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第16章 ソランスター王国の危機

第226話 デルファイほいほい

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 デルファイ公国の公太子こうたいしであり、デルファイ公国軍総司令官であるアルビオ・デルファイは、ソランスター国境までの道のりの長さに辟易していた。
 朝昼晩の食事と午前午後の2回の休憩以外は毎日14時間も移動するのだから、馬に乗っているとは言え、流石に尻も痛くなって来る。

 同様に兵たちも疲れが溜まっているようで、士気も下がってきていると感じた。
「よし、今日はここで宿営するぞ」
 アルビオは全軍に宿営を命じ、兵たちは天幕を張り野営の準備を始めた。

 アルビオは各部隊の指揮官に命じて酒を用意させ、晩飯時に兵たちに振る舞わせた。
 泥酔するだけの量は無いが、疲れた体に染み込むように酒が入り、食事が終わると兵たちは鼾を掻いて寝始めた。
 深夜2時半、デルファイ公国軍4万人は見張り500人ほどを残し、夢の中にいた。

 一番最後尾の見張りを命じられた兵2人がボヤいていた。
「オレたちは運が悪いよなぁ…
 アルビオ殿下が兵に酒を振る舞ってくれたのに、こんな日に限って見張りなんてよぉ、全く付いてないぜ」

「まあ、そう嘆くなって…
 オレたちの分は隊長が取っておいてくれてるさ」

「そうかなぁ、あの隊長だぞ。
 そんなに気が効くわけねぇだろ」

「おい、あれ何だ?」
 そう言われてもう一人の見張りが相方が指差す方向を見上げた。
 見ると、なにやら明るい光の玉が2つ、空からゆっくりと下りて来るのが見えた。

「火の玉か?」

「火の玉にしちゃ、デカすぎだろ。
 兎に角、隊長に報告だ」

 見張りの一人がテントに入り、隊長の体を揺さぶって起こした。
「大変です、隊長、起きて下さい。
 怪しい火の玉が、こちらに向かってきます」

「なんだお前、人が気分よく寝てるのに……
 火の玉だぁ?
 お前寝ぼけてるんじゃないのか」

「寝ぼけてなどいません
 相方も見てますから、嘘じゃありませんて…」

 隊長は、眠い目を擦りながら天幕の外へ出た。
 するとそこには見紛うことなき「火の玉」が夜空から下りて来るではないか。
 その火の玉は見る見る内に大きくなり、それが飛行船の前照灯であることが分かった。

「て、てきしゅうぅぅ~」
 隊長が大声でそう叫び終わらない内に、飛行船から何かが投下され、それが地面に落ちると目も眩むような激しい閃光と耳を劈くほどの大音量で爆発し、気持ち良く寝ていた兵たちは飛び起きた。
 天幕から這い出た兵たちが見たものは、飛行船から次々と投下され炸裂する爆薬であった。

 反撃しようにも、彼らが持つ長剣ソードや槍では飛行船に届く筈も無く、ましてや弓でも届くか届かないかギリギリの高度である。
 彼らが取る行動として唯一残されているのは、逃げることしかないのだ。
 飛行船からは一定間隔で爆発物が投下され、否が応でも前方に逃げるしか無いのである。
 総勢4万の軍は全長4キロにも及ぶ隊列を作り、宿営時も同じ距離で野営するのだから、最後尾の騒ぎが最前列に伝わるまでには相当の時間を要する。

 最後尾の兵たちが飛行船から投下される爆弾に追われて逃げ場を失い、前に逃げればどうなるだろう?
 結果は想像通りで、まだ敵襲を知らず寝ている同僚兵士を踏みつけて逃げることになる。
 上級兵士や下士官クラス以上は天幕で寝ることができるが、下級兵士は汚い寝袋に包まり道端に寝ているのだ。
 最後尾の兵士は兎も角、そこから1キロほど離れた場所で道端に寝ていた兵士たちは遠くで轟く雷鳴のような閃光の後、地響きと共に逃げ惑う同僚兵士たちに背中や足、首などを踏みつけられ骨折する者が続出した。
 所謂いわゆるパニック状態に陥って、我先に逃げ惑い他人の心配をする余裕など全く無い。

 飛行船は、地上200m上空を時速10キロほどの速さでゆっくりと進んでいた。
 唯一の飛び道具である単発式の銃もあるにはあるのだが、悠長にそれを手に取り飛行船に向けて発砲する余裕もない。
 飛行船からの爆弾投下攻撃が始まり、10分ほど経過した頃には、最前列で宿営するアルビオも、ようやくその騒ぎに気付いた。
「いったい、何事だ」

