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第二章 外堀はこうして埋められる
春ジャガイモのラザニア風とベリリのミルクレープ
しおりを挟むクレープ生地もかなり焼けましたから、生クリームをハンドミキサーで泡立てましょう。
思いついたことがあるので、たっぷり目です。
そして、春の女神様から沢山いただいていたベリリを、リュート様が簡易調理台の上に置いてくださっていたので、大きなベリリを選んで手に取った。
このベリリもこぶし大ほどあるので、日本のイチゴに比べるとかなり大きいですよね。
ヘタをナイフで切り取って、食べやすい大きさにカットしてからスライスしましょう。
リュート様が作ってくださった、ひんやり冷たいお皿の上にある生地を、違うお皿に移してから、一枚だけ取って冷たいお皿の上に生地を敷き、その上に生クリームを塗って、ベリリをたっぷりできるだけ均等に並べ終えたらクリームを塗ってから、新たなクレープ生地を乗せて……を、繰り返していきますよ!
単純作業ですが、意外と均等に塗っていくのが難しいのです。
頑張ってクレープ生地をすべて重ねた私の目の前に、結構な高さのあるベリリのミルクレープが完成していた。
いい厚みですね。
しかし、これで完成ではありません。
多めに泡立てておいた生クリームをとり、ミルクレープを覆うように塗っていきます。
デコレーションのために絞り口が欲しいですね……でも、少し考えがありますから問題ありません。
ナイフをあてて、お皿をくるくる回転させ綺麗に生クリームで覆えば、考えていた以上の見事な出来栄えに笑みが浮かびます。
綺麗な生クリームのキャンバスのようですね。
まずは、真ん中にたっぷりのクリームを乗せ、スプーンで大まかに広げていきます。
これは綺麗に均等に広げると面白みがないので、大雑把にするとクリームの凹凸が出て可愛らしくみえますよ。
縁まで無理して広げず、外周は少し残す感じのほうが良さそうです。
中央を少しくぼませるようにして広げるのがポイントですね。
クリームはこれでいいので、次はデコレーション用のベリリに移りましょう。
日本でおなじみの大きさのベリリを選び出し、スライスしてベリリの花びらを作ります。
厚みのある生クリームが少し見えるようにしつつ、外周から並べていきましょう。
一周並べ終えたら、ずらして重ねるように、本当に花が咲くようなイメージで重ねていきます。
中央は、少し小さめのベリリを立てて並べ、立体感を出したら完成!
即席にしては良い感じじゃないですか?
これで、春の女神様が喜んでくださるような愛らしいケーキになったかしら。
ベリリで作ったお花が咲いてます。
粉砂糖やミントでさらにトッピングしたいですね。
「うわ……可愛いケーキができたな。ミルクレープなんだろ?」
「はい。デコレーションしてみました」
「メチャクチャ可愛い。その考えを持ったルナも可愛い」
「ついでですか?」
「まさか、一番可愛いのはルナだよ」
そ、そういうセリフを甘い声と表情で言わないでください……真っ赤になってしまって言葉が出てこなかった私は、彼がこれ以上ドキドキさせるようなことを言わないように、残っていたベリリをつまんで口に運んでしまう。
お口に何か入っていれば、こんな心臓に負担のかかるようなことも言えないでしょうから。
しかし、その目論見が甘かったのだと思い知ることになる。
差し出されたベリリをパクリと食べたリュート様は、私の手首を掴んで固定すると、指先にちゅっと口づけたのだ。
「っ!?」
「ごちそーさん。さて、これも運ぶか」
ひょいっとデコレーションされたミルクレープを運ぶ後ろ姿を見送り、口づけされた指先をどうしていいかわからず、真っ赤になって震えていた私に、ロン兄様が「これはどうしよう?」と声をかけてくださいました。
全部見てましたよね……口元が笑ってます!
でも、ニヤニヤした感じではなく、幸せそうで良かった……とでも言うような慈愛に満ちた表情なので、ちょっぴり嬉しくなってしまいました。
ロン兄様は、本当にリュート様の幸せを願っているのですね。
きっと……テオ兄様も───
さ、さぁ、顔の熱も引いてきたことですから、お料理をすべて完成させましょう。
フライパンのフタをあけて見てみると、とろけたチーズが良い感じに焼けて香ばしくかおります。
いい香りですね!
オーブンで再チャレンジしたいですけど、今度はグラタンなんていいかもしれません。
シーフードのグラタン……あ、エビとかどうでしょう。
あとで買い物に行ったら、色々な食材探しです!
