上 下
355 / 374
第21章 新リゾート開発編

第352話 居酒屋さくら(前編)

しおりを挟む
 現代日本からの転生者であるオレには行きたい場所があった。
 それは居酒屋である。
 こちらの世界にも確かに居酒屋みたいな店はあるが、日本の居酒屋とは少し違う。
 基本的に料理が主であり、酒は従なのである。
 美味い肴で旨い酒を飲むとはちょっとニュアンスが違うのだ。
 だから、時々無性に日本の繁華街のどの街にでもある古びた雰囲気の大衆居酒屋に行きたくなるのだ。

 そんなことを同郷の士であるサクラに話したら、サクラはこんなことを言った。
「それ、私も思ってました。
 たまに会社帰りによる居酒屋って楽しみでしたよね~」

「だよね~、仕事終わらせて、行き付けの居酒屋の縄暖簾を潜ったら顔なじみの親父が居てさ~、『カイトさん、今日は何にする』とか聞かれて、『とりあえず生』って言うのが、堪らなく嬉しかったんだよ」

「私もその気持ち分かります。
 会社帰りに飲む生ビールが堪りませんでした」

 今まで知らなかったが、サクラは意外とオヤジみたいなところがあるんだなぁと思った。
「この世界じゃ、そういう店無いからなぁ」

「この感覚って日本人じゃないと分からないですよね」

「そうだよな~」

「あっ、そう言えば、カイト様…
 リオナとヒカリも誘って、みんなで日本の話をする『日本人会』みたいな事をしても面白いかなって思ったんですけど、どうですか?」

「サクラも面白いこと考えるね。
 彼女たち、賛成するかな?」

「さあ~、どうでしょう。
 私からリオナとヒカリに聞いてみますね」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 忙しさにかまけて、そんな話をした事もすっかり忘れた頃、サクラから日本人会開催のご案内が届いた。
 ご丁寧に手書きでこう書かれていた。

 【日本人会開催のご案内】
 下記の通り日本人会を開催致します。
 万障ばんしょうお繰り合わせの上、ご参加下さいますようお願い申し上げます。
 日 時 来週水曜日18時
 場 所 シュテリオンベルグ公爵邸17階エンジェルラウンジ内
 会 費 無料

 そう言えば、サクラからエンジェルラウンジの一部分を専有したいと申請が出ていたが、いったい何を企んでいるのだろう。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 日本人会当日、『居酒屋さくら』と書かれた赤提灯が下がった居酒屋がエンジェルラウンジの一角に出現した。
 面積にすれば畳12畳くらいで、然程広くない。
 ご丁寧に紺地に薄いピンク色で『居酒屋さくら』と染め抜かれた暖簾が下がっている。
 パッと見はホンモノの居酒屋のようだ。

 引き戸をガラガラと開け、暖簾を潜ると中から声を揃えた女性3人の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ~、居酒屋さくらへ、ようこそ~」
 声の主はサクラ、リオナ、ヒカリの3人である。

「えっ、凄いな、まるで本物の居酒屋みたいじゃないか」
 店内はコの字形のカウンターと入口の右側に小上がりテーブル席が2宅で席数は全部で20席ほどの小さな店だ。
 3人共、胸の部分に桜をあしらった『居酒屋さくら』と書かれたお揃いのエプロンを着用し、満面の笑みを浮かべオレを出迎えた。

「お客様、本日はようこそ当店へいらっしゃいました」

「はい、温かいオシボリです。
 手を拭いた後に顔も拭いちゃっていいですよ~」

 確かにそれは居酒屋でサラリーマンが良くやっている光景だ。
 サクラたちが日本の居酒屋の店員になりきっているので、オレも合わせて客に成り切ることにした。

 今度はヒカリがお通しを持ってきた。
「はい、お客様、お通しの冷奴で~す」

「お客様、まずお飲み物を伺いますが、何になさいます?」
 今度はリオナが飲み物を聞いてきた。

「それじゃ、とりあえず生で」

「お客様から、生いただきました~」

「は~い、生一丁ね~」
 カウンターの向こうでサクラがビアサーバーから慣れた手つきでビールを注いでリオナに渡した。
 この受け答えはまさに日本の居酒屋そのものである。
 オレが辺りをキョロキョロ見渡しているとリオナが泡3ビール7の黄金比率に注がれた中ジョッキを運んできた。
「お待たせしました、お客様~、中生で~す」

