上 下
9 / 76
第一章

1-9 意外な収穫

しおりを挟む
 

「とりあえず、拠点を確保しないと!」

 自分の【ゲームの加護】を発動させたことにより、冷静に現状を考え、まず必要なのは活動拠点である。
 サバイバルゲームでは基本中の基本になるが、近くに水があり、できるだけ平らな場所が望ましい。
 それこそ、採取できる素材などの距離感も考えて拠点の位置を決めるのだが、彼女には限られた空間しか無い上に、ヘタに動けば死ぬ可能性もある。
 ゲームであれば無理をしてでも良い場所を――と探索するが、これは現実だ。
 いくら、【ゲームの加護】があっても、命は一つである。

 それなら――と、彼女はこの場所に拠点を作ろうと、次の工程を頭の中で組み立てていく。
 その中で、一つマズイことに気がついた。
 彼女は、貴族の令嬢らしいドレス姿なのだ。
 いつもよりも着飾っていなくても、ドレスで採取はあり得ない。
 
「この姿はちょっと厳しいわね。お豆さん、クローゼットから外見変更用装備を出して貰える?」
「了解しました! どれがいいですか?」

 豆太郎がサポートしてくれたことにより、新たなウィンドウが開いて、煌びやかな衣装の一覧が表示される。
 この衣装は、クラフト作成やクエスト報酬で得られる物では無く、基本的に課金をして得るもので、専用のクローゼットが存在する。
 彼女が現在選択している【蒼星のレガリア】は、武器防具の課金は無く、武器や防具を強化するアイテムやポーション、外見装備と家具に課金をするスタイルであった。
 その辺りにこだわらず時間をかければ、無課金でも楽しめるゲームではあるが、課金している人だけが受けられる恩恵という物も存在していた。
 課金購入の家具と外見変更用装備は、特殊な効果が付与されていたのである。
 何が特殊なのかというと、インテリアや装備に回復効果がついていたり、採取などのスピードや採取量UPのバフであったり、比較的便利な効果が付与されていた。

「確か、採取量と採取速度UP効果のついた衣装があったはず……あ、これこれ! だけど……えっと……リアルで着るには、ちょっと勇気がいる……かな」
「そうですか? マスターはいつも平気で着ていたはずですが? 他の衣装はもっと派手だし露出度が……」
「たーしーかーにー」

 非現実的なゲーム空間では、いつもと違うオシャレをしてみたかった彼女は、フリフリの可愛い系ではなく露出度があるセクシー系に走ったのだ。
 現実世界では恥ずかしくて着られないデザインが多いのも、そのせいである。
 全体のデザインを通して見ても露出度がそこそこあり、ミニスカートやショートパンツ、ファンタジー系にありがちな『セクシーだけど、ちょっと可愛い系』な衣装や、和風の衣装が多い印象だ。
 
 素材集めに最適とされる効果がついている衣装は、首から肩を出していて上はピッタリとした素材でゴテゴテと飾り付けておらず、スッキリとしている。
 下は、コルセット風のミニスカートに、ホットパンツ。
 ニーハイソックスとショートブーツという出で立ちだ。
 ゲームシステムのままであれば、採取したアイテムは自動的にアイテムボックスへ収納されるので、重量に悩まされる事もなさそうである。
 彼女と豆太郎だけが見えるウィンドウに表示されている装備を選択した途端、彼女の体に身につけていた衣装が変更された。
 着ていたドレスは、アイテムボックスへ収納されているところを見ると、外見変更用装備は普段着扱いなのかも知れない。

