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6章 絶望の闇と希望の光⁉

第76話 『お好きなんですか⁉』

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「あの……スペスさん」
 突然近くから声がして、ふたりはパッと勢いよく離れた。

 見ると、暗闇のなかで、長老が体を起こそうとしていた。
「あっ……ダメですよ、まだ寝てないと」
 アルマがあわてて長老のところへ行き、身体を支える。

「行かれるのですね……スペスさん」
 長老は弱々しく言った。
「うん、行ってくるよ」
 スペスが、長老のそばでかがむ。

「すみません……。私どものために危険なことを」
「いいよ気にしないで。これは――ボクらのためでもあるんだから」
「そうですか――」と、長老は言った。

「……あの、もう少しだけ、近くに来ていただけますか?」
「ん、わかった」
 そばに寄るスペスに、長老は座ったまま手を伸ばす。

「勇者に……神の御加護があらんことを」
 ボサボサの頭を愛おしそうに触りながら、長老がスペスの頬にそっと唇をつけた。
 隣にいたアルマの目がカッと見開いたが、だれも気づかなかった。

 長老が離れると、スペスがキスされたところを触りながら言った。
「どうせだったら、神よりも、長老さんの気持ちのほうが嬉しかったなぁ……」

「あら……」と長老は、恥ずかしそうに笑う。「もちろん、私の気持ちも入っていますよ」
 スペスはそう言われて、何も言い返せない。

「はいはいはい!」とアルマが言った。
「もういいでしょ! はやく行きなさいよ!」
「な、なんだよ……急に」

 驚くスペスを掴んで、アルマは無理やりに立たせる。
「うっさいバカ! さっさと行っちゃえ!」

「ちょっと、ちょっと! 背中を押さないでよ! わ、わかった、いくいく、行くからさ!」
 スペスがあわてて荷物を取った。

「いいわねっ! 絶っ対に、死んだらダメなんだからね!」
 アルマは念を押す。
「うん、わかったよ」とスペスがうなずいた。

「――それじゃあ行ってくる! 長老さんもまた! タッシェにもよろしく言っといて!」
 そう言ったスペスは、振りかえりもしないで、暗い穴に飛びこんでいった。

「やれやれ……」
 とアルマは長老のところへもどる。
「アルマさん、申し訳ありませんでした」長老が謝った。

「えっ? 何がです?」
「スペスさんのこと――お気になさったでしょう?」
「あっ……。あー、いえいえ」とアルマは手を振る。

「――別にわたしとあいつはそんなんじゃないですし……ていうか、もうぜんっぜん関係がないって言うか、あいつが誰と何をしようが、ホントどうでもいいんですけど。
 あー、でもプロポーズとかされたことがあるんです……、って、それはまぁどうでもよくて……。
 えーとだから、別に長老さんが気にすることはないっていうか、どうぞご自由にって感じなんですけど、あれ? なんの話でしたっけ?」

「ですから、スペスさんを危険な目にあわせてしまって申し訳ないと……」
「あっ……あー」とアルマは言葉に詰まる。
「そっち……ですよね」

「ほかに何か?」
 不思議そうに長老が訊いた。
「いえっ! 他には何もないですねっ! ははは……」とアルマは笑った。

「そ、それより、起きたのなら少し食べてください。食欲はないかもしれないですけど……食べやすいカリンガの実とかありますよ」
「失礼ですがアルマさん……。もしかして?」

 長老が、真面目な顔で訊く。
「――お好き……なんですか?」

「えっ! ……いやいやっ、わ、わたしはべつに好きとかじゃなくて、普通ですよふつー。
 知り合ったのも最近ですし、まだそんなにっていうか、まっっったく好きになんかなってないです!
 まぁ元気ない時に元気づけてくれたり、ぼーっとしてるようで、けっこう考えてくれたりで、頼りにはなるんですけど……。
 でもでもっ……、だからって好きかっていわれると、それは関係ないっていうか、正直微妙かなーって」

「いえ……それはもう好きっと言って、いいんじゃないですか?」
 決めつけるように長老は言った。

「い、いやいやいやっ、なにを言ってるんですかっ!
 好きじゃないですよ、むしろ変にこだわるトコとか面倒臭いし、好きとかそういう風になるのって、もっとよく知りあってからじゃないですか。
 最初の印象だけですぐ決めないで、ゆっくり時間をかけて好きになっていくほうが――」