「詳しいことは分かりませぬが、何者かが後方から攻撃しているようです」
 副司令官がそのように報告した。

 それから数分するとパニック状態に陥った兵たちの一団が、血相を変えてアルビオの天幕の前を通り過ぎた。
 何かに取り憑かれたかのように悲鳴を上げ、前に向かって必死に逃げている。
 街道の幅は6メートルほどで、左手には大きな川が流れ、右手は深い森。
 その森は神域と呼ばれ、古くから魔物が棲むと言われており、決して入ってはならぬと代々親から教わっている。
 つまり今、前方以外に逃げ場は無いのである。

 それから数分すると後方から激しい閃光と共に爆音が聞こえてきた。
 白い2つの灯りで辺りを照らし、上空をゆっくりと進みながら、兵たちを目掛けて得体の知れぬ爆薬を投下している。

「殿下、あれが来ない内に我々も逃げましょう。
 あの爆弾が命中すれば一溜まりもありません」

 アルビオは、副司令官の言葉に逡巡したが、じっくりと考えている暇は無く、その場から逃げるしか無かった。
 パニック状態に陥った兵たちが悲鳴を上げながら我先に逃げ惑っている。
 中には力尽きてその場に倒れこみ、後から来る兵たちに次々と踏みつけられ、呼吸が出来ず、そのまま死に至る者もいて、まるで地獄絵図のようであった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 オレとリーン伯爵は、ステラ、セレスティーナ、リリアーナ、レイフェリアの4名の護衛を同行し、飛行船『空飛ぶイルカ号Ⅱ』に乗り上空からデルファイ軍を攻撃していた。
 今回使ったのもトリンが作った『ボム・ポーション』である。
 瓶が破裂すると派手な轟音と閃光を発し爆発するが、直撃してもせいぜい軽い火傷を負う程度の殺傷力しか持たないのだ。

 この日デルファイ公国軍が差し掛かった場所は、左側が大きな川、右側が魔物が棲むと言う神域の森で逃げ場が無く、策を実行するには絶好の場所なのだ。
 しかも、よりに依ってデルファイ軍が、その場で宿営すると言う好都合の展開となり、深夜に奇襲を掛けるには絶好のシチュエーションとなったである。

 一番最後尾から順に『ボム・ポーション』を投下し、後方から追い立てれば、左右に逃げ場は無く、結果的に前方に逃げるしか無いのである。
 あまり速い速度で追い立てれば、後方へ逃げるものも現れるかも知れないので、小走り程度のゆっくりしたスピード、10キロ程度が良いだろうとステラ達護衛4名に手伝って貰いながら、等間隔で『ボム・ポーション』を投下し続けたのである。

「カイト殿、まもなくデルファイ軍の先頭に到達するようだが、いつまでこれを続けるつもりだ?」
 そう聞いたのはステラの父であり、軍務大臣のリーン伯爵である。

「はい、あと1キロ先で川が左側に蛇行し、海へと注ぎ込む場所があるので、そこまで攻撃を続けます」

「ほほう、ではその場所に何か仕掛けがあるのだな?」

「その通りです…
 彼らはパニック状態に陥り、尋常な精神状態ではありませんから、自分たちが罠に嵌ったことに、恐らく気付かないでしょう」

「今、罠と言ったがどんな罠なのだ?」

「道の左右に目に見えない透明な壁が設置してあり、最終地点に円形の監獄がありますので、そこへ誘い込もう考えてます」

「透明な壁とは、恐れいったな…
 まるで鼠捕りのようじゃないか」

「鼠と言うより、ゴキブリですね。
 国王陛下が、デルファイ軍をゴキブリと呼んでいたのにヒントを得て、この作戦を思いついたんです」

「なので、この作戦を『デルファイほいほい作戦』と名付けました」
『デルファイほいほい』とは、某メーカーから発売されているゴキブリ駆除用品の名称をヒントにしたのだ。

「なに?、デルファイほいほい作戦だと?、それはまた珍妙な名前を付けたものだな」
 リーン伯爵はオレが付けた名前に腹を抱えて笑った。

 それを傍で聞いていた娘のステラ・リーンは、父親である軍務大臣が何が可笑しくて笑っているのか理解できなかった。
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