「よし、お着替え完了! では……初心者らしく石斧から作りますかっ!」
「はい! マスター、木の枝と石はこっちに沢山あるみたいですよ」

 こうして、ユスティティアと豆太郎は、この島の開拓を開始したのである。
 石斧をつくり、低木や小さな岩を砕いて素材を集め始めると、それだけでレベルが上がっていく。
 これも最初だけだと知っているから喜んだりもせず、淡々とユスティティアは素材集めに勤しんだ。
 レベルアップすると解放される作成レシピを眺め、拠点にすると決めている井戸から少し離れた場所にある、白い岩肌がむき出しになっている場所へ、作業台と溶鉱炉を設置する。
 白い岩肌の目立つ土地は、やや広い。
 そこに家も建てる予定だが、素材が山ほど必要だ。
 整理の意味も兼ねて、木箱を作り、その中へ建築に必要な素材を入れていく。
 本来なら、こんなスピードで出来る作業では無いが、これが彼女の持つ【ゲームの加護】の効果だ。

「マスター! こっちに木の実がありますよー」
「あ……そういえば、そういう物も確保しておかないと……【蒼星のレガリア】には無かったけど、現実は水や食料も必要だものね」

 失念していたと、ゲーム脳になっている部分の修正を行いながら、必要な作業を頭の中で再構築する。
 先ずは、暗くなる前に休める場所を作りたい――それが、今のユスティティアの第一目標であった。
 周囲に落ちている素材だけだと、小さな家を完成させるのも難しい。
 だからといって、何の用意も無く背の高い草むらへ足を踏み入れたら、視界が悪い中で魔物に襲われる可能性もある。
 
「せめて、武器と防具が揃わないと……でも、石に含まれる微量な鉄で装備まで作るのは……ジレンマだ……いや、地下を掘るのもアリ?」
「ナシです。まず明かりが足りませんし、地盤が心配です」
「いくら【ゲームの加護】でも、覆せない現実問題があるのね……」

 仕方が無いと、ユスティティアは黙って作業を進めることにした。
 採取に集中している彼女が攻撃されないように、豆太郎が周囲を警戒しているが、今のところ特に問題はなさそうだ。
 魔物とも遭遇していないが、チラリチラリと赤く点滅する何かが見える。
 敵が近づいてきたときに出る警告サインだが、あまりにも定期的に点灯するため、ユスティティアは警戒の色を強めた。

「お豆さん……近くに魔物がいる……」
「そのようですね……ギリギリのラインを判っているのでしょうか」
「違うと思う……多分、その魔物が把握出来るギリギリのラインじゃないかな」
「マスター……武器は?」
「石を削って作った、石のナイフしかないよ?」
「石器時代ですね」
「本当にそうよね……早く、文明開化したい……」

 冗談を言い合いながらも間合いを取り、ジリジリと後退していく。
 視界が悪い場所で襲われたら不利であると判断したからだ。
 しかし、彼女たちの意図を察したのか、赤い警告サインが点灯してから消えること無く近づいてくるのが見え、ユスティティアは緊張に息を詰める。

「来る……」

 ガサガサという音を鳴らして飛びかかってきたのは、大きな角を生やした豆太郎の倍はあるウサギだ。
 本来ウサギは臆病な生き物だというイメージだが、異界の魔物であるウサギは凶暴である。
 ターゲットウィンドウには、『一角跳ねウサギ Lv5』と表示されていた。

「うわぁ……ゲームみたい……ていうか、これは【蒼星のレガリア】そのものだね……」

 魔物は違うが、戦闘システムのUI位置が同じなので、現実味がない。
 それが良いのか悪いのかと聞かれたら微妙なところではあるが、今のユスティティアには良い方向へ働いたようだ。
 体の緊張がほぐれ、イノシシのように飛びかかってくる一角跳ねウサギを華麗に避けた。
 
 一応ではあるが、学園で戦闘訓練は受けている。
 それに、【ゲームの加護】が発動しているため、【蒼星のレガリア】の効果も上乗せされているのだ。
 負けるはずが無いと深呼吸をして息を整えた彼女は、短く息を吐く。
 右手に持っていた石ナイフの柄を握りしめ、目の前の魔物を睨み付ける。
 身を低くして相手の動きに集中し、持っていた石ナイフで横に薙ぐ。

「キュゥッ!」

 甲高い悲鳴があがるけれども、傷は浅い。
 逃げるそぶりも無く突進する一角跳ねウサギの攻撃を避け、振り向きざまに石ナイフを背中へ突き立てた。
 しかし、それでも止まらない。

