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第二章 外堀はこうして埋められる

昔はあったのに忘れてしまったもの

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「そなたのスキルは、この世界では珍しい……が、あちらではなんら珍しいものではないかもしれぬな」

 そう愛の女神様に言われましたが、思い当たるものがありません。
 だいたい、あちらではスキルなんて存在しませんもの。
 考えても出てこない答えに首を捻っていると、愛の女神様が苦笑してしまいました。

「わからんといった様子じゃな」
「あちらの世界でスキルは存在しませんので……」
「そうじゃな、スキルも魔法も無く、神々すら遠い世界。じゃが、そなたにとっては日常であったのではないかのぅ」

 私にとって日常であったものがスキルになっている?

「先程のスキルは、簡単に言うと『祈り』じゃな」
「祈り?」

 何だか、ものすごく漠然とした言葉がきました。
 しかも、それがスキルと言われても、どういうものであるか理解するのが難しいので、困ってしまいます。

「祈りって……抽象的だな」
「太古の昔、全ての生きる者が当たり前に持っていた力じゃ。無心に祈る、心や頭を空にして、ただ祈るのじゃよ。その祈りは神々の糧となり、奇跡となる」
「奇跡……?」

 リュート様が眉根を寄せて、愛の女神様を睨みつけるように見ますが、彼女は柔らかく微笑んでいるだけである。
 難しい話をしはじめたのだと理解しているのか、リュート様の膝の上の春の女神様は大人しく……リュート様の手で遊んでいました!
 あ、そ、それはズルイです。
 拳状態だったリュート様の手を春の女神様がジッと見つめており、ピッ!という擬音語が付きそうなほど素早い動きで人差し指が立てられ、その人差し指を春の女神様が小さな両手で掴みにいきました。
 しかし、それがわかっていたのか、逃れるように指はまた握り込まれ、拳状態に戻ります。
 はっ!取り逃した!というような顔をした春の女神様は、再びジーッとリュート様の拳を見つめていますが……耳とシッポがあったら、狩りをしているときの猫のような状態になっていることでしょう。
 そんな手遊びをしながら、真剣な話に加われるリュート様……子供と遊ぶの慣れすぎてませんか?
 プログラマーでしたよね?
 保父さんやってたといっても驚いたりしないレベルですよっ!?

「奇跡といわれてもピンとこねーな」
「今のこの世界の者たちにはそうであろうな」

 い、いけません、リュート様と春の女神様に気を取られすぎました。
 真面目に話を聞きましょう。
 愛の女神様は、簡易テーブルの上にある紅茶のカップを優雅に持ち上げて唇をつけ、ひと口飲んだあと話を再開する。

「この世界にスキルという制度がなかった頃、人は祈ることにより奇跡を起こしたものじゃ。人に与えられた『純粋に想い願うことにより起こす奇跡』という力を、竜族も、エルフも、ドワーフも、獣人族も、人間も……いつの間にか忘れてしもうた」

 この世界では、忘れ去られた『祈り』……だから、珍しいスキル。
 だけど、昔は誰もが持っていたのに、どうしてみんな忘れてしまったのでしょう。

 元いた世界では、毎朝オーディナル様へ祈りを捧げ、一日がはじまります。
 人によって祈りの時間が変わるようですが、私は長い方であったのか、時々家に仕える者たちに面倒臭そうな顔をされてしまいました。
 あの時は、それが少し悲しかったですね……
 朝が忙しくて祈れない時は、太陽が真上に来た頃か就寝前という決まりもありました。
 それくらい、あちらの世界では一日に一度の祈りが欠かせません。

 休日は、神殿へおもむき祈りを捧げる習慣もありました。
 神殿の内部の空気が好きで、できる限り足を運んでおりましたが……神殿前の門に手をかけるまでが辛くて、とても苦しかったです。
 いま考えると、呪いのせいだったのかも知れません。

