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第二章 外堀はこうして埋められる

2-4 便利道具がいっぱいです

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 さて、朝食準備ですね。
 まずは、マヨネーズからいきましょうか。
 材料は、卵(常温に戻す)、塩、レモン汁、白ワインビネガー、マスタード、油。
 穀物酢も果実酢もお店に無かったので、白ワインビネガーで代用です。

 材料をカウンターに揃え置き、ボウルと泡立て器を用意して腕まくりをしたところで、背後から声がかかった。

「ルナ、調理器具の説明をまだしてなかったろ。あっちとは違って、便利なものが多いから……」

 振り向いて見たリュート様は、ピシリと固まり私を凝視しているけれど……なにかありましたでしょうか。
 ガルムとタロモもきょとりとして首を傾げています。

「髪をゆるく後ろに束ねて白いフリルのエプロン……とか……」

 片手で口元を覆って視線を逸らすリュート様……頬がほんのり赤いですけれど……こ、この姿を気に入っていただけたのでしょうか。
 それなら、とても嬉しいです!

 照れているリュート様からふわんっと、いつもより濃くて良い香りが漂います。
 あ、訓練で汗をかいたからかしら……しかも、色気が増していますよね。
 何故こんなに魅力的なのでしょうか。
 うわぁ……ぴったりくっついてしまいたいです!

「がぅ」

 わ、わかっていますよ?
 しません……一応、我慢出来る子ですからね。
 ガルムのジトーッとした視線を見なかったことにして、リュート様を見上げる。

「便利な器具ですか?」
「あ、ああ……ちょっと待ってな」

 そう言ってリュート様が出してきたのは、大きなガラスで出来たドーム型のなにか……と、密閉された筒状のものである。
 ブレンダーやフードカッターなんてものを想像していたのに、どこか違いますね。
 どちらも、素材が異なる下の部分にボタンがついていた。

「こっちの筒状のものが、日本で言うところのブレンダーに近い物で、球体のほうがフードカッターみたいなものだ」
「刃はついてませんが……」
「これは、魔力を補給して動く術式の入った魔石がはめ込まれていて、メニューに合わせて魔法が発動する。料理に使うような魔法だから、威力も必要な魔力量も少ないのが特徴だ」

 魔石……確か、トリス様が使った洗浄魔法というのも、それでしたね。
 便利なものがあるものです。

「野菜を使う予定は?」
「えっと、ニンジンでしょうか」

 球体の物の中に、ニンジンを入れたリュート様は、形はどれがいい? と言うので、ボタンに描かれているイチョウ切りを選び、幅は3ミリと設定してスタートボタンを押す。
 すると、するんっと瞬く間にニンジンの皮がむけて、ニンジンが指定された大きさと形でコロコロと受け皿に落ちてくる。
 ガラスだから割れないか心配でしたけれど、これに使われているガラスはかなり強固な物のようで、魔法抵抗に優れた衝撃吸収系の特殊素材を混ぜ込んで作っているから簡単には割れないとのことでした。

「風魔法で、これくらいすぐだからな」
「う、うわぁ……包丁いらずです」
「便利だろ? こういうアイテムも色々開発されてるから、今度見に行くか」
「はい!」
「筒型のブレンダーも同じように使える。蓋がきちんと閉まってないとスタートが押せないから、動かなかったら蓋を確認してくれ」

 ああ、それと……と、言ったリュート様は、私の後方にある大きな箱のような物を指差す。

「オーブンレンジみたいなものだけど、これも魔法で動いている。魔力は俺が充填しておいたから、食べ物に火を通す時は使ってくれ。コンロでも出来るけど、大量に作りたいときはこっちのほうが楽だからな」

 これに並べたらいいと、オーブンレンジみたいなものと言われる大きな箱型の物の扉を開いて、中から天板を取り出した。
 日本のオーブンレンジから考えても、一般的な家庭用オーブンレンジの天板が二枚横並びに入る大きさです。
 それを個別の部屋に割り当てたように2段収納できるとなると、やっぱり大きくなって当然ですよね。
 お店にもあったような……あちらは、これより業務用らしく巨大な物でしたが、原理は同じものかも知れません。
 オーブンレンジというよりは、デッキオーブンとはいかずとも、その中間くらいの大きさがあります。

「火を通す物は、ある程度重なってても問題ない。焼き色やら色々こっちのボタンで設定できるから」

 使い勝手はオーブンレンジのようだと思うけれど、焼き色やら火の通り過ぎやらを管理しなくても良いのだろうかと不安になりますね。

「火と水と風の魔法を探知魔法と術式で調整制御してそれぞれに熱を通すから、生焼けやらの心配はない。この世界は魔法を主体とした魔石工学が進んでいて、ある意味日本より便利なんだ」

 それは便利すぎます……と顔に出ていたのだろうか、リュート様はとても楽しそうに笑っていた。

「この術式作ったヤツって、凄い?」
「それはもう! とんでもない人もいたもんですよねぇ……日本のオーブンレンジを上回りました。すごい発想力です!」
「オーブンレンジをこの世界で再現しようとしたら、こうなっただけなんだけどな」
「なるほど、科学技術を魔法で置き換えて作ったらこうなったということなのですか。でも凄いですねぇ……こんな便利なものが世の中にできたら、沢山の人が助かったと思います」
「ルナも助かる?」
「勿論です! すっごく助かります! リュート様もレオ様もよく食べるでしょう? お料理にすごく時間がかかってお待たせするのも心苦しく思っていたところですものっ」

 本当に凄い技術ですね! と笑ってから、ふと浮かび上がった疑問とともに小首を傾げた。
 今の話をまとめると……オーブンレンジを知っているという前提でないと、これって……出来ていませんよね?
 もしかして……と、リュート様を見ると、彼はとても嬉しそうに目を細めている。

「もっと褒めてくれねーの?」

 予感的中です!

