上 下
44 / 558
第二章 外堀はこうして埋められる

2-13 甘いのはどっち?

しおりを挟む
 
 
 トルティーヤも、リュート様と一緒に巻き巻きして完成!
 うーん……リュート様って手際がやっぱり良すぎます。
 私が巻いたものより、絶対に綺麗ですもの!
 だけど、「ルナの巻いた物が食べたい。そっちのほうが絶対に旨い」なんて……
 も、もう、そんなに褒めても何も出ませんよ?
 優しく微笑んでくれるリュート様にうっとりしながら、私は一度ぎゅーっと抱きつく。

 先程から、時々リュート様の様子が変なのです。
 どこか遠くを見て……心ここにあらずといった様子で不安になりますね。
 お弁当に触発されて、前世を思い出しているのでしょうか。
 私の知らない、前世のリュート様……
 思い出すのは家族でしょうか。
 それとも……

 ツキンッと小さな痛みを覚えますが、優しい微笑みで私を抱きしめてくれているリュート様を感じていれば、それもすぐに薄れます。
 寂しく思う必要はありません、リュート様はここにいますものね。

「次は何をしようか。これを弁当箱に詰める?」
「えっと……ロールケーキの生地を作りたいです。それを焼いている間に詰めようかなって思ってます」
「そうか、じゃあ何をすればいいだろう。邪魔になってないか?」
「とんでもない! リュート様がいてくださるだけで……とっても嬉しいんです」

 伝わっていないのかしら。
 リュート様が私のそばにいてくれるだけで、こんなにも幸福感を得られるのに……
 どうやったら伝わるのか……ああ、男性とお付き合い経験なんて無かった私には皆目見当も付きません。
 どうしましょう、リュート様、本当に嬉しいのですよ?
 一緒にいられて、そばにいてくださって、こうしてお料理できて楽しいのです。
 邪魔なんてとんでもない!
 反対に手持ち無沙汰になっている時もあるでしょうに、何も言わずに私を見守っていてくださるのですもの、嬉しく思うことはあっても邪魔だなんて思うはずがないのですよ?

「ルナのレシピ、俺も覚えよう。そしたら、一緒に作れるよな」
「それは嬉しいですけど、たまには私に任せてくださいね。リュート様は他のお仕事も忙しいみたいですし……それに、色々作って驚かせてみたい時もありますから」
「そっか……俺を驚かせたいのか」
「美味しい! ってびっくりさせたいのです。リュート様に驚いて貰えるくらいの物が作れた! って、幸せになります」
「幸せ? それだけで?」
「それだけではありません。私には重要なことです」

 一瞬、リュート様がなんとも言えない顔をしたかと思ったら、ぎゅうぅっと抱きしめられて、頭に擦り寄せられる頬にドキドキします。
 今日はリュート様のスキンシップが過多ですね。
 嫌ということではなく……えっと、もっと遠慮なくしてくださっても良いのですよ?

「うふふ、今日はいっぱい触れていただけますね」
「あ……悪い」
「いいえ! もっと触れてください。リュート様に触れられると、とても気持ち良いんです」
「うぐっ……」

 何かいま、すっごく低く呻きませんでした?
 どうかしたのかと視線を上げると、真っ赤な顔をしたリュート様が、オロオロとしている様子が窺える。
 あれ? ……リュート様がすごく動揺しておりますよ?
 何があったのでしょう。

「頼むから……マジ頼むから……」

 聞き取れたのはそれだけで、他にも何やらブツブツ言っていますけれど、よく聞こえません。
 この距離でわからないなんて……むぅ。
 背伸びして顔を近づけてみるのですけれど、その分、慌ててリュート様が離れます。
 どうして離れるのですか!

「だ、ダメ。ルナ、マジダメ。ソレ危険!」
「何が危険なんですか?」
「色々な? だから、不用意に顔を近づけたらダメだって」
「昨夜寝てるときなんて、もっと近かったです」

 それこそ呼吸が触れ合うような位置だったじゃないですか。
 吐息がくすぐったかったですし、リュート様の凛々しいお顔も近くてうっとりしましたもの。

「そ、それは……そうだけど……」
「近くは嫌ですか? 私に……触れたくない……ですか」
「それはない!」
「だったら、もっとぎゅってして触れてくださいね」
「だから……もう、マジ勘弁してくれ……」

 参ったというように天を仰ぎ見るリュート様は、何がそんなに困るというのでしょうか。
 触れたくないわけではないのですよね?
 もっと頭とか撫でて欲しいのですが……ぎゅーも忘れちゃ嫌ですよ?

「と、とりあえず、次はロールケーキだろ?」
「あ! そうでした!」

 いけません、ロールケーキの生地を仕込まなければ!
 リュート様にベリリのカットをお任せして、私は生地作りです。
 材料を計測して、大小様々なボウルに入れていき、小麦粉は一回振るっておきましょう。

「リュート様、このオーブンは予熱など必要ないのでしょうか」
「ああ、瞬時にその設定温度まで上がるから、問題ない」

 魔法って便利すぎますね……
 でも、瞬時にっていうことは、それだけ火の魔法は高温ってことになるのでしょうか。

「火魔法の温度は、オーブンでよく使う200前後の温度なんて目じゃないからな。瞬時にその温度に到達するのは簡単なんだ」
「火の魔法って……どれくらいまで高温になるのですか?」
「術者によるが、一般的には溶岩程度だろ」
「ちなみに……リュート様は?」
「本気で温度だけ上げるなら、青くらいまでは行くんじゃないかな」

 えっと、青色の炎って最高温度とか言いません?
 確か、白とか青って随分温度高かったはず……
 そもそも、火魔法って色が変わるのですか!?
 疑問はそこからですよっ!