 頑丈な門をくぐり、淡い色合いで優しく迎えてくれる花々の庭園を抜けたところに現れる荘厳な石造りの神殿は、あの世界で一番の技術が集められた場所でもありました。
 鮮やかなステンドグラスや、様々な色石を使って模様になるように配置された壁や床、質のいい大理石を加工して造られた大きく丈夫そうな柱の周囲を彩る装飾や、祭壇中央のオーディナル様の神像は繊細で、職人の技術に驚いたものです。
 偉大なる創造神であるオーディナル様に感謝し、つつがなく暮らせるように祈る。
 それは、あちらでは日常であり、特別なことでもなければ難しいことでもないような気がしました。

「神々が親しいということが弊害であるのかもしれぬ。この世界の者たちは、誰に祈る?親しい神々にそれを求めるか?いいや、求めはせぬ。人間で例えるならば、祈るよりも神の加護を持つ称号持ちに嘆願したほうが早いからのぅ」

 神々と人々との距離の問題……確かに、いま目の前にいる愛の女神様に祈るよりも、こうして言葉を交わそうとする私がいます。
 距離感とともに失われてしまう祈りは、確かにあるのでしょう。

「しかし、この世界にも神殿はあるのでは……」
「無心に祈ることの出来る者などおらん。唯一それに近いのが聖女の家系であるな。しかし、それでも瞬時に心も頭も空にして祈ることなどできんようじゃ。我々神は、その祈りから発生する魔力に敏感であるから、すぐにわかる」
「ルーの、キラキラ、ピカピカ、あったかーなの」
「そうじゃな、よく見ておる」

 えらいぞ……と、愛の女神様が目を細めて春の女神様を褒めていますが……
 私が祈ることで、魔力が発生することは理解しました。
 今回の奇跡は、オーディナル様の力が大きいですし、それによって引き起こされた創世神ルミナスラの奇跡は、想定外です。
 正直、夫婦神の愛情が為せる技であり……私は、きっかけですよね。

「神族はな、祈りにより発生する魔力をとても好む。純粋であればあるほど我が身に取り込み、力とすることが可能じゃ。今回は、父上がその力を取り込み、そなたを守るために使用した。そこに母が反応したわけじゃが……そなたの祈る力により発生した魔力は、こちらの神々にも力を与えよう」
「オーディナル様に捧げる祈りでも……でしょうか」
「それはそうじゃ、父神への祈りは我ら全ての神族に関わるもの。世界は父と母によって創造されたのじゃから、当たり前であるな」

 夫婦神であるとわかったときからもしかして……と考えておりましたが、やっぱりそういうことなのですね。
 しかし……そうなると……

「彼女は祈りの魔力を与える対価として、神々の力を無尽蔵に引き出せるということなのでしょうか」

 テオ兄様の静かな声が響く。
 私もそこは気になるところです。
 もし、そういうことなら、祈り1つでも慎重にならざるを得ません。

「我々神とて万能ではない。この地上界に及ぼせる影響など微々たるものなのじゃ。普通に手を貸すよりも、祈りの力を得て貸したほうが幾分影響力があるという話でしか無い……が、神々が気まぐれに力を貸し与える可能性があるのは、少々問題かも知れぬな」

 それだけでも大事ですよ……と、ロン兄様がため息をつきます。
 どうやら、考えていた以上に問題のあるスキルですね。
 テオ兄様とロン兄様の顔色が優れません。
 どうしましょう、これはリュート様だけではなくテオ兄様やロン兄様にもご迷惑をかけてしまうパターンなのでしょうか。
 そうだとしたら、とんでもないスキルに目覚めてしまったものです。

「まあ、元いた世界の父上の加護がスキルとして変化したものであるから、規格外であるのは致し方あるまい。しかし、そのかわり発動条件がシビアじゃな」
「あ、発動条件があるのか……びっくりした、無尽蔵かと思っちまった。加護を与えているわけでもないのにホイホイ力を貸していたらビックリしちまうもんな」

 リュート様も、どこか安堵したようですですが……加護を与えている以外の神々が、誰かに力を与えるのは、とんでもないことなのですね?
 でも、春の女神様の「おいも、ごろごろー!」は、力を与えるというものとは違うのでしょうか。
 私にとっては、アレも素敵な力で嬉しいですよ?

