすきなのっ」
それは良かったと言いながら、私ごと春の女神様を抱きしめてくださいます。
春の女神様がにぱっと、嬉しそうに子供らしい笑みを浮かべる。
「リューとルーは、パパとママみたいなの。だから、さびしくないないなの」
「まだ結婚もしてなければ、付き合ってもいねーが……」
確かにそうですけど、野暮なことはいいっこなしです。
春の女神様が嬉しそうにしているのですから、このままにしておきましょう。
「あ、あのー、これ……大丈夫なのかにゃ」
控えめに声をかけてきたナナトの指し示すものが何なのか、すぐさま理解した私は、鍋に視線をやってそろそろ揚げどきだと慌てる。
リュート様が春の女神様を引き取ってくださって、ぎゅーっと抱きしめてあげているようで、春の女神様が甘えたようにすりすりしてます。
あ、それは……私もしたいですよ!
「こげちゃいますにゃ」
「すぐ引き上げます!」
全部慌てて油から引き上げ、油を切る。
先程揚げたものよりも、すこーし色が濃いですが大丈夫です。
問題ありません。
塩を振ってポテチの追加をロン兄様に告げると、嬉しそうに袋に入れていました。
「美味しいって、すぐに無くなっちゃうんだよ」
「やっぱり、もっとお腹にたまるものが良さそうですね」
「それは嬉しいけど……できそう?」
「器の問題も解決したので、続いて、フライドポテトとジャガバターを!」
「いもばっかりだにゃ……」
「そう言われても、買い出しに行ってないから、材料が限られているのですよ」
残っている材料はごくわずか……小麦粉と卵とベーコンと牛乳……お砂糖に塩……ハーブソルトとマヨネーズ。
そこに、春の女神様にいただいた、ジャガイモとベリリです。
お腹に溜まりそうなものと考えたら、ジャガイモがメインになってしまいますね。
あ、ベーコンがあるので、ジャーマンポテトも良さそうです!
いえ、ここは卵……あ、残り少ないから無理ですか……残念。
オムレツにしようと思ったのに……残り2つでは、量が足りません。
「小さいおいも……いっぱいごろごろー!なの!」
元気の良い声が聞こえたと同時に、やっぱり沢山のおいもさんが天から降り注ぎ、驚いたナナトの尻尾がピーンッ!と立ちますが、案の定、リュート様が慣れたように集めてくださいました。
そういう私も慣れてきましたよ?
リュート様がいれば、大丈夫です!
「わぁ……可愛らしい大きさのジャガイモですね。これだったら、皮つきで調理しちゃいましょう」
「楽しみなの!」
「だな」
春の女神様にいただいたジャガイモを洗浄石で綺麗にしてから、十字に切込みを入れます。
蒸したい……できることなら蒸したい!
大きな鍋に水を張ってザルを入れて……うーん、もう少し高さが欲しいです。
何か、このザルの下に敷くものが無いでしょうか。
周囲を見渡していると、背後から覗き込む気配と共に声がかかった。
「ん?あー、高さが欲しいのか。ならこれでも使ってりゃ良い」
そう言って、リュート様が赤紫色のブロックを鍋底にコトリコトリと音を立てて敷いていきます。
えっと……それはなんですか?
と、声をかけようとしてリュート様を見つめて……思わず固まった。
うわ、うわーっ!
す、すごい光景というか、素敵なお姿です、リュート様!
「贅沢な魔石の使い方ですにゃ」
「これだったら、ヘタに爆発しねーし、熱にも強いから問題ねーだろ?」
「まぁ、それはそうですにゃ」
左腕で春の女神様を片腕抱っこしている姿に胸キュンしていた私の耳に入ってきた言葉は、とんでもない単語たちでした。
『魔石』と『爆発』どういうことでしょう。
「もしかして……ルナ。そのへんの石ころ拾って、洗浄石で綺麗にしたら大丈夫だろうなんて考えてなかったよな?」
「え……えっと……」
少し考えてましたなんて言ったらマズイ雰囲気でしょうか。
視線が泳ぎまくっていたのかバレてしまったようで、リュート様が深い溜め息をつきます。
「あのな。そのへんの石ころはやめとけ。ヘタすると爆発するぞ」
「怖い世界なのですねぇ」
「いや、それはどこでも一緒だからな?」
「……え?」
あれ?