「これが……レベル差!」
 
 攻撃力が足りずに仕留め損ねたのだ。
 これは武器が足りないと、作業台へ向かって走る。
 材料は作業台の中にあるので、作業台の効果範囲の中に入って選択すれば良い。

「余分に作っておくんだったー!」
「ボクが威嚇していますから、マスター、早く!」
「ありがとう!」

 グルルルッ! と、歯をむき出しにして一角跳ねウサギを威嚇する豆太郎に感謝しながら作業台へ走り、クラフト画面を開く。
 そして、今度は石ナイフを二本作成した。
 すぐに作業台の上からアイテムボックスへ移動したソレを装備して駆け戻ると、豆太郎に飛びかかろうとした一角跳ねウサギ目がけて石のナイフを投擲する。
 狙い通りに突き刺さり、持っていたもう一本で転がった一角跳ねウサギの急所を仕留めた。
 ターゲットウィンドウの文字がグレーに変わり、対象を討伐したことを確認する。

「お見事です、マスター!」
「うはぁ……リアル戦闘は……こんなにもキツイのね……」

 肩で息をしていたユスティティアは、地面にへたり込む。
 命を奪ったショックもあるが、それはゲームシステムに組み込まれている制御系プログラムで緩和されたようだ。
 リアルの感情をデジタル化して制御するなんて、システムが進化しすぎていないだろうかと不安になるが、元々この『加護』そのものが神の御業である。
 細かいことを気にしてはいけないな……と、心の中で呟いたユスティティアは、深く息を吐いて顔を上げた。

「とりあえず、回収しないと……」

 出来たばかりの鉄を使って、作業台で新たに解体用ナイフを作成し、一角跳ねウサギの体に解体用ナイフを突き立てる。
 すると、死体が消え、アイテムボックスには骨と毛皮と肉が入ってきた。
 実際に手間暇かけて解体したわけではないので、入手できる量は現実世界で職人が解体するより少なめだ。
 しかし……と、ユスティティアはアイテムボックスの肉を見る。

「肉……何にも書いてないなぁ」
「マスター?」
「あ、うん……この異界の魔物の肉ってね、毒があるから食べられないはずなんだけど……普通に食肉扱いされているから驚いちゃって……」
「それは、【蒼星のレガリア】の効果かもしれませんね。料理レシピもありましたし……」
「そうなんだよね……というか、この【ゲームの加護】って……万能過ぎないっ!?」
「マスターの選択したゲームが万能なのでは?」
「そっちかも? あ、でも、それだったら……今晩のご飯はコレで大丈夫じゃない?」

 お肉、お肉~と歌いながらスキップをしそうなユスティティアの後ろを、豆太郎も同じようにぴょんぴょん跳ねながら移動する。
 暫くの間はひもじい生活を覚悟していた彼女にとって、この事実は大収穫だ。

「えーと、作業台に家の土台を作成依頼して……壁、戸枠、戸、窓枠、窓は……あ、砂……海岸へ行こうかな。その前に、ツール優先、ツルハシは絶対必要だし、斧とシャベルも欲しいなぁ。クワと鎌も……って、本当に忙しい!」

 そうこうしている内に太陽は随分と傾いてきた。
 時間が無いと焦る気持ちを抑えて、ユスティティアはツルハシと斧とシャベルをアイテムボックスに放り込み、他の作成は任せたまま浜辺へ降りていく。
 きめ細かい砂が広がる浜辺を見ながら、もうここに放り出されたのがずいぶん前のような気分になりつつ、砂を確保する。
 海岸を歩いていたら、どうやら砂の下に貝が隠れているようで、シャベルで掘り起こしてゲットしていくと、かなりの数になった。
 海藻や岩と岩の間に取り残されていた魚など、海からの恵みに感謝して、ユスティティアは魚を咥えて得意げに戻ってくる豆太郎を抱き上げる。
 夜の闇は、もうすぐそこまで迫っていた――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...