 小麦粉をボウルにふるい入れながら、思わず唖然とリュート様を見つめれば、彼は苦笑して私を見つめた。

「さすがに、そんな目立つことはしねーよ。よっぽどのことが無い限り使わない。それに、高温過ぎて使い勝手が悪いんだ。生み出した瞬間、周囲が燃えだすからな」

 あ……確かに……それだけ高温だったら、とんでもないですよね。

「使用する時は、色々手順も必要で、普通の魔法を多重起動するより大変なんだ。表面温度を調節して小さな太陽を生み出すような物だから、魔力もほとんど持っていかれるしな」

 それが作り出せる魔力量に驚けば良いのか、魔法術式を構成できることに驚けば良いのかわかりません。
 きっと、とんでもなく高度な技術ですよね。

「まあ、火よりも氷魔法のほうが使い勝手が良いし、レオやシモンとの連携を考えると、氷と水と風と土と雷……あとは、光と闇か。ぶっちゃけ、火は相性が悪すぎる」
「レオ様は火ですよね?」
「まあ、アイツは拳に纏うくらいだからな。俺のと基本的に違うんだ。アレは術式ではなく、体質みたいなものだからな」

 え? 体質? 炎を纏う体質?

「レオの家に加護を与えているのは、太陽神だ。太陽の炎を拳に纏うということだな」
「なるほど……」

 つまり、レオ様は術式を使っているわけではないということなのですね。
 初めて聞く話に興味津々ですが、材料の準備ができたので、次です。
 予熱の必要が無いということですから、生地を作っていきましょう。
 卵黄を魔石ハンドミキサーで軽く泡立て、砂糖を半分ほど入れて白っぽくなるまで泡立てます。
 次は卵白!
 卵白を泡立てていきますよーっ!
 途中で、残りの砂糖も数回に分けて追加して、ツノが立つくらいまで泡立てます。
 そういえば、このハンドミキサーはモーター音がしないのですね……って、モーターがありませんでしたね!
 使っている時の違和感は、それでしたか。

「リュート様はお料理をなさらないのに、道具に詳しいのですね」
「あー、うちの妹が料理しはじめたときに、形から入る奴だったんだ」

 普段は破天荒なくせに……と、いうつぶやきは聞かなかったことにしましょう。

「これを作りたいから、これが欲しいって買い物によく付き合わされて、店員の説明を俺が聞いて買うハメに……お前が必要だっていうから来たんだからお前が聞けよ! って思ってたんだけど、すぐ他の事に気を取られちまってな……」
「た……大変だったんですね……」
「まあ、そのおかげで、道具類はよくわかるようになったな」

 なるほど、そういう話なら納得です。
 でも、リュート様は前世の妹さんに甘かったのですね。
 うちの兄だったら、面倒だと付き合ってくれないでしょうし……リュート様が兄……と、とても良いかも知れません。
 あ、でも……兄……は、うーん……何だか困る気がします。
 理由を問われてもわかりませんが、困ることだけはわかりますよ?

「どうした?」

 私が難しい顔をしていたのが気になったのか、リュート様が覗き込んできますけれど……返答に困ってしまいますね。

「リュート様は、ぎゅーっとして頭を撫でる行為を頻繁にしてくださいますが……妹さんにもしてたのでしょうか」
「……は?」
「だ、だって……してたの……かなぁって気になりまして」

 目を丸くしたリュート様は、私の顔をまじまじ見つめたあと、フッと表情を緩めて後ろからふわりと抱きしめてくださいます。
 ですから……こういうことをするのかと聞いているのですが……

「反対に質問だが、ルナの兄は、こういうことしたのか?」
「するはずないじゃないですか。兄ですよ? 頭を軽く撫でることはあっても……」
「同じだろ。俺だって妹にこんなことしねーよ」
「そうなのですか?」
「こうするのは……ルナだけだ」

 ぞくんっとするほど甘い声が耳に流し込まれるように響き、かかった吐息がくすぐったい。

「泡立てるんだろ?」
「は……はい……」
「ほら、泡立てて」
「ひゃぅっ」

 泡立ててくれっていうのに、唇が耳たぶに触れそうなくらいの距離で、とんでもなく腰に来るような甘い声で言う必要がありますか!?

「……ルナ」
「は、はい……す、すぐにっ……」

 ぞわぞわと背筋を這い上がる何かを感じながら、籠もる熱を逃すように息を吐き、メレンゲを作ることに集中する。
 卵白が冷たいうちに泡立てたほうが良いのに、私の熱が伝わって熱くなってしまいそうです。
 も……もうっ!
 困ったリュート様です。
 万が一私の足腰が立たなくなったら、罰としてずーっと支えてもらいますからね? 

 そうこうしている内に、綺麗なメレンゲができあがりました。
 上出来ですね。
 私のほうは、茹で上がりそうですが!

 て、手早くいきましょう、ダメです……もたもたしていたら、本当にマズイです!
 色気が増すリュート様に、また足が震えてきていますもの!

 急ぎますよっ!
 卵黄生地に2/3ほどのメレンゲを加え、完全に混ぜ合わせずマーブル状で止めておきましょう。
 続いて、粉をもう一度ふるい入れながら加え、下から生地をすくい上げるように粉っぽさがなくなるまで混ぜます。
 残りのメレンゲを加え、ざっくりと混ぜれば完成です!
 天板に生地を流し込み、平らにならして180℃で12分ほど焼いていきますよーっ!

 とろけるような笑みで私を見ているリュート様より、ロールケーキは甘くなってくれるでしょうか……とても不安です。 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。