「リュート様が作ったのですかっ!?」
「実はそうなんだ。まあ、俺はこの頭脳の部分で、箱物は別の人に作ってもらったんだけどな。この世界の魔法術式って、あっちのプログラミングに似てるんだ。俺はもともとプログラマーだったから、その辺り詳しくて、こっちでも代用できただけだよ」

 どちらも、私にしてみれば未知の世界ですが、簡単に言うと、命令系統の言葉や形は全て決まっていて、それをより複雑に組み合わせることで、威力や精度を増す。
 これが、魔法術式なのだとのことですが……やっぱり難しいです。
 魔法が使えない、適正がない時点で、その術式を理解することは出来ないのかもしれませんね。

「あと、これを渡しておこう。ルナには必要だろうからな」

 そう言って白い革製のポーチを私の腰のベルトに装着してくれた。
 可愛いポーチですね。

「それは、俺ほどの保管量はねーけど、それなりに役に立ってくれるはずだ」

 触れてみてと言われてポーチにソッと触れると、ウィンドウが開く。
 何も入っていない枠が升目状に並んでいて、これって……アイテム収納ポーチ?

「時間凍結はついてないけど、最大遅延がついてるから作った料理が冷めないと思う。ブレンダーと、フードカッターと、オーブンレンジを使って、思う存分作ってくれ」

 ちなみに、正式名称は【魔石オーブンレンジ】【魔石ブレンダー】【魔石フードカッター】というらしい。
 前に『魔石』がついているだけで、全部そのままの名前ですね。
 
 あと、コンロも普通にあるからな? と言われて見たけれど、4口コンロも少し変わっていた。
 紅水晶のような円形の台が設置されていて、そこに炎魔法が宿るらしい。
 お店で違和感なく見えていたのは、紅水晶っぽい魔石が燃えていたからなのでしょう。

「リュート様、ありがとうございます!」

 ぎゅーっと抱きついてお礼を言うと、優しく抱きとめてくれて頭に頬を擦り寄せてくれた。
 便利な物を沢山作ったのに、思った味が出せなくて大変だったんでしょうね……カフェとラテの昨日の喜びようから見て、3人でとても苦労したように思います。
 だから、いっぱい美味しいものを食べてください!

「リュート様たちにご満足いただけるものを、沢山作りますね!」
「やっぱり、レオたちの分も勘定に入ってたな。……まあ、今日だけは勘弁してやろう。明日からは、この寮に食堂で働いているキャットシー族が来るようだから、毎朝ってことにもならねーだろうし」
「そうなんですか?」
「ああ。さすがに授業が始まるのに、飯のためだけに家に帰ってられないからな。それに、食堂勤めのキャットシー族の給料が可哀想なことになるから、各寮で料理をするってことになったらしいとシモンが教えてくれた」

 なるほど……と、納得していたら、「だから……」とリュート様が私の顔を覗き込む。

「今回だけだからな」
「はい。今朝のお料理だけですね? わかりました」
「あー……違う、そうじゃないな。ありがとう……レオたちの分まで悪い。すげー食うのに……大変だろ?」
「いいえ! この三種の神器があれば何とかなります!」

 リュート様のおかげですよと笑いかけたのだけれど、彼は少し困ったように眉根を寄せている。
 どうしたのでしょう……

「はぁ……なんか格好悪いな。ルナと二人きりの朝食楽しみにしてたんだ……邪魔されたみたいで面白くねーって思ってんの……ガキかよってな」

 困ったように溜め息を吐いて、私の肩口にぐりぐり額をこすりつける。
 本当に困った様子なのに、何故か嬉しくて……口元が緩んでしまいます。

 そうか、私もリュート様と二人っきりのお食事、楽しみにしていたのかも知れませんね。
 でも、ごめんなさい。

 今回は、レオ様も、シモン様も、ガルムも、タロモもまぜてあげてください。
 そのかわり、お昼のお弁当は二人っきりで食べましょう?

 耳元でそう囁くと、ぴくりと反応したリュート様が、私の方を見て嬉しそうに「うん」と頷き笑ってくれた。
 もう、この人はこういうところが可愛いのですから!
 内心悶えている私を、リュート様がふんわりと抱きしめ直し、覗き込むように目線を合わせて問いかける。

「そういえばルナは、寂しくなかったか? 距離は近いところにいるが……時間見て早めにきたんだけど、大丈夫だったか? アイツラも限界そうだったしな」

 よく見れば、先程まで周囲にいたはずのガルムとタロモがいない。
 リュート様の視線を追って外を見ると、それぞれの主のところでジャレついています。
 
 では、私も!
 ごろごろと猫が甘えるようにリュート様にジャレつくと、耳元にしっとりと甘い声が響く。

「寂しくなったら、すぐに俺を呼んでくれ。ルナのためだったら、どこからでも駆けつけるから」

 は、はい! 絶対に呼びます!
 心臓がバクバク騒ぎ始めて苦しくて言葉にならずにコクコク頷いていたら、満足したのかリュート様は一度強く抱きしめてから離し「朝食、楽しみにしてる」と、とろけるような笑みを見せてくれた後、踵を返して外へ行ってしまった。

 も、もう……本当に罪づくりな方です。
 でも、気合いが入りましたよ!
 
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