 リオナが運んできたジョッキは冷蔵庫でキンキンに冷やされており、思わず喉が鳴った。
 もうこの状態では飲まずにいられない。

 オレは細かいことは気にせず生ビールを一気に喉に流し込んだ。
「くぅぅぅぅぅ~、この一杯が堪らん!」

「お客さん、美味しそうにビール飲みますね~」
 いつの間にかリオナがオレの隣に立ち、小首を傾げて見上げていた。

「そりゃそうだよ、このために今日1日仕事頑張ってたからなぁ」

「そうなんですか?
 ところでお客さん、何か食べ物ご注文なさいますか?」

「えっ、どんな物があるの?」

「はい、こちらがお品書きです」
 リオナが縦書きの『お品書き』をオレに渡した。

「こちらが今日のオススメです」
 今度はヒカリが、手書きの『今日のオススメ』を差し出した。

「どれどれ、何があるんだ」
 お品書きには70品ほどの料理が種類ごとに分類され書かれていた。
 枝豆、蕪と胡瓜の漬物、煮込み、あん肝、お造り盛り合わせ、出汁巻玉子、焼き鳥、若鶏唐揚げ、月見つくね、かれいの煮付け、ししゃも一夜干し、ホッケの開き、モツ鍋、春野菜の天麩羅などなど郷愁を感じさせる懐かしい居酒屋料理が並んでいる。

「お~、凄いな、ホントに日本の居酒屋みたいだ。
 ん~、それじゃ枝豆とお造り盛り合わせ、それから焼き鳥とだし巻き玉子お願いしようかな」

「畏まりました~」

「お客様からご注文いただきました~」
 リオナが厨房にオーダーを入れた。

「は~い」
 サクラが返事をすると作り置きしておいた枝豆の小鉢と殻入れをカウンターに置いた。

「お待たせしました~」

「おっ、早いな~」

「はい、当店のモットーは『早い・安い・旨い』なんです」
 リオナとヒカリが声を揃えて言った。

 早速枝豆を食べてみた。
 まだ温かみの残る枝豆をつまみ口に運ぶ。
 噛むと芳醇な甘みが広がり、程よい塩加減で実にビールに合った。

「この枝豆、旨いな」

「ありがとうございます
 本日の枝豆は山形の『だだちゃ豆』でございます。
 お気に召しましたか?」

「えっ、そうなの?」

「はい、当店は食材に拘っておりまして、全て日本から取り寄せたものを使っておりす」
 恐らく、この食材はサクラがパラワショップ(パラレルワールド・ネットワーク・ショッピング)で日本から取り寄せた、拘りの食材なのだろう。

 暫くすると、お造り7種盛り合わせが運ばれてきた。
 平目、甘海老、中トロ、〆鯖、サーモン、帆立、ブリである。
 どれも見ただけで超新鮮と分かる鮮度の良さである。
 早速、平目を一切れ摘んでワサビを乗せ、醤油を付けて口に運んだ。
「旨いっ!
 こっちで平目食べたことあるけど、何かこっちの平目の方が断然旨いわ」
 オレはビールで平目のお造りを流し込んだ。

「あ~、いいな~、わたしもお刺身食べた~い」
 そう言ったのはリオナである。

「あれ、リオナは店員なんじゃなかった?」

「そ、そうなんですけど~、カイト様が美味しそうに食べてるから羨ましくて…」

「しょうがないなぁ、ほら食べていいぞ」

「わ~い」
 オレから箸を受け取ると、リオナは甘海老に醤油を付けて口に運んだ。

「美味し~い、私、甘海老大好きなんですよ~」

「あ~、カイト様、リオちゃんだけ、ズルーい」
 サクラに言われて出汁巻玉子を運んで来たヒカリが、リオナがつまみ食いしているのを見つけて口を尖らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る

電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。 女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。 「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」 純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。 「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

処理中です...