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頭痛

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頭が痛い。




宴会の翌朝、フレイアはズキズキと痛む頭を抑えながらも出勤していた。昨日はどうやら飲みすぎたようだ。自覚はあったが、これ程翌日に響くというのも久々だ。どうしたものかとこめかみを抑えながら、どこか陰鬱などんよりとした天気の中、しばらく書類にペンを走らせていた。
一段落したところでエルシーがお茶を持っくる。カチャリとささやかな音を立てて置かれたカップをなんとなく見つめていた。


「あまりに痛いようでしたら休んでくださいね」
「うん、大丈夫だよ、ありがとう」


自業自得の二日酔いであるフレイアを気遣ってくれる優しさに感謝しながら、フレイアはそっとカップに口を付け、こくりとその温かな茶を飲み込んだ。
目を閉じてふぅっと少し大きな息を吐くと、頭痛も少し治まったような気がする。
目を開けると、ゆっくり休めるように気遣ってくれたのか、エルシーはもう席に戻って書類を捌いていた。



何ともまあだらしないのか私は。



フレイアにとって昨日のあのくらいの酒の量で酔うなど考えもしなかった。普段ならば酔わないのだが、昨日は気分が高揚していたのかもしれない。なにしろ最近できた友人のことを話していたのだから。



そうつらつらと考えていたが再び痛みがぶり返してきたようで、頭がズキズキと訴えてくる。少し寒気もしてきた。すっと腕をさするが気休めにしかならい。頭ももやがかったようになんだかふわふわとする。寒いのに暑い。暑いのに寒い。どうしたのだろうか。









「フレイアさん?」

誰かの声が聞こえる。誰だろうか。とても聞きなれた声だ。
首をあげる。それが酷く億劫でそれだけで目眩がした。それを堪えて目の前に立つ心配げな顔をした少年を視界に入れるが、もう吐きそうだ。

「アーサー、どの、」
「!!!!フレイアさん!!!!」


気持ち悪い。そう思った瞬間、ぐらりと世界が傾ぐ。目の前にある整った顔もぐにゃりとゆがんで見えなくなった。椅子の支えも虚しく横に倒れる気配がする。床の硬さを想像するも受身をとるだけの体力すらない。ガタリと大きな音を立てて椅子が倒れる。自分も、と思った時、なにか暖かいものに包まれる感触がした。











そこでフレイアの意識は途切れた。




















ー・ー・ー・ー



「──、~~、」
「~~、」

誰かの話し声が聞こえる。
微かな声で、何かを隔てたような。
強い雨の音も。







雨。雨の音。雨、暗い、雨。土砂降りの。
暗い。音を立ててはならない。静かにしなければ。駄目だ。動いては駄目。気付かれては駄目。息を殺して。強い雨音。目の前には──





「ひっっっ」

ガバッと音がするほど勢いよくフレイアは飛び起きた。顔にも、背中にも嫌な汗が伝う。
荒い息を吐きながら自分の現状を把握するために当たりを見渡した。
薄暗い部屋だ。見覚えはある。このベッドを囲むようなカーテン。微かな薬品の匂い。
カーテンの向こう側にあった影が、フレイアの気配に気付いたのか近寄ってくる。シャっと小気味いい音を立ててカーテンを開けたのは見慣れた人だった。

「目が覚めた?」

優しげにこちらを伺うのは騎士団専属の医者だ。長い赤毛を後頭部の高いところで結び、切れ長の目元にはメガネがかけられている。妖艶な美女と言っていいほど彼女は美しかった。



「フィオナ殿……すまない、迷惑をかけたようだ」
「いいえ、ここは医務室だもの。病人は存分に休んでいきなさい」
「ああ、ありがとう」

フィオナはフレイアのいるベッドの傍らにあった椅子に腰掛け、優雅に足を組む。
水差しからコップに注がれた水をフレイアに手渡し、彼女がそれを飲み干すのをみてからコップを受け取り、サイドテーブルの上に置いた。




「ところで、誰が私を運んでくれたんだ……?」
「アーサー補佐官よ」
「アーサー殿が……」

倒れる寸前のことを思い返せば、確かにアーサーが目の前にいて声をかけてくれたような気がする。正直、意識を失う前の記憶が曖昧だ。目眩はひいたが、頭痛はまだ治らない。フレイアはこめかみを抑えながら眉を寄せる。



「彼には驚いたわ。あなたを軽々と抱き抱えて血相を変えてやってくるんだもの。あの小さな体のどこに自分よりも背丈のあるあなたを持ち上げる力があるのかしらね」
「……」

ふふ、とその時のことを思い出したのか、フィオナが小さく笑いを漏らした。
一方、フィオナの話を聞いていたフレイアは自分がアーサーに抱き抱えられていたという図が想像できずに何も言えないでいた。

「先程まで誰かいなかったか?」
「ああ、それもアーサー補佐官ね。ついさっきまでいたわよ。あなたが目を覚ます少し前に仕事に戻ったけれど」
「そうか……ところで私が倒れてからどのくらい経った?」
「そんなに経ってないわ。お昼休憩の時間が終わったくらいかしら」

思ったより時間は経っていないようだ。雨のせいで外が暗いだけなのかもしれない。

「それよりもう一度寝なさい。はい、この薬を飲んで」
「わかった」




手渡された頭痛薬を飲み、再び横になる。フィオナが濡れたタオルをフレイアの頭に置くと、ひんやりとしていて気持ちがいい。自覚はなかったが少し熱もあったようだ。すぐにうとうとし始めたフレイアを見て、フィオナは音を立てないように立ち上がり、カーテンの向こう側へと静かに消えていく。それをぼんやりとした意識で眺めながら、フレイアは再び眠りへと落ちていった。



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