上 下
28 / 28

第二十八話 懐かしい格ゲー

しおりを挟む
「勝負……?」
「わしに勝ったら、何でものぞみを叶えてやろうぞ」
「何でも?」
「わしにできることなら、何でもよいぞ。そのかわり……負けたらわしの下僕になってもらうぞ」
「…………」

 何が何だか分からなくなった。けれども、この状況で魔王とまともに戦って勝てる要素は何一つない。こうなったら、魔王の提案に乗るしかない。もしだめなら、その時考えよう。

「わかった」

 僕はただコントローラーを握りしめ、魔王の隣に座る。
 不思議な気分だ。異世界で、TVゲームをできるなんて思ってもみなかった。
 ゲームは格ゲー。僕がやりこんだことのあるゲームだ。

 魔王はチャイナドレスを着たファンリーというキャラを選択した。
 もちろん僕は得意キャラ、軍服姿で金髪の少佐というキャラを選択する。

「それでよいか?」
「もちろん」
「1ラウンド勝負じゃ」
「1ラウンド……わかった、それでいい」
「では、スタートじゃ」

 ファイトの文字とともにゲームは開始された。
 開始直後、魔王はダッシュで間合いを詰める。おそらく、この後にくるのはファンリーの初見殺し、ローリング踵落としだ。1ラウンドで速攻を仕掛けてくるつもりなのだろう。

 案の定、魔王はローリング踵落としのジャンプモーションを発動させた。
 その瞬間、バックステップで離脱し攻撃をスカらせる。

「チッ……初撃をかわしたか……」
 魔王が舌打ちする。

 少しだけ、体に電気が走ったような感覚に襲われる。油断していたら危なかった。
 ギリギリかすめる距離の攻撃。これだと最後の方のフレームの攻撃モーションでヒットするので硬直が短く、すぐに次の動作に移れる。
 これを防御すればおそらく防御の硬直を狙ったダッシュ投げを使ってくる。そこから連続回し蹴りに繋げられたら厄介。
 もちろん、その攻撃に対する答えはバックステップが正解だ。少佐はひらりと攻撃をかわす。

 攻撃後、魔王はカウンターを警戒したのか、ファンリーを一度後ろに下げる。実は、少佐に対してこの行動は悪手。

「チャンス!」
 僕はすぐに反撃を開始する。

 魔王が下がったのに合わせてこちらも十分な距離を取り、ソニックブーメランを発動。それに合わせてダッシュで距離を詰める。
 距離をとったのは、ソニックブーメランの硬直を狙われないようにするためだ。

 ソニックブーメランをジャンプで避けるならムーンサルトキックで撃ち落とし、地面に落とさないようにアッパーコンボ。防御するなら下段回し蹴りから打ち上げ、アッパーコンボだ。

 これを回避するには、ソニックブーメランを早い段階で防御するか、わざとくらって転ぶのだが──。
 魔王は、それを知っているかのごとく、躊躇なくソニックブーメランを食らって追加攻撃を回避した。
 こうなると、起き上がり攻撃を警戒して下がるしかない。

 この場合、ソニックブーメランを使った起き上がりを狙ってのハメ技ができそうだが、これは割りに合わない。
 理由は、技が自分の体力を消費するからだ。それに加え、起き上がり直後はダメージが軽減されてしまう。
 このゲーム、その辺のハメ技は対策済みのようだ。

「ふう……あぶないあぶない。今のはサービスじゃ」
「サービス? いいや、いまのが正解だろ」
「ほう……そういうことか……おもしろい!」

 魔王の目つきが変わった。それと同時に戦術も変化する。
 僕との間合いを中距離で固定してきた。これではさっきの技はうかつに使えない。かといって何もしなければ後方へと追いやられ、接近戦に持ち込まれてしまう。

「どうじゃ! これで決まりじゃ!」
「ぐぬぬっ!」

 だが、回避策はある。壁際付近まで相手をひきつけ、ローリング踵落としの発動と同時に相手に向かってダッシュで飛びこむだけでいい。攻撃を受けるとダッシュの反動がプラスされた勢いで一度壁側に吹き飛ぶ。壁に当たればその勢いで反射し、相手の頭上を超える事ができる。その間、ローリング踵落とし発動中のファンリーは少佐を攻撃できない。

 さらに、都合のいいことに、相手の硬直が溶けるのと、こっちの起き上がりはほぼ同時。この時、両者同時に攻撃した場合、起き上がり攻撃が優先されるのだ。

 ──少佐の投げ技が炸裂する。

 ファンリーを逆エビ状に背中に抱え、高くジャンプ。回転しながら落下。着地で大ダメージ。壁際に飛んで跳ね返ったファンリーをムーンサルトキックで打ち上げ、アッパーコンボ。

「な、なんじゃごりゃ~!」
「ふひひっ!」

 さらに壁に当たるとなぜか落下フラグ(空中コンボの回数が一定を超えると強制的に落ちる)がリセットされ、何度も打ち込むことができる。
 壁際でこれをやられたら、もうコントローラーを捨てるしかない。対策されていないハメ技だ。この瞬間、僕の価値は決まったも同然──

「くっ、こうなったら……奥の手なのじゃ~!」
「!?」

 ──僕はその時、魔王の恐ろしさをとことん思い知らされることとなった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。


処理中です...