完成したジャガイモのラザニア風を盛り付けた皿を、ロン兄様が当たり前のようにサッと運んでしまいます。
ラングレイ家の方々のナチュラルな紳士っぷりに驚きながらも後ろについて歩き、いつの間にか設置されているテーブルまで来ると、春の女神様が大興奮で迎えてくださいました。
「ルー!すごいの!ルー!綺麗、ベリリ綺麗!すごーいの!」
どうやら、とても気に入ってくださったようです。
「お花のように見えますか?」
「見えるの!綺麗なの!」
うわぁ、すごいのー!って、大きな目をキラキラさせている春の女神様は愛らしいですねぇ。
ほら落ち着けと、リュート様がお膝の上の春の女神様を宥めています。
ご飯時に、リュート様のお膝の上にナチュラルに座っている春の女神様……そうしていると親子のようですね。
お、お昼時と同じく……べ、別に拗ねていませんよ?
ただ、リュート様のお隣にぴーったりくっついているのは、頑張ったので褒めて欲しいだけです。
「スゴイよな。簡易キッチンで作ったとは思えないクオリティだ……すげーわ。ルナの頑張りが嬉しいよ」
「リュート様がたーっくさん頑張ってくださいましたもの。私も少し頑張っちゃいました」
「……ありがとう」
ふわりと笑うリュート様の笑顔が嬉しくて、照れ笑いを浮かべていたら「すごい、すごい!」と、ロン兄様と春の女神様も褒めてくださいました。
嬉しいですっ!
「妾もその食事会に参加して良いかのぅ」
「……やっと終わった」
ヤレヤレと溜息をつきながらやってくる愛の女神様とテオ兄様。
恋の女神様はというと……ステージでうつ伏せ状態でぐすぐす泣いております。
い、いいのでしょうか……放置したままなのですが……
「ザネンダのことは気にせずとも良い。迎えがもう来る」
「迎え?」
リュート様が首を傾げてたずねるタイミングを見計らっていたように、真っ白なローブを身に纏った女性が現れた。
「すまぬな、忙しいところに呼び出して」
「いいえ、今回の件は少々厄介ですので我々が適任でしょう。恋の女神ザネンダは、こちらで身柄を拘束し、しばらく女神見習という形で創世神ルミナスラ様の神殿にて修行とのことです」
「妥当じゃな……すまぬが頼んだぞ」
「心得ました」
鋭い目つきの女性は、フッと笑みを見せると恋の女神様を小脇に抱えて消えてしまう。
あ、扱いが雑……ですね。
「まあ、一時的な処遇は決まったようじゃな。この件に関して、十神で会議する必要がある。その時にザネンダの今後についても決定するじゃろう」
「お疲れ様です。沢山つくりましたので、お口にあうかどうかわかりませんが、どうぞ」
「んむ。神々にとって地上の食事は嗜好品に近いが……」
キンッと音がしたと思ったら、ガラスで周囲を包んだようなドーム状の空間ができあがってしまった。
うわ……すごく綺麗ですが、何なのでしょう。
「そなたの料理であれば、別であろう……ほほう?やはり、見えるか」
「え?」
「そなたは、本当にこの世界の神の神気に影響されぬのじゃな……いや、父上の愛し子であるから、ある意味我らと同じか」
「は……はい?」
ど、どういう意味でしょう……?
「何が見えているんだ?」
リュート様に問われて驚く。
え?
リュート様にも見えていないのですか?
この、外周を覆うように作られた、ドーム状のガラスのようなものが……
「ドーム状に取り囲むガラスのような物が見えます……えっと、この辺りまででしょうか」
席を立ち、ガラスがある場所まで行き、手を伸ばして触れてみるのですが、硬質な感触はなく空を切るばかりです。
「妾たち神々の使う、結界みたいなものじゃな。邪なる者を排除し、気配をたち音を漏らさぬ」
「……それがルナには見える?」
「は、はい……」
「そこから外に出れば、みなに声が聞こえよう。重要な会話はこの中で頼みたいのじゃ」
愛の女神様がふわりと微笑むのだけど、あ、あの……何だか、とても大変なことを言われている気がします。
私が、この世界の神々と同じというのはどういうことでしょう。
「まあ、まずは……このきらびやかな料理を食べても良いかのぅ」
キラキラ目を輝かせて、遠慮がちに問うてくる愛の女神様……
何でしょう、女神様っていう方々は可愛らしい方しかいない……あ、1人例外を見ましたが、春の女神様も愛の女神様も、とっても愛らしいです!
「話は後……それは、俺も同意。ダメ、マジ腹減った……」
「アレだけ食べていて、まだ空腹か」
テオ兄様が無表情で言いますが、どこか驚いているような気配が感じられました。
そうですよね、リュート様の細い体のどこに入るのか不思議ですものね。
春の女神様の食べる量も、なかなかのものですよ?
