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氷のように美しいと言われているリージェンスは、誰よりも冷静で、冷淡で、強くて、どんなときも自分の肚の内を見せない部下だった。
だが、何を考えて居るのかわからないと陰口を叩かれ続ける彼は……誰よりも強かった。
生まれ持った剣技と、魔導師団の俊英たちを上回るほどの魔法の才。そして、すれ違う女を皆とりこにするほどの美貌。きらめく金の髪はさながら、リージェンスを孤高の王のように彩っていた。
ゲオルグは、十歳も年下の彼のことを、大きく買っていた。
まるで命を放り出すかのような戦いぶりは危なっかしかったけれど、彼はいつでも、すべての敵に打ち勝っていた。どんな魔蟲よりも強く、速く、そして容赦ない狩り手だった。
彼はその強さ故に周囲に恐れられ、孤立していた。しかし、そのことを気にしている様子を見せたことは、一度もなかった。
強さこそが、狩り手に求められる条件だ。いつか魔蟲対策班の班長を引退する日が来たら、自分の後釜はリージェンスに任せたいと思っていた。
しかし、その引退の日は、彼の予想よりも早く、そして残酷な形で訪れた。
……少し体調が悪い、酒がまずい、初めはその程度の違和感だった。
訪れた少し大きな病院で、彼は新しい年を迎えられない事を知った。
血液が腐敗し、血液としての用を為さなくなるという奇病に罹患し、余命数ヶ月であることを告げられたのだ。
――そうか、俺は死ぬのか。戦って、強いって言われて、いい女いっぱい抱けて最高だったなぁ。こんなあぶねえ稼業じゃ嫁の来手はなかったけど、俺の人生結構良いもんだったんじゃねえのか。
治療法はない、と告げられた時、ゲオルグがぼんやりと思ったことはそんなことだった。
未だに現実を受け止められないまま、ゲオルグは職場に向かった。対策班の待機所では、リージェンスが一人で剣を磨いていた。
――ったく、仲間と酒でも飲みに行けばいいのによ……なんで自ら好んで孤立するんだよ、お前は。戦いの時だって勝手に一人で大物の蟲に向かっていったりして。
「よお、リージェンス」
「こんにちは、班長、どうなさったんですか」
誰に対してもつっけんどんなリージェンスは、ゲオルグにだけは少し気を許した態度を見せる。
何度も背中を合わせて戦ったおかげなのか、個人的に馬が合うからなのか……それは分からない。けれど、誰にもなつかぬ野生の狼のような男が自分にだけは牙を剥かない、というのは、悪い気分ではなかった。
つまり、ゲオルグは、この男を気に入っていたのだ。弟……と呼ぶには優秀すぎ、美しすぎたけれど、引き立ててやりたいと思っていた。
――ああ、こいつの上司でいるのも、もう終わりなんだなぁ。
そう思いながら、ゲオルグはリージェンスに笑顔を向けた。
「なあ、俺、死ぬんだって」
目を見張ったリージェンスの前で、ゲオルグはへへっ、と笑って頭を掻いた。口に出したら、今更ながらに現実がどんと頭の上に堕ちてくる。
――そっか……死ぬのか……来月にはもう、起き上がるることもできなくなるだろうって言われたな……今は、元気なのにな。体が酸素を取り込めなくなる? 何かよくわかんねえけど、苦しいのかな。
表情をかげらせたゲオルグを、リージェンスが覗き込んだ。
「何……言ってるんですか?」
端正な顔が陰っている。ゲオルグはかすかに震える声で、話を続けた。
「いや、だからよ、もう仕事は辞めなきゃならねえんだ。俺、血が腐っちまう病気なんだってさ。今は元気だけど、あと、多分二ヶ月位で死ぬんだわ。ごめんな、いきなり変な話しして」
だんだん湿っぽくなってきた。そう自覚して、ゲオルグはあわててリージェンスに背を向けた。
「もう働けないからさ、本部に軽く連絡してくるわ。この班のこと……頼んだぞ。お前なら任せられる」
「班長」
「じゃあな、おやすみ」
目を見開くリージェンスに片手を上げてみせ、ゲオルグは班の待機所をあとにした。みっともなく取り乱すところは、班長として見せたくなかったからだ。