地球でも、日本でもそうだったのですか?
知りませんでした……石ころって意外と怖いものなのですね。
「まあ、その魔石は加工前で何も術式が入ってないから、使っていても問題ないし、丁度いい高さみたいだな」
洗浄石のように研磨されていない魔石は、ある程度の大きさにカットされたものが流通しているのか、これは5cmより少し大きめの赤紫色をした立方体です。
「熱と水に強い魔石ですにゃ」
「そうじゃないと、これには合わねーだろ?」
「しかも、純度が高く大きいですにゃ……かなりお高いですにゃ」
「俺の術式に耐えられる魔石だから、グレードは高くなる」
透明度や大きさで値段が変わってくるのでしょうか。
そういえば、リュート様が扱う魔石って、全部透明感があって綺麗ですよね。
宝石のようにキラキラしてますもの。
私のハートの洗浄石も、かなり良いものを使っているのでしょうか……一般的に、流通しているような物ですから、さすがのリュート様でも手の加えようがないですよね。
だから、研磨の形に拘ってくださったのかも知れません。
お礼を言って鍋に水を入れてザルを設置し、ジャガイモを並べてフタをすると火をつけます。
これで暫くすれば火が通るでしょう。
その間に、ナナトの知りたがっているフライドポテトを作りましょうか。
大きめのジャガイモを取り出し、先程作ったように下ごしらえをしていきますが、今回は小麦粉をまぶしません。
低温と高温の油を用意し、低温から入れて火を通したあと、高温でサッと揚げ、カリカリに仕上げて塩をまぶせば出来上がり!
塩とハーブソルト味の2つを作って、それぞれポテチがなくなってしまった袋に詰め、ロン兄様にお渡しすると、嬉しそうに黒騎士様たちの方へ駆けていきます。
部下たちが飢えている状況が可哀想でならないのですね……お優しいです、ロン兄様!
さすがは、リュート様のお兄様です。
続けてじゃがバターも、後少しで仕上がりますから、お待ち下さいね。
そして、レシピを購入するかどうか考え込んでいた節のあるナナトに、出来上がったばかりのポテトフライを一本ずつ差し出します。
「これがフライドポテトですよ」
「これが……ですにゃ?見た感じ、水にさらして拭いて油で揚げて塩を振ったただけですにゃ。どうしてコレにみんな必死になりますにゃ?」
これが本当に美味しいの?というような風情で、塩の方からパクリと食べ、目を見開く。
「外はカリッ!なのに、中がホクホクのアチチですにゃ……これは、すごいですにゃ!こっちも……こっちがスゴイですにゃ!香りがいいですにゃ!」
「屋台で作ることを考えて、温度の違う油を2つ用意しました。私は小麦粉をまぶして揚げるのですが、これは素揚げですね。粉で油が汚れないようにすれば、掃除の手間をはぶける上に、たくさん作れますよ」
そう説明していると、リュート様がボソリと「フライヤーと蒸し器……」なんて呟いてます。
ま、まさか……
いえいえ、まさか……作るなんて言いませんよね?
リュート様の作りたいものリストなんて、出来てませんよね?
しかも、それ全て私関連ですよねっ!?
どうしましょう、リュート様が過労死したら私のせいですよ!
「まあ、フライドポテトはカフェとラテが売っている物の改良版ってことで、レシピ登録しなくても大丈夫だが……お前は今食った物に、どれだけの値段を付ける?ナナト」
ニヤリと笑うリュート様に対し、固まるナナト。
えっと……交渉バトル勃発ですか?
春の女神様は、意味ありげに笑うリュート様とナナトを好奇心いっぱいの瞳でながめています。
お願いですから、幼い子の前でやっても問題のない程度にしておいてくださいね?
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