「魔力枯渇するくらい使ったから、マジでヤベーの……今晩、ルナの魔力調整も行わなきゃなんねーし、それ考えたら余裕を持っておきたい。総量の半分以上食われるから」
「そんなに?一般的な召喚獣の魔力調整なら、リュートの魔力総量で考えたら微々たるものでしょ?」
「それなんだよな……人型だからかと思っていたが、まあ、あとでわかるだろ。とりあえずは飯!」
それもそうだねとロン兄様も納得したようで、全員の視線がジャガイモのラザニア風とベリリのミルクレープにいきます。
コレ以上のお預けも可哀想ですから、熱々のラザニアを取り分けていきましょう。
全員の前にお皿が行き渡ったのを見計らって、リュート様がいつものように「いただきますっ!」っと勢いよく手を合わせて食事前の挨拶をした。
それから、お皿の上のラザニアをフォークで切り、勢いよくぱっくんっ!と食べました。
火傷しませんかっ!?
私の心配をよそに、リュート様は頬を緩めて目を少年のように輝かせました。
「んーっ!すげ……うま……やべぇ!このトマトソースとホワイトソースの絶妙なバランスに、チーズの濃厚さとバジルの香りがたまんねーな」
「おいもさん、ほくほくー!」
リュート様のお膝の上でパクパク食べている春の女神様もご満悦です。
「ほう……いいのぅ、このソースが美味しい。チーズもとろけてる感じが好きじゃな」
「そうですね、チーズが良いですよね、この香ばしい感じがなんとも……」
「旨い」
私の左隣に座っていたテオ兄様が、口元を綻ばせたあと、リュート様より大きな手で頭を包み込むように撫でてくださいました。
幼子にするような感覚でしてませんか?
でも……嬉しいです!
えへへーと笑っていると、リュート様がこちらをジーッと見ていて……どうしたんでしょう。
「いや、テオ兄が珍しい反応するもんだと思ってな。でもまあ、気に入ったようで何よりだ。やっぱり、旨いものは笑顔になるよな」
「そうですね。ほら、リュート様、もっと沢山食べて回復してください。フラフラしていますもの」
「いうほどでもないよ。ほら……」
心配をかけないようにしているのはわかりますが、ダメですよ。
「私にそういう嘘は通じません。ちゃーんとお見通しです」
ほら、取り分けてあげますから食べるのに専念ですよと、空になったお皿を持ちラザニアを追加する。
「……ほんと、かなわねーな」
ポツリと呟かれた言葉に、色々複雑な感情が入り混じっていたのを気づかないフリして、彼の前に沢山盛り付けた皿を置く。
「私にはわかっちゃうんですから。ヘタな隠し事はナシでお願いします。私も、できるだけ隠さないように努力しますから」
「わかった。俺も努力する」
「はい!」
すると、どうしてかテオ兄様と……席を立ってこちらに来たロン兄様まで一緒になって、私の頭をナデナデです。
ど、どうしたのでしょう?
「ほんと、ルナちゃんがリュートのところに来てくれて助かったよ。ありがとう」
「迷惑をかけるだろうが、弟を頼む」
「とんでもないです、私のほうが沢山迷惑かけてしまってますもの……」
いつか、もっともっとリュート様のお役に立てるようになるのでしょうか。
今の所、ご飯くらいしか……
「さっきの力はすごかったと思うんだけどねぇ」
ロン兄様が苦笑していうのですが、アレだってオーディナル様の手助けがあってこそですから、私の力ではありません。
もっと、リュート様のお役に立ちたいです。
そういうと、お二人は目を丸くして首を傾げたあと、リュート様を見て苦笑した。
お二人の言いたいことがわかっていたのか、リュート様も同じような表情です。
な、なんです?麗しの三兄弟揃って同じ表情だなんて……
「ルー……ベリリ……」
おいもをいっぱい食べて満足したのか、口元を真っ赤に染めた春の女神様が、ベリリのミルクレープに熱い視線を送っておりました。
リュート様は、春の女神様のトマトソースでべったりな口元がわかっていたかのように、慣れた仕草で拭っています。
流石です、リュート様!
『春の女神様の地上でのパパ』という称号を得てもおかしくないほど、完璧ですね。
そんな微笑ましい光景を眺めながら、みんな食事を再開しました。
だってあの熱視線を見ていたら焦りますよね?
春の女神様に、イチゴのミルクレープをすべて食べられてしまうのではないか……と考えてしまうくらいの食いつきですもの。
ベリリが本当に好きなのですね。
今度、ベリリを使った他のデザートも考えてみましょうか。
きっと、ぷくぷくほっぺをバラ色に染め、「ルー、すごいの!」って言いながら、大きなおめめを眩しいくらいにキラキラさせてくれることでしょう。
リュート様も、喜んでくださるかしら……だったらいいなぁと考えながら、私はデザートの準備をするために席を立った。
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