上 下
28 / 45

26 月明かりの泥棒2

しおりを挟む
 村井太信むらいふとしんこと相島純平は森の中を走り抜ける。もう幸也は追ってきていない。
 【気配探知LV7】のスキルを使う。彼はまだその場から動いていないようだ。
 このスキルの不便なところは、集中しないと使えないという点だ。自動で探知してくれれば便利なのだが、無い物ねだりだろう。

 相島は前方にいたコボルトらしき魔物を短剣で切り裂き、そのまま走り去って行く。

「人間の心の方が醜いなんて、皮肉だな」

 イガルス邸に潜入し麻薬を見つけるまで3年かけた。慎重に慎重を重ねた。
 それだけ当主のイガルスは悪賢いのだ。悪知恵が働く。
 まぁその間にも他の貴族のところに盗みに入ったが・・・。

 お金を持つとみんな変わってしまうのだろうか?一向に悪徳貴族が減らない。こっちの仕事が無くならなくていいのだが。

 相島は盗んだ金品を孤児院やスラムにバラまいていた。足の付きやすい宝石類は避けた。
 貴族連中からは恨まれるが貧しい者からは感謝された。まさに【異世界の石川五右衛門】だった。
 追っ手がいないことを確認し、木にもたれかかって休む。腕を組むのが彼のスタイルだ。

 あの宮原という少年・・。最後に何かを放とうとしていた・・。あれは・・。考えに詰まった相島はため息を吐くと、

「確証バイアスか・・・」

 と、呟き思考する。
 あの少年は転移者と言っていた。仲間が王都にいるらしいので本当だろう。勇者召喚か?最後に放とうとしたものあれは確か今はない剣術。なぜあんな少年が?年齢が合わない。
 それにあの少年の乗っていた乗り物。あれは元の世界でもなかった『空飛ぶスケートボード』魔道具なのか?彼のスキルなのか?情報が足りない。
 相島は再び走り出した。


 ここ王都では連日、勇者の訓練が行われていた。
 相変わらずみんなの様子がおかしい。柳田はそう感じ取っていた。普段はいつもと変わりないのに魔物との戦闘になると目つきがおかしくなるのだ。
 かと言って全員で逃げ出すように説得できるとは思えなかった。まともなのは水川だけか・・。

「おはようございます。柳田様」
「おはようございます。公平さん。様はやめてくださいよ。様は」

 彼は王都に納品をしている野原公平さん。日本人だ。彼も転移者だ。気がついたらこの世界にいたと言っていた。
 彼はスラリとした長身で外国人風の容姿をしている。とても気さくで話し易く女性からの人気も高い。
 そういえばクラスの女子も何人かうわさ話をしてたか・・・。

「今日は暑くなるかな?」
「そうですね。訓練も大変です」
「大変そうだね。勇者様は」
「自分は勇者なんて感覚がないんですけどね~」
「柳田君が勇者じゃなかったら誰がやるのさ?」
「んー、まぁ1人だけ相応しいヤツが・・」
「へー。その人は柳田君よりすごいのかい?」
「えぇ。ただの脳筋バカですけどね」
「あはは。会ってみたいもんだ」

 
 王都の警備は厳重な体制をしている。ここまで厳重にするものかと思えるほどだ。
 野原は【気配探知】を使って人気のない通路を探す。さすがにこれ以上の潜入は厳しい。
 少し強引な手口を使えば行けないこともないが・・。ここで騒ぎ立てるのは得策ではないか・・。
 どうやらこの国は隣国に戦争を仕掛けようとしているらしい。しかも勇者召喚した者達を兵士として戦わせようとしている。
 それ以上の秘密を隠しているはずだが、警備が厳重すぎて先に進めなかった。
 野原は『また来るよ』と言い残し去っていく。


 幸也は信が消えたあとその場に立ち尽くした。
 信が使ったのは【永遠の幻影エターナルファントム】のようだったからだ。だが確証はない。似たような技かもしれない。
 先代しか使えなかった技がなぜ?彼は転移者と言っていた。内影神妙流剣術と関係があるのか?考えがまとまらない。
 信の行っている【悪徳貴族しか狙わない】をどことなく肯定している自分がいる。だから迷いもでるし本当に捕まえようとしているのか疑問になる。
 頭の中がグルグルと同じところを回っている。
 幸也はそれ以上思考するのを止めた。


 今日は相島にとって久しぶりの仕事だった。
 もちろん泥棒の方だ。【気配探知】を使えば忍び込むことも容易だ。
 もしヤバくなったらあの・・技を使って逃げる。同じ【気配探知】を持っているヤツがいたらやっかいだが、そういう時は真っ先に退場してもらう。
 このスキルはレアだしあまり気にしなくてもいいが。
 下調べも欠かさない。臨時の仕事や日雇いの仕事を利用して、情報を収集する。
 1度だけヤバい時があった。【気配探知】と【氷魔法】のスキル2つ持ちのヤツだ。しつこく追い回されたが体力の差で逃げ切れた。
 やはり歩くことは大切だな。
 相島は盗んだ金品は、ほとんど孤児院やスラムに置いてくる。まぁ少しは生活費としていただくが。
 別に偽善者と呼ばれてもかまわない。自分がしたいから、しているだけだ。
 やはり子供は笑っている方がいい。
 大人の自分勝手な都合で捨てられる子が多い。
 捨てられた子はスラムなどで満足に食べるに食べられず瘦せ細り、死んだような目をしている。見ていると、とても悲しい。


『贅沢をしているヤツから奪って何が悪い?』

 
そいつはこの異世界で月明かりのある晩にだけやって来る。




しおりを挟む
感想 113

あなたにおすすめの小説

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~

影茸
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界に転移することになった僕、羽島翔。 けれども相手の不手際で異世界に転移することになったにも関わらず、僕は巻き込まれた無能と罵られ勇者に嘲笑され、城から追い出されることになる。 けれども僕の人生は、巻き込まれたはずなのに勇者の力を使えることに気づいたその瞬間大きく変わり始める。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...