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第六章 氷を繰る敵対者

第39話

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 まるで『氷の蛇』とでも言うべき形状のそれは、咥え込むかのように英吉の身体をその身に取り込みつつあった。

「英吉ッッ!」
「ナッチ、よくやりました」

 脇のビル陰から、ローブの男がもう一人現れた。ナッチと呼ばれる男の手にある水晶は氷蛇の尾と繋がっている。

「英吉を離せエエエエッッ!」

 冬鷹は〈黒川〉で、氷蛇の首を落としにかかる。
 だが、その刃が触れる事は叶わなかった。

「んぐ――ッ!?」

 突如、冬鷹の身体に衝撃が襲う。途端に視界が横に流れる。
 何かの壁に当たり、ズルッと地面に転がる――その時になり、ようやく『弾き飛ばされた』と気が付く事ができた。

 先程まで冬鷹がいた氷蛇の首元、そこにはローブ姿で丸型の大男が立っていた。
 特徴的なのは両腕。拳から肩にかけてが、武骨で厚い氷の防具に覆われている。

「ビガット、手加減しなさい。依頼内容は『生きたまま』です」
「わぁかってるよ~、ドルー。でもぉ、抵抗してきたから~。……両足折っとくぅ~?」

 間延びする大男の問いかけに、氷の大腕を操っているであろう男は呆れた声を漏らす。

「くれぐれも壊さない様に」
「りょ~かぁい」

 大男がゆっくりと歩み寄ってくる。
 その時、襟元から軍用通信が流れてきた。

『研究班より! テロリストたちが使用していた水晶型異能具について判った事を報告します! 恐らくなんらかの〝禁呪〟によって性能を増幅させていると思われます! 水晶の貯蔵魔素子量、及び出力は推定[A]ランクです! 制御性、範囲に関しましても、少なくとも[B]はあると思われます! 上級以上の隊員でも、くれぐれも単騎での戦闘は極力避けるべきだと進言します! 繰り返します――、』
「ほお、たった数十分で禁呪に辿り着くなんて、この街の研究員もやりますね。まあ、判ったところでもう遅いですけど」

 禁呪!? [A]ランク!? ――冬鷹の表情は思わず強張ってしまう。

 二十一段階ある異能界の基準において、 [A]とは上から二番目の評価帯だ。どの分野評価においても日常で観る事などほとんど無い。
 故に『[A]ランク』という言葉が持つ威力は、怖じ気を覚えるには十分すぎた。

 だがそれでも逃げるわけにはいかない。
 英吉を――妹を救おうと力を貸してくれた親友を見捨てる事なんてできるわけがない。

 冬鷹は〈黒川〉を構え、リンクをはかった。

 だが、その隙を敵は与えてはくれない。
 大男は、その口調や体型に似あわず機敏に動いた。

 素早く、強烈なタックル。二度目に喰らった事で先の強烈な衝撃の正体を知る。
 しかし、此度の威力は先以上――以前小型のアイスゴーレムからくらった攻撃をも超える。その凄まじい衝撃に、一瞬視界が真っ白になった。

「ビガット、絶対に殺してはいけませんよ。再起不能にするのもNGですからね」
「難しぃな~。う~ん、ドルー、どうしよ~、これ~?」

 大男は冬鷹の左腕を掴み、片手で軽々と持ち上げた。

「もう動かないようなら、ナッチに渡して氷漬けにしなさい」

「ドルー、こっちの奴はどうする?」
 と、ナッチと呼ばれる男も問いかける。

「そっちの彼は捨てなさい。〈アドバンスト流柳〉が手に入れればそれで十分。すぐに先遣に追い付きましょう」
「離せ……クソッ、許さねえ」

 冬鷹は痛みに抗い抵抗を試みる。辛うじて握っていた〈黒川〉を振り、大男の手を解こうとした。
 しかし――。

「も~、動いちゃ、ダメだよ~」
「はな――ぐあッ! あっ、あ……が、」

 冬鷹の身体を、大男が両手を使い雑巾のようにキツく絞り上げる。

〈金剛〉の異能――〈硬化〉は瞬間的な極所の衝撃に強い。それは、効率的な魔素子の運用を考え衝撃部位に〈硬化〉を集中しているためだ。
 戦闘において打撃・銃撃・斬撃が中心と考えると、とても理にかなっている。
 また、範囲攻撃に対しては〈パラーレ〉を使用すれば弱点を十分に補う事ができると考えられていた。

 だが、大きな掌でゆっくりと締め付ける攻撃に対しては、〈硬化〉が散漫とし、〈パラーレ〉の入り込む余地はない。

 じわりじわりと、全身の骨が、大男の強烈な握力によりきしんでゆく。

「ビガット! あーもう、ナッチ! 早く受け取ってあげなさい!」

 抵抗しなければ末路は見えている。
 だが、全身を覆う圧力が抵抗許さない。苦痛が意思を奪ってゆく。

 くそ……まだ…………こんなところで………………。

 視界が黒く霞んでゆく。喋っているはずのフードたちの声ももう拾えない。
 抵抗する意思も、意識と共にまもなく消えてしまう。

 ――しかし、突然、身体にかかっていた圧力がスッと消える。

 直後、冬鷹の身体がビガットと呼ばれる大男の腕ごと地面に落ちた。

「がああああああああああああああ! いいいいたあああいいいいいいいッ!」

 戻ってきた聴覚を叫びが刺激する。間髪入れず、その苦痛を訴える声は強さを増した。
 気付けば、ビガットは地面に転がりもがいていた。両腕だけでなく、両足も胴体から切り離された状態で。

「「ビガットッッ!」」
「聴取する故、今のところは命を取らぬ。だが、重陽の民を、そして我が家族を傷付けた事への後悔は十全にその身に刻んでもらう」
「姉……さん、?」
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