だが、何を考えて居るのかわからないと陰口を叩かれ続ける彼は……誰よりも強かった。
生まれ持った剣技と、魔導師団の俊英たちを上回るほどの魔法の才。そして、すれ違う女を皆とりこにするほどの美貌。きらめく金の髪はさながら、リージェンスを孤高の王のように彩っていた。
ゲオルグは、十歳も年下の彼のことを、大きく買っていた。
まるで命を放り出すかのような戦いぶりは危なっかしかったけれど、彼はいつでも、すべての敵に打ち勝っていた。どんな魔蟲よりも強く、速く、そして容赦ない狩り手だった。
彼はその強さ故に周囲に恐れられ、孤立していた。しかし、そのことを気にしている様子を見せたことは、一度もなかった。
強さこそが、狩り手に求められる条件だ。いつか魔蟲対策班の班長を引退する日が来たら、自分の後釜はリージェンスに任せたいと思っていた。
しかし、その引退の日は、彼の予想よりも早く、そして残酷な形で訪れた。
……少し体調が悪い、酒がまずい、初めはその程度の違和感だった。
訪れた少し大きな病院で、彼は新しい年を迎えられない事を知った。
血液が腐敗し、血液としての用を為さなくなるという奇病に罹患し、余命数ヶ月であることを告げられたのだ。
――そうか、俺は死ぬのか。戦って、強いって言われて、いい女いっぱい抱けて最高だったなぁ。こんなあぶねえ稼業じゃ嫁の来手はなかったけど、俺の人生結構良いもんだったんじゃねえのか。
治療法はない、と告げられた時、ゲオルグがぼんやりと思ったことはそんなことだった。
未だに現実を受け止められないまま、ゲオルグは職場に向かった。対策班の待機所では、リージェンスが一人で剣を磨いていた。
――ったく、仲間と酒でも飲みに行けばいいのによ……なんで自ら好んで孤立するんだよ、お前は。戦いの時だって勝手に一人で大物の蟲に向かっていったりして。
「よお、リージェンス」
「こんにちは、班長、どうなさったんですか」
誰に対してもつっけんどんなリージェンスは、ゲオルグにだけは少し気を許した態度を見せる。
何度も背中を合わせて戦ったおかげなのか、個人的に馬が合うからなのか……それは分からない。けれど、誰にもなつかぬ野生の狼のような男が自分にだけは牙を剥かない、というのは、悪い気分ではなかった。
つまり、ゲオルグは、この男を気に入っていたのだ。弟……と呼ぶには優秀すぎ、美しすぎたけれど、引き立ててやりたいと思っていた。
――ああ、こいつの上司でいるのも、もう終わりなんだなぁ。
そう思いながら、ゲオルグはリージェンスに笑顔を向けた。
「なあ、俺、死ぬんだって」
目を見張ったリージェンスの前で、ゲオルグはへへっ、と笑って頭を掻いた。口に出したら、今更ながらに現実がどんと頭の上に堕ちてくる。
――そっか……死ぬのか……来月にはもう、起き上がるることもできなくなるだろうって言われたな……今は、元気なのにな。体が酸素を取り込めなくなる? 何かよくわかんねえけど、苦しいのかな。
表情をかげらせたゲオルグを、リージェンスが覗き込んだ。
「何……言ってるんですか?」
端正な顔が陰っている。ゲオルグはかすかに震える声で、話を続けた。
「いや、だからよ、もう仕事は辞めなきゃならねえんだ。俺、血が腐っちまう病気なんだってさ。今は元気だけど、あと、多分二ヶ月位で死ぬんだわ。ごめんな、いきなり変な話しして」
だんだん湿っぽくなってきた。そう自覚して、ゲオルグはあわててリージェンスに背を向けた。
「もう働けないからさ、本部に軽く連絡してくるわ。この班のこと……頼んだぞ。お前なら任せられる」
「班長」
「じゃあな、おやすみ」
目を見開くリージェンスに片手を上げてみせ、ゲオルグは班の待機所をあとにした。みっともなく取り乱すところは、班長として見せたくなかったからだ。
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