Re:鮫人間

マイきぃ

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本編

第二十二話 危険

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 天井裏に上ると、そこは、何かの実験室のようだった。

 テーブルに並べられた試験管、アルコールランプにフラスコ、古いノートパソコン、戸棚にはよくわからない生き物のホルマリン漬け。
 まず、まともな実験ではないだろう。

 試験管には赤黒い血のようなものと青汁のような緑色の液体が入っている。
 緑色の液体には、見覚えがあった。
 それもそのはず……俺はこの液体に何度か殺されたからだ。

 だが、ここで見る液体には、危険な要素はなかった。
 動くわけでもなく、ただ、試験管の中で緑色の液体として収まっているだけだ。
 じゃあ、あの女将はいったい何なのだろう……これの延長上にあるのだろうか……そんな疑問がでてきた。

 ノートパソコンを開く。電源を入れるとゆっくりと立ち上がった。
 バッテリーはしっかり充電されているが、古いノートパソコンのため、起動が遅い。

 デスクトップには、メモ帳がびっしりと置かれていた。
 更新日時順に並べ替えてみる。
 古いもので日付は大体2年ぐらい前に作成されている。

 俺は、そのファイルを開いた。



 ようやくパソコンを入手することができた。
 旅行客というのは本当に不用心だ。
 インターネットというものをやってみたかったのだが、どうやら、このパソコンではできないらしい。
 とにかく、これまでの実験の成果を、このパソコンに記録してまとめることにする。



「これは……奪ったPCなのか……いや、それよりも、この実験の正体がわかるかもしれない」
 俺は、一番新しい作成日の『まとめ』と書かれたファイルを開く。



──実験の記録のまとめ──

・バイオフィルムと人魚の血の反応

 バイオフィルムは、人魚の血に触れることで、人間の脳のような機能を得る。
 人魚の血に触れたバイオフィルムは、人間に投与すると、人間の脳へとたどり着き、ニューロンを吸収して知能を獲得する。
 やがて進化を繰り返し、今ではスライム状の液体にまで成長した。

 今では擬態もできるようになり、私と話すこともできるようになった。
 それと、どうやら私とスライムは気が合うらしい。

 人魚の血は、我々にとっては精力剤程度の効果しかないようだ。
 だが、人間は別だ。人魚の血が人間に触れると、その細胞の機能を目まぐるしく向上させる。
 けれども、その変化に人間はついていけずに死んでしまう。

 じゃあ、あの鮫人間は、いったい何なのだろうか。
 島に残る伝説では、人が血を飲んであの姿になったというが、どうやって死を克服したのだろうか。

 疑問に思った私は少々危険を冒し、鮫人間の体の細胞を採取した。
 鮫人間の細胞は、通常の人間の細胞の100倍細かい。さらに、その一つ一つには様々な能力を有していることがわかった。

 一応鮫でも実験してみることにした。
 結果、鮫の細胞と人魚の血を混ぜた場合では、変化が驚くほどゆっくりだった。

 この結果から、人間がこの変化に対応できたのは、鮫の細胞が混ざったためと仮説を立ててみることにした。
 その仮説に基づき、実験を進めていくこととする。

──新実験計画──

・人間と鮫を結合して人魚の血を飲ませる。
・人間と鮫をミンチにして混ぜ合わせて人魚の血をかける。
・人間に人魚の血を飲ませて鮫に食わせる。
・鮫に人魚の血を飲ませて人間に食わせる。

 人間と鮫を使った実験をしてみなければならない。
 これが今後の課題だ。



 そのメモを読み終えた俺は、恐怖を覚えた。
 もちろん、人間をひどく扱った狂気の内容には気分を悪くした。だが、恐怖の一番の原因は、これを人間でないものが書いている可能性があることだ。


 この実験をしているのは、あの女将なのだろうか。
 いや、もう一人、緑色の男が関係している可能性もある。
 こんな実験をしているぐらいだ、やばいやつに間違いない。
 そんな知能のある化け物が、人間社会に溶け込んでいると思うとゾッとする。

 だが、なぜ人間で実験をしているのだろうか。
『人魚の血は、我々にとっては精力剤程度の効果しかない』ということは、実験している本人にとってはあまり意味のないものだ。

 ただ単に、実験が好きなのか、それとも黒幕がいるのか。
 俺の考えだと後者だ。
 この人間ではないものの他に、もっとやばいやつがいる可能性がある。
 ……いや、実は人間が黒幕で、多額の報酬で人間を強化する実験を……。

 いろいろ考えが浮かんでくるが、妄想が膨らむだけで解決するわけではない。
 もう一度部屋を確認する。

 赤黒い血のようなものと緑色の液体の入った試験管。
 この赤黒い血はおそらく、人魚の血で間違いないだろう。
 そして、この緑色の液体は……バクテリアか何かなのかもしれない。

 脳のニューロンを食べ知識を得る。
 じゃあ、女将の正体は、バクテリアなのだろうか。ニューロンを食べられ、バクテリア女将として今存在するのだろうか。

 だとすれば……鮫人間と同等、いやそれ以上に危険な存在だ。
 ひょっとすると、この島の人間全員が、女将の同じバクテリア人間になっている可能性だってある。

「なんてことだ……」

 だが、まだそれを確認したわけではない。もちろん、確認する術があるわけでもないが……。
 それでも、一つだけ言えることがある。
 この島は……危険だ。

 突然、後ろから声が聞こえてきた。
「ねえ、隆司。こんなところで何やってるの?」
「な……棗?」
 浴衣姿の棗だった。

「女将に怒られるよ。こんなところにいたら」
「それも……そうだな……」
「それより、二人きりだね」
「……ん?」

「誰もいないんだよね、今」
「ああ、そうだな……」

 棗は浴衣を脱ぎ始めた。
 それと同時にいい匂いが辺りに充満する。

(この展開……まさか……)

 今回、京谷が死んだ。そのことで棗は心身共に疲れている。
 たとえ、それでおかしくなったとしても、いきなりこんな行動をするような奴じゃない。
 やはり、こいつは……。

「バクテリア風情が、棗の姿を飾るな!」
「えー、そこまで知ってるんだ。以外ねぇ……」

 棗の口調が変わった。

「じゃあ、あなたを生かしておくことはできないわねぇ」
「もともと生かすつもりなんてなかったんじゃないのか」
「ふふふ……」

 棗の体は緑色の液体に変化し、匂いの効果で動けなくなった俺を、蹂躙する。

「くっ……殺せ!(やっと、ここで死ねる……)」



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