「命ある者には、それぞれマナの器がある。その器に、愛情が満たされて余りある……まあ、いうなれば過剰分じゃな。それが祈りの魔力として昇華されておるようじゃ」

 愛情が満たされる……つまり、前の世界では感じられなかったものが、今は私のこの器に満ちているということなのですか。
 自然と全員の視線がリュート様に向かいます。
 間違いなく、私に心を沢山注いでくださっているのはリュート様ですもの。

「つまり、その者のスキルは、そなたの持つ愛情次第ということじゃ。リュート」
「は?」
「いまは力を使って、器に満たされていたはずの愛情が目減りしてしもうたじゃろうな」
「目減り……」
「要するに、足らんのじゃ」
「足らねーだと……俺のルナに対する想いが足らねーと言うんだな?へー……それは、誰の挑戦だ。オーディナルか!?うちの娘は簡単にやらねーとかそういうヤツか!」

 お、落ち着いてくださいリュート様。
 誰もそんなこと申し上げておりません!
 春の女神様もビックリ……あれ?してません……ね?

「リューの、ルーへの想いは、いっぱーいなの!チェリシュも、いっぱーいなの!」
「いっぱいだよな!」
「そうなの!いっぱーいなの!」

 あ、参戦してしまいました。
 どうして参戦してしまったのでしょうっ!
 いきり立つ二人を楽しそうに眺めていた愛の女神様は、とても楽しいことを思いついたというように目を細める。
 何か企んでいらっしゃいますね?
 それは、先程「キリのいい数字が良い」とおっしゃってた時の表情と同じです。

「ならば、そなたの想いを注ぎ続ければよかろう?リュートにしかできぬことじゃ。今後も大切にし、愛情を惜しみなく注いでゆけば良い。そうすれば、器はいつもそなたの愛情でいっぱいに溢れる。祈りの力など、その副産物に過ぎぬわ」
「おし、オーディナルに目にもの見せてくれる。何が足らねーだ……俺がどれだけ想ってるかわからせればいいんだな?上等だ!」

 えっと……リュート様。
 そういうお話ではないような……違うような気がしますよ?
 オーディナル様は、一言もそんなこと仰っておりませんでしたが……

「リュー、がんばるのー!」
「おう、任せろ!」
「えいえいおーなの!」

 二人してグッと拳を握りしめて気合を入れておりますが、いま確実に話をすり替えられたと言うか、違う方向へ持っていかれませんでしたか?
 それに、オーディナル様が誤解されている気がします……というか、いつからオーディナル様が私の父の立場になっているのでしょう。
 さすがに、マズイのではないでしょうか。

「しかし、二日目でルナのスキルが2つ覚醒か。『祈り』と『料理』……まあ、戦闘系でなくてよかった」

 リュート様は、本当に私が戦闘に関わるのを嫌がってますよね。
 私だってお役にたちたいのですよ?
 お料理は補助ですし、祈りなんて不明瞭な点が多すぎます。
 しかも、今の説明を聞く限り、いつでも発動するわけでもないようですし……もっと、リュート様のお役に立てるスキルはないのでしょうか。

「リュート……そなた勘違いしておらぬか?」

 何が勘違いなのだろうと首を傾げた私達の目の前で、愛の女神様が優雅に微笑む。
 この時のとても美しくも神々しい笑みが、彼女の発言によりおとずれる混乱を見越してのものであったのだと思い知ることになろうとは、誰も予想すらしていなかった。
 問いかける視線を感じて笑みを深める愛の女神様は、ご機嫌といった様子である。
 
「その者……ルナティエラのスキル名は、『慈愛の祈り』と『神々の晩餐』じゃ。どちらも、固有スキルじゃぞ」

 愛の女神様から投下された爆弾により、私達は完全に思考と動きを止めてしまいました。
 え、えっと?
 そんなスキル名を聞いたことがないのは、私だけでしょうか……
 麗しの三兄弟そろって、似たような格好で苦悩している様子です。

 な、なんだか……すみません!
 心をこめて謝罪しますから、私のスキルを一般的なものにチェンジできませんかっ!?

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