「あら、好きになるのに時間は必要ありませんよ」
 長老はきっぱりと言う。

「それを言ったら、私も最近知ったばかりですが……正直に申し上げて――あの……好き、ですよ」
「好きっ⁉ 長老さん、あんなのが、すすす、好き、なんですか⁉」

「ええ……お恥ずかしながら」
 長老は本当に恥ずかしそうにうなずく。
「知ってすぐに、大好きになりました」
「大好っ⁉ へ、へーぇ、あんなのの、どこが……いいんです?」

「好きになるのに理由はいらないと思いますが……」
 と長老はすこし考える。
「しいて言うならニオイ、でしょうか」

「におい⁉ においって、思ったよりクセの強いところを……。気にしたことなかったけど……あいつ、そんなにニオイとかしてたかしら?」

「おかしいですか? ごく普通のことだと思うのですけれど――だっていい匂い、するじゃないですか」
「そ、そうなんですか? わ、わたしは、あんまりそういうのが、わからなくて……」

「それに加えて、はちきれんばかりのみずみずしさも、いいですよね」
「えっ……、ま、まぁ、たしかに若いとは思いますけど」
「お恥ずかしながら、もしも私が元気だったなら、今すぐにでも食べてしまうところでした」

「たっ、食べてっ! しかもすぐ⁉ 意外に積極的なんですね⁉︎ 肉食系⁉」
「でもアルマさんのおっしゃった通り、面倒な部分もありますよね。食べちゃうなら皮を剥いてあげないといけませんし……」
「皮⁉ って⁉ どこのっ⁉」

「どこって、まわりのですけど? アルマさんはいて差しあげないのかしら?」
「そ、そうですね……。わたしはその――そーいうのを、したことがないので……」
アルマが真っ赤になる。

「そうなんですね。では今度ぜひやってみてください。口に入れたときの感じがぜんぜん違いますから」そう言って長老は微笑んだ。
「口にっ⁉ か、皮をむいて、く、口に入れるんですかっ⁉」

「それは、そうですよ」
 長老がきょとんとする。
「……口に入れなきゃ食べられないじゃないですか、カリンガの実は」

「はいっ?」
 と、アルマが訊きかえす。
「カリンガの……実?」

「ほかに何が?」
 長老が不思議そうにアルマを見た。

「いっ、いえいえっ! カ、カリンガの実ですよね、知ってます知ってます……そうですよね……」
「ちなみに私が知った〝最近〟というのは、二百年ほど前の話なので、お恥ずかしい限りです」
「あ、あー、はい。……そ、そう……ですね……」

 赤い顔で固まったアルマを見て、長老がぷっと小さく吹き出した。

「えっ?」と、アルマは長老を見る。
「も、もしかして……、分かってて、わざとからかってました⁉ ど、どこから? ま、まさか、さっきキスしたのもわざとじゃ⁉」

「ちょっと何をおっしゃっているのか、わかりかねます……」
 涼しげな顔で、長老は首をかしげた。

「嘘でしょ!」
 アルマはビシッと指をさす。
「その顔は、すべてをわかってる顔っ!」

「まぁまぁ……」となだめるように長老が笑った。
「そんなに大きな声を出さないで、一緒にカリンガの実でも食べませんか? よろしければ皮の剥きかた、教えてさしあげますよ」

「それなら知ってるから、いーですよっ!」
 アルマは、膝をかかえてふてくされた。

「アルマさん――」
「……なんですか?」
「若いって、いいですねっ!」
「知ーりませんよっ! それ食べて、とっとと寝てください!」
「あらあら……」

 長老はそれ以上なにも言わずに、しずかに食事を終えると、また横になった。
 やがて、かすかな寝息が聞こえはじめ、穴にまた静寂がもどってくる。
 膝を抱えるアルマも気が抜けたのか、だんだんとまぶたが重くなり、頭もボンヤリして、いつしか夢うつつとなっていった。


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アルマには悪いけど、今回はとても楽しく書けました。
長老さん、実はけっこういいキャラをしています。

それでは次回、
第77話 『起きてよ、アルマ⁉』
で、お会いしましょう!
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